EY新日本有限責任監査法人 ライフサイエンスセクター
公認会計士 前田 徹次/不破 慶則
1. はじめに
バイオ業界は、遺伝子等の生物学に関する知識を基に製品、サービスを提供する産業です。代表的なものは医療分野であり、大学や研究所における遺伝子や細胞の研究、分子生物学の成果などを基に、いわゆる創薬バイオベンチャー企業等(以下、「バイオベンチャー企業」)において医薬品又は治療法の開発が行われています。近年、新たな創薬基盤技術を用いた研究開発により、医薬品のモダリティ(創薬技術・手法)の多様化が進んでおり、従来の低分子医薬だけでなく、抗体医薬を始め核酸医薬、遺伝子治療薬、細胞医薬などの様々な医薬品が実用化に向けて開発されています。
2. バイオベンチャー企業のビジネス
(1) バイオベンチャー企業の特徴
バイオベンチャー企業は、大学や研究所等の研究成果である有望なシーズ(医薬品候補物質)や画期的技術の事業化を目的に設立されますが、実際の医薬品や治療法として確立するには、長い年月と多額の研究開発費が必要となります。しかし、バイオベンチャー企業は、一般的に創薬の技術やノウハウを保有するものの安定した収益源に乏しいという特徴があります。そのため、研究開発を継続するためには継続的な資金調達が不可欠となります。
(2) バイオベンチャー企業の資金調達
バイオベンチャー企業の主な資産は貸借対照表に計上されない知的財産(研究開発の成果、ノウハウ等)ですが、研究開発が成功し医薬品として販売できるかどうかは、不確実性があります。また、事業収益による収入に比べて研究開発費の支出が先行するため、継続的なマイナスのキャッシュ・フローとなるケースが多く、金融機関等からの多額の融資は通常は見込めません。
そのため、バイオベンチャー企業の主な資金調達手段は次のとおりとなります。
a. ベンチャーキャピタル等からの出資
b. 公的助成金
c. 自社の開発パイプラインの導出(ライセンスアウト)
ここで導出とは、自社が保有する特許やノウハウ等を用いた医薬品(候補)の開発及び販売権の使用許諾を他社に供与することをいいます。導出により製薬会社と提携関係を結び、新薬の研究開発活動を進めていくことができるとともに、バイオベンチャー企業にとっては、重要な資金調達の手段の一つになります。
(3) ライセンス契約
バイオベンチャー企業は製薬企業と提携関係を結ぶと、両社が役割分担して研究開発、製品の製造及び販売等の活動を行います。実際の提携契約では、共同開発契約、共同事業契約などさまざまな名称が用いられますが、以下では「ライセンス契約」という名称を用いることとします。ライセンス契約において、バイオベンチャー企業は、製薬企業からa.契約一時金、b.マイルストーン・ペイメント、c.ロイヤルティ収入などの金銭を受領することになります。
a. 契約一時金
製薬企業がバイオベンチャー企業と提携を開始する当初支払われる、開発を共同で進めていくための契約金を契約一時金と呼びます。通常、製薬企業が、バイオベンチャー企業の研究成果(知的財産)の開示を受け、内容を精査した上で契約を締結し、契約一時金の支払いが行われます。
b. マイルストーン・ペイメント
バイオベンチャー企業の研究開発が一定の段階に達した場合に製薬企業から支払われる成功報酬型の支払いをマイルストーン・ペイメントといいます。
c. ロイヤルティ
ライセンス契約により、医薬品の完成後、製薬企業が市場でそれを販売した代金の一部をバイオベンチャー企業が受け取ることになりますが、このように自社の特許権やノウハウを他社へ使用許諾することで、販売開始後に受け取る対価をロイヤルティといいます。その算定基礎は一般的に売上の一定割合であることが多いです。
【創薬バイオベンチャー企業の収益モデル例】
(4) バイオベンチャー企業に対する投資家の出口戦略
バイオベンチャー企業における事業の達成とは新薬を生み出して患者に提供したときです。しかし、バイオベンチャー企業に出資する投資家にとっては、この新薬の提供時点以前に投資の回収を達成したと捉えられる時点があり、それを「出口」と呼ぶことがあります。
例えば、IPO(証券取引所への上場、「株式公開」ともいう)により、ベンチャーキャピタル等は、多くの場合、株式市場で保有株式を売却し投資資金を回収します。また、他社との合併や、大手製薬企業に買収されるなど、M&Aによる結果も出口と考えられます。合併の場合は投資した株式は合併の相手先の株式に変わり、買収の場合は株式を相手先に買い取ってもらうことにより、ベンチャーキャピタル等は投資資金を回収することになります。
3. バイオベンチャー企業の財務諸表の特徴
バイオベンチャー企業は、ベンチャーキャピタル等からの出資や公的助成金で得た資金などを主に現預金として保有し、研究開発に使用します。しかし、安定した収益源がなく、事業収益の獲得に比して研究開発費の支出が先行するため、継続的な営業赤字が発生しやすいといえます。このようなビジネス形態からバイオベンチャー企業の財務諸表には、次のような特徴があります。
(1) 収益認識
バイオベンチャー企業における主たる収益項目には、a.公的機関からの助成金収入、b.他社からの受託研究収入、c.製薬会社との提携に係る収入(導出、ライセンスアウトと呼ぶこともある)などが挙げられます。収益のうち、「顧客との契約から生じる収益」は収益認識に関する会計基準(以下、「収益認識会計基準」)を適用し、「その他の収益」は企業会計原則の実現主義に基づき会計処理します。
(2) 研究開発費
バイオベンチャー企業における主たる費用項目は研究開発費です。研究開発費は発生時に費用処理します(研究開発費等に係る会計基準三)。これは、自社で研究開発を行う他、他社に研究開発を委託する場合に発生する費用も同様となります。
(3) 固定資産の減損
バイオベンチャー企業は固定資産を多額に保有しない傾向がありますが、汎用的な実験施設・器具などの固定資産を保有しているケースもあります。一般的に事業収益の獲得に比べて研究開発費の支出が先行するため、資産または資産グループについて減損の兆候ありと判断される場合が多いと考えられます。
(4) 損益計算書の表示
他業種の一般事業会社の場合、損益計算書上、売上と売上原価の差額を売上総利益とし、そこから販売費及び一般管理費を差し引いて営業利益を算定します。しかし、バイオベンチャー企業の場合には、実務上、「事業収益」、「事業費用」といった括り方で損益計算書の表示を行う事例も見られます。
(5) 継続企業の前提に関する注記
事業収益の獲得に比べて研究開発費の支出が先行することにより、「継続的な営業損失の発生又は営業キャッシュ・フローのマイナス」等の事実がある場合、資金残高等の状況を踏まえて継続企業の前提の注記の要否を慎重に検討する必要があります。
以上より、バイオベンチャー企業における財務諸表の特徴をまとめると次のとおりです。
【バイオベンチャー企業の財務諸表の特徴】
参考文献・参考ウェブページ
新日本有限責任監査法人 医薬品業研究会等 『医薬品ビジネスの会計ガイドブック』(2010年12月)
バイオベンチャー企業における会計処理の論点 | 情報センサー2023年11月 業種別シリーズ(2023年12月27日アクセス)
ライフサイエンス
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