ライフサイエンス 第12回:バイオベンチャー企業の株式上場における論点

2024年3月28日
カテゴリー 業種別会計

EY新日本有限責任監査法人 ライフサイエンスセクター
公認会計士 小寺 雅也/飯室 圭介

1. はじめに

第12回では、バイオベンチャーに特有の株式上場における以下の論点について解説します。

  • バイオベンチャーの上場審査
  • デジタル内部統制~デジタル証憑を利用した業務プロセスにおけるリスクの考え方~
  • 継続企業の前提に関する注記

2. バイオベンチャーの上場審査

先行投資型バイオベンチャーは、一般的に収益計上までの期間が長期にわたること、上場時点では研究開発の途上で赤字であること、規制当局による承認が必要であることなどグロース市場に上場する他の業種に比べ事業の特異性が高いという特徴があります。

このため、東京証券取引所は、「新規上場ガイドブック(グロース市場編)Ⅵ 上場審査に関するQ&A 2 その他 (1)先行投資型バイオベンチャーの上場審査について」及び「先行投資型バイオベンチャーの上場についての考え方と審査ポイント」において、特に創薬系バイオビジネスのうち「創薬パイプライン型」(シーズ探索から、開発、将来的な販売まで一気通貫での実施を目指すビジネスモデル)を念頭に、「事業計画の合理性」、「企業内容、リスク情報等の開示の適切性」の観点から通常想定されうる審査上のポイントを示しています。

【事業計画の合理性】

  • 開発品の有効性が客観的なデータ等に基づき相応に評価されている状態であること
  • 全社的な開発計画が合理的に策定されていること(開発の優先順位、リソース(人材・知財・資金)確保、開発中止時の対応方針)
  • 各パイプラインについて事業化に向けた計画が合理的に策定されていること(研究・開発から製造・販売に至るまでの事業体制について自社で行うか、アライアンス先に委託するかの方針が合理的に策定されていること) 

【企業内容、リスク情報等の開示の適切性】

  • 開発品の内容(対象疾患、治療上の位置づけ、臨床試験デザイン、競合薬、販売地域等)、開発品の安全性・有効性の評価、特許の内容(存続期間等)、事業計画(開発計画、事業化に向けた計画等)、アライアンスを締結する場合にはその内容、開発中止のリスク及び対応方針など、企業価値評価に必要な情報が適切に開示され、上場後も開示される方針であること

(出典:「新規上場ガイドブック グロース市場編」、「先行投資型バイオベンチャーの上場についての考え方と審査ポイント」(日本取引所グループ))

さらに大学における研究成果に基づく創薬シーズ、創薬基盤を事業化する目的で設立された大学発バイオベンチャーにおいては、「新規上場ガイドブック(グロース市場編)Ⅵ 上場審査に関するQ&A 2 その他 (2)大学発ベンチャー企業について」において示されている以下のようなケースに該当する場合に必要な対応、留意点などについても参照する必要があります。

  • 大学が保有している特許などの知的財産権を利用して主要な事業を行っている
  • 大学との間に知的財産権にかかる契約を締結している
  • 申請会社の役職員が大学の教授等を兼任している
  • 大学との間で共同研究契約を締結している

以上、「新規上場ガイドブック グロース市場編」「先行投資型バイオベンチャーの上場についての考え方と審査ポイント」の概要について説明しましたが、上場準備会社だけでなく、その監査人にとっても知っておくべき内容であるため、原文にあたって記載内容を確認することをお勧めします。

3. デジタル内部統制~デジタル証憑を利用した業務プロセスにおけるリスクの考え方~

(1) 昨今のデジタル化の潮流とバイオベンチャーの特徴

コロナ禍をきっかけにしたリモートワークの普及、電子帳簿保存法の度重なる改正、インボイス制度の施行など、社会的にも法的にも世の中の取引慣行が変化してきています。それに合わせて、電子契約書、電子ワークフロー、Peppol※1対応のデジタルインボイスなどのサービスが増加してきており、デジタル証憑を利用した業務プロセスが徐々に普及し始めています。

一般的に、業務プロセスにおけるデジタルという言葉は、電子帳簿保存法の電子取引を想定することが多く、PDFを利用した取引(電子契約書、電子メールを介したやり取り、システムを介したやり取り)、構造化されたテキストデータによる取引(EDI、Peppol)が含まれます。

この点、研究開発型のバイオベンチャーは、少人数で設立されることが多く、組織構造もシンプルで、過去の業務上のしがらみがない分、昨今の社会的変化に合わせた新しいデジタルを中心とした業務プロセスを比較的容易に導入しやすい環境があります。


(2) デジタル社会における情報の真正性の基本的考え方(DFFT)

PDFも含めた一般的なデジタルによる取引証憑の真正性のリスクを検討する上で、参考となる考え方として、政府(デジタル庁)が唱えている「信頼性のある自由なデータ流通」、通常DFFT(Data Free Flow with Trust)といわれる考え方について少し触れます。

デジタルの世界は、紙の世界よりも、改ざん、なりすましが簡単には見つかりにくい環境にあり、フェイク情報が作成されやすく、かつ、拡散しやすい環境といえます。そのような環境下では、発信元が自らを信頼に足る存在として示していくことが重要であることから、信頼性が担保される枠組みとしてDFFTが政府から提唱されています。

では、この発信元によるデータの信頼性確保という観点から、世の中の実務慣行となっている電子帳簿保存法の取扱いを眺めてみるとどうでしょうか。


(3) 電子帳簿保存法における電子取引の真正性の考え方

DFFTの観点からは、デジタル化の本質は、送付側が信頼性のある情報を提供することでした。では、この点、実務慣行となりつつある電子帳簿保存法では、どのように規定されているでしょうか。電子帳簿保存法施行規則4条1項の以下の各号のいずれかによりデジタル証憑を保存することが規定されています。

1号:タイムスタンプが付された後の授受
2号:受領後速やかにタイムスタンプを付す
3号:訂正又は削除の記録が残るシステムを利用して授受及び保存
4号:訂正及び削除の防止に関する事務処理規程の備え付け

DFFTの視点からは、送付側の信頼性を確保する方法は「タイムスタンプが付された後の授受」のみであり、選択できる要件の一つにはなっていますが、必須ではありません。むしろ、電子帳簿保存法では、デジタル証憑を保存する受領側にて、何かしらの改ざん、なりすましがなされないことを担保することが求められており、結果として、DFFTと同じ方向性が示されているわけではありません。

そして、実務上は、送付側が受領側(デジタル証憑の保存義務者=納税者)のためにあえてコストをかけて、信頼性を担保する仕組みを構築することは経済合理性がないといえ、このような実務上の制約条件の下で、受領側がいかにデジタル証憑の信頼性を確保するかが内部統制上の課題となります。

電子帳簿保存法施行規則の各号のうち、現実的な落としどころは、受領側による事務処理規程による管理(4号)か、受領側でシステムを用意し、送付側に協力を仰ぐ形での授受(3号)が主流となり、とくに事務処理規程で対応する場合には、デジタル化を意識したマニュアルによる内部統制の構築が必須となります。


(4) デジタルを意識した内部統制の考え方とは

従来の紙の証憑から、デジタル証憑になる際にも、PDFが証憑となるのか、EDIやPeppolのような構造化されたテキストデータが証憑となるのかにより、内部統制上のリスクは変わってきます。

紙の証憑、PDFの証憑、EDIやPeppolのような構造化されたテキストデータの証憑に分けて、一般的な管理上の利点とリスクをまとめましたので、デジタル証憑を利用した内部統制を検討するにあたってご参照ください。

証憑 管理上の利点 管理上のリスク
  • 改ざんや複製には技術を要するため比較的困難​
  • 押印等を組み合わせることでなりすましが比較的困難
  • 原本性を維持したまま納品情報、支払情報等を付記できる
  • 会計伝票と取引証憑との1対1対応の管理ができる
  • ​災害、盗難等物理的な紛失リスクは低い​
  • 原本は一つ(一か所にしか保管できない)
  • 実物があり保管コストが大きい
  • バックアップをとりにくい
  • 原本が一つなため回付に時間がかかり意思決定が遅くなる
  • 効果的な情報管理のためには紙の内容をテキストデータに変換しなければならない
  • 紛失した場合に元に戻らない可能性が高い​

PDF

  • 必要な場所に瞬時に送付でき意思決定が早くなる
  • ​複製が容易なため同時に複数者で情報共有が可能
  • 情報を分散して保管できる​
  • 実物がなく保管コストが小さい​
  • 改ざん、なりすましが容易(ただし、改ざん防止措置は可能)
  • 原本性を維持したまま情報を直接付加できないため、別途文書管理が必要な場合がある
  • 効果的な情報管理のためにはPDFの内容をテキストデータに変換する必要がある
  • 複製が容易なため会計伝票との1対1対応に工夫が必要​
  • 紛失リスクが高くバックアップ等対策が必要​
  • 電子メールでは、類似ドメインを利用したなりすましのリスクがある

EDI

Peppol

  • 関係者への情報共有が瞬時にでき、意思決定が早くなる​
  • 自動チェック、管理情報の付加、自動連携等で、改ざん、複製、なりすましの防止を始めとした誤謬や不正を起こしにくい環境を構築できる​
  • 初期設定に時間とコストがかかる(特にEDI)​ 
  • 取引先と共通のシステムが必要なため、利用できる場面が制限され汎用性が低い
  • 設計を誤ると、適時の修正が困難で、想定を上回る誤謬が発生する可能性がある
  • システムの運用管理にコストがかかる​

(5) まとめ

研究開発型のバイオベンチャーは少人数、かつ、組織構造もシンプルなため、従来にない新たなツールを利用して、新たな効率的な業務フローを構築することが比較的容易と考えられます。一方で、IPOを目指すにあたっては、内部統制を整備・運用する必要があります。従来にない業務フローを構築するにあたってはリスク認識に漏れがないよう、ご留意ください。

4. 継続企業の前提に関する注記

(1) 継続企業の前提に関する注記とは

企業の作成する財務諸表は、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して作成されますが、この企業会計の基準は継続企業の前提、すなわち企業が将来にわたって継続して事業活動を行うことを前提としています。

しかしながら、企業はさまざまなリスクにさらされて事業活動を営んでおり、将来にわたって事業活動を継続できるかどうかは確実なものではありません。

そこで、経営者が継続企業の前提が適切であるかどうかを総合的に評価した結果、貸借対照表日において、単独で又は複合して継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が存在する場合であって、当該事象又は状況を解消し、又は改善するための対応をしてもなお継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められるときは、継続企業の前提に関する事項を財務諸表に注記(以下「継続企業の前提に関する注記」)することとされています。


(2) 研究開発型バイオベンチャーと継続企業の前提に関する注記との関係

研究開発型バイオベンチャーは、継続的に営業損失を計上していたり、営業キャッシュ・フローがマイナスであることが多く、いわゆる継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が生じやすい業態です。

これに対して、経営者は、合理的な期間(少なくとも期末日の翌日から1年間)にわたり、会社が事業活動を継続できるかどうかについての評価を行い、継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が存在し、当該事象又は状況を解消又は改善するための対応をしてもなお継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められるときは、継続企業の前提に関する注記を記載することになります(財務諸表等規則第8条の27)。

ただし、財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則第8条の27ただし書きにおいて、貸借対照表日後、当該重要な不確実性が認められなくなった場合は、注記することを要しない旨が定められています。

なお、企業内容等の開示に関する内閣府令第七号様式(記載上の注意)(36)事業等のリスクにより、継続企業の前提に関する注記を開示しない場合でも、継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が存在する場合には、有価証券届出書の「事業等のリスク」にその旨及びその内容等を開示することが求められています(企業内容等の開示に関する内閣府令第七号様式(記載上の注意)(36)事業等のリスク(第二号様式(記載上の注意)(31)事業等のリスクbに準じて記載))。


(3) 上場審査と継続企業の前提に関する注記との関係

新規上場申請のための有価証券報告書において上場直前期の財務諸表に継続企業に関する注記が記載された場合、例えば、東京証券取引所グロース市場における上場審査上の取り扱いによれば、以下の通り、上場申請期の半期報告書には、原則として、継続企業の前提に関する注記が記載されていないことが上場審査の前提とされている点にご留意ください。

『監査意見が「無限定適正意見」であっても、継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められる旨が監査報告書に記載されている場合には、上場承認までに提出される四半期レビュー報告書等※2において当該事項に係る記載がなくなる等、原則として、継続企業の前提に関して重要な不確実性が認められなくなることが審査上求められます。』

(2023 新規上場ガイドブック(グロース市場編)/3.形式要件/5 虚偽記載又は不適正意見等(規程第217条第5号)/①不適正意見等 より)

(4) 会計監査人設置会社と継続企業の前提に関する注記との関係

直前々期及び直前期が会計監査人設置会社ではない場合、会社法計算規則によると、継続企業の前提の注記を記載することは必須ではありません。会計監査人設置会社になると継続企業の前提の注記は必須になります。

ここで、一般的には、IPOを目指す多くの会社は、申請期に定款変更して会計監査人設置会社となります。これに対して、直前々期及び直前期にすでに会計監査人設置会社である場合、継続企業の前提に重要な不確実性が認められる場合には、継続企業の前提に関する注記を記載する必要があります。

従って、申請期より前に会計監査人設置会社になった場合、より早いタイミングで継続企業の前提の注記を検討する必要がある点、十分にご留意ください。


(5) 会計監査人設置会社の要件と時期

会社法上、会計監査人の設置が義務になる会社形態は以下の三つです。

  1. 大会社(会社法328条)
  2. 監査等委員会設置会社(会社法327条5項)
  3. 委員会等設置会社(会社法327条5項)

監査等員会設置会社又は委員会等設置会社は、定款変更による能動的な会社の行動によって実現するのに対して、大会社は、以下のいずれかの要件(会社法2条6号)を満たすと自動的に該当することになるため、会社自身が気づかない可能性があるため留意が必要です。

  • 最終事業年度に係る貸借対照表に資本金として計上した額が5億円以上
  • 最終事業年度に係る貸借対照表の負債の部に計上した額の合計額が200億円以上

ここで最終事業年度に係る貸借対照表とは、定時株主総会に報告された貸借対照表(成立後の最初の定時株主総会までの間においては成立時の貸借対照表)のことをいいます(IPOを目指す会社のため取締役会はすでに設置されていることを前提(会社法439条)としています。)。

例えば、暦年(1月~12月)を事業年度とする資本金1億円のIPOを目指す会社が、n期の期中にベンチャーキャピタルから資金調達を受け、資本金が5億円以上になったとします。そのままn期末を迎えた場合、最終事業年度(n期)の貸借対照表の資本金として計上された額(5億円)は、翌n+1期の3月の株主総会に報告された時点で確定されます。この場合、n+1期から会社法上の大会社(2条6号)となり、n+1期の計算書類に対して会計監査が必要となります。

なお、監査等委員会設置会社又は指名委員会設置会社に定款変更した場合は、組織変更した期から会計監査人の設置が必要となります。


(6) まとめ

研究開発型バイオベンチャーのビジネスモデルにとって、継続企業の前提に関する注記は避けては通れない論点であり、かつ、会計監査人の設置の有無によって影響を受けるところとなり、経営上の基本的な意思決定と大きくかかわるところでもあることから、慎重な検討が必要となる点にご留意ください。

※1 Peppol とは、EUでデファクト・スタンダードとなっているデジタルインボイスの国際規格であり、これに準拠したデジタルインボイスの標準化と普及をデジタル庁が推進しています。

※2 参照している2023新規上場ガイドブックは、四半期報告書廃止の論点が織り込まれる以前の内容のため、「四半期報告書」という表現が残っていますが、趣旨は変わりません。

参考文献・参考ウェブページ

新規上場ガイドブック グロース市場編(日本取引所グループ)

先行投資型バイオベンチャーの上場についての考え方と審査ポイント(日本取引所グループ)

電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律(平成十年法律第二十五号)

電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律施行規則(平成十年大蔵省令第四十三号)

不正リスク対応ハンドブック/内部統制の強化、不正会計の予防・発見・事後対応(中央経済社)

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