2023年11月22日
バイオベンチャー企業における会計処理の論点
情報センサー2023年11月 業種別シリーズ

バイオベンチャー企業における会計処理の論点

執筆者 EY 新日本有限責任監査法人

グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献する監査法人

Ernst & Young ShinNihon LLC.

2023年11月22日

バイオベンチャー企業の財務諸表は特徴的であり、特に製薬会社とのライセンス契約を行う場合にはさまざまな会計上の論点が生じます。近年では、新たな治療法の開発に伴い、契約形態も多様化してきており、その内容や性質を踏まえた会計処理上の判断が必要となります。

本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 ライフサイエンスセクター 公認会計士 前田 徹次

2007年、当法人に入社。バイオベンチャーを含む製薬業などの監査業務の他、IFRS導入支援、IPO支援などのアドバイザリー業務にも従事している。法人内でバイオワーキンググループのリーダーを務め、バイオ分野の会計処理等のナレッジの蓄積と共有を推進している。『医薬品ビジネスの会計ガイドブック』(中央経済社)のバイオ業界のパートの執筆を担当。当法人シニアマネージャー。

要点
  • バイオベンチャー企業は、一般に事業収益の獲得に比べて研究開発費の支出が先行する。
  • そのビジネスの特徴から収益認識や固定資産の減損などの分野で特有の会計論点が生じる。
  • 近年、ライセンス契約の形態が多様化してきており、慎重に会計処理を検討する必要がある。

Ⅰ はじめに

バイオ業界は、遺伝子等の生物学に関する知識を基に製品、サービスを提供する産業です。代表的なものは医療分野であり、大学や研究所における遺伝子や細胞の研究、分子生物学の成果などを基に、いわゆる創薬バイオベンチャー企業等(以下、バイオベンチャー企業)において医薬品または治療法の開発が行われています。近年、新たな創薬基盤技術を用いた研究開発により、医薬品のモダリティ(創薬技術・手法)の多様化が進んでおり、従来の低分子医薬だけでなく、抗体医薬を始め核酸医薬、遺伝子治療薬、細胞医薬などのさまざまな医薬品が実用化に向けて開発されています。また、最近ではIT技術を駆使した創薬研究やスマートフォンアプリを用いた治療法の開発などデジタル技術の活用も進んでいます。

Ⅱ バイオベンチャー企業の財務諸表の特徴と会計処理の主な論点

1. バイオベンチャーの財務諸表の特徴(<図1>参照)

(1) 収益認識

バイオベンチャー企業における主たる収益項目には、①公的機関からの助成金収入、②他社からの受託研究収入、③製薬会社との提携に係る収入(導出、ライセンスアウトと呼ぶこともある)などが挙げられます。収益のうち、「顧客との契約から生じる収益」は収益認識に関する会計基準(以下、収益認識基準)を適用し、「その他の収益」は企業会計原則の実現主義に基づき会計処理します。

(2) 研究開発費

バイオベンチャー企業における主たる費用項目は研究開発費です。研究開発費は発生時に費用処理します(研究開発費等に係る会計基準三)。これは、自社で研究開発を行う他、他社に研究開発を委託する場合に発生する費用も同様となります。

(3) 固定資産の減損

バイオベンチャー企業は固定資産を多額に保有しない傾向がありますが、汎用(はんよう)的な実験施設・器具などの固定資産を保有しているケースもあります。一般的に事業収益の獲得に比べて研究開発費の支出が先行するため、資産又は資産グループについて減損の兆候ありと判断される場合が多いと考えられます。

(4) 損益計算書の表示

他業種の一般事業会社の場合、損益計算書上、売上と売上原価の差額を売上総利益とし、そこから販売費及び一般管理費を差し引いて営業利益を算定します。しかし、バイオベンチャー企業の場合には、実務上、「事業収益」、「事業費用」といった括り方で損益計算書の表示を行う事例も見られます。

(5) 継続企業の前提に関する注記

事業収益の獲得に比べて研究開発費の支出が先行することにより、「継続的な営業損失の発生又は営業キャッシュ・フローのマイナス」等の事実がある場合、資金残高等の状況を踏まえて継続企業の前提の注記の要否の慎重に検討する必要があります。

図1 バイオベンチャー企業の財務諸表の特徴

図1 バイオベンチャー企業の財務諸表の特徴

2. ライセンス契約における会計処理の論点

バイオベンチャー企業は製薬企業と提携関係を結び、製品の製造及び販売を実施してもらうケースが多くあります。実際の提携契約では、共同開発契約、共同事業契約などさまざまな名称が用いられますが、以下では「ライセンス契約」という名称を用いることとします。ライセンス契約において、バイオベンチャー企業は、製薬企業から①契約一時金、②マイルストン・ペイメント、③ロイヤリティ収入などの金銭を受領することになります。

これらの受領した金銭の会計処理については、収益認識基準の5つのステップを適用することになりますが、さまざまな会計上の論点が生じることがあります。例えば、①契約一時金の会計処理に当たっては、<表2>のような論点が挙げられます。これらの検討に当たっては、ライセンス契約の内容を正確に理解することが必要となりますが、契約の文言など形式的な情報だけでなく、契約当事者の意図などを背景にした実質的な取引内容を吟味することが重要となります。

表2 契約一時金の主な会計上の論点

収益認識基準における5ステップ
主な会計上の論点
(ステップ1)
顧客との契約の識別
  • ライセンス契約が「顧客との契約」に該当するか、それとも「リスクと便益を契約当事者で共有する活動又はプロセス(提携契約に基づく共同研究開発等)」に参加するための契約に該当するか。
(ステップ2)
履行義務の識別
  • どのような履行義務が識別されるか(契約の主要な構成要素であるライセンス供与の他、研究開発支援、治験薬等の提供、製品供給義務などの履行義務が含まれている場合がある)。
  • 識別された履行義務がライセンス供与と別個の履行義務か、それとも単一の履行義務か。
(ステップ3)
取引価格の算定
  • それぞれの履行義務に契約一時金の金額を配分するための独立販売価格をどのように算定するか。
  • ライセンスの独立販売価格を直接観察できない場合には、残余アプローチを用いて算定できるか。
(ステップ4)
各履行義務への配分
(ステップ5)
履行義務の充足
  • ライセンス供与が「使用権」と「アクセス権」のいずれに該当するか。
  • ライセンス供与と別個の履行義務が識別された場合には、それぞれの履行義務をどのように収益認識するか(例:研究開発支援の履行義務を研究開発期間にわたり一定期間で収益認識する)。

Ⅲ おわりに

近年、モダリティの多様化に伴い、会計処理面でも新たな検討事項が生じています。例えば、スマートフォンなどを用いてデジタル技術を活用する治療法では、知的財産の価値を補強する又は維持するためにその機能が継続的に変化する場合には、ライセンス供与が「使用権」ではなく「アクセス権」と判断される可能性もあります。「アクセス権」と判断される場合には、一定の期間にわたり充足される履行義務として会計処理することになります。新たな治療法の開発に伴い、提携等の契約形態も多様化してきており、契約ごとに内容を慎重に検討して会計処理上の判断を行う必要があります。

サマリー

バイオベンチャー企業の財務諸表は特徴的であり、特に製薬会社とのライセンス契約を行う場合にはさまざまな会計上の論点が生じます。近年では、新たな治療法の開発に伴い、契約形態も多様化してきており、その内容や性質を踏まえた会計処理上の判断が必要となります。

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