ライフサイエンス 第10回:バイオベンチャー企業におけるライセンス契約の会計処理論点

2024年3月26日
カテゴリー 業種別会計

EY新日本有限責任監査法人 ライフサイエンスセクター
公認会計士 前田 徹次/不破 慶則

1. はじめに

医療分野で創薬を行っているバイオベンチャー企業(以下、「バイオベンチャー企業」)が事業を進めるにあたって、自社の保有する特許やノウハウ等を用いた新薬候補の開発及び販売権を使用許諾することで、製薬企業と提携関係を結ぶケースが多く見られます。この際には、バイオベンチャー企業と製薬企業は、例えば共同開発契約、共同事業契約などの名称で提携契約(以下、「ライセンス契約」)を締結します。バイオベンチャー企業が製薬企業とライセンス契約を締結すると、a.契約一時金、b.マイルストーン・ペイメント、c.ロイヤルティ収入などの金銭を受領することになります。これらの受領した金銭の会計処理については、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下、「収益認識会計基準」)の5つのステップを適用することになりますが、さまざまな会計上の論点が生じることになります。

2. 契約一時金の会計処理

(1) ライセンス契約が「顧客との契約」に該当するか否か(ステップ1)

最初のステップとして、ライセンス契約が「顧客との契約」に該当するかどうかを判断します。「顧客」は、「対価と交換に企業の通常の営業活動により生じたアウトプットである財又はサービスを得るために当該企業と契約した当事者」と定義されています(収益認識会計基準第6項)。

契約の相手先である製薬企業が「バイオベンチャー企業の通常の営業活動により生じたアウトプットである財又はサービス」を獲得するために契約を締結する場合には、「顧客との契約」に該当し、収益認識会計基準を適用します。

一方、製薬企業が「リスクと便益を契約当事者で共有する活動又はプロセス(例えば、契約当事者全員が意思決定に参加して、等しく利益又は損失を分担する共同研究開発)」に参加するために契約を締結する場合には、製薬企業は「顧客」には該当しないため収益認識会計基準を適用しません。この場合には企業会計原則に従い実現主義に基づき収益認識を行い、その他の売上収益又は営業外収益として表示するなど、実態に応じて会計処理します。また、共同研究については、一般的に共同研究の成果は参加各企業に帰属するものと考えられるため、研究に要した費用のうち自己負担分のみを研究開発費として処理することになります(研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関するQ&A_Q3)。従って、研究開発の主体が契約当事者の双方にあり、当社が立て替えた研究開発費のうち契約の相手方のリスク負担相応分を受領したと判断できる場合には、研究開発費と相殺表示することも考えられます。

ライセンス契約が「顧客との契約」に該当するか否か(ステップ1)

【実務上の留意事項】

ライセンス契約には、共同開発契約や共同事業契約など、様々な名称の契約が存在し、一見「顧客との契約」に該当しないように見受けられるものもあります。ただ、その名称にとらわれず、契約の内容を理解したうえで、バイオベンチャー企業の通常の活動から創出される財又はサービス、すなわち、新薬の開発パイプラインや創薬の基盤技術等から得られる成果を提携先である製薬企業が取得することを目的としているか否かについて、実質的に判断することが必要です。

また、ライセンス契約における契約当事者間の取り決めは多岐にわたることも多く、ひとつの契約に「顧客」と「リスクと便益の共有」の両方の要素が含まれている場合もあります。このような場合には、契約に定められている項目ごとに、「顧客」と「リスクと便益の共有」の要素を整理して、総合的に判断することになります。


(2) ライセンス契約における履行義務の網羅的な識別(ステップ2)

ライセンス契約には契約当事者間の様々な契約上の約束が含まれているため、契約内容を正確に把握して、履行義務の識別を行います。履行義務は、顧客との契約において区別できる財又はサービスを顧客に移転するという約束です。

バイオベンチャー企業が締結するライセンス契約には、契約の主要な構成要素であるライセンス(企業の知的財産に対する顧客の権利を定めるもの)の供与のほか、研究開発支援、治験薬等の提供、製品供給義務等の履行義務が含まれている場合があります。

履行義務は、ステップ3以降における収益認識の時期や金額を検討する会計処理の単位となるため、網羅的かつ適切に識別することが重要です。


(3) ライセンス供与と別個の履行義務か、それとも単一の履行義務か(ステップ2)

識別された履行義務がライセンス供与と別個の履行義務なのか、単一の履行義務なのかを判定します。収益認識会計基準第34項によれば、次のa.及びb.の要件のいずれも満たす場合には、別個の履行義務となります。

a. 当該財又はサービスから単独で顧客が便益を享受することができること、あるいは、当該財又はサービスと顧客が容易に利用できる他の資源を組み合わせて顧客が便益を享受することができること
b. 当該財又はサービスを顧客に移転する約束が、契約に含まれる他の約束と区分して識別できること

バイオベンチャー企業がライセンスの供与に加えて研究開発支援サービスを提供する場合の適用例を以下に示します。
 

【例1】バイオベンチャー企業の基盤技術と関連性のある研究開発支援サービスを提供

A社は保有する創薬基盤技術に基づき、同社の人員の技術やノウハウを用いて提携先の製薬企業に研究開発支援サービスを提供する。研究開発支援サービスは特定の創薬基盤技術に固有のものであり、ライセンスとの相互関連性を有している。そのため、研究開発支援サービスはライセンスの付与と組み合わせないと、製薬企業は便益が得られない。

⇒A社は、ライセンス供与と研究開発支援サービスを一体の履行義務と判断した。

【例2】バイオベンチャー企業以外が実施可能な研究開発支援サービスを提供

B社は導出した新薬の開発パイプラインについて、同社の人員が提携先の製薬企業に研究開発支援サービスを提供する。このサービスは、製薬企業が「容易に入手可能なリソース」、例えば、提携先である製薬企業の研究員やCRO(医薬品開発業務受託機関)によっても、同等の研究開発活動を実施できる。

⇒B社は、ライセンスと研究開発支援サービスを別個の履行義務と判断した。

これらは、原薬や治験薬の供給に関しても同様となります。すなわち、CMO(医薬品製造受託機関)等から供給を受けた原薬や治験薬とライセンスを組み合わせて、研究開発活動を進捗させることができる場合には、ライセンスと原薬や治験薬の供給義務は別個の履行義務と判断される可能性があります。

(4) 取引価格の算定と各履行義務への配分(ステップ3、4)

取引価格は、財又はサービスの独立販売価格の比率で各履行義務に配分されます。従って、ライセンス契約において、ライセンス供与と区別して研究開発支援サービス等の履行義務を別個に識別した場合には、契約一時金の金額をそれぞれの履行義務に独立販売価格の比率で配分します。

バイオベンチャー企業が締結するライセンス契約は、個別性が強く、また過去の締結実績も限定的であるため、ライセンスの独立販売価格を直接観察できない場合が多くあります。そのため、合理的に入手できるすべての情報を考慮し、独立販売価格が見積られます。独立販売価格の見積方法については、収益認識に関する会計基準の適用指針(以下、「収益認識適用指針」)の第31項に次の3つが例示されています。

a. 調整した市場評価アプローチ
b. 予想コストに利益相当額を加算するアプローチ
c. 残余アプローチ

バイオベンチャー企業においては、研究開発支援サービスや原薬、治験薬の独立販売価格を算定できたとしても、ライセンスの供与については個別性が強く、独立販売価格の見積りが困難なケースが多くあります。そのため、ライセンスの供与については、残余アプローチ(契約における取引価格の総額から契約において約束した他の財又はサービスについて観察可能な独立販売価格の合計額を控除して見積る方法)を使用する実務が見られます。

残余アプローチは、次のa.又はb.のいずれかに該当する場合に限り、使用できるとされています(収益認識適用指針第31項)。

a. 同一の財又はサービスを異なる顧客に同時又はほぼ同時に幅広い価格帯で販売していること
b. 当該財又はサービスの価格を企業が未だ設定しておらず、当該財又はサービスを独立して販売したことがないこと

【仕訳例】

バイオベンチャー企業B社は、提携先である製薬企業とのライセンス契約において、ライセンスの供与と研究開発支援サービスを別個の履行義務として識別しました。B社は、契約締結時に契約一時金100を受領しました。また、本契約における研究開発支援サービスの独立販売価格は観察可能であり、20と算定しました。ライセンスの供与(使用権)は、収益認識適用指針第31項の要件に該当するため、B社は残余アプローチを採用しました。

(契約時)

【仕訳例】(契約時)

(研究開発支援サービス提供時)

【仕訳例】(研究開発支援サービス提供時)

(5) ライセンス供与が使用権とアクセス権のいずれに該当するか(ステップ5)

ライセンスの供与については、「使用権」に該当するのか、「アクセス権」に該当するのかを判定します。特定の化合物等の製法特許を有するバイオベンチャー企業においては、ライセンスの供与は「使用権」と判断されるケースが多いと考えられます。これは、顧客は対象化合物から得られる便益の大部分をバイオベンチャー企業による継続的な活動からではなく、重要な独立した機能性(特定の疾患を治療する医薬品としての機能)から獲得するためです。「使用権」と判断される場合には、一時点で充足される履行義務として、契約時(=ライセンス供与時)に一時点で収益認識します。

但し、ライセンス契約の形態は様々であり治療法も多様化してきており、ライセンスの内容や性質を踏まえた判断が必要となります。例えば、IT技術を活用した治療法などで、バイオベンチャー企業が知的財産の価値を補強する又は維持するための活動を行うことにより、そのライセンスの機能が継続的に変化する場合には「アクセス権」と判断される可能性もあります。「アクセス権」と判断される場合には、一定の期間にわたり充足される履行義務として会計処理します。

ライセンス供与が使用権とアクセス権のいずれに該当するか(ステップ5)

(6) ライセンスと別個に識別された履行義務の収益認識(ステップ5)

ライセンス契約において、ライセンスの供与以外の別個の履行義務(研究開発支援、原薬や治験薬等の提供等)が識別された場合、それぞれの履行義務の収益認識方法を検討します。

例えば、ライセンス供与と研究開発サービスを別個の履行義務として識別した場合において、研究開発サービスが以下のいずれかの要件を満たす場合には、一定の期間にわたり充足される履行義務として処理します(収益認識会計基準第38項)。

a. 企業が顧客との契約における義務を履行するにつれて、顧客が便益を享受すること
b. 企業が顧客との契約における義務を履行することにより、資産が生じる又は資産の価値が増加し、当該資産が生じる又は当該資産の価値が増加するにつれて、顧客が当該資産を支配すること
c. 企業が顧客との契約における義務を履行することにより、別の用途に転用することができない資産が生じ、かつ、企業が顧客との契約における義務の履行を完了した部分について、対価を収受する強制力のある権利を有していること

企業は履行義務の充足に向けた進捗度を合理的に見積ることができる場合には、当該進捗度に基づいて収益を認識する必要があります。ここで合理的な進捗度は、顧客に対して移転する財又はサービスに対する企業の履行を適切に描写するものであり、その見積り方法には、インプット法とアウトプット法があります。

【仕訳例】

バイオベンチャー企業B社は、提携先である製薬企業とのライセンス契約において、研究開発支援サービスを別個の履行義務として識別し、契約一時金のうち20を対価として配分しました(契約一時金受領時に前受金として計上)。B社はFTEに基づくインプット法を用いて進捗度を見積ることが合理的と判断している。当該契約で合意された研究開発期間にかかるFTEの合計は10と見積もっており、期末日までの累計FTEは4であった。

※ FTE(Full time equivalent):フルタイムで勤務する従業員を基礎とする測定単位

【仕訳例】

進捗度(40%)=期末日までの累計FTE実績(4)/研究開発期間におけるFTE合計(10)

当期に収益認識する金額=研究開発支援サービスの対価(20)×進捗度(40%)


(7) 識別された履行義務がライセンス供与と一体の場合の会計処理(ステップ5)

ライセンスの付与が他の履行義務と一体と判断された場合において、ライセンスの付与が支配的な構成要素であれば、両方を一括して単一の履行義務として処理します。ただし、この場合においても、他の履行義務も考慮して収益認識のタイミングを考慮すべきと考えられます。

たとえば、ライセンスの付与と製品の製造供給義務を区分できず、かつライセンスの付与が支配的な構成要素であると判断された場合においては、両者を単一の履行義務として、一定期間にわたり充足される履行義務であるか、又は一時点で充足される履行義務であるかを判定します。そして、ライセンスが使用権である場合、ライセンスの付与時か製品の製造供給義務を充足する時点のいずれか遅い時点で収益認識されます。他方、ライセンスがアクセス権である場合、契約上の研究開発期間と製品の製造供給義務を負う期間のいずれか長い期間にわたって収益認識されると考えられます。

3. マイルストーン・ペイメントの会計処理

(1) ライセンス供与のみが履行義務として識別された場合の収益認識

マイルストーン・ペイメントについても、契約一時金と同様に識別された履行義務の対価となりますが、契約で定められた条件を達成しなければ支払いを受けることができず不確実性が存在します。そのため、収益認識会計基準における変動対価(顧客と約束した対価のうち変動する可能性のある部分)として、取引価格の算定(ステップ3)で見積りを行うべきものですが、変動対価の見積りはその不確実性が事後的に解消される際に収益の著しい減額が発生しない可能性が高い部分に限り取引価格に含めるとされています(収益認識会計基準54項)。

従って、マイルストーン・ペイメントを収益に計上すると、その後に開発中止となった場合に収益の著しい減額が生じるため、契約一時金の収益認識時には取引価格に含めず、不確実性が事後的に解消される時点、すなわちマイルストン達成時に収益認識することになります。


(2) ライセンスと別個に識別された履行義務の収益認識

マイルストーン・ペイメントは変動対価として取引価格の一部を構成するため、通常はライセンス契約で識別された全ての履行義務に対して独立販売価格の比率で按分されます。

ただし、a.変動対価の支払条件が特定の履行義務の充足と個別に関連しており、b.特定の履行義務に配分することで、企業が権利を得ると見込む対価の額をより適切に描写する場合には、変動対価の支払いが特定の履行義務のみにかかるものと判断され、当該履行義務にのみ変動対価が配分されます(収益認識会計基準第72項参照)。

ライセンスの付与に加えて、研究開発支援サービスの提供の履行義務が識別された場合における適用例を以下に示します。


【例1】研究開発支援サービス提供期間中に受領するマイルストーン・ペイメントの会計処理

バイオベンチャー企業であるC社は、製薬企業とライセンス契約を締結し、ライセンス供与と研究開発支援サービスの2つの履行義務を識別した。C社は、研究開発支援サービスの提供期間中に受領した契約一時金及びマイルストーン・ペイメントをそれぞれの履行義務の独立販売価格の比率で按分して収益認識している。

  契約一時金 マイルストーン・ペイメント 合計
(1) ライセンス供与 12 48 60
(2) 研究開発支援サービス 8 32 40
合計 20 80 100

<マイルストーン・ペイメントの会計処理>

マイルストーン・ペイメントを受領した時点における研究開発支援サービスの進捗度は、50%であった。そのため、C社は研究開発支援サービスに配分された32のうち、16を受領時に収益認識し、残額を繰延収益として一定期間(研究開発支援サービスの残存期間)で収益認識することが、契約内容に照らし対価を適切に描写すると判断した。

【例2】研究開発支援サービス提供期間後に受領するマイルストーン・ペイメントの会計処理

D社は、研究開発支援サービスの提供期間経過後にマイルストーン・ペイメントを受領した。このマイルストーン・ペイメントの支払条件は研究開発支援サービスとは関連性がなく、ライセンスの付与だけに配分することが収益を適切に描写すると判断し、D社はマイルストーン・ペイメント受領時に収益認識した。

4. ロイヤルティの会計処理

売上高又は使用量ベースのロイヤルティは変動対価に該当します。そのため、変動対価の制限を考慮したうえで、期待値法あるいは最頻値法で見積りを行うとの性質を有するものの、収益の不確実性があることから収益認識会計基準において変動対価の例外規定が設けられています。

すなわち、ライセンス供与に対して受け取る売上高又は使用量に基づくロイヤルティについては、下記のいずれか遅い方で収益を認識することになります(収益認識適用指針67項)。

a. 顧客である製薬企業が売上高を計上する時又はライセンスを使用する時
b. ロイヤルティの一部又は全部が配分されている履行義務が充足(あるいは部分的に充足)される時

5. まとめ

バイオベンチャー企業におけるライセンス契約の収益認識の論点をまとめると次のとおりとなります。

バイオベンチャー企業におけるライセンス契約の収益認識の論点まとめ

*研究開発支援サービス、原薬や治験薬、製品の製造供給義務等

これらの検討にあたっては、ライセンス契約の内容を正確に理解することが必要となりますが、契約の文言など形式的な情報だけでなく、契約当事者の意図などを背景にした実質的な取引内容を契約ごとに吟味することが重要となります。

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