2022年11月30日
ファイナンスDXと共創するデジタル監査の新潮流

ファイナンスDXと共創するデジタル監査の新潮流

執筆者
EY 新日本有限責任監査法人

グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献する監査法人

Ernst & Young ShinNihon LLC.

加藤 信彦

EY Japan アシュアランスデジタルリーダー EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 パートナー

スペース×デジタル×サステナビリティで新たな価値を生み出すことを目指す。趣味はサウナとドラム。

2022年11月30日

ファイナンスDX(ファイナンス業務の変革)とデジタル監査(監査業務の変革)が共創するとどのような価値が生まれるのか、ファイナンス部門の役割の変化やDX人材の育成の観点から解説します。

本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 公認会計士 加藤 信彦

製造業や小売業の会計監査に従事した後、現在は金融機関に対する監査業務を提供しながら、デジタル&イノベーションリーダーとして監査業務変革に関与。主な著書(共著)に『Q&A コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コード』(第一法規)がある。公認会計士、米ニューハンプシャー州公認会計士。当法人アシュアランスイノベーション本部イノベーション戦略部およびAIラボ部長。

要点
  • ファイナンス部門の4つの役割に応じた監査の価値提供とは何か。
  • 監査法人のデジタル人材の定義と育成施策について解説する。

Ⅰ はじめに

多くの日本企業が経営改革の一環としてデジタルトランスフォーメーション(DX)を進める中で、ファイナンス部門も早急な対応を迫られていると思います。ファイナンスDXを「ファイナンス領域のデジタルツールの導入」で終わらせるのではなく、自社の長期的価値の創出に向けて、「デジタルを活用したファイナンス業務そのものの変革」※1として捉え、ファイナンス部門の役割を進化させていく必要があります。

一方でファイナンス部門のステークホルダーの1つである監査法人もデータとテクノロジーを活用した次世代の監査(デジタル監査)に向けて監査業務を変革しています。EYではファイナンス部門と監査法人が共創しながらDXを進めることで、双方にとって新たな価値が生まれると考えています(<図1>参照)。

本シリーズでは、これまで7回にわたってファイナンス領域におけるデジタルの活用ポイントを解説してきましたが、最終回となる本稿では、ファイナンスDXと共創するデジタル監査の新潮流について解説します。

図1 ファイナンスDXとデジタル監査の共創

Ⅱ ファイナンス部門の役割に応じた価値の提供

これまでのファイナンス部門は取引の記帳、月次や四半期などの内外報告を正しく処理するスコアキーパー、キャッシュ・フローの最大化、資産効率の向上など短期的かつ財務に関する情報を提供するコメンテーター、関連法令や会計基準への準拠・遵守に責任を持ち、必要な内部統制を構築するカストディアンとしての役割が多く求められていました。経済のデジタル化、グローバル化が進み、国や業種を超えたビジネスが展開する中で、ファイナンス部門がマネージメントのビジネスパートナーとなるためには、いかに早く、正確にデータを起点とした経営(データドリブン経営)の意思決定を行うために必要な情報を提供できるのかがポイントになります。

一方で監査法人もデータを起点とした監査(データドリブン監査)※2に向けて、全量データ分析を監査手続の中心に据え置いています。EYでは、データファーストアプローチの監査手法を採用し、データからいち早くリスクを検知したり、洞察を提供する取組みを行っており、必要に応じて第三者の視点からマネージメントレターを発行する取組みを行っています。ここからは、ファイナンス部門の各役割がデジタル技術の活用で進化していく中で、デジタル監査がどのような価値を提供できるのか<図2>の通り具体的に解説していきます。

図2 ファイナンス部門の役割変化に応じたデジタル監査の価値

1. スコアキーパー

記帳と決算報告が主な役割であるスコアキーパーはデジタル技術活用による業務の標準化、自動化による効率化が求められています。

EYのデジタル監査では、リモートワークで資料のやりとりが可能なウェブベースのプラットフォーム(EY Canvas Client Portal※3)やITシステムからのデータ抽出ツールの無償提供(Smart Exporter)などファイナンス部門の皆さまの監査対応業務の負荷軽減のため、さまざまな取組みを行っています。

22年10月にEY新日本と宝印刷(株)は、有価証券報告書など企業の開示決算プロセスを支援するため、宝印刷(株)の開示システムである「WizLabo」に格納される企業の決算データおよび開示データをEY新日本に連携するための「Application Programming Interface」と、有価証券報告書等の監査業務を効率化するシステムを開発するプロジェクトの発足をリリース※4しました。今後も財務報告に関するエコシステム全体のDXのため、会計システム、開示システムを提供する企業とも積極的に連携してまいります。

その他、EYではERPなどITシステム上の承認活動から発生するイベント・ログを収集し、業務プロセスを可視化するプロセスマイニングを監査で活用しています。例外処理の網羅的な把握による異常な業務処理統制の検知の他、業務に関するフローチャート作成の自動化、IT業務処理統制の再実施の自動化などファイナンス部門、会計監査人双方の内部統制評価の高度化、効率化に取り組んでいます。

2. カストディアン

コンプライアンスや財務リスクなど守りのリスク管理や資産価値の保全を担うカストディアンはデジタル技術活用によるリスクの可視化が求められます。

EYのデジタル監査では、監査で入手した全量データ分析による異常検知を行っていますが、当法人内Forensics事業部に所属する不正調査メンバーの知見※5と不正事例を学習したAIアルゴリズム(東京大学大学院 首藤昭信准教授と協働して開発)※6で財務リスクの適時把握とクライアントへの早期共有を進めています。

またランサムウエア攻撃などサイバー侵害が財務諸表に係るシステムに及んだ事例※7や財務・非財務情報に与えるデータガバナンスの影響※8などを踏まえ、EYではDigital Trust領域※9についても、財務・非財務リスクへの影響を踏まえた洞察の提供を積極的に行っています。

3. コメンテーター

財務的な観点からの短期の予測と対応が求められるコメンテーターはERPなど企業内の構造化データの結合、SNSやIoTからの情報などERP外にある非構造化データの活用に加え、BIツール※10利用によるデータ分析などデジタル技術の活用でマネージメントに対して洞察の提供が求められます。

EYのデジタル監査では、企業内の構造化データを結合したデータレイクとEYのデータ分析環境をクラウドまたは専用線でリアルタイムに連携する取組みを行っており、複数の監査業務で実用化しています。リアルタイム連携による全量データ分析を活用し、ファイナンス部門、会計監査人双方にとって効果的効率的な継続的監査手法※11を導入していくことで、リスクの検知や洞察の提供を早期に行っていく予定です。

4. ビジネスパートナー

財務面からの意思決定支援と事業価値向上が求められるビジネスパートナーはデジタル技術を活用した将来予測が求められます。バリューチェーン全体を俯瞰(ふかん)するために、財務・構造化データのみならず、非財務・非構造化データを活用したダッシュボードを構築し、予測モデルの作成、投資モニタリングの仕組みを整備した上で、事業計画・資金計画を作成することが必要となってくると考えられますが、「攻め」のリスク管理をカバーする統合的なプラットフォームは実用化段階にはまだ至っていないようです。

EYのデジタル監査では、これまで7年以上利用してきた世界共通の監査プラットフォームをさらに発展させた次世代のアシュアランス・テクノロジー・プラットフォームの構築に10億米ドル強の投資を行うことを22年6月に公表※12しました。この投資により、データ範囲の拡大(財務から非財務へ)、AIの実装(リスク検知力向上)、ユーザー体験の向上(洞察の提供、サステナビリティへの対応)を進め、財務・非財務報告に対する包括的な監査・保証サービスの提供を実現させます。

EYではこのようなプラットフォームの活用と、サステナビリティや企業価値評価など多様な経営アジェンダに対応するスペシャリストの参画により、ファイナンス部門のビジネスパートナーに対して将来に対する予測分析に基づき、第三者視点でのマネージメントレターで新たな気付きを積極的に提供していきます。

Ⅲ ファイナンス部門とのデジタル人材育成の共創

デジタル人材の育成のためには自社に必要な人材を見える化した上で、講ずべき手段を決定し、施策を実行していく必要があります※13

ファイナンス部門についても、その役割の変化に応じたデジタル人材を定義する必要がありますが、EYではファイナンス部門の役割が変化していく中で、データドリブン経営のためのデジタル人材を具備しておくべき※14と示唆しています。

一方で当法人でもデジタル人材の育成を進めており、ファイナンス部門のデジタル人材育成の参考に資する部分があると考えられるため、本稿ではEYが目指す未来の監査に向けた監査プロフェッショナルの変革(<図3>参照)と具体的な施策について記載していきます。

図3 EYが目指す未来の監査に向けた監査プロフェッショナルの変革(チェンジマネージメント)

1. 自社に必要な人材の見える化

EYではグローバルベースで監査に必要なロールタイプ、キャリアパス、ラーニングガイダンスをキャリアフレームワーク※15として定めています。また、それぞれのロールタイプごとに必要な人材ポートフォリオを設定し、各国で必要な要員管理を行う準備を進めています。その中でデジタルフル―エンシーは全てのロールタイプに必要なスキルであると定めた上で、デジタル領域に特化したスペシャリストのロールタイプとして、デジタル人材を定義しています。デジタル人材は監査チームの中で、エンジニアやサイエンティストなどテクノロジー人材と連携しながら、監査先企業のファイナンスDXを理解した上で、イノベーションロードマップを描く役割を担っており、データドリブン監査に必要なテクノロジーの導入を進めていきます。

デジタル人材は職階に応じたテクニカルスキルとビジネススキルを身に付けていきますので、ファイナンス部門の各役割におけるデジタル人材とも共創しながら双方のDXを進めていくことが可能です。

2. 講ずべき手段の決定

EYでは監査業務のデリバリー体制の変革を進めており、20年2月に公表したアシュアランスイノベーション戦略※16において「オペレーション」「アナリティクス」「オートメーション」の各専門分野の人材と知見を集結した専門組織(Center of Excellence(CoE))の強化により約4割の監査業務をCoEに移管することを目標としています。そのために必要な人材配置として理事長直轄組織のアシュアランスイノベーション本部を設置し、23年6月末までに800名を集約するために、必要な人材を監査法人内外から調達しています。

3. 施策の実行

EYでは、DXにおける組織とヒトの変革※17を進めていますが、22年7月より全ての社員・職員に対してデジタル領域のスキルセット(デジタルリテラシー)を測定し、個人の習熟度に応じた研修・育成を実施することで、プロフェッショナルとしての能力やスキルの再開発を支援するプログラム(<図4>参照)を開始しました。

図4 デジタルフル―エンシープログラム概要

EYに所属する4,480名を対象にデジタルフルーエンシー測定を行ったところ、スタッフからパートナーと職階が上がるにつれて平均点が高くなる傾向にあり、IT基礎、AI&データアナリティクス、DX&サイバーセキュリティに関する領域の平均点は現状でも高いという結果となりました。

現状不足するデジタル領域に関する知識をABCトレーニングで補うことで、監査業務に関与する全てのメンバーに最低限必要なデジタルリテラシー(レベル3)を備えるとともにデジタル監査をリードするデジタル人材(レベル4以上)を育成していく予定です。

また、デジタル人材をサポートするテクノロジー人材が監査法人の中で働きやすい環境を構築するために、テクノロジー人材向けのジョブ型人事制度※18を導入しました。さらに、採用改革として、テクノロジー人材の中途採用に特化したウェビナーを配信※19したり、海外大学新卒人材向けのキャリアフォーラム※20にも参加しています。

Ⅳ おわりに

近年、グローバルベースで統一したERPの導入やさまざまなITシステムにおけるデータレイクの実現により、ファイナンスDXを進める環境が徐々に整ってきたといえます。ファイナンス部門もファイナンス/アカウンティングリテラシーだけでなく、ビジネスリテラシーやデジタルリテラシーを備えた人材を戦略的に育成、配置する必要に迫られています。マネージメントのビジネスパートナーとして長期的価値の創出を支援するためにも、目標からのバックキャスティングで優先順位をつけて施策を実行していくことが肝要です。またデジタル監査を進める監査法人とも共創していくことで、監査対応プロセスの効率化だけでなく、リスクの検知や洞察の提供など第三者としての気付きやデジタル人材の育成のヒントを得られることもあるかもしれません。

EYでは、パーパス(存在意義)である「Building a better working world ~より良い社会の構築を目指して」を鑑み、業界に先んじてさまざまな変革を進めてきました。資本市場の発展やクライアントの皆さまの成長を支援すべく、これからもファイナンスDXと共創するデジタル監査の新潮流を生み出していく所存です。

※1 本誌2022年3月号「Digital技術の最新動向とFinance DX戦略」

※2 本誌21年12月号「監査法人のDX ~監査業務及び分析手法の変革」

※3 EY Canvas Client Portal(ey.com/ja_jp/audit/technology/canvas

※4 22年10月EY Japanリリース「EY新日本と宝印刷、監査自動化システムの共同開発PJを発足」

※5 本誌22年8月・9月合併号「データ分析による異常検知と発見的統制」

※6 本誌21年10月号「監査法人のDX ~データとAIの活用」

※7 本誌22年10月号「危機管理の観点でのサイバー侵害対応とデジタルフォレンジックの活用」

※8 企業会計22年5月号特集「費用最小化・価値最大化を実現するデータガバナンス最前線」

※9 デジタル社会実現に向けて、第三者として「信頼」を提供するサービスをEY新日本ではDigital Trustサービスと称している。(ey.com/ja_jp/digital-audit

※10 BI(ビジネスインテリジェンス)ツールとは、企業が持つさまざまなデータを分析・見える化して、経営や業務に役立てるソフトウェアのこと。

※11 本誌19年3月号「AIを活用した継続的監査で不正会計は見抜けるか」

※12 22年6月EY Japanリリース「EY、アシュアランス(監査・保証)の次世代テクノロジープラットフォームに10億米ドル強を投資へ」

※13 本誌22年11月号「DXを実現するための人材育成と定着の要諦」

※14 本誌22年6月号「データドリブン経営-PDCAサイクルからの昇華-」

※15 企業会計22年11月号特集記事「目標は「DX人材」が消える日!?デジタルを活用できる経理人材の育成」(組織の中で「社会に貢献する」会計専門職人材を育てる)

※16 20年2月EY Japanリリース「EY新日本、次代のデジタル監査・保証ビジネスモデル 「Assurance 4.0」でプロフェッショナルサービスの強化へ」

※17 本誌21年11月号「監査法人のDX ~組織とヒトの変革の先にあるサービスの変革」

※18 21年3月EY Japanリリース「データ&テクノロジー人材対象の新人事制度(評価・報酬)および育成・キャリア形成を支援するフレームワークを導入」

※19 KOTORA JOURNAL「【EY新日本有限責任監査法人】次世代のデジタル監査のビジネスモデル「Assurance 4.0」の真髄に迫る。監査法人が“テクノロジー人材”を採用する理由」(www.kotora.jp/c/interview/EYassurance/

※20 ボストンキャリアフォーラム2022(careerforum.net/ja/event/bos/companylist184/

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  • 「情報センサー2022年12月号 デジタル&イノベーション」をダウンロード

サマリー

ファイナンスDX(ファイナンス業務の変革)とデジタル監査(監査業務の変革)が共創するとどのような価値が生まれるのか、ファイナンス部門の役割の変化やDX人材の育成の観点から解説します。

情報センサー2022年12月号

情報センサー
2022年12月号

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

 

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この記事について

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EY 新日本有限責任監査法人

グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献する監査法人

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加藤 信彦

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スペース×デジタル×サステナビリティで新たな価値を生み出すことを目指す。趣味はサウナとドラム。

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