2022年5月31日
データドリブン経営 -PDCAサイクルからの昇華-

データドリブン経営 -PDCAサイクルからの昇華-

執筆者 EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社

複合的サービスを提供するプロフェッショナル・サービス・ファーム

EY Strategy and Consulting Co., Ltd.

2022年5月31日

Finance DXに関する包括的な論述を行う全8回シリーズの第4回となる本稿では、ファイナンス部門がデータを起点に将来予測情報を提供し、対処方法を事前に予期するデータドリブン経営の実現に向けた変革の推進役となるためのポイントについて論じます。

本稿の執筆者

EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) BC-Finance

森 真平

BC-FinanceのFinance DXオファリングチームに所属。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) マネージャー。


飯川拓也

BC-FinanceのFinance DXオファリングチームに所属。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) マネージャー。


呂 治東

BC-FinanceのFinance DXオファリングチームに所属。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) マネージャー。

要点
  • 不確実性が増大している現在、ファイナンス部門は従来型の管理会計を超えて、どのような役割を担う必要があるでしょうか。
  • 新たな役割を果たすために、ファイナンス部門はどのような備えをしておくべきでしょうか。
  • 重要なエネーブラーであるデジタル技術をどのように活用すべきでしょうか。またその実用性は現時点でどの程度まで進んでいるのでしょうか。

Ⅰ はじめに

企業を取り巻く環境がVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代といわれるようになり、はや10年が経ちました。近年は新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の影響からグローバルレベルでの不確実性が増大しており、各社の中期経営計画にも大きく影響しているようです。また、先が見通せない、かつ状況変化のスピードが速い環境に対応するために、経営者や事業責任者はこれまでの事業年度単位でのPDCAサイクルにとどまらず、経営環境の変化に合わせてより柔軟に機敏性(Agility)を持ったアクションが求められ、現在のファイナンス部門はこれらの意思決定や実行のための洞察提供やナビゲートをする役割が求められています。このような外部環境の変化へ柔軟に対応する経営管理のサイクルをOODA(ウーダ)ループといいます。

OODAループは、観察(Observe)、情勢判断(Orient)、意思決定(Decide)、行動(Act)を機敏に回すことによって環境変化への対応スピードを向上させる意思決定手法です。

本シリーズでは全8回にわたり、Finance DXに関する包括的な論述を行っています。本誌2022年5月号の第3回ではファイナンス部門がその役割を高度化するに当たって必須となる、データの蓄積と利活用という観点から、デジタル技術の適用について述べました。第4回となる本稿では、ファイナンス部門が過去情報に基づく予実差異分析を基にした改善アクションを支援する役割からさらに進化し、データを起点に将来予測情報を提供し対処方法を事前に予期する、データドリブン経営の実現に向けた変革の推進役となるためのポイントについて論じます。

Ⅱ データ起点の経営判断の変革

従来の管理会計では、事業年度のはじめに事業計画や予算を作成し、その計画・予算と実績との差異を月次等で分析し、改善アクションを考えることが中心でした。これは、外部環境が安定している状況下では、過去の財務指標をさまざまな切り口で分析することで適切な改善活動につなげる、PDCAサイクルのCheck/Actionの部分を担う意味で、一定の意義がありました。

しかし、昨今の経営環境においては、計画や予算の前提条件自体が期中に大きく変化するため、計画・予算と実績の差異分析と改善アクションの検討のみでは、対応が難しいケースも生じています。例えば、為替レートが大きく円安に振れる、あるいは地域紛争の発生によって川上工程の供給能力が逼迫(ひっぱく)することで、資材や部品の仕入価格が高騰しても、現場レベルでは改善できない管理不能な予実差異として取り扱われることが多く、有効な打ち手につながらない状況が想定されます。また、そもそも予実差異分析とは過去情報の分析であるため、その結果に基づく改善アクションが、将来の経営環境下でどの程度有効かについての検討は、ほとんど実施されないことが実情です。

このような変化の激しい環境下においては、将来に起こり得る事象を複数のシナリオで予測し、それぞれの状況に応じた施策を備える経営・事業のかじ取りが求められます。そのためには過去情報ではなく、できる限り多くの将来予測情報に基づいて、今後のビジネスに向けた意思決定を行う必要があります。過去の財務情報の分析ではなく、これからの財務数値を事業部門と一緒に作っていく、つまり経営者や事業責任者とともにOODAループを推進する役割が、今のファイナンス部門に求められています。

具体的に企業経営、事業運営において、これからの業績結果、財務数値を生み出していくために、どのような意思決定が必要なのか。また、そうした意思決定をデータ起点で進めるためには、どのような将来予測やシナリオシミュレーションが必要なのか、その全体像を<図1>に示します。

図1 データ起点の意思決定の全体像

Ⅲ OODAループ実現のための三つの備え

OODAループはもともと、1950年代に米国空軍で戦闘機による空戦の勝率を上げるための軍事理論として整理されたものです。そのため、企業経営での利用においては、目の前の戦闘、つまり短期的な状況判断や意思決定のみに役立つと誤解されがちです。しかし、OODAループの本質は、変化する状況に対応するために事前に複数の予測される状況を想定し、それに対応する複数の施策を用意しておくことで、迅速な対応を実行して勝つための戦略です。そのため、企業活動においては短期計画だけではなく、むしろ中長期の計画についてその計画の前提条件を明らかにし、その前提が変わった場合に機敏に対応できるように準備しておくことが、企業経営におけるOODAループの活用ポイントであると言えます。

また、OODAループは、販売活動、生産活動、購買活動といった事業活動の特定の領域のみに適応した手法ではなく、限界利益を最大化するPSI計画や、製品別ライフタイム収益管理といった、事業活動におけるさまざまな機能を横断的に管理・最適化できる手法です。

このように、OODAループは理論的には企業経営・事業運営の全般を通して、状況変化に俊敏に対応できる意思決定システムとして、不確実性の高い経営環境に適した手法です。しかし、これまでの事業年度単位でのPDCAサイクルによる意思決定から昇華し、OODAループによる意思決定システムに変革することは決して容易ではありません。OODAループ実現のためには、<図2>で示すように、「デジタル」「ピープル」「カルチャー」の3つの備えを事前にデザインして推進する必要があります。

図2 OODAループ実現に向けた3つの備え

Ⅳ デジタルの備え

デジタルの備えにおいては、<図3>で示すように、「データ収集」「データ蓄積」「処理」「報告」の4つの観点から検討することが重要です。

まず、「データ収集」について重要なポイントを2点述べます。

図3 デジタルの備え

1点目は、収集すべきデータの広がりや、多くの利用者への展開を見据えて、柔軟に拡張・対応できる仕組みが必要である点です。昨今はSAAS環境で提供され、ユーザーが比較的柔軟にウェブブラウザー上でオペレーションできるパッケージソフトも増えており、こうしたデジタルツールの利用が可能です。

2点目は、企業内に存在する複数のシステムや社外に存在するデータソースを含め、データ連携を容易にするために同一のプラットフォームでデータ収集を行うことが望ましい点です。これについても、WEB-API等の活用を通じた、リアルタイムでのデータ一元収集が可能になりつつあります。

次に「データ蓄積」については、データ量が重要になります。昨今収集可能なデータは指数関数的に増加しており、こうしたデータを複数のシナリオシミュレーション等に余すことなく活用するためには、一昔前のようにデータ容量を事前に見積もってその制約の中でシステム運用するのではなく、データの増加に柔軟に拡張できる仕組みが必要です。

そのためには、SAASを中心としたクラウドシステムを利用するとともに、企業内の複数のシステムでのデータの散在や重複を可能な限り解消するために、グローバルデータベースを設計し、データを一元化する取組みも必要です。

「処理」では、柔軟性と高速化に対応する必要があります。

将来予測やシナリオシミュレーションの算出モデルは固定されたものではなく、環境変化に合わせ、また仮説・検証を繰り返して、頻繁に見直す必要があります。その際に、都度、IT部門に開発依頼をしなくても、ユーザー側でモデル式等を柔軟に変更できる仕組みである点が重要で、前出のSAAS型のアプリケーションは、そうした要求にも対応できつつあります。

また、大規模なデータモデルを扱う場合には、高速な演算処理が必要であり、これもインメモリーデータベース等の技術の活用が見込まれています。

「報告」では、報告を受けるユーザー自身が、例えばWhat-If分析などの追加分析を行える機能を備えたダッシュボードツールが求められます。近年では、こうしたBI・ダッシュボードツールの価格が下落傾向にあり、本格的な導入を推進する企業も増えています。

総括すると、OODAループの実現を支援するためには、さまざまな社内システムや社外ソースからデータを収集し、これらの大量データを一元的に蓄積した上で、将来発生する状況パターンをAIや統計情報を活用して、大量データ解析を短時間で演算処理できるよう、備えておく必要があり、昨今のデジタルツールはこうした要求を満たしつつあります。

V ピープルの備え

企業経営、事業運営におけるファイナンス部門の役割が、PDCAサイクルのCheck/Action役からOODAループの推進役に変化することに伴い、ファイナンス部門に求められるケイパビリティも、従来の管理会計部門が求められていたものから大きく広がります。

<図4>はOODAループ実現のためにファイナンス部門が具備しておくべきケイパビリティを、縦軸にビジネスリテラシーとデジタルリテラシー、横軸に実務家と戦略家に分け、2軸4象限で網羅したものです。

図4 ピープルの備え

実績情報の収集や定常的な予実分析、管理レポーティングを行う「オペレーター」に相当する人材はこれまでも存在しました。一方で、今後OODAループを推進するに当たっては、より広範囲なデータソースから高度な分析を行える「アナリティクスエキスパート」や、分析の元となるデータをガバナンスする「データエキスパート」として、ケイパビリティを拡張する必要があります。

さらに、ビジネスそのものへの深い理解と知見に基づき、予測モデルや統計モデルに落とし込む「モデリングエキスパート」や、分析結果から意思決定に真に役立つ洞察を見いだす「インサイトインタープリター」といったケイパビリティも新たに必要となります。また、事業の現場の意思決定や合意形成、および着実な実行を推進するために、周囲の人を巻き込むソフトスキルを兼ね備えた、「カタリスト」というケイパビリティも求められます。

このように、OODAループを推進するために必要なケイパビリティには多様なものがあり、これらの性質の異なるケイパビリティを一人の個人が持つことはほぼ不可能です。したがって、組織、チームとしてこれらを具備できるよう、人材の育成・強化に取り組む必要があります。

OODAループを推進するためにファイナンス部門が具備すべきケイパビリティとその人数を計画し、不足分について戦略的に補っていく取組みが重要です。その際には、どのケイパビリティは社内で持つべきか、逆にどのケイパビリティは外部専門家に頼るべきか。あるいは、社内で持つとしてもCenter of Excellenceに集中的に人材と知見を蓄積すべきか、それとも意思決定の現場に近いローカルファイナンスに分散配置すべきか、といった観点での検討が重要です。

Ⅵ カルチャーの備え

BPRなどの一般的な業務変革プロジェクトにおけるチェンジマネジメントでは、「トップダウンの強い要請」「業績評価への反映による行動促進」「新業務に対する入念なトレーニング」が重視されます。こうした変革の対象は現場レベルのメンバーであることが多く、変革後の新たな業務プロセスの浸透が重要なポイントとなります。

一方で、OODAループの導入においては、変革すべき相手がミドルマネジメントやトップマネジメントとなる点や、変革の対象が業務プロセスではなく意思決定の考え方そのものである点が、通常の業務変革プロジェクトとは根本的に異なります。

そのため従来のチェンジマネジメントの手法のみでは、OODAループによるデータドリブン経営の実現は困難であり、「カルチャーの備え」として次の2点に取り組む必要があります。

1点目は、経験則に基づく意思決定を重視しがちなミドルマネジメントやトップマネジメントに対して、AIや統計予測情報の特性を理解してもらい、デジタルリテラシーを向上させることです。これにより、デジタルを意思決定に活用することの優位性と限界について腹落ちさせることが重要です。

2点目はPoC(Proof of Concept)により小さな成功例を社内に積み上げていくことで、デジタルを活用した経営スタイルを志向する文化を社内に伝搬させることです。このように、新しいカルチャーを押し付けるのではなく、新しいカルチャーに取り込むことの利点や重要性を、社内に徐々に浸透させていくことが、変革の成功要因となります。

Ⅶ おわりに

OODAループによる意思決定や、データドリブン経営といった考え方は決して新しいものではありませんが、これまではそれを実現するためのデジタル技術が追い付いていなかったため、コンセプトレベルで議論が止まっていました。しかし、昨今のデジタル技術の急速な進化により、「デジタルの備え」の側面では実現のためのハードルが大きく下がりました。

一方で「ピープルの備え」や「カルチャーへの備え」は、人材のケイパビリティやマインドが関わってくるものであり、十分な備えを行うには非常に時間がかかるものと想定します。

したがって、「デジタル」での実現性が見えてきた今の時点から、「ピープル」や「カルチャー」の備えに正面から取り組む企業と取り組まない企業では、数年先の成果が大きく異なるのではないかと考えます。ファイナンス部門がOODAループの推進役となり自社のビジネスのさらなる飛躍に寄与するのか、PDCAのチェック役にとどまりビジネスの縮小均衡を招くのか、今がその重大な岐路であるといえます。

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サマリー

Finance DXに関する包括的な論述を行う全8回シリーズの第4回となる本稿では、ファイナンス部門がデータを起点に将来予測情報を提供し、対処方法を事前に予期するデータドリブン経営の実現に向けた変革の推進役となるためのポイントについて論じます。

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※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

 

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