内部統制の目的は、「業務の有効性及び効率性」、「財務報告の信頼性」、「法令等の遵守」、「資産保全」とされてきましたが、サステナビリティ等の非財務情報に係る開示の進展や重要性の高まりを受けて、「財務報告の信頼性」が「報告の信頼性」と改訂されました。
ただし、金融商品取引法は改正されていないため、内部統制報告書が対象とする内部統制は従前どおり「財務報告に係る内部統制」となります。
2. 基本的要素の改訂
6つの基本的要素とは、「統制環境」、「リスクの評価と対応」、「統制活動」、「情報と伝達」、「モニタリング」及び「ITへの対応」を指します。内部統制報告制度においては、全社的な内部統制と称し、原則全ての事業拠点で評価が求められています。
今回、「リスクの評価と対応」、「情報と伝達」、「モニタリング」、「ITへの対応」に改訂が施されました。
全社的な内部統制の評価実務において、実施基準Ⅱにある『財務報告に係る全社的な内部統制に関する評価の例』を参照している企業は多いと思います。今回の改訂では、当該例に対する修正がなかったことから、基本的要素が改訂されても、全社的な内部統制の評価には影響しない、と考えている企業があるかもしれません。しかしながら、上場会社の内部統制報告書において、「財務報告に係る内部統制を整備及び運用する際に準拠した一般に公正妥当と認められる内部統制の枠組み」として当該基準及び実施基準の基本的枠組みを記載している企業が大半です。というのも、内部統制府令において、一般に公正妥当と認められる内部統制の枠組みは、当該基準及び実施基準の内部統制の基本的枠組みと定められているためです。したがって、基本的枠組みが改訂された場合には、企業は改訂後の基本的枠組みに準拠して内部統制を整備運用することが必要となり、内部統制報告制度においては、改訂後の基本的枠組みに準拠して内部統制が適切に整備運用されているかという視点での評価が必要となります。
(1) リスクの評価と対応
リスクの評価と対応では、評価対象となるリスクに不正に関するリスクが含まれることが明記されました。これにより、企業は財務報告の信頼性に及ぼす影響の重要性を考慮する上で、不正に関するリスクも念頭におくこととなります。不正に関するリスクを検討する際には、不正の要因となる「動機とプレッシャー」、「機会」、「姿勢と正当化」について考慮することが重要とされており、企業は、今後、これらの不正の要因も考慮して評価範囲を決定していくことになります。
また、今回の改訂では、リスクの変化についても加筆されています。リスクは、時の経過や状況の変化に応じて変容する性質を有するため、リスクの変容に注意を払い、適時にリスクを再評価し、再評価したリスクへの対応を行うことが重要とされています。内部統制報告制度の評価範囲の決定においても、リスクは変化するものであることを前提に適切な評価範囲の決定と見直しが期待されています。
(2) 情報と伝達
情報と伝達については、情報の信頼性が強調されました。基準及び実施基準が策定された15年前と比べると、ビジネス及びビジネスを取り巻く環境は変化しており、大量の情報を扱い、業務が高度に自動化されたシステムに依存している状況も増えてきています。そうした状況においては、情報の信頼性が重要となることが強調されました。
(3) モニタリング
モニタリングについては、内部監査人が識別した問題点について、取締役会や監査役等とも共有し、適切に対応することが求められています。内部監査は経営者直轄の組織としている企業も多いと思いますが、内部監査人が識別した問題点について、適時に経営者に報告する仕組みを確保するとともに、問題点に対し経営者が適切な対応をしているかをガバナンスが監視していくことの重要性を確認する改訂となっています。
(4) IT(情報技術)への対応
ITへの対応については、昨今、ITリソースを自社で保有せず、外部の専門会社に委託する事例も増えてきていることから、ITの委託業務に係る重要性について強調されています。また、クラウドやリモートアクセスなどのさまざまな技術を活用するに当たっては、サイバーリスクの高まり等を踏まえ、情報システムに係るセキュリティの確保の重要性も強調されました。
(5) その他の主な改訂点
ここでは、その他の主な改訂点として2点取り上げたいと思います。
1点目は、内部統制の限界の1つとされる内部統制の無視又は無効化リスクについてです。今回の改訂で、内部統制の無視又は無効化のリスクを低減する対策例が追記されています。改訂後の基準では、全社的な内部統制や業務プロセスレベルの内部統制を適切に整備運用していれば、内部統制の無視又は無効化のためには社内に複数の共犯が必要となるため、たとえ経営者であっても内部統制の無視又は無効化は相当程度困難なものとなり、経営者の不正に対する抑止的な効果も期待できるとされています。内部統制の無視又は無効化は、特定の1つの効果的な内部統制があれば防止や発見ができるといった単純なものではないため、適切な経営者の理念等に基づく社内の制度、適切な職務分掌、組織全体を含めた経営者の内部統制の整備及び運用に対するガバナンス体制、内部監査、内部通報といった要素が複合的に重なりあって抑止又は発見していくことになります。
2点目は、内部監査について、内部監査人として熟達した専門的能力と専門職としての正当な注意が求められる点が追記されました。熟達した専門的能力には、監査や被監査対象業務に関する知識、リスクの識別に関する知識、リスクへの対応の適切性を判断する知識が含まれると考えます。経営者は、連結グループ全体の業務の適正を確保することを目的とした体制の整備運用に責任を負っていますが(会社法第362条第4項第6号)、自ら業務の適正が確保できているかを確認することは困難であることから経営者の直属として内部監査を設けていることが多いです。内部監査は経営者自身の職責を支援する位置づけであることから、課題を適切に指摘し、時には改善案を適切に提案できるような熟達した専門的能力を有した人材を確保することが重要と考えます。内部監査については、本シリーズ4回目で取り扱います。