内部監査の国際団体であるThe Institute of Internal Auditors(略称 IIA:内部監査人協会)では、組織全体のガバナンス、リスクマネジメントおよび内部統制の有効性を評価、改善するために内部監査の専門職として規律ある姿勢で体系的な手法をもって行うことを求めています。本章では、内部監査人がこれらの役割と責任を果たすために具体的にどのような資質と技能が求められるのかについて考察します。
はじめに、内部監査人に求められる資質について考えていきます。まず内部監査人の資質として絶対条件となるのが、誠実性、高潔性、真摯な姿勢、つまり倫理観です。また、客観性も不可欠な要素と言えます。内部監査人は、自己または他者の利害により不当な影響を受けてはならないことはもちろん、心証のみに基づく判断や先入観に基づく判断を行ってはならず、常に客観的な事実、分析に基づいて判断を行う必要があります。例えば、承認の記録があるだけで内部統制が有効であると評価すべきではなく、承認を行う際に何をどのような着眼点をもって確認し、どのような判断基準をもって問題ないと判断して承認を行っているのかを確認した上で内部統制の有効性を評価すべきです。また、規程やマニュアルの内容は必ずしも完全なものではなく、それらが正であるという先入観に基づき規程やマニュアルを遵守していれば問題ないと判断すべきではありません。この場合、まず、規程やマニュアルの内容に問題がないかを客観的に分析した上で、有効と判断された定めについてその遵守状況を評価する必要があります。
倫理観、客観性に加え、内部監査人には専門的能力が求められます。専門的能力は日本企業における内部監査人の最大の弱点と言えます。内部監査人がどれだけ高度な倫理観、客観性を持っていたとしても専門的な能力を欠いていては信頼に足る監査を行うことはできません。したがって、次章で詳述する内部監査の専門的能力の不足の解消は喫緊の課題と言えます。
日本企業の内部監査の専門的能力が不足している理由は、欧米企業と比べて内部監査の歴史が浅いことに起因していると考えられます。多くの日本企業では本格的に内部監査を行うようになったのは2006年に会社法が施行された以降であり、経営者の内部監査に対する期待、関心はまだなお十分でない場合が見られます。それにより組織内における内部監査の位置付けが低くなり、内部監査の専門的能力が高まっていかないものと考えられます。欧米の内部監査先進企業においては、内部監査は組織の持続的成長のための重要な機能であると考えられており、その維持、強化に向けて人的資源、予算等についても経営者による潤沢なサポートを受けています。欧米では経理や法務と同様、内部監査についても専門職とみなされており、監査部員の大多数は潤沢な監査経験を持つ専門家です。それに対して、日本企業ではキャリアの最後に数年在籍する部門という色合いがいまだに濃いです。最近でこそ、中堅社員を内部監査部門に配属することが少しずつ増えてきていますが、それも数年間の在籍に限られることが多く、内部監査の専門家と言えるレベルに達する前に異動してしまうということが目立ちます。これでは、内部監査の専門的能力は確保できません。
こうした見解に対して、日本企業では内部監査部門に限らず他部門においても在籍年数は限られており、ジョブローテーションが行われているという反論があるかと思われます。しかし、内部監査人は、他部門と同様、自部門の業務に特有の専門的知識、技能を習得する必要があることに加え、組織の業務執行から独立した見地からあらゆる業務を監査することが求められているという特性上、多くの部門の業務や子会社で行われている事業などについて広範な知識を必要とします。したがって、2~3年の在籍期間で内部監査の専門的能力を充足することは困難です。
さらに、現在の内部監査は、リスクベースによる監査が主流となっており、チェックリストに基づいて〇✕判定するだけで充足するような監査では不十分です。したがって、監査の専門的技能、監査対象業務に関する知識に加え、監査対象業務を客観的に分析し、最適なソリューションを導き出すための論理的思考力、情報解析能力、情報を引き出すためのコミュニケーション能力、法令や規程類等に定めのない事項に関する指摘、改善提案を行うにあたって監査先の納得、同意を得るためのプレゼンテーション能力などといったソフトスキルも高度なレベルで必要となります。
その上、最近では、ESG、セキュリティ、DXなどに代表されるような極めて高度な専門性を要するテーマの監査ニーズが高まってきており、内部人材だけでは賄いきれなくなってきています。欧米の内部監査先進企業では、こうしたテーマの監査を行うに当たり、外部専門家へのアウトソーシングを活用しています。つまり、そのための予算を経営者が提供しているということです。
このように現状の日本企業の内部監査の人材方針や予算を含めた経営者による支援体制では、現在およびこれからの時代に求められるような監査には対応しきれません。したがって、このような現状課題を解決するため、どのような取り組みを行っていくべきかについて次章において考察していきます。