Session1
激動する国際税務環境で求められる日本の対応と税務ガバナンスの強化
グローバル化、デジタル化が進展する中、国際税務環境にも大きな変化が押し寄せています。
経済協力開発機構(以下、OECD)では活発化するデジタルビジネスなどの租税回避防止措置として、昨年11月に新たな国際課税の枠組みとなるBEPS2.0(税源浸食と利益移転)の概要を公表しました。これからさらに議論が行われますが、早ければ2年後にも実施されることが予想されています。このBEPS2.0とは一体どんな内容なのか。そして、それはいかに日本企業に影響を及ぼすのか。EYの専門家たちが、その対応や問題点について提言します。
パネリスト
関谷浩一 タックス・ポリシーリーダー パートナー
荒木知 タックス・ポリシー・アンド・コントロバーシー ディレクター
大堀秀樹 国際税務部 ディレクター
迫るBEPS2.0
何が問題なのか?
関谷 これまで50年以上続いてきた国際課税の仕組みが今、大きく変わろうとしています。特にヨーロッパでは10年ほど前から多国籍企業が軽課税国に所得を移転して、市場国で十分な税金を払っていないことが問題となっています。例えば、デジタルビジネスでは市場国に事業拠点を置かなくても、軽課税国から事業を行い、そこで所得を発生させることが容易にできます。こうした問題に対応するためにOECDではBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトを進めてきました。OECDでは当初、旧来の国際税務の枠組みを手直しして、租税回避防止措置を講じようとしましたが、それだけでは所得の国家移転を防ぐことができなかった。そこで今回新たにBEPS2.0を推し進めることになったのです。
では、このBEPS2.0とは一体何なのか。まず言えることは、これは今までの国際税務の仕組みの上にまったく異なる課税の仕組みを作り、税金を徴収する新たな課税措置であるということです。従来の国際課税の仕組みのように国ごとに所得を計算し、納税するのではなく、定式的アプローチとして企業グループ全体の利益を一定の算式に基づいて各国に割り当て、それをベースに税金を徴収する仕組みを検討しているのです。この他、BEPS2.0では所得の流出を防止するために各国で必ず最低限の税負担が発生するような仕組みの導入も検討されています。OECDは、BEPS2.0の概要(Blueprint)を昨年10月に発表しましたが、今後、日本企業はこの対応をどのように考えるべきでしょうか。
EY Japan
タックスポリシーリーダー パートナー
関谷 浩一
BEPS2.0は影響必至
日本企業に求められる対応とは
大堀 BEPS2.0には経済のデジタル化に対応したあらたな課税権を設定する第1の柱(Pillar 1)と、BEPSにおいて残された課題に対応する第2の柱(Pillar 2)があります。
まず第1の柱では、市場国に拠点がなくても収益を上げる、いわゆる標準化や自動化されたデジタルサービス(ADS)を展開する企業に対して、新たな課税権である「利益A」を設定することで連結決算での超過利益を計算して、市場国で課税することが検討されています。また、消費者向けビジネス(CFB)においてもブランドなどの無形資産を通じて販売していることから同様の措置がとられるほか、基礎的販売活動にかかる利益を「利益B」として算出することも検討されています。
では、こうした措置に対して日本企業はどのような対応をすればいいのか。現段階では各企業グループにおいて、ADS/CFB収入に当たるものがあるのかどうかをまず確認することが必要です。そして、そのADS/CFB収入がどれくらいあるのか。そこから利益Aがどう算出されるのか。システムを含めた体制の構築が重要になってきます。
次に第2の柱については、主なルールとして所得合算ルール(IIR:軽課税国にある子会社等へ帰属する所得を最低税率まで親会社の国で課税)と軽課税支払ルール(UTPR:軽課税国への支払いを行っている子会社に対し、支払会社の国で課税)があります。
現在、移転価格国別報告書(CbCR)を提出している日本企業の多くは、IIRの適応を受けると考えられます。IIRではグローバルの連結決算をベースに国別の実効税率を計算し、最低税率を下回る場合、その差額について課税を受けることになります。
ただ、日本企業では第1の柱のADS/CFB収入に当たるものがあるのかどうかについては関心が高いのですが、実は第2の柱の方が課税を受ける可能性が高く、注意が必要です。同時にCbCRは第2の柱に近い内容に改定されることが予想されており、課税ベースの把握もより精緻に求められることになります。実際の申告段階においてはIIRのミニマム課税を計算・申告するだけでなく、引当/クレジット/ローカル税繰延といった制度を利用して、いかに税務プランニングによって税額を削減するのか、税効果会計上のスケジューリングも重要になります。
EY Japan
国際税務部 ディレクター
大堀 秀樹
グローバルで対応できる
税務ガバナンス強化が急務
関谷 今後BEPS2.0については今年半ばごろまでに国際的合意がなされ、年末に向けて詳細が詰められる予定です。早ければ2年後に実施されると言われています。もし合意がなされない場合は、各国で独自の新税が導入され、企業は各国バラバラに対応せざるを得ない状況となり、二重課税が多数発生することも懸念されています。
荒木 それだけではありません。世界的に見ても今、税務調査や係争が増加している状況にあります。特に新興国を中心に今年から税務調査が強化されることも予想されています。オンラインベースの調査が拡大している上、各国税務当局は多国籍企業の移転価格を含めたクロスボーダー取引について重点的に調査を行っています。新興国では調査官の能力強化も進めており、税務係争はますます増えると言われています。また最近の税務調査の傾向として、税務調査に関する情報を他国当局と交換する、いわゆる“裏取り”が積極的に行われています。さらには他国当局からの情報を元に新たな税務調査を開始することも増えています。日本企業も海外子会社への税務調査について本社がしっかり把握しなければ、グループのガバナンスにとって大きなリスクとなる可能性が高いのです。
関谷 特に日本企業は海外企業と比べ、グローバル税務ガバナンス機能が脆弱(ぜいじゃく)だと指摘されています。それは各国の税務については各子会社が担当することであって、全体で対応する必要はないと考えられてきたからです。しかし今こそ、日本企業でもグローバル税務ガバナンスを強化することが急務となっているのです。
大堀 ある意味、BEPS2.0の第1の柱、第2の柱は、世界初のグローバルベースでの課税となります。本社の税務部門を中心として、グローバルな課税に関する税額計算、情報収集、そして税額をどのように負担するのかを決めることが重要になります。税額の計算ルール、税負担ルールについて税務ポリシーの中で定めることが求められているのです。
荒木 重要なことは海外子会社で税務調査が始まった場合、それが本社に伝わるガバナンス体制になっているかどうか、本社が税務調査の過程で情報を把握し関与できる体制になっているかどうかを確認すべきです。しかし現実的に日本の税務・経理部門が、制度が異なる海外の税務調査にすべて対応することは困難です。その対応のためにも世界的なネットワークをもつ外部アドバイザーを活用することが重要になっているのです。
各企業グループでは今後BEPS2.0に対応するためにも、税務部門の体制を再構築することが喫緊の課題となっています。グローバルベースで自社の税務の動きを包括的にチェックすることが重要になっているのです。世界的に見ても今、税務調査や係争は増加している状況にあります。本社を中心に税務ガバナンスを構築し、グローバルで情報を把握し関与できる体制を作ることが、これからの日本企業には不可欠と言えるでしょう。
EY Japan
タックスポリシーアンドコントロバーシー ディレクター
荒木 知
Session2
激増する税務部門の役割と高まる税務プランニングの必要性
近年進められている連結納税やグループ納税制度の導入のほか、コロナ禍におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)が加速する中、税務部門の役割が大きくクローズアップされ、その重要性が認識されています。
グローバルで拡大する
税務部門の重要性
進谷 税務部門を取り巻く環境が大きく変化しています。グローバル化やDXプロジェクト、人材不足、そしてコロナ禍によるパンデミックなどがその大きな要因となっていますが、それに伴って税務部門の役割の重要性はますます増しているのです。実際、国内税務部門ではどのような変化が起こっているのでしょうか。
上田 税務業務はどうしても属人化しやすく、大きな変化があると業務もスムーズに進まない傾向があります。変化の例として、例えばご担当が休職されるというケースや、国内税務でいうと連結納税の導入などが挙げられます。連結納税の導入では、自社だけではなく、グループ企業の税務の管理からその体制のサポートまでも、本社の税務部門が担わなければなりません。実際、有価証券報告書の提出会社から連結納税の導入状況を見ると、10年前は300社程度で上場企業の10%ほどでしたが、2020年3月期では500社ほどで20%に迫ってきています。グループ通算制度の導入が始まれば、税務部門の業務負担は増していく状況にあります。
進谷 税務人材の不足も大きな問題となっていますが、多数の日本企業からは税務調査について、以前よりも多くの時間をかけざるを得ないという声が聞こえてきます。
上田 数年前から、国税庁は税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取り組みを進めてきています。実際の税務調査でも、コロナ禍の影響もあって実地調査ができない分、事前に準備した調査をしている印象を受けます。そこで今、求められているのがトップマネジメントの積極的な税務ガバナンスへの関与です。そのためにも事前準備のほか、外部の専門家もトータルで活用する時期に来ているのです。
進谷 事前準備については、税務調査の実際を描いたDVDを作成して社内で税務ガバナンスの強化に努めているクライアントもいらっしゃいます。日々の税務コンプライアンスの強化がいかに重要か。会社全体で理解を深めることが大事になっています。一方、国際税務についてはいかがでしょうか。
福澤 海外オペレーションを含めて、大きく既存のビジネスを見直す中で、事業変革ほか、事業の譲渡、株式の譲渡などで税務に関する課題がクローズアップされています。そうした課題に対して時間をかけず、いかに迅速に対応できるかが税務部門には求められています。また、グローバル化の進展によって、日本企業も海外に多くの子会社を持つ中で、各社のリスク管理、CFC税制(外国子会社合算税)への対応、移転価格においては本社と子会社、子会社同士の取引におけるリスク管理、当局がCbCRなどの税務関連情報を共有することによる新たなリスク管理も必要になっているのです。
進谷 通常の税務管理だけでなく、今後税務部門として対応しなければならないこととは何でしょうか。
福澤 通常の税務におけるリスク管理だけでも大変ですが、M&A、それに続くPMI(買収後の経営統合作業)でも税務対応は求められますし、海外子会社が多くあるほど税務調査への対応も増えるでしょう。また、日本でのJ-CFC(タックスヘイブン対策税制)に関する税務調査対応など、通常のルーティン業務以外の業務が今後も増えていく傾向にあります。
EY Japan
グローバル・コンプライアンス・アンド・レポーティング部リーダー パートナー
進谷 敏一
コロナ禍で必要性が増す
税務プランニング
進谷 一方、最近では税務プランニングの必要性も問われるようになってきています。私たちもクライアントの皆さまにこれまで多くの税務プランニングを提案してきましたが、例えば、実行税率を適正化するためにはどんなプランニングがあるのでしょうか。
上田 厳しい経済環境の中では、やはり納付税額を低減させていくことが重要になってきます。これを「キャッシュタックス」と呼んでいますが、まさに今「キャッシュタックスプランニング」が重要となっています。特にコロナ禍の環境では、グループ通算制度の導入のほか、資本や組織の再編までも踏まえた繰越欠損金の活用や、法人税のみならず消費税、地方税、固定資産税なども含めた総合的な税務の分析をすることが必要となっています。さらに今回の税制改正の目玉であるDX税制、R&D税制など、今後は税務部門が事業部のアドバイザーとしての役割を果たすことも欠かせなくなっているのです。
福澤 海外に目を向ければ、主要な拠点における英国のグループリリーフのような代表的なプランニングの検討・実施を始める日系企業は増えてきています。ただし、重要な適正化アイテムを網羅的に拾い上げるための情報収集を含めた体制が確立していないので、そこを検討・実施する日系企業は増えてきています。
EY Japan
ビジネス・タックス・サービス部リーダー パートナー
上田 憲治
税務ガバナンスの強化し
持続可能な税務部門を実現
進谷 税務部門の重要性が増加するに伴い、税務ガバナンスを構築するにはどのような対応が必要なのでしょうか。
福澤 例えば、移転価格に関する取り組みでは、税務ポリシーやガイダンスを設定することによって事業部からの協力が得られやすくなり、税務ガバナンスが強化されるといった事例もあります。海外子会社の税務調査への対応や海外企業のM&A後の税務ガバナンス強化においてもグループ全体で税務ポリシー、ガイダンスを共有することが重要になります。
進谷 マネジメント層は税務ガバナンスについてどんな考えを持っているのでしょうか。
福澤 マネジメント層は投資家の視点も意識しており、関心は確実に高まっています。例えば、株主総会で法定税率と実効税率の乖離(かいり)の理由について聞かれてもきちんと回答できるような「税務の見える化」が必要だと感じているマネジメント層は増えてきています。
進谷 税務部門における体制の見直しについてはいかがでしょうか。インハウスで人材をそろえるなどの対応も見られますが、すべての企業が人材をそろえられるわけではありません。税務コンプライアンスや税務プランニングなど業務が増える一方で、税務人材が不足している中、中長期な視点で、どのような体制の見直しが必要だと考えられますか。
福澤 業務が増加していく中で、自分たちがやるべきことは何か。まず社内で棚卸しすることが必要になるでしょう。同時に社内だけでなく同業他社、私たちのような外部の専門家としっかり議論をし、何をどうやるかを決めて実行に移していくことが必要です。海外子会社の税務管理については、さまざまな情報を収集分析して、実際に対応するという、リスク・コストを管理するフレームワークを作ることが必要です。フレームワークを作るためにテクノロジーの活用は有効で、テクノロジーだけで足りない場合は弊社のような会計事務所のネットワークを活用することも有効です。税務部門として何をいつまでやるのか、会社の中期経営計画ともリンクするタイムフレームで税務部門が会社に貢献できる税務リスク・コストの管理をすることが重要になります。その意味でも税務体制の見直しでは、例えば本社税務部門、事業会社税務部門、税務SSCなどそれぞれの役割を明確にして持続可能な税務部門を作っていくことが先決になるでしょう。
現在、税務部門はグローバルな視点から、通常の税務管理だけでなく激変するビジネスに伴う突発的な税務問題に対処しなければならない時代となっています。そのとき必要になるのがマネジメント層による税務ガバナンス強化のためのリーダーシップと、その税務ガバナンスのもとでの適切な税務リスクおよびコストの管理です。ただ、インハウスの人材だけで対処するには限界があります。いかに持続的な税務部門を作っていくか。そのためには新たなテクノロジーや外部のアドバイザーの活用を検討する必要があります。
EY Japan
グローバル・コンプライアンス・アンド・レポーティング部 パートナー
福澤 保徳
Session3
激変するサプライチェーンと移転価格に対応するベストプラクティスとは
米中貿易摩擦やコロナ禍などによって、多くの企業がサプライチェーンの見直しを検討・実施しています。
RCEP署名で揺れる
サプライチェーン構築
須藤 コロナ禍の影響によってレジリエントな(柔軟性や回復力のある)サプライチェーンの構築が問われる中、2020年11月には日本、中国など15カ国が東アジアの地域的な包括的経済連携であるRCEPに署名しました。その意義、そしてサプライチェーンへの影響についてどう考えればいいのでしょうか。
原岡 近年、米中の貿易摩擦やASEANとの自由貿易協定(以下、FTA)活用による関税率の優遇などを背景に、日系企業は中国依存からの脱却を検討・実施する傾向にありました。短中期的には関税面でのASEAN優位は変わらないと考えていますが、今回署名されたRCEPは、日本と中国とを結ぶ初めてのFTAであり、企業が中国を輸出品の生産拠点として残す後押しとなる可能性があります。関税環境が変化する中で、サプライチェーンの見直しは関税コストの大幅な削減、価格競争力の強化にもつながります。今後もサプライチェーン構築にあたり、最新の関税環境を考慮することが重要でしょう。
角田 サプライチェーン見直しの問題は、コロナ禍でのマスクの調達などで中国依存が浮き彫りになったことで、経産省やJETRO(日本貿易振興機構)なども後押ししていますが、むしろRCEPでは、中国を中心にする方が、メリットが出るという体制となっています。その一方で米中対立はバイデン政権になっても継続すると見られており、日本企業はどの拠点を選択するのか迫られています。ただ、中国市場は巨大です。過去、中国は2008年のリーマンショック直後から大きな成長を遂げましたが、今回も似た状況にあると考えています。旺盛な市場を考えれば中国にある程度、拠点を置かざるを得ないのではないか。今後、中国の課税問題など十分な戦略を立てる必要があると考えています。
EY Japan
国際税務・トランザクションサービス部リーダー パートナー
須藤 一郎
OECDガイダンスは
移転価格、関税にどう影響するか
須藤 コロナ禍の中、昨年12月にはOECDからパンデミックに関する移転価格執行ガイダンスが出されていますね。
谷津 このガイダンスの重要なポイントは、新味のある移転価格執行ガイダンスという体裁になっていますが、実際の内容は既存の移転価格ガイドラインの枠組みを超えるものではないということです。クライアントからはガイダンスの公表によって、コロナ関連の損失を現地の子会社につけることが認められるようになったのではないかといった問い合わせを受けますが、実際の機能リスクの分担状況と整合的ではない形で損失を子会社につけてしまうと、むしろ移転価格リスクが高まる可能性があります。各国の税務当局もガイダンスに着目しており、各企業はどのような形でコロナの影響を移転価格分析に反映させ、当局に説明していくのか。今一度検討することが望ましいと考えています。
角田 今回のガイダンスは日本企業にとって相応のメリットがあると見られていますが、他方で親会社、または子会社いずれの損失なのかについては依然として移転価格のリスク分析、あるいは、その負担の状況に応じて計上することになっています。さらにリーマンショック後の中国は景気上昇局面で課税を強めていった経緯があり、今回も中国子会社の課税リスクは高まる可能性があります。他方、米国でも比較的、民主党政権は外資系企業に厳しいと言われており、バイデン政権が赤字についてどこまで認容するのか。これまでの考え方から大きく踏み込んで、グループ全体の利益配分を考えるなど親会社が中心となってグローバルなリスクに対応すべきだと考えます。
須藤 関税の観点からの留意点はいかがでしょうか。
原岡 多くの企業では生産拠点や物流を変更するときには関税を意識されますが、商流のみを変更する場合は関税コストへの影響を見過ごしてしまうことがあります。例えば、本社への資金還流の仕組みとしてロイヤリティを導入する場合や、製造拠点から販売拠点への直接取引を行っている企業が商流変更して、本社が取引に介在するいわゆる3国間貿易を導入する場合にも、関税コストが増加する可能性があります。また、インボイス価格(現実取引価格)を関税の課税標準として使用する場合、移転価格のみならず関税の観点からもその価格が独立企業間価格であることが求められます。最近では単価の妥当性に関する税関調査も増えており、単価改定にあたっては、新旧価格の関税の観点からの妥当性を説明できるようにしておく必要があります。このように、物流変更の場合はもちろん、商流のみの変更の場合も、関税上のインパクトについて事前に考慮しておく必要があります。
EY Japan
会長 パートナー
角田 伸広
国際税務環境の変化に応じた
ベストプラクティスとは
須藤 では、こうした税務問題に対応したベストプラクティスについて、どう考えればいいのでしょうか。
谷津 移転価格については、コロナ禍の影響によって高まりつつある各国での移転価格リスクをどう管理していくのか。そこが各企業の懸念事項として挙げられます。特に近年は、移転価格文書の義務化の流れが世界的に広がっており、リスク管理の手段として、移転価格文書を通じてコロナ禍における関連者間の取引価格の妥当性を説明することが求められます。
これからは本社主導のもと企業グループの全体最適の観点より、グループとして整合的で一貫したアプローチで、親会社、子会社の両方で利用可能な1つの移転価格文書を効率的に作成するグローバル・ドキュメンテーション方式をベストプラクティスとして考えるべきでしょう。
EY Japan
移転価格部 パートナー
谷津 剛
原岡 関税のベストプラクティスとしても、本社主導のFTAコンプライアンス体制の構築が挙げられます。TPPやRCEPなどのFTAを効率的に利用して関税コストを削減するには、協定の利用条件を正確に把握して順守することが必要です。しかしながら、FTAの特性上、コンプライアンスに係る工数は輸出国側で発生するにも関わらず、関税コスト削減効果は輸入国側で発生します。本社が介在しなければ、FTAの利用漏れや誤利用が発生する恐れがあります。
また、もう一つベストプラクティスを挙げるとすると、関税の課税標準となる価格(関税評価額)の妥当性を説明する文書の作成が挙げられます。近年の税関事後調査の傾向として、関税評価額に着目したものが増えています。関税の観点から取引価格の妥当性を説明する文書を事前に準備しておくことにより、税関の事後調査を有利に進めることができます。
角田 税務を各国の子会社に全て任せてしまうのは事実上、不可能であり、本社が全体をかじ取りする必要があります。そのためにも最新テクノロジーや外部の専門家を活用するなどしてグループの最適化を目指すことが重要です。それがまさに税務ガバナンスであり、各企業はその整備を今こそ進める必要があると言えるでしょう。
米中両国はともに企業にとって、欠くことのできない有力な市場です。米中対立は今後も継続しそうですが、RCEPは日中初の自由貿易協定であり、今後、企業がサプライチェーンを見直す上で、中国に拠点を残す後押しとなる可能性があります。どの拠点を選択するにせよ、関税環境が変化する中で、どのように対応すれば大きなメリットが得られるのか。それには各国子会社任せではなく、本社が主導してグループ全体最適の観点からベストプラクティスを講じることが必要となっています。
EY Japan
インダイレクトタックス部 パートナー
原岡 由美
サマリー
最近の税務トピックスをテーマに、国際税務環境、税務部門の役割、サプライチェーンと移転価格などの企業税務における重要なトピックを3つのセッションに分けて紹介します。