EY新日本有限責任監査法人 VC&ファンドセクター
公認会計士 飯室圭介
3. 有責組合における投資の評価
(1) 有責会計規則と評価方法
有責組合の投資資産は、中小企業等投資事業有限責任組合会計規則(以下、有責組合会計規則)において時価評価が求められ(有責組合会計規則第7条第2項)、時価の評価方法は、組合契約に定めることとされています(同条第3項)。
投資資産の時価の評価方法として、「投資事業有限責任組合契約(例)及びその解説」(平成30年3月 経済産業省)において投資資産時価評価準則として以下の二つの例が示されています。
(例1)通産省モデル
「投資事業組合の運営方法に関する研究会報告書」(平成10年5月 通商産業省)において公表された「投資事業有限責任組合における有価証券の評価基準モデル」により評価します。
評価方法の概要は以下のとおりです。
市場性のある有価証券 | 市場性のない有価証券 | |
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評価増 | 決算日の最終の価格等 | 直近ファイナンス価格 |
評価減 | 決算日の最終の価格等 | 直近ファイナンス価格又は回収可能価額のいずれか低い価額 |
(例2)IPEVモデル
International Private Equity and Venture Capital Valuation Board が設定したInternational Private Equity and Venture Capital Valuation Guidelines(以下、IPEVガイドライン)に準拠した「公正価値」により評価します。
IPEVガイドラインは、国際会計基準やUS GAAPと整合する内容となっており、欧米その他の国や地域の業界団体によって支持され、普遍性、一貫性がグローバルに認知されています。
IPEVガイドラインの全文は公式ウェブサイトから入手可能です。
また、和訳版(2015年12月版)は「国内VCファンドの時価評価に係る実務指針」(2017年3月 一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会)に掲載されています。なお、当該実務指針にはIPEVガイドラインの適用にあたっての実務指針が紹介されているので、参照ください。
(2) IPEVガイドラインにおける一般的な評価技法
評価者は、価値の算定方法に関する市場参加者の仮定を考慮の上、以下の評価技法のいずれか一つまたは複数を使用して公正価値を評価しなければなりません。
アプローチ | 評価技法 | 説明 |
---|---|---|
マーケット アプローチ |
マルチプル | 評価対象企業の利益や収益に対して適切な倍率を乗じて企業価値を算定する方法 継続的な利益または収益を生む確立した事業への投資の評価に適する |
業種評価ベンチマーク | 業界固有の評価基準(ベンチマーク)により評価する方法 主たる評価技法として利用できる状況は限られ、他の評価技法により算定した価値の妥当性の検証に有用 |
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入手可能な市場価格 | 活発な市場で取引される金融商品についてビッド・アスク・スプレッドの範囲の中で公正価値を最もよく表す価格で評価する方法 | |
インカム アプローチ |
(投資先の)割引キャッシュ・フロー又は利益 | 将来の期待キャッシュ・フローの現在価値を計算することにより、企業価値を算定する方法 救済的ファイナンス、事業再生、戦略的リポジショニング、赤字、スタートアップのような大きな変革期にある事業の評価に用いられるが、将来キャッシュ・フローの見積りが必要なためリスクは大きい |
(投資の)割引キャッシュ・フロー | 投資自体から生じる期待キャッシュ・フローにDCFの考え方を取り入れる方法 通常、デット投資又は負債に類似した特徴を持つ持分に適用される |
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再調達原価 アプローチ |
純資産 | 対象企業の純資産価値をもとに企業価値を算定する方法 資産集約型企業、投資事業など基盤となる資産の公正価値からその事業の価値が創出される事業のほか、資産収益性が低い事業、事業清算・資産売却中の会社、創出赤字会社、利益が極僅かな会社などにも適している |
直近投資価格
直近投資価格は、秩序ある取引において成立したものであれば、通常、取引日における公正価値といえますが、以降の評価日において、必ずしも公正価値を示すとは限らず、それ自体単独で使用される評価技法ではなく公正価値の見積りの適切な出発点として使用されます。
具体的には、投資時点で投資価格の決定にあたり選択した評価技法へのインプットをキャリブレーションし、その後の測定日において、インプットのアップデートを行うことにより公正価値を見積もり、また、新たな資金調達ラウンドがあれば、当該ラウンドでの投資価格に対してキャリブレーションを行います。
キャリブレーション
キャリブレーションとは、投資先企業への初期投資の価格が秩序ある取引による公正価値であると考えられる場合、特定の評価技法に初期投資時点のインプット・データを用いると、初期投資の公正価値が算定されることを確認した上で、将来の各測定日においても、当該評価技法に直近のインプット・データを適用することにより、公正価値を適切に算定するプロセスです。
例えば、ある投資が公正価値で実行され、EBITDAマルチプルを評価技法として選択した結果、投資価格から算出されたEBITDAマルチプルが10倍であったとします。一方、比較対象企業におけるEBITDAマルチプルは12倍であった場合を想定します。以下の図のように、その後の評価時点において、比較対象企業のマルチプルが12倍から15倍に変化し、評価者が購入時点のEBTDAマルチプルの差である2倍(10倍vs12倍)が維持されていると考えた場合には、直近のEBITDAに13倍のマルチプルを乗じて公正価値の見積りに反映させます。
シードからアーリーステージでの投資の評価
シードからアーリーステージでの投資の多くは、マイルストーン・アプローチ(シナリオ分析)により評価が行われます。
それらの企業は足元の利益またはプラスのキャッシュ・フローがなく、近い将来も見込まれない又は見積りが困難であるため、マイルストーンやシナリオをキャリブレーションし、市場データと将来の成果に関する市場参加者の仮定に基づき公正価値を測定することが最も適切なアプローチとなります。場合によっては定性的なマイルストーン分析により公正価値の変動が示唆されることもあり、また、業種特有のマイルストーン、ベンチマークをキャリブレーションしたシナリオ分析により公正価値の見積りが行われることもあります。
マイルストーン、ベンチマークの例
アーリーまたは開発ステージの投資において、通常、投資決定時に投資家と投資先企業の間で一連のマイルストーンについて合意が行われます。
マイルストーン、ベンチマークは、企業や業界によりさまざまですが、例えば、以下のようなものがあります。
財務関連指標 | 技術関係指標 | マーケティング及び販売関連指標 |
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典型的な公正価値変動の兆候の例
マイルストーン分析を行う際には、マイルストーンを検討し以下のような公正価値変動の兆候の有無について評価します。
- 予算計画やマイルストーンと比べた、投資先企業の業績の著しい変動
- 技術マイルストーン達成に関する予想の変化
- 投資先企業又はその製品もしくは潜在的な製品が属する市場の著しい変化
- 世界経済又は投資先企業が事業を行っている業界の経済環境の著しい変化
- 比較対象企業の業績又は市場全体から導出(implied)される評価の著しい変動
- 不正、商事紛争、訴訟、経営者の交代や戦略変更などの内部事情の有無
(3) 評価技法選択時の留意点
① 評価技法の優先順位
IPEVガイドラインにおいては、評価技法を選択する際に市場データを重視する技法を優先して適用すべきとされています。なぜなら、観察可能な市場データを用いる公正価値の見積りの方が、仮定に基づく見積りより信頼性が高いと考えられるからです。
② 他の評価技法との併用、クロスチェック
個別の投資に関して評価者が複数の評価技法を使用することが適切であると判断した場合には、それぞれの技法で算出した結果を他の技法による評価結果のクロスチェックや確認に利用したり、複数の技法を組み合わせて投資の公正価値を決定することができます。
③ 評価技法の継続適用
IPEVガイドラインでは、公正価値の見積りの精度が向上する場合を除いて、評価技法は継続して報告期毎に用いるべきとされています。つまり、投資期間中における頻繁な評価技法の変更は想定されておらず、評価技法を変更する場合の変更理由は明確に把握されるべきとされています。
VC&ファンド業
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