寄稿記事
掲載誌:2023年1月31日、日経産業新聞「戦略フォーサイト」
執筆者:EY税理士法人 パートナー 太田 光範
日本企業の多くが自己資本利益率(ROE)の向上を重要な経営戦略の1つとして掲げています。ROEを向上させるには、税引き後利益やキャッシュフロー(現金収支)を大きくする必要があります。そのためには仕入れなどのコスト削減だけでなく、税金コストの削減も重要です。では、どうすれば税金コストを減らせるでしょうか。
法人税額は「課税ベース(課税対象)×税率-税額控除」と計算されます。課税ベースが小さく税率が低く税額控除が大きければ法人税額は少なくなります。企業の所得が1000億円なら税率が1%下がると税額は10億円減ることになります。
租税制度には国ごとに違いがあり、法人税の課税ベース、税率、税額控除のいずれにも差があります。課税ベースでは、関係会社株式の譲渡益を除外する国もあります。税率の水準も異なります。
企業誘致や投資を呼び込むための優遇税制もさまざまです。知的財産から生まれる利益に通常より低い税率を適用する「パテントボックス税制」、進出後数年間の法人税を減免する「タックスホリデー制度」、研究開発促進のために試験研究費の支出額の一部を税額から控除する制度を設けている国もあるなど、各国の租税制度はバラバラです。
グローバル企業の中には、こうした複数の国家の税制の違いを租税回避に利用するところも出てきました。2010年代初め、有名な巨大多国籍企業のいくつかが税制のループホール(抜け道)を利用して、膨大な利益を源泉地国から低課税国に移していると問題となりました。代表的な租税回避策の一つに「ダブル・アイリッシュ・ダッチ・サンドイッチ」と呼ばれるスキームがありましたが、巧みに税金を逃れるグローバル企業に対する消費者の目は厳しく不買運動などが起きたケースもありました。
多国籍企業の行き過ぎた節税行動やアグレッシブなタックスプランニングに対抗するために生まれたのが、「BEPS(税源浸食と利益移転)」プロジェクトという多国間の枠組みです。
各国で2024年からの導入を検討している法人税の共通最低税率(15%)は、低課税国を利用した多国籍企業の租税回避手法を大幅に制限するのが狙いです。
この動きに対して、米国などの多国籍企業は、15%を国際的に正当化された目標として税務コストの削減に動き始めています。また、法人税の優遇税率で企業の誘致を進めてきた国は、法人税率の優遇から消費税や補助金を通じた誘致競争への移行を検討しています。
これまで日本企業の多くは、行き過ぎたタックスプランニングには慎重だったかもしれません。しかし今後は、国際的な最低税率の導入など外部環境の変化を十分に理解して、正確な情報・知識の不足による税金の過払いを減らす一方、優遇税制を有効に活用して、税務コストの適正化を進め、持続的成長を支えるフリーキャッシュフロー(純現金収支)を創出していく必要があるでしょう。
(出典:2023年1月31日 日経産業新聞)