2022年6月30日
IFRSサステナビリティ開示基準の公開草案の概要 ―全般的要求事項と気候変動開示―

IFRSサステナビリティ開示基準の公開草案の概要 ―全般的要求事項と気候変動開示―

2022年3月31日、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)はIFRSサステナビリティ開示基準に関する最初の2つの公開草案「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」と「気候関連開示」を公表しました。本稿では、基準公開草案の結論の背景や各要求事項等にも触れながら解説します。

本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 サステナビリティ開示推進室/品質管理本部 IFRSデスク 公認会計士 竹下泰俊

2007年に当法人に入所後、主として医薬品、化学品等の製造業、サービス業などの会計監査に携わる。2017年よりIFRSデスクに所属し、製造業などのIFRS導入支援業務、IPO支援業務、研修業務、執筆活動などに従事。また、サステナビリティ開示推進室メンバーとして、主にIFRSサステナビリティ開示基準の開発に関する国際動向の情報発信を中心に活動している。

要点
  • 国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が2022年3月に公表したIFRSサステナビリティ開示基準は、4つのコアとなる要素(ガバナンス、戦略、リスク管理及び指標と目標)について、サステナビリティ関連のリスクと機会を開示することを求めている。
  • 公開草案「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」では、報告企業、重要性、結合された情報等の観点から基準の一般的特徴が定められている。
  • 公開草案「気候関連開示」では、産業横断的な要求事項とともに、付録BでSASB(米国サステナビリティ会計基準審議会)基準を基にした産業別の要求事項が定められている。

Ⅰ はじめに

2022年3月31日、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)はIFRSサステナビリティ開示基準に関する最初の2つの公開草案を公表しました。「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項(以下、全般的要求事項)」と「気候関連開示(以下、気候関連開示の要求事項)」の公開草案になります。本誌22年5月号ではこれら2つの公開草案の概要について解説しましたが、本稿では、基準公開草案の結論の背景や各要求事項等にも触れながら解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

Ⅱ 基準の構造

今回公表された2つの公開草案では3つの要求事項が定められています(<図1>参照)。1つが全般的要求事項です。全般的要求事項ではIFRSサステナビリティ開示基準の一般的な特徴(報告企業、重要性、結合された情報等)が定められています。

図1 基準の構造

2つ目が気候関連開示の要求事項です。気候関連開示の要求事項はいわゆるテーマ別要求事項として、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」及び「指標と目標」の4つのコアとなる要素に沿って具体的な開示要求事項が定められています。

3つ目が産業別開示要求事項です。これは、気候関連開示の公開草案の付録Bで定められていて、特定の業界に属する企業が開示すべき要求事項を定めたものです。当該要求事項は米国サステナビリティ会計基準審議会(SASB)の産業別スタンダードから派生したものです。

Ⅲ 全般的要求事項

公開草案「全般的要求事項」では、目的、範囲、4つのコアとなる要素、そして一般的特徴について要求事項が定められています(<表1>参照)。4つのコアとなる要素についてはⅣで解説する気候関連開示でも開示要求事項が定められていて基準間での重複が見られます。本セクションでは、全般的要求事項に定められた一般的な特徴を中心に解説します。

表1 サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的な要求事項(公開草案)の構成

1. 目的

「全般的要求事項」の目的は、一般目的財務報告の利用者(以下、利用者)が企業に経済的資源を提供すべきか否かに関する意思決定を行う際に有用となる、サステナビリティ関連のリスクと機会に関する重要な情報の開示を企業に求めることです。サステナビリティ関連のリスクと機会が企業のビジネスモデルや戦略に影響を与え、その結果企業価値の変動をもたらすと考えると、そういったリスクや機会を適切に理解するための情報開示が大切になります。したがって、本公開草案では企業価値評価のための情報開示にフォーカスしていると考えられます。

2. 範囲

前述の通り、IFRSサステナビリティ開示基準は企業価値評価のための情報開示を企業に求めています。当該基準に従って開示されるサステナビリティ関連財務情報については、定義付けされているものの、企業価値評価に関する情報は時間と共に変化することを反映し、意図的に広範囲なものとなっています。

また、企業は、関連する財務諸表をIFRS基準又はその他のGAAPに準拠して作成する場合でも、このIFRSサステナビリティ開示基準を適用することができる旨が明確にされているため、IFRS適用企業以外でもIFRSサステナビリティ開示基準を適用することが可能です。

3. 一般的な特徴

(1) 報告企業

公開草案は、一般目的財務諸表を作成する報告企業に、サステナビリティ関連財務情報の開示を義務付けることを提案しています。財務諸表とサステナビリティ関連財務開示の両方で同じ報告企業とすることは、企業が財務諸表とサステナビリティ関連の財務情報を関連付けることを可能にしています。

関連会社等は財務諸表の報告企業グループには含まれません。しかし、気候関連開示では、関連会社、ジョイントベンチャー及びその他の投資ならびにバリューチェーンなどに関する、重大なサステナビリティ関連のリスクと機会の測定又は開示要求が定められ、今後開発される他のIFRSサステナビリティ開示基準でも同様に定められる予定とされています。

さらに、サステナビリティ関連財務開示としては、バリューチェーン全体にわたり直接的・間接的に契約し取引を行う当事者との活動、相互作用、関係性に関連するサステナビリティ関連リスクと機会に関する情報を開示することが求められる場合があると述べられている点に留意が必要です。

(2) 結合された情報

企業は、利用者が、サステナビリティ関連のさまざまなリスクと機会のつながりを評価し、これらのリスクと機会に関する情報が、一般目的財務諸表における情報とどのように関連しているかを評価できるような情報を提供しなければなりません。例えば、企業は、低炭素代替エネルギーに対する消費者の選好のために、自社製品に対する需要の減少に直面するかもしれず、短期、中期、長期のキャッシュ・フローに影響することを開示することが考えられます。

(3) 適正表示

適切な表示を行うためには、IFRSサステナビリティ開示基準の要求事項を適用するだけでなく、必要に応じて追加開示を行うことが必要になります。また、重要性の低い情報によって重要な情報を不明瞭にする、あるいは、関連性のない重要な項目を集約して開示することによって、サステナビリティ関連財務開示の理解可能性を低下させてはならないとされています。

(4) 重要性

サステナビリティ関連財務情報は、その情報を省略したり、誤表示したり脱漏した時に利用者の経済的意思決定に影響を及ぼすと合理的に予想される場合に、重要性があるとされています。また、重要性は情報が関連する項目の性質や規模(その両方)に基づき企業固有のものという側面があり、基準案では重要性の閾(いき)値について明示されていません。

(5) 比較情報

サステナビリティ関連財務開示を行う場合、企業は、最新の見積りを反映した比較情報を開示しなければなりません。前期に報告された情報とは異なる比較情報を報告する場合には、前期の報告書で開示した金額との差額及び修正理由を開示しなければなりません。

(6) 報告頻度

企業は、サステナビリティ関連財務開示を関連する財務諸表と同時に報告し、サステナビリティ関連財務開示は財務諸表と同じ報告期間になります。

(7) 開示箇所

IFRSサステナビリティ開示基準によって要求される情報は、一般目的財務報告の一部として開示することが求められています。一般目的財務報告とは、特定の開示文書を指しているものではなく、投資者やその他の金融資本提供者を対象とした報告パッケージであり、例えば、経営者の説明(MC:Management Commentary)※1が一般目的財務報告の一部を構成している場合には、それに含めることができるとされています。また、当該財務報告の中のどこで開示するかは各国の規制当局が決めることになると考えられます。

(8) 見積りと結果の不確実性の発生要因

指標が直接測定できず推定による場合には、測定に不確実性が生じます。開示した指標の中で不確実性が著しく高い指標を特定し、その不確実性の源泉と性質、及び不確実性に影響を与える要因を開示する必要があります。

(9) 誤謬

過年度においてサステナビリティ関連財務開示の脱漏又は誤表示が存在する場合、過年度の誤謬に該当し、実務上可能な限り、企業は、発見された後に最初に発行が承認される一般目的財務報告において、重要性(マテリアリティ)がある過年度の誤謬を遡(そ)及的に訂正する必要があります。

(10) 準拠性の表明

サステナビリティ関連財務開示がIFRSサステナビリティ開示基準における目的適合性がある要求事項の全てに準拠する企業は、準拠性に関する明示的かつ無限定の記述を含める必要があります。

Ⅳ 気候関連開示の要求事項

気候変動は、全ての企業の活動及び経済に重大なリスクをもたらす一方で、エクスポージャーの程度、種類及び気候関連のリスクと機会が企業価値の評価に与える影響は、セクター、産業、地理及び企業によって異なる可能性があります。利用者は、各企業の財政状態、財務業績及び将来のキャッシュ・フローを評価する際、その結果をもたらす土壌となる「ガバナンス」「リスク管理」「戦略」に関する企業の洞察を求めています。また、利用者は、気候関連のリスクと機会を管理するために企業が設定した「目標」と、その目標達成に向けた進捗(ちょく)を測定するために用いる「指標」を理解したいと考えています。これら4つのコアとなる要素に関する情報を利用者に提供することで、利用者が適切に企業価値を測定できるようになります。気候関連開示の公開草案で求められる開示について4つのコアとなる要素ごとに解説します(<表2>参照)。

表2 気候関連開示(公開草案)の構成

1. ガバナンス

「ガバナンス」の開示の目的は、利用者が、気候変動に関連するリスクと機会を監視・管理するために企業によって用いられるガバナンスのプロセス、統制、手続を理解できるようにすることです。具体的には、気候変動関連のリスクと機会に対する監督責任を有する組織や個人が誰か、そういった組織等に気候関連の事案が報告されるプロセスやその頻度、さらには、これらの監督責任を遂行する上でスキルと能力をどのように確保しているのか等といった点についての開示が求められます。

2. 戦略

「戦略」の開示の目的は、利用者が、気候変動に関連する重大なリスクと機会に対処するための企業の戦略を理解できるようにすることで、以下の開示が必要になります。なお、公開草案では以下の項目だけでなくより詳細に開示すべき項目が提案されています。

(1) 企業が識別した重大なリスクと機会が短期・中期・長期にわたりビジネスモデルや企業戦略等に与える影響

重大な気候関連のリスクと機会を識別する際に、企業は、産業別開示要件(気候関連開示の付録B)で定義された開示トピックを参照する必要があります。

(2) これらの重大なリスクと機会が企業のビジネスモデル及びバリューチェーン※2に及ぼす影響

リスクと機会がビジネスモデルに与える影響に対する企業の評価を理解できるようにするために、バリューチェーンに与える現在及び将来の影響及び、リスクと機会がバリューチェーンのどこに集中しているか(例えば、地理的地域、資産の種類、流通チャネル等)について開示しなければなりません。

(3) 重大なリスクと機会が企業の移行計画※3を含む戦略及び意思決定に与える影響

移行計画のための気候関連目標として、具体的には、バリューチェーン内での排出削減を通じて達成される企業の排出量の目標や、当該目標がカーボンオフセット※4に依存する程度やその種類(炭素除去※5か排出回避※6かを含む)、オフセットの認証スキーム等について開示が求められます。

(4) リスク及び機会が企業の財政状態等に与える影響及びそれらが計画にどのように織り込まれているか

財務諸表で報告される資産及び負債の帳簿価額に、翌事業年度にかけて重要な修正が生じる可能性がある重大なリスクが存在する気候関連のリスクと機会について開示が求められます。

(5) 物理的リスク※7や移行リスク※8に対する企業の戦略のレジリエンス(不確実性に対する適応能力)

レジリエンスの開示に当たっては、そうすることができない場合を除き、シナリオ分析の実施を要求しています。また、シナリオ分析を実施することができない企業に対しては、代替的な手法(例えば、定性的分析、単一点予測、感応度分析、ストレステスト)を用いてレジリエンス評価を実施することが求められます。

3. リスク管理

「リスク管理」の開示の目的は、利用者が気候変動関連のリスクと機会を、識別・評価・管理するためのプロセスを理解できるようにすることです。

具体的には、リスクと機会の識別や評価、優先順位付けを行う際のプロセスや、これらの測定方法、また、重大なリスクと機会ごとに、モニタリングや管理、リスク軽減等の対応方針を開示することが求められており、利用者が企業のリスク管理プロセスの成熟度を理解することを後押しするものとなっています。

4. 指標と目標

「指標と目標」の開示目的は、利用者が企業の重大な気候リスクと機会をどのように測定・監視・管理しているか、また企業が設定した目標に対する進捗を含むパフォーマンスをどのように評価しているかを理解することができるようにすることです。

具体的には、産業横断的な気候関連指標、気候関連開示付録Bに定められている産業別指標、目標達成の進捗を測定するための指標、気候リスクを低減し機会を最大化するための目標について開示することが求められます。

(1) 産業横断的な指標

温室効果ガス(GHG)排出量や、物理的リスクや移行リスクに対して脆(ぜい)弱な資産の金額等、内部炭素価格、気候関連事項にリンクした役員報酬の割合やその織り込み方法といった内容の開示が求められています。

(2) GHG排出量

スコープ1,2,3別の総排出量を開示します。スコープ1,2については、①連結グループ(親会社及び子会社)と②関連会社、ジョイントベンチャー、連結グループ外のその他の関係会社に区別して開示が求められます。スコープ3については、どのスコープ3排出量が開示に含まれているか理解できるように、排出量測定の対象となるカテゴリー(付録Aの定義では、購入した財及びサービス、従業員の勤務、出張、販売した製品の廃棄処理、等の活動が挙げられています)を説明することが求められています。

(3) 目標

目標については、具体的に、最終目標か中間目標か、目標の期間、進捗を測るために設定された比較対象期間、直近の国際的合意※9と設定した目標との比較等の開示が求められます。

V 産業別開示要求事項

産業別の開示要求事項及び指標については、気候関連開示の付録Bに11の産業と68の業種について開示項目が設定されており、これらの各開示項目に対し、要求される指標や適用における技術的なプロトコルが関連付けられています。

産業ごとに、気候関連リスク又は機会に関連する開示トピック※10が特定され、それに応じて指標※11が関連付けられています。コングロマリット企業のように産業横断的に業務が水平統合している又はバリューチェーンを通して業務が垂直的統合されている場合は、複数の産業別要求事項の適用が求められる場合があります。

Ⅵ おわりに

ISSBは、公表した2つの公開草案に対する利害関係者からのフィードバックコメントを募集(期限は22年7月29日)していて、年後半からは審議を再開し22年中の基準最終化を目標として掲げています。また、EU、米国でもサステナビリティ開示のルール策定に関する動きが活発になっています。このような世界の動向と共に国内の動きとして金融庁や日本サステナビリティ基準委員会(SSBJ)の審議の内容も注視しながら、充実した企業価値報告に向けての準備を進めていくことが大切になってきます。

※1 MCは特定の決まった名称があるわけでなく、例えばMD&Aや統合報告書等、さまざまな名称の報告書に組み込まれている場合がある。

※2 報告企業のビジネスモデル及び企業がオペレーションを行う外部環境に関連する活動、資源及び関係の全範囲

※3 実質カーボンゼロなどの野心的な目標を含む低炭素経済の移行に向けた事業計画・戦略を指す。低炭素移行計画とも呼ばれる。

※4 排出権プログラムによって発行される、温室効果ガスの排出削減又は除去を表す排出単位のことであり、電子登録によって一意にシリアル化され、発行、追跡、取り消しが可能である。

※5 炭素除去とは、大気中から温室効果ガスを取り出す手法である。炭素除去には、植林や森林保護といった自然由来の方法や工場などから排出されたCO2を他の気体から分離して、地中に貯留・圧入するという二酸化炭素回収・貯留技術(Carbon dioxide Capture and Storage:CCS)といった先進的な技術を利用した方法がある。

※6 回避された排出とは、ある製品、サービス、プロジェクトが存在しない状況と比較した場合、あるいはベースラインと比較した場合に、その製品、サービス、プロジェクトからの将来の潜在的な削減排出量を示すものである。

※7 気候変動の物理的影響(災害/自然現象の変化など)により事業に生じるリスク(例:異常気象による原材料の調達コストが増加する)。極端な気象事象(例:サイクロン)の発生を契機とする「急性」の物理的リスクと、気候パターンの長期的な変化による海面上昇等の「慢性」の物理的リスクに分けられる。

※8 低炭素社会への移行に伴い事業に生じるリスク(例:顧客の環境意識が高まることによる自社製品の需要低下)

※9 最新の国際的合意とは、気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCC)締約国会議(いわゆるCOP○○)で合意される削減目標などを指し、本公開草案発表時点では、パリ協定(16年4月)が直近であり、地球温暖化を産業革命以前の水準より2℃より十分に低く抑えること、及び産業革命以前の水準より1.5℃まで温暖化を抑える努力を追求することとなっている。

※10 気候関連開示公開草案のB13では、自動車セクターに属する企業が開示トピックを「燃費経済と使用段階の排出量」と設定している例が挙がっている。

※11 気候関連開示公開草案のB13では、自動車セクターに属する企業が開示トピックに関連する指標として、「ゼロエミッション車(ZEV)の販売台数」の例が挙げられている。

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サマリー

2022年3月31日、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)はIFRSサステナビリティ開示基準に関する最初の2つの公開草案「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」と「気候関連開示」を公表しました。本稿では、基準公開草案の結論の背景や各要求事項等にも触れながら解説します。

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この記事について

執筆者 EY 新日本有限責任監査法人

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