Section1
「官民連携による複合インフラ管理」に向けて高まる期待
深刻化する担い手不足、インフラ設備の老朽化の中で多くの自治体が危機感を抱きながら解決策を模索しています。問題を解く鍵の一つは「官民連携による複合インフラ管理」。しかし、課題も少なくありません。
「日本の社会インフラを取り巻く危機的状況に対して、新しい挑戦を始めている自治体はどう立ち向かおうとしているのか、それを支える国の政策はどうか、海外の先進事例に学ぶべきことは何か。さらに、民間企業はどんな動きでこれに加わり新しい役割を果たそうとしているのか。そういった複眼的な視点から、公共インフラの持続性を高めるための術や、関連業界に求められる変革について考えたいと思います」。
セミナーの冒頭で登壇したEYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社(以下、EYSC)インフラストラクチャー・アドバイザリーの福田健一郎はそう話し、先導的な地域で官民が連携して取り組む「広域的・包括的・複合的なインフラ管理」のあり方が鍵となることを示唆しました。実際、こうした動きは国が後押しするところでもあり、国土交通省では2022年12月に「地域インフラ群再生戦略マネジメント(通称:群マネ)」を提唱。複数・広域・多分野にわたるインフラを「群」として捉え、総合的で多角的な視点から地域のインフラを管理する方針を示しています。
これを踏まえ、セミナー第1部は「地方自治体の新しい取り組み紹介と海外からの示唆」をテーマとして、大分県杵築市における現状紹介から始まりました。
杵築市上下水道主幹を務める平田勝宏氏によれば、市のインフラ管理における「ヒト」の課題としてまず挙げられるのが、土木系技術職員の減少です。10年ほど前には28名だった職員が22名に減り、募集してもほとんど応募がない状況だと言います。地元の工事業者も同様で、高齢化と担い手不足が深刻化。そもそも市の人口自体が7年間で約1割減少し、高齢化率5割に迫る事態の中、「インフラを管理するのに今までのやり方が通用しなくなりつつあることを実感」(平田氏)。抜本的な業務改革が急務となっています。
一方、「モノ」の課題の筆頭は老朽化です。杵築市では458を数える橋梁のうち約4割が供用後50年を経過し、20年後には8割に達する見込み。法定耐用年数(40年)を超える水道管路は2033年度以降、過半数を占めると予測されます。また、「カネ」の側面から言えば、橋梁における供用後100年間の予測事業費のうち予防保全に約150億円をみているものの、現状で約37億円の未対策分を積み上げ、維持管理が追いついていないのが実情です。水道管路の更新費用も事業収益の2倍近くに及ぶなど、「今後どうしていくべきか本当に頭を悩ましている状況」(平田氏)が浮き彫りになりました。
そうした中、杵築市では内閣府の民間資金等活用事業調査費補助事業を活用し、上下水道、道路、橋梁・トンネルなどを一体的に扱う官民連携による複合インフラ管理の事業スキームを検討中。ただ、実際に動き出すにあたってはいくつかの課題があります。
「広域的な官民連携の受け皿となるプラットフォームが今後必要になると思いますが、民間がハブ的な役割を担う場合に何が障壁になるかを知りたいです。また、民間企業同士が共生・協調するためのネットワークをどう構築するかも検討しなくてはなりません。また、自治体が民間と長期契約を結んだ場合、途中で業務の追加や広域化をするのに支障はないか。さらに、プロフィットシェアをどうするか、民間にどうインセンティブを持たせるかなど、バリューエンジニアリング(VE)契約すら交わしたことがない小さな自治体の悩みは尽きません」(平田氏)。
Section 2
官民出資会社も視野に入れ、社会インフラ運営の形を見直す
技術の継承、事業主体としてのガバナンス、人材の育成とマネジメント、そして収益の確保。さまざまな課題がある中で「官民出資会社」の設立という新たな取り組みに挑戦する自治体も現れています。
このような問題について議論するにあたり、大都市と地方自治体との間に厳然としてある「違い」を認識する必要があると指摘するのは、岩手県矢巾町の吉岡律司氏(政策推進監兼未来戦略課長)です。「矢巾町の人口は約2万8千。東京都を大企業とすれば、町の個人商店に過ぎません。意思決定の仕方やお金の使い方、必要な技術、住民との距離感も全く異なり、それを前提にしなければ地域における社会インフラ運営のあり方を再定義することはできません」と語ります。
矢巾町では2016年3月、国の政策ではなく自らの意思による水道事業経営戦略を策定。町が事業主体となることを必ずしも前提とせず、投資計画や財政計画を実行に移すために必要な運営体制について、官民連携も選択肢に加えて検討したと言います。官官広域連携、民間と協働する第三者委託や包括委託、官への委託・広域化など種々の体制について強みと弱みを分析。「自分たちの技術を継承しつつ、ガバナンスのもとに責任を負いながら水道事業を経営するにはどうするかに重きを置きました」(吉岡氏)。
水道事業に関する包括的連携協定を結ぶ横浜市および横浜ウォーター株式会社の事例も参考に検討した結果、今後の方向性として浮かび上がってきたのが「官出資会社の設立」です。町だけで人員や技術力を維持するのが困難である場合、官出資会社に人員を派遣すると同時に民間からも技術要員などを起用することで体制を強化。水道に限らず、役場内の複数の業務を横断的に対象とすることで持続性が高まるとしています。
「地域インフラ運営を担うドイツのシュタットベルケ(後述)のような事業会社を日本でも実現できたらと考えています。ただ、それには町側に企業経営に関するノウハウが足りません。そのため矢巾町の未来戦略課では今、将来の利益を代弁できるような『仮想将来世代』の人たちを議論の場に加え、自治体と民間企業の出資により社会課題をビジネスとして解決する法人のあり方について検討しています」(吉岡氏)。
まさにその地域インフラを運営する官民出資会社の経営に乗り出したのが秋田県です。秋田県では、インフラ持続問題を解決するには高度な事業マネジメントスキルを備えた人材の拡充が最優先であるとの認識に立ち、政策立案や管理・運営に関する官のノウハウと、経営戦略などの高度業務における民のノウハウを結集させる広域補完組織として、官民出資の株式会社(第三セクター)を昨年11月に設立しました。出納局財産活用課長の高橋知道氏がその経緯を説明します。
高橋氏によると、秋田県の人口減少率は10年連続の全国1位、婚姻率・出生率も全国最低で、2050年には県民の半数が65歳を超えるなど「生活基盤が崩れていく危機感」(高橋氏)を余儀なくされています。そうした中で2018年に県が打ち出した方針が、県と市町村による「機能合体」です。
「限られた行政資源の下で行政サービスを維持していくには、県と市町村の二重行政や連携不足を改善する必要があり、特に公共インフラの管理・運用を一体化させるべきとの判断です。例えば、県の庁舎に市町村の職員が入って一緒に災害対策を協議したり、橋梁などの点検・診断業務を共同で行ったりといったことが挙げられます」(高橋氏)。
しかし、自治体職員の減少傾向が止まらない中で「広域連携のもっと先」を見据えた時に浮上したのが、マネジメント人材の必要性でした。そこで、すべての市町村へのヒアリングを通じて人材ニーズを把握するとともに、有識者委員会を立ち上げ、補完組織に望ましい法人形態について全国の先進事例も参考に調査・検討を実施。他の地域には類例がないものの、秋田県の事情にふさわしい形として選んだのが官民出資会社です。
こうして秋田県知事と全市町村長による合意の下、水道事業を中心に地域の未来を支える官民出資の広域補完組織「株式会社ONE・AQITA(ワン・アキタ)」が発足。その役割について高橋氏は、①県内自治体の事業運営の弱みを補完、②水のプロが事業マネジメントをサポート、③事業運営コストの抑制を最大化、④地域の水環境を持続的に地域で守るようサポート、の4点を挙げています。今後は、災害対応支援やDX・新技術導入支援、エネルギー分野を含む新規事業創出など、さまざまな展開に挑戦しながら「地域資源と地域経済の好循環を生み出したい」(高橋氏)とのことです。
インフラストラクチャー・アドバイザリー
現代社会においては、解決すべき課題が長年放置されていることがあります。その背景として、本来発揮されるべきガバナンスの機能不全が構造的問題として横たわっています。私たちは、パブリック・インフラストラクチャーのプロフェッショナルとして、サービスを通して、常に社会の問題解決を図る存在でありたいと考えています。
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ドイツ「シュタットベルケ」に学ぶインフラ運営の新機軸
ドイツの社会インフラ運営会社「シュタットベルケ」は、複数のインフラを一体的に管理することで効率的な運営を実現しています。その日本版とも言える新しいPPPのあり方を政府も提唱、後押ししています。
ここでセミナーは、前述の吉岡氏のお話にも出たドイツのシュタットベルケについての紹介に移ります。以下、EYSCインフラストラクチャー・アドバイザリーの関隆宏による説明の要点をまとめます。
シュタットベルケとは
地域インフラの総合サービスプロデューサーであり、自治体から独立した株式会社である。電気、ガス、上下水道、通信などのインフラに加え、プールや駐車場、交通事業などさまざまな公共サービスの管理・運営を担う。また、その役割は自治体機能の補完にあると同時に、ドイツ基本法が自治体に課す住民に対する生存権配慮義務(生活に欠かせない基本的な公益サービスの提供)を履行することにある。
組織とビジネスモデル
自治体出資の株式会社(持株会社)の中に経営を監督する監査役会と事業を執行する執行役が置かれ、この下にいくつかの事業会社(または部門)を配置。事業会社には「電気・ガス」「上下水道・熱」など、利用料金による安定的な収益が見込める部門に加え、「交通・公衆浴場」など生存権配慮義務にのっとり安価にサービスを提供するため赤字を出す部門、また「通信・デジタル」など新規サービスを提供する部門がある。黒字部門が生み出す利益が赤字部門の損失を補填する仕組みにより、税による域外流出を抑え、経済の域内循環を実現。住民にとっては働く場所、技術を生かせる場ともなっている。
「このようにシュタットベルケは、複数のインフラを一体的に管理することで効率的なサービスの提供を実現しています。工事部門の一体化や一括調達、調査の共同実施、危機管理の一体化など業務や組織設計にさまざまな工夫が施され、近隣の自治体に協力するなど広域的な連携も見られます。これからの日本のインフラ運営にとって、1つのベンチマークになり得る組織形態ではないでしょうか」(関)。
複数の分野や設備、地域を横断するインフラ運営を加速させる動きは、日本でも活発化しつつあります。内閣府では、公共施設やサービスに民間の知恵と資金を活用する手法としてPPP/PFIの普及を推進。民間資金等活用事業推進会議などでの議論をもとに「PPP/PFI推進アクションプラン(令和5年改定版)」を策定し、2022年度からの10年間で30兆円規模の事業目標を達成すべく、質と量の両面からPPP/PFIの充実を図るとしています。セミナーに登壇した内閣府民間資金等活用事業推進室(PPP/PFI推進室)の茨木誠氏は次のように述べました。
「本日の皆さまの発表にもあるように、PPP/PFIの方向性としては、自治体広域連携による類似施設や共通業務の統合、人材の補完、また民間ビジネス視点を取り入れた事業領域の拡大、収益確保といったことが挙げられると思います。国としてもこうした先進事例を研究し、全国へと横展開を図っていく方針です」(茨木氏)。
茨木氏はまた、PFI推進委員会などの有識者会議の場で挙がった視点として、事業規模や分野、連携の範囲などを徐々に広げていく「時間軸」を持つことの重要性を指摘。「進められるところから、まず進めることが大事」だと言います。そのためには、業務範囲の拡充が難しいSPC(特定目的会社)よりも、官出資や官民出資による事業体の設立が望ましい場合もあると思われます。
今後の方向性としては、「上下水道に加え、道路、橋梁、交通など多様なインフラ管理・運営を担う地域インフラマネジメント会社、いわば日本版シュタットベルケの設立によって持続可能なインフラを実現したい」(茨木氏)として、第1部の講演を終えました。
続く第2部では、「社会インフラ関連企業の取り組み紹介/パネルディスカッション」をテーマに民間企業3社の取り組み事例を踏まえた議論が行われました。詳しくはレポート後編をご覧ください。
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サマリー
地域の社会インフラは今、加速する人口減少や担い手不足、設備の老朽化などの厳しい現実の中で運営の危機に立たされています。解決の糸口は自治体同士や自治体と民間が連携し、複数のインフラ設備を一体に管理するスキームにあり、ドイツで先行する「シュタットベルケ」日本版の実現が待たれます。
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