2023年12月13日
仕訳のパターンに着目した会計仕訳の分析手法
情報センサー2023年12月 デジタル&イノベーション

仕訳のパターンに着目した会計仕訳の分析手法

執筆者
EY 新日本有限責任監査法人

グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献する監査法人

Ernst & Young ShinNihon LLC.

市原 直通

EY新日本有限責任監査法人 AIリーダー アシュアランスイノベーション本部 パートナー

アカウンティング・データ・サイエンティスト。監査のためのAI(人工知能)エンジニア。

成行 浩史

EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 パートナー

未来を見据え仲間と共に日々挑戦する。

2023年12月13日
関連トピック EY Digital Audit

財務分析における状況把握や異常点の識別において、会計仕訳のパターン(借方・貸方の科目の組み合わせ)に着目した分析手法や、仕訳パターンと機械学習や統計手法を組み合わせた異常検知手法を紹介します。

本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 AIラボ 公認会計士 市原 直通

金融機関におけるデリバティブの公正価値評価やリスク管理に関する監査、アドバイザリー業務に従事。2016年より会計学と機械学習を用いた不正会計予測モデルの構築・運用や監査業務におけるAI活用に関する研究開発に従事している。日本証券アナリスト協会 検定会員。


EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 AIラボ 公認会計士 成行 浩史

ITコンサルティング会社を経て、当法人入社後は主に不動産業、製造業等の監査、アドバイザリー業務に従事。2020年より異常検知システム等の開発・運用に従事し、Digital Auditの推進に取り組んでいる。


EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 AIラボ 公認会計士 山本 誠一

ゼネコンの現場管理部門を経て、当法人入社後は主に製造業、サービス業、建設業の会計監査に従事。2018年より異常検知システム等の開発・運用に従事し、Digital Auditの推進に取り組んでいる。

要点
  • 仕訳のパターンに着目した会計仕訳の分析手法
  • 仕訳パターンで分類したT字勘定分析
  • 同一仕訳パターンの中での異常検知手法

Ⅰ はじめに

EYでは監査法人と被監査会社のファイナンス部門が共創しながらデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めることで、双方にとって新たな価値が生まれると考えています。監査のDXがどのように被監査会社への付加的な価値提供(リスクの適時把握やインサイト提供など)につながるかを連載でお伝えしています。

本稿では、会計仕訳のパターン(借方・貸方の科目の組み合わせ)に着目した分析手法や、仕訳パターンと機械学習や統計手法を組み合わせた異常検知手法を紹介します。こういった手法は内部監査や管理部門における財務分析においても状況把握や異常点の識別に役立つと考えられます。

Ⅱ 仕訳パターンに着目したT字勘定分析

取引フローの理解・識別において、各勘定科目間の関連性を分析することが重要です。分析方法の1つとして、取引に関連する勘定科目のT字勘定を作成し勘定科目間の関連性を把握することが効果的な方法として挙げられます。T字勘定により複雑な取引フローの全体像を把握することができ、新しい取引や異常な取引を識別することも可能です。ただし、膨大な仕訳データからT字勘定を手作業で作成することは現実的ではなく、自動化する場合においても、借方と貸方が複数の勘定科目で構成されている仕訳の場合、相手勘定科目が一意に定まらず「諸口」となり分析が難しいものとなります。

この問題を解決する方法として、T字勘定を「仕訳パターン」で分類する方法が考えられます。ここで「仕訳パターン」とは、仕訳の伝票単位ごとの借方貸方を構成する勘定科目の組み合わせを指します。この方法により貸借が複数科目同士の仕訳であっても、ある科目の相手科目を特定する必要はありません。

仕訳パターンでT字勘定の分析をする場合、対象となる特定の科目の動きを相手科目で捉えるのではなく仕訳パターンで捉えることとなります。仕訳パターンは取引の種類や会計処理の種類ごとに異なる一方、複数の科目を1つにまとめたものという性質があり、勘定科目の変動要因を分析する際にもちょうど良い粒度の情報を提供することができます。勘定科目の変動がどのような種類の取引や会計処理から生じたのかという形で分かるため、単純に仕訳の相手科目だけの情報よりもより背景が理解しやすく、この分析手法はこれまで使われてきた伝統的なT字勘定分析の進化版と言えるでしょう。

<現預金勘定の分析例>

  • 分析の目的:キャッシュ生成の源泉を理解する
  • 分析対象勘定科目:現預金に属する勘定科目全て

図1-1 T字勘定

図1-1 T字勘定

図1-2 口座振替の影響を除いたT字勘定

図1-2 口座振替の影響を除いたT字勘定

仕訳パターンにおける相手勘定を識別し、その相手勘定やその先の相手勘定をT字勘定で分析することで取引の全体像を理解することも可能であり、例えば売上の計上から複数の通過勘定を経由した現預金回収までのフローの把握などにも有用です。

<売上-売掛金-預金の分析例>

  • 分析の目的:任意の売上勘定について、売掛金が現預金で回収されているフローを理解する
  • 分析対象勘定科目:売上/売掛金/現預金に属する勘定科目全て

図2 T字勘定による勘定科目間の関連性

図2 T字勘定による勘定科目間の関連性

前述のように、「仕訳パターン」で分類したT字勘定で仕訳データを分析することにより、取引種類を効率的に理解し、新規取引や異常取引の識別も可能になります。

Ⅲ 同一仕訳パターンの中での異常検知

本節では仕訳パターンを用いた異常検知の手法について紹介します。仕訳パターンごとに出現頻度を集計し、頻度が低く組み合わせが珍しいものを検知するというアプローチやあらかじめリスクの高い組み合わせを想定しそれに該当するものを検知するというようなアプローチは一般的な検知手法として利用されております。しかし、頻度だけの視点では外見上は通常の取引・会計処理の様に見える架空計上に対応できないことや、システム上入力可能な仕訳パターンがあらかじめ設定されてしまっている場合には仕訳パターン自体の異常性からリスクを捉えることが難しいという課題もあります。

そういったケースにおいては1つの仕訳パターンの中でのデータの分布に着目したアプローチが有効となります。例えば、ある仕訳パターンに該当する仕訳のみに着目し、起票者は誰がどのくらいの割合で計上しているのか、損益影響額はどう分布しているのか、起票日と計上日のずれの分布、そのほかビジネスユニットや上流システム、手入力・システム入力などさまざまな仕訳に付随するデータの中で分布を見ることで、通常と異なる特異なものを見つけるというアプローチが考えられます。<図3>はある仕訳パターン#813に該当する仕訳2万4397本の起票者の分布を表したもので、ほとんどの仕訳が特定の起票者によって起票されている中で例外的に2本のみ計上するような起票者が2名いることが分かります。こういった視点で通例でない状況を特定し取引の詳細な検証を行うことで効率的にリスクを特定できる可能性があります。

図3 仕訳パターンごとの起票者の分布

図3 仕訳パターンごとの起票者の分布

同一仕訳パターンに該当する仕訳を、仕訳に付随するデータの観点から分析するという発想は、仕訳1件1件を1次元の情報(起票者の名前や損益影響額など)に落とし、その情報の分布に基づく異常検知を行っているということができます。この考えをさらに広げ、仕訳1件1件を多次元の情報にマッピングした上でその多次元分布に基づく異常検知を行うということも自然な発想でしょう。具体的には例えば、1つの仕訳をその構成要素である複数科目の計上額というベクトル空間にマッピングすることで外れ値となっているベクトルを特定するというアプローチを取ることができます。仕訳パターンが同じ仕訳に絞っているため、必ず構成要素である科目は全仕訳で同じになり、全ての仕訳を同じ空間にマッピングできるというところが当手法のポイントとなります。

各科目の計上金額を表すベクトルの中でどのように外れ値を見つけるか、という点についてもさまざまなアプローチが考えられます。どういった傾向のあるものは通例でないのかは会計処理を行う対象の性質によっても変わってきます。例えば、「取引規模は大きいものから小さいものまでさまざまなケースが考えられるが、各科目の構成割合は似通っているはずである」という想定が成り立つのであれば、各仕訳を表すベクトルは規模に応じて直線上に並ぶと考えられます。したがってその直線からの乖(かい)離が大きいものが外れ値ということになります。

具体的には、借方に売掛金、売上値引が計上され、貸方に売上高、仮受消費税が計上されるという仕訳であれば仕訳パターンは(売掛金、売上値引/売上高、仮受消費税)となり、同じパターンに該当する仕訳を抽出し、この中で金額的なバランスの崩れているものが外れ値となります。ある仕訳パターンに絞るとその中で使われている科目の比率は平均的には<図4-1>の円グラフの様な割合だったとして、<図4-2>のように異なる割合になっている仕訳を検知することで「金額的なバランスが崩れている」ものを見つけることになります。

図4-1 ある仕訳パターンを構成する科目の平均的な金額内訳

図4-1 ある仕訳パターンを構成する科目の平均的な金額内訳

図4-2 ある特定の1仕訳を構成する科目の金額内訳

図4-2 ある特定の1仕訳を構成する科目の金額内訳

このための手法としては主成分分析※1が考えられます。同一仕訳パターンの中では各科目の計上額の規模に強い相関関係があります。第一主成分として各科目の比例関係を表す軸を捉えることで、取引規模を示すことになります。そして取引規模だけでは説明ができない残余の部分を第二主成分以降として捉え、乖離度を原点からのマハラノビス距離※2などで測定することで、一般的な比例関係からどのくらい逸脱しているのかを捉えることができます。実務的な経験則として1つの仕訳パターンで各科目の計上額の割合はおおむね同じことが多く、第一主成分の寄与率が非常に高いケースが多いことが分かっています。

図5 主成分分析による仕訳の科目間の計上額のバランスの可視化

図5 主成分分析による仕訳の科目間の計上額のバランスの可視化

当手法のメリットとしては計算が容易で実行時間が速いという実務的な点の他、同一の仕訳パターンの中で乖離しているものは限られることが多く絞り込みがしやすいことが挙げられます。一方で、1つの仕訳パターンを構成する仕訳本数が少ないケースもあり、まれな仕訳パターンについて他の類似する仕訳パターンに含める、または別途の手当を行う必要があります。

※1 主成分分析とは、多数の変量(次元)を、情報量をできるだけ損なわずにより少数の変量(主成分)へ変換するための手法で、相関のある変量を線形結合し、データのばらつきを最もよく表す相関のない主成分に変える手法です。

※2 マハラノビス距離とは、データの相関関係を考慮した距離の測り方で、分布からの外れ具合を定量化する指標です。

Ⅲ おわりに

会計仕訳データは一般的に膨大なレコード数となります。その中から異常な仕訳を抽出するためには、ビジネスの理解を基に会計仕訳全体を俯瞰(ふかん)して見ることや、仕訳の傾向を見いだすことを通じて、全体の傾向や想定から逸脱する取引を見極めることが重要です。

過去の経験や業務の性質から想定される不正仕訳のパターンを、ルールベースで抽出する従来の方法に加えて、会計仕訳の全体像をビジュアル化することや、機械学習および統計手法を用いて異常仕訳を抽出することで、より効率かつ精度の高い異常検知が可能となります。会計仕訳は全ての勘定科目に対して財務諸表にダイレクトにつながるプロセスであり、会計仕訳の分析能力を高めることで、エラーや不正検知の強化に役立つことが期待されます。

当法人では、すでにこのような分析をシステム化し監査チームに提供するオペレーション体制が整備されています。高度な分析により会計仕訳全体から効果的にリスクのある仕訳を識別するソリューションの開発を進めており、今後もよりさまざまな分析ツールを展開予定です。

サマリー

財務分析における状況把握や異常点の識別において、会計仕訳のパターン(借方・貸方の科目の組み合わせ)に着目した分析手法や、仕訳パターンと機械学習や統計手法を組み合わせた異常検知手法を紹介します。

情報センサー

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