アステラス製薬が組織健全性を高めるために掲げる3つの目標
アステラス製薬は、人と組織のマネジメントに関して、中期経営計画に次の3つの目標を掲げています。
①果敢なチャレンジで大きな成果を追求
従業員自身が適切なリスクを取る権限を持ち、成果を出すイノベーションに注力できる。
②人材とリーダーシップの活躍
目的を持った人材マネジメントと一貫したリーダーシッ プスタイルにより、 必要なマインドセットを持てるようになり、望ましい行動が促進される。
③One Astellasで高みを目指す
共通の目標を達成するために従業員が効果的に協働し、組織的に力強く戦略を推進する。
「一般的に日本人は協調性が高いと言われますが、日本人はチーム内では上手に連携できても、チームを超えた協働が苦手とも言えます。大きな目標を達成するためには協働が不可欠で、ほかのチームの人たちをどれだけ自分の仕事に巻き込めるかという『巻き込み力』が重要になります」
経営計画を実現するための環境とカルチャーを整備する
適切に人と組織をマネジメントするためには、環境とカルチャーを整える必要があります。アステラス製薬は3つの組織健全性目標を掲げると同時に、次の3つの人事・組織変革に関する優先事項を掲げてグローバルスケールで進めてきました。さらにそれらをデータに基づいた確実な進捗トラッキングしています。
①組織文化、マインドセットの変革
直近の2年間で非常に力を入れて取り組んできたことの一つです。変革において重要なことは、コンサバティブな目標は認めず、高い水準かつ部門横断的な目標を設定することです。目標が未達成であっても達成度が高ければそれに見合った評価をすることでチャレンジを促してきました。また、目標に対する評価の基準は部署によらず一定にすることで、全社で取り組めるようにしました。
変革の実現に向けて部門横断的な目標を設定することは手間の掛かることですが、最初は苦労しても後はスムーズに進みます。会社としても目標達成を支援するため、新たなリーダーシップモデルの提示、コンピテンシーリストの刷新などを行いました。また、約3,000人のマネジャー職にはIGNITEトレーニングを提供し、99%以上が受講してくれたことで、組織に共通言語が生まれ変革の原動力となりました。
杉田氏は、「このような挑戦はダラダラ取り組むとモチベーションが続かないので、この2年間はあえて集中的に数多くの人事・組織変革を同時並行的に進めました。今後は新たな打ち手を増やすよりも『本質的に何がどう変わったのか?』『さらなる改善・定着のためにやるべきことは?』をきちんと議論し、消化していくことにシフトしていく」と話します。
②グローバルな人材・組織を支える人事制度の構築
適切なリスクテイクとイノベーションを進める上で重要な心理的安全性の確保とフィードバック文化醸成のため、フィードバックツールをグローバルで導入しました。さまざまなテーマについて従業員同士で対話できる「Ask Me Anything」や、トップマネジメント層が経営計画について説明したり従業員と会話したりできる「Live Stream」で双方向コミュニケーションを推進しています。
また、従来のリーダー向けプログラムは一方向的な講義スタイルが中心でしたが、現在は70名ほどのグローバルなトップマネジメント層を本社に集め、中期計画やビジネスについて議論する場を設け、実践の中で学びを得てもらうスタイルに変更しました。
若い世代に向けては、ポジションごとに多様性を重視して後継者を選定し、育成を行う後継者プランもグローバルで展開しています。
「都内で行われた『東京レインボープライド2023(LGBTQ+のレインボーパレード)』に40〜50名の従業員が参加するなど、DE&Iを重視する従業員の意識や社内の機運が高まっている」と杉田氏は話します。
変革を進めていく中で、人事評価制度やグローバル報酬制度なども変更しました。一例として、従来は全社業績と順位付けされた部門業績に対するインセンティブだったものを、変革後は協働を阻害しないよう部門業績は廃止し、全社業績のみに対するインセンティブ制度にしました。
③イノベーティブな組織になるために、組織階層をフラット化
全社的なイノベーションを促進するために、組織のフラット化にも集中して取り組みました。従来は9~10レイヤーあったものを、現在は8レイヤーに減らしました。
「理想は6レイヤーです。継続的にイノベーションを起こしていくためには、階層が多いせいで意思決定が遅れたり、現場で生まれた良いアイデアが階層を上がるうちにつぶされてしまったりするのを防ぐことも大切です」
データに基づいた確実な進捗トラッキング
国やエリアごとに異なっていた等級(グレード)制度や人事システムをグローバルで統一したおかげで、可視化や共有が一元的にできるようになりました。各地域の入退社人数や年齢分布、男女比率をはじめ、グローバルな情報がリアルタイムに見えるので、データに基づいた科学的アプローチで人事戦略の策定と実行が可能です。
従業員に対しては毎年1回大規模なグローバル・エンゲージメント・サーベイ(GES)を実施し、プラスして年2回簡易的なサーベイを行い、会社や自身のエンゲージメントに対するスコアやコメントを収集しています。
膨大なフリーコメントをAIで頻出単語分析をしています。視覚的にすぐに課題を把握できるようになり、従業員の関心や不安が表れているコメントには即時かつ真摯(しんし)に対応できるようになりました。
「GESでやみくもにデータを集めるのではなく、組織健全性目標の分類別にサーベイ項目を設計して、スコアの改善状況を確認するなど、サーベイと組織健全性目標をつなげて活用しています」
イノベーションの3つの事例とイノベーションに必要なグロースマインドセット
さまざまな取り組みにより生まれたイノベーションの事例を3つ紹介します。
眼科領域の最先端に立つバイオ医薬品企業の大型買収については、短期間での決断など適切にリスクテイクした結果、買収という成果につながりました。
また、標的タンパク質分解誘導の技術開発は、若い研究者のアイデアを上司が背中を押したことで社内での開発を実現しました。
変革やイノベーションが起こりにくいと言われるバックオフィスにおいても、本社のあるチームが適切なリスクテイク、コンプライアンス対策を行い、革新的なアプローチを実施した結果、会社に利益をもたらしました。これはイノベーションの成果であると同時に、部署を超えた協働の推進が成果につながった事例でもあります。
従業員のマインドセット変革に取り組む上で留意すべき点も見えてきています。「とても快適だけど成果が上がらない」という状況は「心理的安全性はあるが責任感は低い状態、いわばゆるい職場」です。常に「心理的安全性がある中で大きな成果に挑戦する」という「心理的安全性がある上で、各人の責任感が高い状態、つまりグロースマインドセットがある組織」の状態が求められます。
すべてのイノベーションはビションにつながる
アステラス製薬のビジョン「変化する医療の最先端に立ち、科学の進歩を患者さんの『価値』に変える」にある「最先端」とはイノベーションを意味しています。イノベーションを進めることで「薬を早く届ける」「患者さんのQOL(Quality of Life)に貢献する」につなげることが重要です。
製薬という事業には、薬の開発スピードと患者さんの寿命との競争という側面もあります。杉田氏は、イノベーション創出のために人事部門の役割も重要だと指摘します。
「新薬が1年前にできていたら患者さんは助かったかもしれない、というケースに出合うこともあります。新薬を出すことは、多くの患者さんとそのご家族の幸せにつながります。新薬の開発スピードを上げるためには全社的なイノベーションが必要で、人事部門もパーパスやビジョンを共有し、変革を加速しなければなりません」
受講生からは矢継ぎ早に手が挙がり、「日本人と外国人の働き方や仕事の進め方の違い」、「データドリブンの視点で取り組むとこれまでの人材マネジメントと何が違ってくるのか」、「部門をまたいで目標を共通化することの難易度」、「組織をフラット化しようとしたら普通は抵抗されるのでは」などの質問が杉田氏に多く寄せられて、経営と人事に関する活発な議論の場となりました。
サマリー
アステラス製薬はビジョン達成のために、中期経営計画に組織健全性目標を盛り込み、データに基づいた科学的アプローチで人事・組織変革を進めています。人的資本価値を高める取り組みを通じて、大型買収、新規技術開発、バックオフィスのイノベーションに成功し、ビジョン実現への歩みを進めています。