CSRは取り組み次第で企業価値や競争優位につながる
「世界と比べ、日本の企業におけるサステナビリティへの対応は10年遅れている」
牛島は日本企業のサステナビリティへの動きに対して危機感を示します。Corporate Social Responsibility(CSR)やサステナビリティは、経済学の分野で議論が続けられ、時代ごとにその立ち位置は変化しています。1970年代の伝統的資本主義に始まり、2003年の戦略的社会貢献、2008年の戦略的CSR、そして2011年以降の共通価値(CSV)創造へと続きます。
CSRの概念が大きく飛躍したのは、2011年に米国の経営学者であるマイケル・ポーターが発表した共通価値、Creating Shard Value(CSV)という考え方です。CSVは、社会的価値と経済的価値を組み合わせ、両者が共通する価値を創造していくことで、CSRを超えた企業価値の向上、競争優位性を獲得するというものです。
CSRやサステナビリティも、適切な手法を採ることにより、企業価値につながることを示したのがポーターの理論の画期的な点でした。
CSVの発表から10年以上の年月を経た今、企業は社会的責任にどうアプローチし、企業経営にどう組み込むべきかを考えます。
ケーススタディから企業の社会的責任を考える
ある菓子メーカーが使用期限切れの材料を使用して製造していたことが内部告発から世間に知られた騒動について、「このメーカーに法的責任はあるのか」「経営にはどのような影響があったのか」「どのように対応するべきだったのか」という観点から、受講者によるディスカッションが行われました。
ディスカッションでは、「法的な責任の有無に関わらず、消費者への信頼を裏切った点で問題である」と指摘する意見が大半を占めました。また、「レピュテーションリスクを考えた上で、経営判断として記者会見などを開き、事態の説明と謝罪をするべきであった」という意見もありました。
この事案から、企業の社会的責任は法律だけでは計れないということがわかります。CSRの概念が生まれたのはヨーロッパで、背景には多国籍企業の存在が大きいとされています。一つの国の法律で縛られることのない多国籍企業が自社の利益を最大化することを目的として貧しい国々で労働力を搾取したり、環境規制の緩い国で開発を進めたり、タックスヘイブンを使って税金から逃れようとしたりといった状況が問題視される中、社会における企業の在り方が問われ始め、CSRの概念が誕生しました。
かつては、政府が法律やルールで企業を規制するのが一般的でしたが、現代はSNSなどで市民が企業を監視・規制する時代です。そのため、企業のブランド価値は社会との約束を守るという期待によって創られるという側面が強くなっています。多国籍企業にとって、「社会的責任を経営のガバナンスの中で認識し、マネジメントする能力があるか」「社会へ説明責任を果たし、市民やステークホルダーからの信頼を得られるか」といったことが重要になり、法律以上の意味を持ち始めています。
牛島は、「日本企業のCSRが後れを取っている原因は、本業とは全く別ものとして捉えていること、本来の意義とは逆の考え方が広まっていることです」と指摘します。
カギを握る社会的価値と経済的価値の両立
社会的責任を果たしながら持続的な経営を進める上で課題となるのが「CSRやサステナビリティは儲かるのか?」という点です。
経済活動と社会貢献を両立させる手法の一つにBOP(Base of the Pyramid)ビジネスがあります。BOPのポイントは、顕在化していない市場に社会課題というニーズを見いだし市場化することです。例えば、ある多国籍企業は、インドにおいてせっけんで手を洗う習慣を浸透させ、せっけんの市場を創出しました。衛生の意識や環境を解決しつつ、人口の多いインド市場を開拓することで企業の成長につなげている事例です。
このように社会的価値と経済的価値を両立し、「共通価値」を創出するのがCSVです。その両立は簡単に達成できるものではなく、慶應義塾大学大学院経営管理研究科の岡田正大教授によると、その実現には社会性投資を経済的価値に結びつける経営能力である「社会経済的収束能力」が必要だと指摘しています。牛島は、「サステナビリティ、ESG(Economic, Social and Governance)、CSRが儲かるかどうかは、その企業のケイパビリティによるところが大きい」と話します。
CSVを実現した企業のサステナビリティブランドにおける優位性
次にCSVの実例から、なぜサステナビリティ経営が広まっているかを考えます。
インド市場を開拓した大手企業は2004年にパーム油の持続可能な調達を図るべく、WWF(World Wide Fund for Nature)などのNGOと共に「持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)」の設立を主導し、同時に会議の原則と基準に則ったRSPO認証を立ち上げました。この実例をもとに「なぜサステナビリティブランドは成長が早いか」をテーマにディスカッションを行いました。
受講者からは、「売り手も買い手もモチベーションを持って販売・購入できる」「TOB(Take Over Bid:株式公開買付)においても選択する理由になる」「消費者の価値観が変化し、高額でも地球に優しいものを選ぶ人が増えたから」「金融機関からの信頼を得て資金調達が容易になるのでは」といった意見が挙がりました。
実際、グローバルデータによると、サステナビリティブランドはそうでないブランドよりも69%早く成長しているという結果が出ています。その理由は何なのでしょうか。
現代の生活者は、商品を選ぶ際にサステナビリティの要素を購買決定要因に挙げます。いつ、どこで、誰が、どのように作ったのか、そして、社会や環境に良い商品なのかどうかといったことを重視します。先述の事例では、生活者はRSPO認証というブランド価値、特に認証ラベルの情報に価値を見いだしています。認証ラベルでサステナビリティの価値が可視化されることで、競合品との明確な差別化が図られています。
サステナビリティ経営の戦略的意義とは
最後にRSPO認証の戦略的意義を考察します。
前述の企業は社会的価値と経済的価値の両立を戦略的に計画した「サステナブルリビングプラン」を導入しています。その計画に基づいて、RSPO認証製品のサプライチェーンを形成し、関係するすべてのサプライヤーでサステナブルブランドの価値を創り、守っています。その結果、ブランドの成長が早まり、ブランド力の低下リスクを低減し、原料や再生可能エネルギーの調達リスクとコストも同時に削減できました。また、RSPO認証は競合他社の参入障壁にもなっています。
このように、業界のリーダーは新しい競争ルールや秩序を構築し、それを社会に認知させて、新たな市場を創造することであり、自らのブランド価値を向上させるためにサプライチェーンを通じた価値創造を実現します。これは経営上の戦略であり、CSVの戦略的な実現です。
これからの時代、社会的価値を意識してマネタイズするケイパビリティを持って戦略的に挑み、企業も社会もWin-Winになる価値を創造することが重要です。さらに業界をリードする企業は、自発的に主導して戦略的にCSVに取り組む必要があります。受動的にならず、外部からの指摘を受ける前に自らルールを作っていくことで、自らの生き残りや市場拡大を図ることができます。
「また、こうした戦略はトップ企業だけのものではありません。市場規模は小さくとも、新たな市場セグメントを作り、その市場を独占支配するニッチャーもCSVを競争優位につなげやすい企業です。社会的価値の創造を経営戦略に取り入れることで企業価値を高めている中小・ベンチャー企業も存在感を発揮しています」
サステナビリティ同様、人権問題も重要です。国や法律を超え、社会的責任で対応すべきという流れも生まれています。先進国ではサプライチェーン上の人権課題への取り組みをルール化する動きも出始めており、人権に問題のある国や地域からの素材や製品の調達ができなくなってきています。
「株主の利益を最大化することさえ考えていれば良かった伝統的資本主義は終わりました。環境問題や人権問題にも考慮した経営戦略を本気で考えなければならない時代が到来しています」
サマリー
CSRの在り方は時代と共に変化を続け、現代では経済的価値と両立させるCSVの考え方が主流です。企業は、政府による法律やルールに加え、市民による監視や期待に正しく対応する必要があります。主体的なCSV戦略の立案と実行は、企業価値向上や競争優位性の獲得につながる可能性があります。