EY新日本有限責任監査法人 化学セクター
公認会計士 大貫 一紀/甲斐 靖裕/鎌田 善之/久保川 智広/倉持 太郎/柴 法正/田村 智裕/根建 栄/吉井 桂一
1. 化学産業のIFRS動向
IFRSは140を超える国・地域で採用され、日本においても、IFRS任意適用(決定)会社数は継続的に増加しています。東証上場会社の時価総額に占めるIFRS適用(決定)会社の割合は約47%であり、IFRS適用に関する検討を実施している会社を含めると約59%となっています。(出典:日本取引所グループウェブサイト 2023年6月末時点)
上記トレンドと同様に、化学産業においても、任意適用(決定)会社は増加傾向にあります。
2. 主要な会計上の論点
化学産業の企業において検討すべき論点は多岐に亘りますが、そのうち本稿では(1)有形固定資産、(2)無形資産、(3)リース、(4)減損、(5)決算日統一について、以下検討します。
(1) 有形固定資産
化学産業は典型的な装置産業であることから、通常、多額の有形固定資産を有しており、このため有形固定資産の論点は特に重要となります。
① 耐用年数
日本基準では、実務上、税務上の法定耐用年数を使用しているケースが多いと考えられます。
一方、IFRSでは、企業が使用すると期待する期間が耐用年数となります。このため法定耐用年数と一致しない可能性があるため、耐用年数の決定が論点となります。耐用年数の決定に当たっては、次の点を考慮しなければなりません。
- 予想使用量
- 物理的減耗
- 陳腐化
- 法的制約
② 償却方法
日本基準では、ほとんどの化学企業が定率法を採用していましたが、近年は会計方針を変更し定額法を採用する企業が多くなっています。また、海外子会社は従来、定額法を採用しているケースが多いと考えられます。
IFRSでは償却方法は、会計方針ではなく見積りであるため、同種資産であっても、市場環境及び操業方法の相違等により、償却方法が異なることもあり得ます。しかし、そのような事実がない場合には、通常、グループ内にて整合していることが想定され、国内・海外といった地理的要因のみを理由として異なる償却方法を採用することは認められません。
③ コンポーネントアプローチ
日本基準では、法人税法上の規定に基づく単位で減価償却を実施していると考えられます。
一方、IFRSでは有形固定資産項目の全体の取得原価に対して、重要性を有する構成部分について個別に減価償却をします。このため、現行の償却単位の資産の中で、耐用年数が異なる複数の重要な構成部分がないか検討が必要となります。
具体的には機械装置プラントのうちユニットやパーツを交換する必要があり、その交換頻度が他のパーツと異なる場合、当該部分について償却単位を変え、耐用年数を分けることになると考えられます。
④ 修繕費
化学産業では、大規模な製造設備を有していることから、法律に基づく定期的な点検が義務付けられている場合や、定期的な修繕が実施される場合があります。
日本基準では、製造設備の修繕費用が発生する可能性が高く、その金額を過去の経験等に基づいて合理的に見積もることができる場合は、将来発生する修繕費用について引当金を認識すると考えられます。
一方、IFRSでは引当金の認識要件として「現在の債務(法的又は推定的)を有している」ことが必要となります。この点、製造設備に対して操業を停止したり廃棄したりした場合は、修繕が不要となるため、現在の債務を有していないことになります。従って、定期修繕引当金は認識されないことになります。
ただし、大規模修繕に必要な定期的な点検・修繕について次の有形固定資産の認識要件が満たされる場合は、その修繕費用を固定資産の取得原価に加算し、次回の修繕までの期間で減価償却することになります。
(認識要件)
- 当該項目に関連する将来の経済的便益が企業に流入する可能性が高い
かつ
- 当該項目の取得原価が信頼性をもって測定できる
(2) 無形資産(研究費及び開発費の処理)
日本基準においては、研究開発費は発生時の費用として処理します。一方、IFRSでは、研究費は発生時の費用として処理しますが、開発費については、以下の6要件を全て立証可能な場合、無形資産として計上することが強制されます。
- 技術上の実行可能性
- 完成・使用/売却の意図
- 使用/売却の能力
- 経済的便益の創出方法
- 技術・財務上の利用可能性
- 信頼性のある原価測定
そのため、IFRS適用にあたっては、以下の点に留意する必要があります。
- プロジェクト管理状況の整理
- 研究開発プロセスの切り分けの可否
- 6要件の充足の検討
- コスト集計方法の検討
- 償却期間の検討
- 無形資産として計上する単位の検討
(3) リース
化学産業においては、本社機能に加えて、製造拠点や販売拠点を複数保有し、各拠点において土地や建物などの不動産の他、製造設備を賃借しているケースがあります。
この点、IFRSでは原則として全ての借手のリースがオンバランスされることとなるため、IFRS適用により、使用権資産及び関連するリース負債の残高が大幅に増加する可能性があります。
なお、リースの識別は網羅的に実施する必要があり、例えば、工場用地内に他社の発電設備を有し、電力供給契約に基づきエネルギー供給を受けている場合には、当該電力供給契約にリースが含まれていると判定されるケースも想定されることから、留意が必要です。
また、IFRSにおいては、リース期間の決定にあたり、解約不能期間に加えて、合理的に確実と見込まれる延長オプション及び解約オプションを加味する必要があるため、リース期間がリース契約の解約不能期間と一致するとは限りません。化学産業の製造拠点は大規模であり、修繕を繰り返しながら、数十年間稼働するケースが珍しくないことから、工場設備のリースに関する延長又は解約オプション行使が合理的に確実と見込まれるか否かの検討に際しては、経済的インセンティブを生じさせる全ての関連性のある事実及び状況を考慮する必要がある点に留意が必要です。
(4) 減損
① 固定資産の減損
日本基準では、固定資産の減損会計のステップは次の通りとなります。
A)固定資産のグルーピング
B)減損の兆候の把握
C)減損の認識の判定
D)減損損失の測定
E)会計処理・表示
一方、IFRSでは日本基準で求められる割引前CFと帳簿価額を比較する減損の認識の判定ステップがなく、減損の兆候がある場合には割引後CFを用いて減損損失を測定する減損損失の測定ステップを実施するため、減損損失が認識されやすくなる可能性があります。また一度減損を実施した後に、回収可能価額が帳簿価額を上回った場合は減損の戻入れが必要となります。
② のれん及び無形資産の減損
日本基準では、のれんを含む無形固定資産は、固定資産と同様のステップに沿って、減損の兆候を識別した場合には、減損の認識の判定を実施します。
一方IFRSでは、のれん、耐用年数を確定できない無形資産及び未だ使用可能となっていない無形資産については、減損の兆候の有無にかかわらず、減損テストが毎期求められます。のれん及び耐用年数を確定できない無形資産については年次償却の対象となっていないこと、未だ使用可能となっていない無形資産については将来の経済的便益の創出能力が不確実であることによるものです。また、のれんに関する減損損失の戻入れは認められていません。
(5) 決算日統一
① 化学産業に属する会社の連結財務諸表の特徴
化学産業は装置産業であり、事業領域は上流から下流まで広範に亘ることから、海外に多くの製造拠点、販売拠点を有するケースが多く見られます。この点、日本基準では、子会社の決算日と連結決算日の差異が3カ月を超えない場合には、子会社の正規の決算を基礎に連結決算を行うことが認められています。そのため、12月決算の子会社の財務諸表を用いて3月決算の連結財務諸表を作成している事例が多く見られます。
② IFRS適用上の留意点
IFRSでは、親会社及び子会社の財務諸表は、実務上不可能な場合を除き、同一期末日で作成する必要があります。従って、IFRSを初めて適用する会社においては、一般的に連結子会社の決算日を事前に統一し、適時に親会社への報告ができるように決算早期化を行うことが必要となります。
また、持分法を適用する際には、関連会社又は共同支配企業の直近の利用可能な財務諸表を使用します。この点、関連会社又は共同支配企業の決算日が自社と異なる場合には、関連会社又は共同支配企業は、実務上不可能な場合を除いて、自社と同一の決算期間により財務諸表を作成する必要があるため、留意が必要です。
化学産業
- 第1回:化学産業の概要 (2024.03.12)
- 第2回:化学産業上流事業の会計処理の特徴 (2024.03.12)
- 第3回:化学産業下流事業の会計処理の特徴 (2024.03.12)
- 第4回:化学産業のIFRS動向及び主要な会計上の論点 (2024.03.12)
- 第5回:化学産業の収益認識基準に係る主要な会計上の論点 (2024.03.12)