化学産業 第3回:化学産業下流事業の会計処理の特徴

2024年3月12日
カテゴリー 業種別会計

EY新日本有限責任監査法人 化学セクター
公認会計士 大貫 一紀/甲斐 靖裕/鎌田 善之/久保川 智広/倉持 太郎/柴 法正/田村 智裕/根建 栄/吉井 桂一

1. 下流事業の特徴

下流事業とは、上流事業における「基礎化学品」を原料として、高い付加価値を付与し、さまざまな機能を提供する製品を製造する研究開発型の事業を指します。

下流事業の特徴としては、次のようなものが挙げられます。

(1) 差別化を図る製品特性

化学産業の下流事業は、基礎化学品に付加価値を付与して差別化を図る事業であるといえます。製品の差別化が図られることにより、下流事業には次のような特徴があります。

① 高い利益率

製品が高付加価値であり、競合他社には生み出せないものであればあるほど、また市場占有率が高ければ高いほど、製品としての価値とその販売価格も高まることとなります。下流事業製品は、上流事業と比較して利益率が高くなる傾向にあります。

② 多品種少量生産

差別化はユーザーの要求に合わせて図られるものであり、そのさまざまな要求に応えるため、下流事業においては主として多品種少量の製造を行うこととなります。下図に示すように、上流から下流へ向かうにつれて裾野が広がり、取り扱う製品の種類が多くなります。

また、下流事業で取り扱う製品の最終ユーザーは自動車・家電・食品メーカー等であり、製品の品質について厳しい要求がなされることがあります。

石油化学製品のできるまで ~全体の流れ~

石油化学製品のできるまで ~全体の流れ~

出典:「石油化学製品はこうしてつくる(石油化学工業協会ウェブサイト内)」(2024年3月)

(2) 原材料と価格転嫁

下流事業においては、上流事業と比べて原材料価格の上昇を販売価格へ転嫁させにくいものと考えられます。その理由としては、下流事業製品は基礎化学品と比較すると材料価格そのものとの連動性が低く、販売先が自動車・家電・食品メーカー等の価格競争が厳しい市場である場合が多いことなどが考えられます。

また、その製品特性から得意先が多岐に亘ることが考えられます。価格交渉もそれぞれ行うことになるため、一つの事業で値上げの方針を打ち出してから、全ての得意先に対して値上げ交渉が成立するまでに、相当の期間を要することもあります。


(3) 研究開発型

高付加価値により差別化を図るためには、研究開発活動を継続的、積極的に行っていくことが必要となります。上流事業においても研究開発活動は行われていますが、下流事業では、高付加価値化による差別化を図っていくために、より研究開発や、そのための設備投資に資金が投入されています。


(4) 設備産業

製造業である化学産業は、下流事業においても典型的な設備産業であるといえます。

上流事業においては基礎化学品の製法は、ほぼ普遍的なものであるため、巨大プラントを長期に亘りメンテナンスをしながら使用することが一般的です。

これに対し、下流事業においては常に製品の差別化が求められるため、新型設備の導入が求められる傾向にあります。


(5) 総合化学メーカーの発展

上流事業は、下流事業に必要な基礎原料を供給するものであり、下流事業を支える重要な事業ですが、わが国の化学産業が成長を目指すためには、研究開発力を生かした下流事業の強化が必要と考えられます。

わが国の歴史において、化学企業はエチレンプラントなどの上流事業から出発し、川上から川下までの価値の連鎖を目指して「総合化学メーカー」として発展してきました。特に情報電子材料事業においては、わが国の総合化学メーカーが多くの分野で強みを持ち、収益源としても大きく貢献しているといえます。

世界の総合化学品メーカーについても、例えばダウやBASFは、ノンコア事業の売却を行うことで、下流の特殊化学品で事業の選択と集中を行っています。

今後も、化学企業においては高い収益性を求めて下流事業を強める戦略がとられるものと考えられます。そして、上流側又は他の産業からも化学産業の下流事業へ参入する動きが活発化するものと考えられます。

2. 下流事業における会計処理の特徴

(1) 売上

化学産業においては、従前は出荷基準により収益を認識することが慣行となっていましたが、収益認識に関する会計基準の適用以降、支配が移転する場合には収益を認識することが原則とされました(収益認識に関する会計基準第35項)。化学産業は典型的な製造業に該当し、顧客の検収によって支配が移転し、企業の履行義務が充足されることが多いと考えられます。なお、商品又は製品の国内の販売において、出荷時から当該商品又は製品の支配が顧客に移転されるときまでの期間が通常の期間である場合には、出荷時等によって収益を認識できる代替的な取り扱いが定められています(収益認識に関する会計基準の適用指針第98項)。その他に有償支給や輸出、預け在庫などの形態をとることもあります。下流事業においては、多品種少量生産であり、その流通に関してもユーザーからの要求に応えるため、製品ごと、納品先ごとに、さまざまな形態がとられており、支配が移転するタイミングについては形態に応じて慎重な検討が必要といえます。


(2) 仕入

上流事業における仮単価による売上計上は、下流事業では仕入側で認識されます。単価後決め方式により仕入時点において仕入単価が確定していない場合には、一般的には直近妥結単価などの仮単価により仕入計上処理を行います。仮単価を随時見直し、各決算末においては直近の交渉結果に基づく合理的な見積り可能価格により価格調整を行います。


(3) 原価計算

製造業として、下流事業においても原価計算が行われることとなります。一定期間に生産した製品を纏めて計算する総合原価計算が主流です。原価差額の会計処理については上流事業同様の特徴が生じることとなります。ただし、下流事業においては多品種少量生産の傾向にあるため、組別総合原価計算などが採用される場合もあります。


(4) 研究開発

化学産業の下流事業においては研究開発活動が積極的に行われており、特に既存の技術を応用して新しい製品を開発することが継続的に行われているといえます。

① 研究開発の範囲

化学産業においては、実証プラントなどの装置を設計・建設することそのものが研究開発対象であることがあります。

すなわち、試行錯誤の研究開発を通じて製作されることとなる装置の研究開発段階では、生産設備として使用可能なものができるかどうかの判断は極めて困難なものと考えられ、研究開発の定義に該当するような装置そのものの試作過程及び、その装置の稼働による機能確認の研究開発は、固定資産製作のための活動ではなく、その活動自体が研究開発活動と考えられます(研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関するQ&A Q4)。

② 特定の機械装置等

特定の研究開発目的にのみ使用され、他の目的に使用できない機械装置や特許権等を取得した場合の原価は、取得時の研究開発費として処理するとされています(研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針第5項)。

下流事業の研究開発においては、次のような理由により特定の研究開発目的のみに使用される機械装置も少なくないものといえます。

  • 製品は自動車メーカーや家電メーカー等に対する精密部品等の原材料となるため、特定の機能について厳しい要求に応える性能を発揮する製品の開発が必要であること

③ 研究開発費の計上区分

研究開発費は、新製品の計画・設計又は既存製品の著しい改良等のために発生する費用であるため、一般的には原価性がないと考えられ、通常、一般管理費として発生時に費用処理されます。ただし、製造現場において研究開発活動が行われ、かつ、当該研究開発に要した費用を一括して製造現場で発生する原価に含めて計上しているような場合には、研究開発費を当期製造費用に算入することが認められています(同実務指針第4項)。

なお、化学産業においては、製造拠点として広大な敷地を保有し、その敷地内に関連する事業の研究開発拠点を置いているケースもあります。このような場合に、製造拠点内にある研究所で発生した経費であることをもって無条件に製造費用に含めるのは適切ではありません。


(5) 固定資産の減損会計

① 資産のグルーピング

化学産業の下流事業においては、ユーザーのさまざまな要求に応じて多品種少量生産を行うため、その固定資産についても各製品に特有の製造ラインを有するものといえます。よって、グルーピングの検討に際しては、一般的に、その生産する製品特有の製造ラインに沿ったものを独立した単位としてグルーピングを行います。

ただし、下流事業においては、ごく一部の下流事業のみを事業として取り扱うのではなく、規模のメリットの観点からも、総合化学メーカーとして、より川上の事業を含めた総合的・多角的な事業を行っていることも少なくありません。例えば、ナフサから分解精製される物質の一つであるエチレンからプラスチック系誘導品であるポリエチレンを製造、さらに低密度ポリエチレンや高密度ポリエチレンなど汎用的なものから、より耐熱性・対候性、強度などの機能を備えた製品までを手がけることがあります。また、同じような製品を製造していてもユーザーの要求により若干の性能の違いを持たせることもあります。

このような一連の流れの中で製品が製造される場合、固定資産のグルーピングに当たっては各企業における投資戦略や管理方法などにより、企業の実態を反映するよう慎重に検討を行うことが必要と考えられます。

② 将来キャッシュ・フローの見積り

減損損失を認識するかどうかの判定に際して見積もられる将来キャッシュ・フロー及び、使用価値の算定において見積もられる将来キャッシュ・フローは、企業に固有の事情を反映した合理的で説明可能な仮定及び予測に基づいて見積もることとされています(固定資産の減損に係る会計基準四2.(4))。下流事業においては、将来キャッシュ・フローの見積りに当たり、次のような点に留意すべきであると考えられます。

  • 原材料の価格変動
    下流事業における原材料は上流事業の基礎化学品であり、その仕入価格はおおむね上流原材料の相場変動の影響を受けることとなりますが、販売価格については、その影響を転嫁することが難しい場合がほとんどです。すなわち、製品価格への価格転嫁が十分にできなかった場合には一時的に業績が悪化する可能性があることに留意が必要です。
  • 他業種の影響
    下流事業における製品は他業種における製品の原材料等として利用されることが多いため、他業種における技術革新等の影響を受けることに留意が必要です。例えば製品が、テレビ、スマートフォン、パソコン等に利用される場合には、技術革新が著しく経営環境が激変することも考えられます。
    将来キャッシュ・フローを検討するに当たっては、より下流の他業種における、さまざまな動向を吟味する必要があるといえます。
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