第1章
現在の状況
少数のグローバルなリーダーがイノベーションを通じて変革を推進し、グリーンマネーの流れの大部分を引き寄せています。
EYのRenewable Energy Country Attractiveness Index(再生可能エネルギー国別魅力指数:RECAI)は、再生可能エネルギー分野の成熟度と発展性において競争力を持つのは一握りの先進国のみであることを強調しています。最も魅力的な市場と活用の機会を有するこれらの国々は、リードを維持し、場合によっては、再生可能エネルギーやその他のグリーンテクノロジーへの投資とイノベーションを加速できる立場にあります。
本章では、以下の点を考察することにより、これらの国々がなぜリードを維持しているのかを探ります。
- 気候関連の研究の普及とその影響
- 再生可能エネルギー、サステナブルな輸送、ネットゼロ達成に不可欠な、多くの未成熟なテクノロジー分野における、初期段階のベンチャーキャピタルの普及
- グリーンへの移行における、主要分野への公的資金投入のコミットメント
- 世界各国で生み出されたグリーンテクノロジーにおける、特許取得可能なイノベーションの水準
こうした知的資本やベンチャーキャピタルの配分は、格差が生じる要因の一部にしかすぎません。既存のテクノロジーを世界中に導入することを通じ、根幹からサステナビリティを向上させるためには、資金調達も必要です。さらに、グリーンマネーの流れを決定する世界的情勢の把握につなげ、その配分と影響を理解するためにも資金調達が不可欠です。
米国と中国:グリーンイノベーションの「超大国」
米国と中国は世界最大のグリーンテクノロジー市場であり、「パリ協定に沿った気温抑制を実現可能な状態に保つことを目的とした、排出削減のための具体的対策」において協力することを公約しました4。加えて、電気自動車(EV)のグローバル市場もけん引しています。
他の国々もまた、より炭素制約の強い未来に向け、グローバルな移行を形作る上で大きな影響力を持つでしょう。EYの分析では、その一部の国(インド、英国、ドイツ、フランス)に注目し、グリーンマネーが流れていく先とその理由について検証しました。
サステナビリティに関する先進的な研究は、米国で行われている
環境科学や気候関連テクノロジーにおける米国の先進性を示す代表的な指標として、学術界の活発な活動が挙げられます。量の点では、中国は2020年に、米国のほぼ2倍である75,000件近い文書を公開しています。しかし、インパクトの点では米国の研究が上回っており、次いで、英国、ドイツ、中国、オーストラリアとなっています。
米国は、再生可能エネルギーや電気自動車に資金提供するベンチャーキャピタルで構成される、大規模なエコシステムを有する
EYの分析では、企業投資の分野においては、米国は初期段階のベンチャー企業を含む再生可能エネルギー企業に関し、他の経済圏に比較して大きな優位性を持っていることが明らかとなっています。
中国は、再生可能エネルギーとサステナブルな輸送のための原料供給能力においてリードする
中国は10年間で電気自動車への補助金に580億米ドル超を投じ5、世界の電気自動車の半数に及ぶ製造能力を持ち6、このセクターの初期段階におけるベンチャー資金の大部分を引き寄せています。
EV市場の地理的な集中は明らかです。最新のIEA Global EV Outlookによると、電気自動車はまだ世界の年間自動車販売の2.6%を占めるにすぎないものの、2020年の電気自動車登録台数は41%増加しています。圧倒的に大きな市場となっているのは、EU、米国、中国です7。
2015年のパリ協定以降、中国は電気自動車と関連バッテリー技術のイノベーションを拡大させています。EYの分析では、関連特許(すべて電気自動車および関連バッテリー技術の進歩に関連する発明に分類)で優位にあることが示されています。原料サプライチェーンにおいて主要な地位を占めていることと相まって、中国は世界のEV供給に対しての影響力を持っています。
技術革新と並び、原材料も、グリーンなエネルギーと輸送技術において主導権を握れるかを決定付ける重要な要素です。中国は、グリーンテクノロジーの鍵となる原料について、世界の需要の大部分を供給しています8。
中国のグリーンファイナンスは初期段階の企業投資では割合が少ないものの、全体では国有企業や大手国有銀行などの公的主体の主導により、2018年には年平均3,200億米ドルに達しています。
2020年7月に設立された中国初の「国家グリーン発展基金」は、第1期に120億米ドル超の資金を調達しました9。中国国家統計局によると、中国の研究開発費の増加ペースは米国を上回り、2020年には10.3%増の2兆4,400億元(3,780億米ドル)を記録しました10。
再生可能エネルギーは現在、中国の総エネルギー生成能力の42%を占めています。中国で再生可能エネルギーが大きく増加している背景には、固定価格買取制度による分散型太陽光発電の導入促進や、洋上風力発電への重点的な補助金投入があり、すでに中国の再生可能エネルギーの生成能力は世界の32%を占めています11。
その他の主要国
- インドはグリーン投資誘致に関し、意欲的な目標を掲げています。2016年から2018年にかけて、グリーン投資の成長率はインドのGDP成長率を上回りました。グリーンインフラへの投資成長率は24%だったのに対し、GDP成長率は7.2%でした。同じ期間に、インドはエネルギー投資が世界で最も急速に成長しました12。 2019年以降、インドの再生可能エネルギー企業グループは、数十億米ドルもの投資を集めています。 IEAによると、インドでは2021年に再生可能エネルギーの成長が過去最大となり、2022年にはその記録が更新される見込みです13。
- 英国では、研究機関が洋上風力発電などの再生可能エネルギーに関する計画の策定に関与しています。2019年には、2050年ネットゼロ目標を法制化しました。また、気候関連科学の学術領域でリーダーを担う英国の立場も明らかです。気候変動に関する世界有数のアドバイザーや科学者の多くが、英国に本拠を置く組織と連携しています。また、英国の出版物は影響力の点で第2位です。英国では、主要なリテールバンクはすべてグリーンローンのプログラムを提供しており、500の投資家が国連の責任投資原則にコミットしています。また、UK Centre for Greening Finance & Investment(英国金融投資グリーン化センター:気候・環境分析と金融予測の統合に取り組む国立機関)が2021年に開設される予定です。
- フランス は、再生可能エネルギーへの補助金供与と並行して、ハイブリッド車や電気自動車に重点を置いています。同国は、グリーンエネルギーへの投資機会の魅力を高めようとしており、2021年末までに再生可能エネルギーへの支援の25%拡充を検討しています。エネルギー構成の多様化に向けて60億ユーロの資金投入が計画されており、再生可能エネルギー容量を2028年までに113GW(2018年には48.6GW)に引き上げることを目指しています。洋上風力発電容量を34.7GWに増加させ、最大の再生可能エネルギー源にする計画です。 また、古い原子炉を廃棄し、その容量の一部を水力発電に置き換えており、これが現在フランスの主要な再生可能エネルギー源となっています。
- ドイツはスマートグリッドで欧州をリードしています。同国は2021年、エネルギー・気候基金(EKF)に対し、3倍増となる270億ユーロ近くの資金を拠出したとみられます(ただし、2022年にはEKFに対する拠出は約250億ユーロに減少し、その後の2年間は210億ユーロになる見込み)。また、国際的な気候変動資金への支援額を2025年までに年間40億ユーロから60億ユーロに引き上げる予定です。ドイツは、欧州大陸の他国との効率的な送電網の接続などを含むスマートグリッドの開発において、EUの主導的地位に置かれています。ドイツ連邦経済エネルギー省によると、こうした取り組みは、再生可能エネルギー供給に特有の不安定さに対処するために不可欠です。
政府、企業、金融機関のそれぞれが自らの役割を果たすとともに、これらの主要国が加速をさらに進める必要がある
上記のようなグリーン経済の発展を促す要因には、研究開発、比較的多額の企業投資、既存の産業インフラ、投資可能な市場の継続的な成長促進を目的とする政策などが挙げられます。
グリーンな「超大国」をはじめとする主要先進国は、自らのグリーンへの移行を加速できることに加え、国際気候変動資金に対し年間58億米ドルを追加提供し、「ミッション・イノベーション2.0」の声明に沿って途上国と協働する公約(2016年から2020年の間に行われた公約)を実行できることを示す必要があります14。
十分な件数の投資可能プロジェクトを開始できれば、政府と機関投資家の双方によるグリーンマネーの流れが加速され、企業にとって膨大な機会が生まれます。また、金融サービスのエコシステムでは、グローバルな移行への資金供給という新たな必要性に応じることが可能となります。
第2章
事態を複雑化する要因
さらなる投資とイノベーションが必要です。グローバルな移行を加速するためには、すべての国の関与が必要です。
パリ協定第6条と第9条において、炭素市場を通じて行われた各国の自主的な協力と、途上国を支援するための資金提供の枠組みが創設されました。しかし、まだ十分な財源は確保されていません。2010年にメキシコで開催されたCOP16(気候変動枠組条約第16回締約国会議)で採択されたカンクン合意では、途上国の資金需要に対応するため、2020年までに年間1,000億米ドルの国際気候変動への資金調達を共同で利用可能にするという国連の目標の達成を先進国は公約しました。この公約はいまだ達成されておらず、2019年に利用可能となったのは796億米ドルにすぎません。
グリーンエネルギー投資のグローバルな不均衡に取り組む
一部の国では移行が進んでいますが、「ブラウン」から「グリーン」への転換にあまり進展がみられない国もあります。世界経済フォーラムの最新のエネルギー移行指数(ETI)で最も高い順位を取得しているのは、スウェーデン、ノルウェー、デンマークです。上位10カ国の残りは、西欧諸国とニュージーランドが占めています。発展途上国は一律に下位にランクされています15。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン開発と分配にみられるように、生産能力と専門知識の格差のため、必要なものへのアクセスを多くの人々が得られないまま取り残されています。開発途上国の多くが化石燃料に過度に依存している今の状況は、移行を大規模に推進するためには、グリーンファイナンスの分配を加速させる必要があることを明確に示しています。
リーダーとフォロワーは双方とも、格差解消に向けた努力を必要としている
G20加盟国のうち少数の主要国は、既存の能力を基盤として、再生可能エネルギーテクノロジーのイノベーション推進を継続する用意があります。
G20加盟国以外の国々は、このようなグリーンテクノロジーの純輸入国となり、また、投資や移行を抑制するような資本不足に直面する可能性もあります。特定の産業分野では、資本不足と消費者嗜好の変化という「足元に火が付いているような差し迫った状況(burning platform)」に直面し、インフラや雇用の問題が暗礁に乗り上げています。もし、途上国がグリーンテクノロジーのライセンス供与を受けて輸入し、現実的な価格で適用を拡大できなければ、化石燃料の採掘と使用に関する優位性は存続することになるでしょう。
このような問題に直面する可能性が高いのは、ロシア、リビア、イラク、コンゴ民主共和国、アンゴラ、南スーダンなど、現在石油・ガスを輸出している国々です。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によると、ノルウェーやナイジェリアなどのように、グリーンテクノロジーを輸入する可能性が高くても、保有する化石燃料資源の採掘を継続し、エネルギー輸入額を長期的に減少させようとする国もあります16。
パリ協定では、この複雑な問題の改善に必要な資本移転と技術支援を保証していません。地域に応じた気候変動緩和と気候適応のための投資を加速させなければなりませんが、途上国が移行を適切に進めるためには、より多くの支援が必要です。100を超える途上国が国別削減目標(NDC)達成のため、技術開発・移転に対する国際支援を求め、その3分の1近くが特に気候変動対策技術を挙げました17。
IRENAによれば、再生可能エネルギーへの投資は2018年に3,220億米ドルに達し、その後も増加しています18 。しかし、世界の気候目標を達成するために必要な水準には、依然としてほど遠い状況です。再生可能エネルギーの観点から、先進国と途上国の間には極めて大きな投資格差が存在しているということです。再生可能エネルギーに対するG20加盟国の投資先は、企業創業期の段階で、世界の他の国々の50倍近くに達しています。また一方では、アジアやアフリカのサハラ以南にある新興国のエネルギー見通しによると、再生可能エネルギー生成の急激な増加が予測されています19。
炭素の「管理下での削減」に取り組む
その他にも、リスクと報酬の点から見た優遇措置の低さ、不十分なインフラ、ガバナンスの不備、協調の欠如など、さまざまな要因がグリーンマネーの流れを妨げている可能性があります。また、化石燃料が財政的に魅力的な機会であり続けていることも一因です。
G20加盟国政府は、脱炭素化を進めると公約しているにもかかわらず、化石燃料プロジェクトへの資金提供を継続しています。エネルギーモニターによると、2013年から2019年にかけて、G20の輸出信用・開発金融の4分の3超が化石燃料プロジェクトを対象としていました20。エネルギー政策トラッカーの最近のレポートでは、主要国が化石燃料集約的なセクターへの公的資金投入を継続していることが明らかになっています21。
グリーン投資機会の魅力を高めることができなければ、この潮流を変えることはできないかもしれません。グリーンファイナンスの需要と供給を促す役割を担っているのは金融機関です。しかし、需要面と許容できる収益率による融資を可能にするという供給面の双方で、政策立案者と規制当局からの支援が必要です。
今こそ、真のグローバルな移行に向けて進路を定めるべき
気候変動関連対策資金の流れは、依然としてパリ目標の達成に必要な水準をはるかに下回っているとみられます22。 新型コロナウイルス感染症のパンデミックが現在も続いている中、気候変動対策資金の中長期的な見通しも不透明な状況です。IEAとIPCCによる最新の予測が示すように、課題は明らかです。
グリーンマネーの流れを加速させ、グリーンへの移行のための能力が成熟した経済圏に過度に集中しているのを是正することができる要因は数多く存在します。では、すべての国が移行資金を利用できるようになり、イノベーションを促進し、ネットゼロへのグローバルな競争の一翼を担うには、どうすればよいのでしょうか。
第3章
移行の実現に向けた提案
気候変動問題に対処するために必要なイノベーション、投資、規模の拡大を実現するには、官民両セクターの組織が協働する必要があります。
気候変動問題は、国際的にも国家的にも、また官民両セクターにわたる、あらゆるレベルでの連携と協働によってのみ克服することができます。国連は、パリ協定などの気候変動対策に関する画期的な国際条約を統括してきましたが、今後はより実効性を高め、目標が確実に達成されるよう取り組む必要があります。国際開発金融機関も、気候変動への適応と抑制のための資金をモニターし、促進する役割を担っています。世界銀行グループは2020年に、年間額としては過去最大となる214億米ドルの気候変動資金を、低炭素インフラ、災害リスクの軽減、グリーンコミュニティーの構築に提供しました。
さらに多くのことを行う必要があります。EYでは、すべての国においてネットゼロへの移行を加速できる環境の創造を総合的に可能にする5つの重点分野を特定しました。
1. 各国は協働し、各自の強みを発揮しなければならない
重要なグリーンテクノロジーの開発と導入には、さまざまな段階があります。政策立案者は、自国の資源と能力に基づいて、バリューチェーンのどの部分に重点を置くべきか、また、自国の総合力を発揮しつつ他国と連携するにはどうするべきかを決定する必要があります。それが研究開発である国もあれば、製造や流通である国もあるでしょう。グリーン「超大国」やその他の先進国は、発展途上国へのテクノロジーや能力の移転に資金を提供し、実現していくためのアプローチも取るべきです。
市場に投入可能な成熟したテクノロジーにより削減可能な排出量は、世界でネットゼロを達成するために必要な総排出削減量の25%にすぎないでしょう。IEAは、現行の2050年目標を達成するために必要な削減量のほぼ半分は、未成熟なテクノロジーにより削減される必要があると予測しています23。主要テクノロジーである高度なバッテリー、グリーン水素、炭素回収のうち、近年、企業が大規模に投資しているのはグリーン水素だけです。
現在、プロトタイプ作成や実証の段階にある重要なイノベーションは、先進的な研究機関が存在していればどこであっても開発を進めることができます。燃料系テクノロジーや電気系の専門知識を持つ国は、「グリーン化」に特化し、これらのイノベーションを輸出することもできるでしょう。政府は研究機関と連携し、必要であれば補助金その他の資金を提供するなど、どのように開発を支援していくかを決定することもできます。
昨年、デンマーク、スペイン、サウジアラビア、オーストラリア、イタリア、中国のエネルギー企業が提携し、「グリーン水素カタパルト」プロジェクトを立ち上げました。このプロジェクトでは、2026年までに生産量を50倍の25GWに増やすことで、グリーン燃料のコストを半減させることを目指しています24。このプロジェクトは1,100億米ドルの投資を要し、12万人の雇用を創出する見込みです。一方で、これとは異なるアプローチを取る企業もあります。エネルギー技術開発企業3社は、クリーンな水素インフラプロジェクトを大規模に展開することに特化したプライベート・インフラ・ファンドに2億6,000万ユーロを投資するために提携しました。金融機関、産業界の投資家から総額10億ユーロの資金を調達することを目標としています25。
2050年までにネットゼロを達成するためには、風力発電や太陽光発電など、クリーンエネルギーや輸送に関する既存テクノロジーの段階的改善が重要です。しかし、より重要だと考えられるのは、世界のエネルギーシステムに統合可能な、分野を超えたテクノロジーの開発です。炭素回収技術は間もなく、普及が進んでいくとみられます。米国と中国において大きな進展がある一方で、オーストラリアの発明家が、この技術に関連する複数の特許を取得しています。
気候技術センター・ネットワーク(Climate Technology Centre and Network)は、途上国に対して、技術支援、情報へのアクセス、協働をサポートする専門家ネットワークの提供を目的とした組織です。設立されたのは2015年より前で、パリ協定採択時にはすでに、最初のプロジェクトに着手していました。2021年初めまでに、途上国からの技術支援要請は53件から227件に増加しています。しかし、このイニシアチブを通じてこれまでに投資された金額は6,200万米ドルに届いていない状況です。
研究開発への資金提供、地域の市場や条件に沿ったテクノロジーの応用、生産規模の拡大、配分の促進など、バリューチェーンのあらゆる段階において協働を進めていくことで、すべての国が気候変動対策を改善できるようになります。COP26を契機とし、各国の政府が個々の能力を活用して地球規模の移行に注力する責任を共同で負っているという認識が高まっています。
2. 政策立案者は、企業と協力し、投資可能な市場を創出し、目的にかなう起業家精神を奨励する必要がある
あらゆる国と地域がグリーンマネー誘致に向けて、投資可能な市場の創設を推進することが不可欠です。化石燃料の既存インフラが多く、国内のエネルギー需要が拡大している地域で、いかにして投資可能なプロジェクトの市場を刺激するかが、グローバルな移行における重要な課題となっています。
この段階では「市場開放」戦略を講じ、投資の妨げとなる障害の除去、グリーンエネルギー事業者に対する送電網へのアクセス供与(必要に応じて)、計画体制の簡素化、官民競争の導入を実施するべきです。新たな市場の創設、独占企業の解体、起業家精神の奨励、炭素の固有価格の引き上げなどでは、政府の介入が必要になるかもしれません。化石燃料からの移行を進めるためには、各国が数々の方策を通じて、多様なグリーンテクノロジーやシステムの投資可能な市場を創設する必要があります。EYは、このような取り組みをすでに実施している以下の国を確認しています。
3. 政府はブラウンからグリーンへのシフトを、奨励策と阻害要因の両方から支援する必要がある
2020年初頭以降、G20加盟国は化石燃料の生産に2,970億米ドルを投入してきました。残念なことに、これがグリーンエネルギー投資の鈍化につながった可能性があります26。 このような事態を避けるために、政府はネットゼロという意欲的な目標の実現を支えるために、社会のあらゆる面で奨励策と阻害要因の双方をどのように扱うべきかを検討しなければなりません。上述の通り、成熟したグリーンテクノロジーの生産規模を拡大するためには、民間セクターを奨励する必要があります。また、政府はあらゆるセクターの企業がネットゼロを公約とし、消費者や市民が行動を変えるよう働きかけなければなりません。
考えられる政策には、温室効果ガス排出目標に対する新規計画申請の評価、課税政策の見直し、住宅改修への補助金供与、研修プログラムや研究助成への資金提供などが挙げられます。こうした政策は、グリーンイノベーションとグリーン投資に向けた転換の加速につながるでしょう。また、移行コストの負担が経済的に難しい層の負担を軽減し、従来「ブラウン」な産業に依存していた地域社会が移行によりこうむるマイナスの影響を緩和することも可能です。
スタートアップ企業支援プログラムや産業界の協働を始めとするグリーン政策の優遇措置を企業が活用して効率を改善し、コストを引き下げられるよう支援することで、イノベーションと投資を直接的に促進することができます。
オーストラリアのニューサウスウェールズ州(NSW)政府の再生可能エネルギーロードマップでは、2030年までに電力インフラに民間から新規投資320億豪ドル(320億米ドル)を呼び込み、老朽化した化石燃料インフラをよりクリーンで効率的なシステム(再生可能エネルギーゾーンやエネルギー貯蔵プロジェクトの開発など)に転換することを目指しています。これを支えるのが「電力インフラ投資セーフガード」です。この協定では、政府は戦略に沿ったプロジェクトに電力価格の下限を適用します。適切な地点に適切なプロジェクトが建設されるよう、市場に対し適切に投資を促すシグナルを送り、プロジェクトのリスクと資金調達コストの低減に努めます。このロードマップが実現すれば、電力セクターの排出量がほぼ半減します。その結果、NSW州が先進国の中で最もコストの低い地域の1つになると期待されています。NSW州政府の予測によると、この計画により、何の対策も講じられない場合と比較して電力小売価格が8%低下し、エネルギーシステムのコストが約124億米ドル削減されるとしています。さらに、2032年から2037年にかけて、建設業界で6,300人の新規雇用を創出し、経済全体では23,600人の純増になると見込まれています。
政府は民間投資の奨励や企業との協働を通じて、グリーンテクノロジーの二次市場に的を絞ることも可能です。イノベーターから独自テクノロジーのライセンス供与を受け、その商品の製造と流通に特化することで、今後必要となる無数の電気自動車、ソーラーパネル、タービン、バッテリー、回路などを製造する協働に加わる国も出現するかもしれません。
4. 金融機関は移行とグリーンイノベーションの支援に向けて、より多くを実行する必要がある
金融サービスセクターは、より多くの資金がグリーンイニシアチブに流れるよう取り組む必要があります。世界には、現在の需要を満たすのに十分な資金を調達できている地域があるかもしれないものの、グローバルな移行に必要な資金の総額は増加するとみられます。 金融機関は、新たなグリーンファイナンス商品を通じて、グリーンマネーの需要を喚起し、供給を促す役割を担っています。政府や規制当局の協力があれば、金融機関では金融商品・サービスのイノベーションを促進し、ガイドラインを簡素化し、タクソノミーを調和し27 、グリーンマネーの流れを追跡できる政策や規制変更を見極め、世界中で移行のニーズが確実に見合うものにできるでしょう。
それと同様に、低炭素で回復力のあるインフラに資本を再配分することも急務です。 金融セクターは、気候変動による影響を投資判断に統合し、金融市場の透明性と情報開示を促すために、より多くのことを実行する必要があります。
グリーンボンド市場は、金融サービス企業が移行へ関与したケースのうち、群を抜く発展を遂げた例です。2020年には、全世界の合計で過去最高となる2,695億米ドル相当のグリーンボンドが発行され、今年も新たに4,000億米ドル~4,500億米ドル相当の発行が見込まれています28。現在米国に次いで世界第2位のグリーンボンド市場である中国は、2021年第1四半期にグリーンボンドの販売額が米国を上回りました29。
近年、英国保険協会(ABI)は保険・長期貯蓄業界向けの「気候変動ロードマップ」を発表しました30。 このロードマップは、2035年までにネットゼロ目標の達成を目指す企業に対し9,000億ポンド(1兆2,000億米ドル)の投資を実施する計画を定めています。これは、1年当たり600億ポンド(820億米ドル)に相当し、英国の国家ネットゼロ目標達成に必要な資金総額の3分の1を占める可能性があります。
5. 企業のネットゼロ公約が変化の契機に
企業に対しては、独自のネットゼロ戦略を策定し、投資判断や製品・サービスが炭素効率に優れ、サステナビリティ目標達成に貢献できることを示すよう求める圧力が高まっています。このような公約をする企業や、理想的には、すでに実施中の計画を加速させる企業が増えれば、グリーンなエネルギー、輸送、製造の能力に対する需要が喚起されることになるでしょう。
新たなグリーンテクノロジーへの投資により、自社の排出削減へのコミットメントを示すと同時に、生まれて間もないテクノロジーの規模拡大に貢献できる可能性があります。また、移行計画の少なくとも一部について、サステナビリティ連動債などのグリーンファイナンスの活用を検討する必要があります。
企業は、既存品に代わる、手頃な価格のサステナブルな製品・サービスの開発に優先的に取り組むことで、消費者需要の喚起に貢献するべきです。EYのリサーチでは、消費者は環境に優しい製品・サービスを選択することに積極的ですが、価格が依然として大きな障壁になっていることを示しています。また、企業は顧客がグリーンな製品・サービスへ移行するのを支援するために、金融機関と提携する必要があるとみられます。消費者は、商品の所有ではなく利用のために対価を支払うシェアリングエコノミーを支える、新しい金融商品を必要としています。また、よりサステナブルな断熱材を用いた住宅改修や化石燃料を使用する暖房器具の交換など、グリーンへの移行時の初期費用負担を軽減する支援も求められるでしょう。
次に待ち受ける課題
人類はこのような難題に直面したことはありません。気候変動は、生態系や経済に極めて大きな影響を与えるため、すべての人が関わるべき問題です。能力のある者には、より良い未来を創造するための機会を捉え、長期的価値の創出に尽力する責任もあります。
そのためには、私たちのシステムを適応させなければなりません。世界の経済システムすべてを改革することはできませんが、先進国は、あらゆる人がグリーンテクノロジーと能力を安価に利用できるようにするために、さらに多くのことを実行する必要があります。よりクリーンなエネルギー、インフラ、輸送への投資を通じて得られる、社会的・環境的な莫大なメリットと通常のリターンの双方を特定するために、市場を活用できるはずです。また、2050 年までに世界の排出削減量の 50%を削減するために必要な重要テクノロジーの提供に貢献する上で、企業は最も適した立場にあります。企業は政府と協力し、ミッション志向型のパートナーシップを形成することで、移行するセクターすべてに専門知識と知見を提供することができます。大部分の国では、公共セクター単独でこの責任を担うことはできません。解決策は、政府と企業双方の専門知識を活用する協働を通じて得られるでしょう。
企業、政府、そして市民は、投資、税制、補助金、行動の変容を通じて、グローバルな脱炭素化に向けて共に取り組むことができます。低炭素の代替製品・サービスの価格を既存の市場価格と同程度に引き下げることが不可欠です。これが、よりサステナブルな未来に世界を導くことになるでしょう。
気候変動に対するグローバルな行動を開始する時期と重なるCOP26の期待に応えるには、気が遠くなるほどの困難が伴います。複雑な問題や障害についても同様です。企業と社会において根本的な変化を達成するという難しい取り組みを、今こそ加速させなければなりません。パリ協定は、史上最も重要な気候変動政策とみなされています。しかし、すべての国に大きな変化をもたらしているとは言えません。時間は限られています。COP26では、気温上昇を産業革命以前と比較して1.5度までに抑制するという、より意欲的な目標が改めて示され、気候変動への対応には緩和策と適応策の双方が重要であることが強調されるでしょう。
関連記事
サマリー
あらゆる国で、グリーンなエネルギー・輸送・製造への移行を加速する必要があります。現在のグリーンテクノロジーとグリーンファイナンスの偏在、そして、高炭素分野への投資の継続は、パリ目標達成に向けてのグローバルな取り組みへの脅威となります。このグリーンへの移行における力の格差への対応は、COP26での中心的な課題であり、企業にとっては大きなチャンスでもあります。グリーン移行資金を必要とする国々への投資を加速させることで、大幅な炭素削減と金融収益の増加が見込まれます。あらゆる国が、この変化を促すために投資可能な市場の創出に注力し、移行に不可欠なテクノロジーの革新に向け、意欲を高めていく必要があります。