第1章
分析:経済状況次第で⾵向きが変わる可能性
洋上⾵⼒発電が世界の脱炭素化の切り札となるためには、これまでとは異なるアプローチが必要です。
洋上⾵⼒発電セクターは、今後のグローバルマーケットでの発展をかけた正念場を迎えており、変革の最中にあります。この30年間にわたり順調に発展してきたと思われた洋上風力発電セクターは今、最⼤の試練に直⾯しています。
洋上風力発電のプロジェクトコストは2019年から39%も上昇しました2。設備費と建設費の高騰により投資対効果を得られなくなったことを理由に、後期フェーズの開発計画を先送りしたり、場合によっては中止した事業者もいます。インフレの影響で、今後10年間の洋上⾵⼒発電プロジェクト全体(中国を除く)のCAPEXは2,800億⽶ドル程度膨れ上がる可能性があります3。
風車は常に低価格化と⼤型化が求められており、そのサプライチェーンの中にいる事業者は研究開発費を回収する猶予も与えられず、断続的に低価格化と大型化を成し遂げなくてはなりません。こうした傾向から、研究開発費や⼈件費、傭船費がさらに上昇し、洋上⾵⼒発電セクターにおいてリスクやボラティリティが高まる状況にあります。これに加えて、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックの影響によるサプライチェーンの混乱とウクライナ情勢が重なり、プロジェクトの経済性に不確実性が⽣じています。
この不確実性は、最近の再生可能エネルギーの⼊札にも表れています。差額決済契約(CfD)方式により売電価格を決める、9⽉に⾏われた英国の第5回アロケーションラウンドでは、洋上⾵⼒発電への応札が1件もありませんでした。英国政府が設定した「ストライクプライス」が低すぎたため、応札者を呼び込むことができなかったのです4。
⽶国でも、海域リース権⼊札の⼀部が不調に終わっています。東海岸沖の⼊札では2022年2⽉に過去最⾼の落札額を記録しましたが、最近のメキシコ湾の⼊札に対する事業者の関⼼は極めて低調でした5。
とはいえ、洋上風力セクター全体が不振に陥っているわけではありません。7⽉に開催されたドイツで初めての開発権の⼊札では、BNPL(バイナウ・ペイレーター)⽅式がとられ、北海とバルト海のプロジェクトの落札額は合計で126億ユーロ(134億6,000万⽶ドル)となりました。アイルランドやオランダ、リトアニアなど、他の国の洋上⾵⼒発電の⼊札でも妥当な価格で落札されています。
上述のような対照的な入札結果は、同セクターの現在の混乱を象徴しており、こうした結果を踏まえると、今後の洋上⾵⼒発電の入札制度設計に当たっては、価格以外の要素も考慮する必要があると言えるかもしれません。
「洋上⾵⼒発電事業は成熟した産業になったことを認識する必要があります」とErnst & Young LLPのPartner, Corporate Financeである Andrew Perkinsは⾔います。「応札者の審査評価においては、デリバリーリスクや事業計画、サプライチェーンの契約状況、バランスシートを確認する必要があります」
洋上⾵⼒発電セクターがこうした転換点を迎えていると同時に、気候⾮常事態により、ネットゼロ⽬標を全世界で確実に達成するための投資を緊急に増やす必要が⽣じています。2030年の予測に到達するためには、世界全体で1年間に平均35GWの容量を導⼊する必要があります6。ところが、2023年の洋上⾵⼒発電の新規導⼊量は9GW未満です。
世界の脱炭素化と、より安価でより環境に優しい電⼒の供給という面において、洋上⾵⼒発電が主要な役割を担っていることは間違いありません。今後は、熱供給産業やグリーン水素、eモビリティの進化も後押しすることになるでしょう。⼀⽅、これらは全て、風車の製造に不可⽋な重要資材やクリティカルメタルを同セクターが⼗分に確保できるかどうかにかかっており、それらは供給停⽌になるリスクが⾼いのも事実です。
⽶国のインフレ抑制法(IRA)、欧州における気候変動への意識の⾼まり、中国の急成長、そして多くの発展途上国が再⽣可能エネルギーの導⼊を加速させていることを背景に、早ければ2025年にも風車や部材の供給にボトルネックが⽣じる可能性が⾼いです。一方で、仮に、2030年にピークを迎える需要に照準を合わせてサプライチェーンを構築した場合、2030年以降はそのサプライチェーンを持続させる十分な需要がなくなる懸念もあります7。
各国政府は、新規プロジェクトを安定的に開発できるような制度設計を行うとともに、市場の変化に合わせて予算や補助金を迅速に調整し、また、事業者が管理・予測不可能なリスクを軽減し、妥当な投資対効果を期待できる環境を整える必要があります。さらに、承認⼿続きの簡素化および時間短縮、オフテイク契約の締結から最終的な投資判断までのリスク軽減策も探らなければなりません。
EY Nordics RenewablesチームのCo-leadであるKinga Charpentierは次のように述べています。「今、新たな現実に直面しています。投資家が妥当なリターンを得られるような水準に予測は修正すべきでしょう。今後の投資ニーズを考えれば調整されるでしょうが、市場が新たな環境に適応するまでに2、3年かかるかもしれません。」
このセクターの長期的な見通しは「非常に明るい」と言えます。再生可能エネルギーが今後、脱炭素化の目標達成に向けて驚異的な成長を遂げることは間違いありません。そして、洋上風力発電はその成長において大きな役割を果たすはずです。
洋上風力発電セクターは成熟し続け、その間に淘汰される事業者が出てくるかもしれませんが、⾮効率性は是正されていき、新たな競争が生まれると考えられます。
洋上風力発電の開発を専門とするCorio Generation社のCEOであるJonathan Cole氏は、このセクターの長期的な見通しを「非常に明るい」とみています。「再生可能エネルギーが今後、脱炭素化の目標達成に向けて驚異的な成長を遂げることは間違いありません。そして、洋上風力発電はその成長において極めて大きな役割を果たすはずです」
洋上⾵⼒発電セクターは成熟の過程にあります。スケールメリットが得られるように技術開発をコントロールし、コストではなく価値について考え、そしてエネルギー政策や産業政策と連携することができれば、洋上風力発電セクター、そして地球全体が、⻑期的にメリットを得ることができます。
第2章
主要な進展:世界の再生可能エネルギーの状況
オーストラリアは世界最大級の蓄電池施設を建設する予定であり、ポーランドは初の洋上風力発電プロジェクトに着手しました。
洋上⾵⼒発電が現在苦境に⽴たされているとはいえ、RECAI第62号のランキングから分かるように、このセクターには依然として勝ち組もいます。2023年6⽉の⼊札で3GW強が落札されたアイルランド(1つ順位を上げて12位)と、今年、⻄海岸の2カ所の洋上⾵⼒発電所を承認したスウェーデン(3つ順位を上げて17位)などです。
他に、デンマーク(9位)とノルウェー(26位)もランキングでそれぞれ2つと5つ順位を上げて北欧市場の強さを⾒せつけた⼀⽅、ランキングの上位3カ国は⽶国、ドイツ、中国のまま変わっていません。
スコアの詳細については、 RECAIトップ40ランキング(PDF、英語版のみ) をダウンロードし、ご確認ください。
第3章
インデックスの正規化
経済規模に照らし合わせて、予想を上回るパフォーマンスを発揮している国・地域を明らかにする。
RECAIでは、再⽣可能エネルギー市場の魅⼒を⽐較する上で、開発パイプラインの⼤きさなど、再⽣可能エネルギーへの投資機会の規模が反映されるさまざまな基準を⽤いています。そのため、当然ながら経済規模の大きな国が有利になります。それらを国内総⽣産(GDP)で正規化すると、経済規模に照らして、予想以上のパフォーマンスを発揮している国・地域が⾒えてきます。このようにインデックスを正規化することにより、経済規模が⽐較的⼩さい国・地域の野⼼的な取り組みが明らかになり、投資家にとっては魅⼒的な選択肢を⾒いだすことができるのです。
第4章
コーポレートPPAを巡る世界的な混迷は続く
状況は落ち着いてきましたが、発電コストの上昇と地政学的な懸念により、また波乱が生じるかもしれません。
2023年は、新規取引をターゲットとする企業が増える⼀⽅、多くの市場でサプライチェーンとグリッド、許可の遅延が障壁となり、電⼒購⼊契約(PPA)にとって困難な1年となりました。
とはいえ、欧州では9月末までに(2022年の合計6.6GWを上回る)7.1GW分のPPAが締結され、2021年に記録した7.6GWを超えそうな勢いです8。
極端な物価上昇とボラティリティの高まりに直面した2022年を経て、2023年の最初の9カ月間で卸売市場は落ち着きを取り戻しました。しかし、中東の混乱は既に、ボラティリティの高まりや物価上昇という形で世界の市場に影響を及ぼし始めています。
幸いにも、多くのPPA市場に影響を与えていた高インフレはここ数カ月で収まってきており、それによってPPA価格が横ばいとなり、一部には下落に転じる市場も出てきました。欧州で見られるプラス材料としては他に、再生可能エネルギー指令の改正(REDIII)があります。この改正の目的は、EUのエネルギー消費量全体に占める再生可能エネルギーの割合を2030年までに42.5%にすることと、許可手続きの時間短縮です。
その一方で、発電コストの上昇と長期的な卸売市場価格の下落により、コーポレートPPA市場では緊張が非常に高まっており、デベロッパーのリターンと企業のコスト削減の両方に有効なPPA取引の価格帯が狭まってきました。
EYのコーポレートPPA指数は、4つの主な指標から、各国のコーポレートPPA市場の潜在成⻑⼒を分析し、順位を決定します。データと方法論の詳細については、EYコーポレートPPA指標(PDF、英語版のみ)をダウンロードしてご確認ください。
サマリー
脱炭素化には洋上⾵⼒発電が不可⽋ですが、直近1年間は国・地域を問わず、⾦利の上昇やサプライチェーンの混乱がプロジェクトの経済性に影響を及ぼしてきました。アラブ⾸⻑国連邦でのCOP28開催を間近に控える今、各国政府とデベロッパー、投資家は、技術革新をコントロールしてスケールメリットを活⽤するとともに、エネルギー政策と産業政策を組み合わせ、電力セクター、ひいては地球全体が⻑期的にメリットを得ることができる⽅策に⽬を向けなければなりません。