国際課税ルール BEPS2.0 第二の柱導入に伴うIASBプロジェクト
情報センサー2023年4月号 IFRS実務講座
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 IFRSデスク 公認会計士 北出 旭彦
当法人入社後、大阪事務所にて主として海運業、小売業、製造業などの会計監査および内部統制監査に携わる。2019年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、テクニカルコンサルテーション、執筆活動などに従事している。当法人 シニアマネージャー。
Ⅰ はじめに
2021年12月に経済協力開発機構(以下、OECD)がBEPS2.0プロジェクトの第2の柱であるグローバル税源浸食防止ルール(GloBE;Global Anti-Base Erosion Model Rules、以下、第2の柱モデルルール)を公表しました。第2の柱モデルルールは、経済のデジタル化から生じる課税上の課題に対処するための2つの柱からなる解決策の1つであり、世界の国内総生産(GDP)の90%以上を占める135以上の国及び地域によって合意されました。また、OECDは各国及び地域の税法に第2の柱モデルルールを導入するためのひな型も同時に提供しています。
一方で、国際会計基準審議会(以下、IASB)は、第2の柱モデルルールをIAS第12号「法人所得税」においてどのように適用するかについて、現時点において明確ではないことから、23年1月に第2の柱モデルルールに伴い発生する繰延税金資産・負債を認識しないとする一時的な例外規定を提案する公開草案「国際的な税制改革―第2の柱モデルルール(IAS第12号の改訂案)」を公表しました。
本稿では、現行IAS第12号における懸念点及び公開草案の内容を解説します。
なお、今号の「BEPS2.0最新情報と実務対応 前編」にて関連記事を掲載していますので、併せてご確認ください。
また、今後のIASBにおける再審議により、本稿で解説する内容が変更される可能性があること及び文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
Ⅱ IAS第12号における懸念
1. 第2の柱モデルルールの導入時期
OECDが第2の柱モデルルールを公表しましたが、法人所得税の会計処理を検討する際は、企業が属する法域の税法に従って検討を行うことになるため、各法域の税法が当該ルールを導入した時点で、その新たな税法に基づいて会計処理を行うこととなります。この点、IAS第12号では、繰延税金資産・負債の測定に際して、報告期間の末日までに制定されたか又は実質的に制定された税率(及び税法)を反映することが定められています。したがって、報告期間末日現在で、子会社を含む各企業が属する法域の税法が第2の柱モデルルールを(実質的に)導入しているかどうか注視する必要があります。
2. IAS第12号の適用方法
第2の柱モデルルールでは、子会社を含めた連結グループでの実効税率が最低税率を下回る場合には、トップアップ税を支払うことが求められます。IASBは、このトップアップ税に係る繰延税金をどのように会計処理するのか、特に次の3点について不明確であると述べています。
① 第2の柱モデルルールが追加の一時差異を生じさせるかどうか
一時差異は資産又は負債の会計上の帳簿価額と税務基準額との差額であり、資産又は負債の帳簿価額の回収又は決済により解消することとなります。一方で、トップアップ税を支払うことになるかどうかは多くの要因に依存することから、将来のトップアップ税の支払と資産及び負債の帳簿価額の回収又は決済を直接に関連付けることが可能かどうかは不明確な状況です。
② 繰延税金を再測定すべきかどうか
トップアップ税を支払う状況においては、通常よりも高い税率に基づいて税金を支払うことになります。このような、第2の柱モデルルールの下で支払うべき潜在的なトップアップ税を反映するために、通常の税制の下で認識した繰延税金資産・負債を再測定する必要があるのかどうか不明確な状況です。
③ 繰延税金を再測定するために、どの税率を使用すべきか
IAS第12号では、繰延税金の測定について、資産の実現時又は負債の決済時に適用されると見込まれる税率を使用することが定められています。一方で、第2の柱モデルルールにおいて、仮に繰延税金の再測定を行うとした場合、将来の期間に適用される税率は予測することは不可能ではないとしても、多数の要因に影響を受けることから、困難を極めることとなります。
Ⅲ 公開草案の概要
前述の懸念を踏まえて、IASBは公開草案を公表しました。公開草案では、会計処理の例外規定と追加の開示に係る規定を織り込むことが提案されています。
1. 会計処理(範囲)
IASBは第2の柱モデルルールを導入するために制定又は実質的に制定された税法から生じる法人所得税(以下、第2の柱の法制、第2の柱の法人所得税)が一義的にはIAS第12号の適用範囲に含まれることに言及した上で、第2の柱の法人所得税に係る繰延税金資産・負債に関しては認識(及び開示)してはならないとしています。この規定は、容認規程ではなく強制規定でありますので、全てのIFRS適用企業が第2の柱の法人所得税に係る繰延税金資産・負債を認識しないこととなります。なお、当該一時的例外規定には期限が設定されておらず、IASBが当該一時的例外規定を削除するか、恒久化するまで有効となります。
2. 開示
IASBは以下の項目について追加的な開示を要求することを提案しています。
① 第2の柱の法人所得税に係る繰延税金資産・負債に関する認識・開示の例外規定を適用した旨
②(すでに第2の柱の法制が発効されている場合)第2の柱の法人所得税に係る当期税金費用を区分して開示すること。
③ 第2の柱の法制が制定又は実質的に制定されているが、未発効の場合、当期に係る以下の情報について開示すること。
(ア) 第2の柱の法制に関する情報
(イ) 当期の平均実際負担税率(IAS第12号に従って算定)が15%未満である法域、及び、この法域における税金費用、会計上の利益、加重平均実際負担税率
④ 第2の柱の法制への遵守に向けた準備プロセスの過程で示された次の法域
(ア) 前記③(イ)に関連して、平均実際負担税率が15%未満であるが、企業が第2の柱の法人所得税の支払の対象とならない可能性がある法域
(イ) 前記③(イ)に関連して、平均実際負担税率が15%以上であるが、企業が第2の柱の法人所得税の支払の対象となる可能性がある法域
3. 適用時期及び公表日
現在、日本を含め、多くの国で第2の柱モデルルールの導入に向けて対応が進められています。早ければ23年前半には導入される見込みであることから、IASBは緊急性が必要と判断し、通常よりもコメント募集期間(60日間)を短縮して改訂の最終化に向けて準備を進めています。執筆日(23年2月27日)現在、23年4月から6月の間に改訂基準の公表が予定されています。また、適用時期については、Ⅲ1. 会計処理(範囲)及びⅢ2. 開示の①については公表後直ちに遡(そ)及適用することとされています。それ以外の項目については、23年1月1日以降開始する事業年度から適用となります。
Ⅳ おわりに
執筆日現在、日本においても令和5年度税制改正にて第2の柱モデルルールの導入が議論されています。仮に23年3月31日までに改正税法が国会で成立し、かつそれが実質的に制定された税法と判断されるケースで、23年3月期の財務諸表の承認日までに最終基準がIASBから公表されない場合には、現行IAS第12号に基づいて当該決算の会計処理・開示をどのように行うべきか、慎重な検討が必要となります。そのため、税制改正及び公開草案の状況について注視が必要と考えます。