「経営者による説明」に関する新たなフレームワークの提案
情報センサー2021年11月号 IFRS実務講座
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 IFRSデスク 公認会計士 田邉紗緒里
当法人入所後、主として小売業の会計監査および内部統制監査に携わる。2018年よりIFRS財団アジア・オセアニアオフィスへ出向、国際会計基準審議会(IASB)の基準設定活動に参加。21年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事している。
Ⅰ はじめに
国際会計基準審議会(以下、IASB)は、2021年5月27日、公開草案「経営者による説明」(以下、本公開草案)を公表しました。本公開草案は、10年に公表されたIFRS実務記述書第1号「経営者による説明」(以下、PS第1号)の改訂を提案するものです。
本稿では、本公開草案の概要について解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
Ⅱ 背景
経営者による説明(マネジメント・コメンタリー)とは、経営者による分析や、将来予測情報及び非財務情報などにより財務諸表を補完するもので、財務報告の重要な一部といえます。経営者による説明は国や地域ごとにさまざまな名称が使用され、例えば、「マネジメント・レポート」、「経営と財務のレビュー(OFR)」及び「戦略報告書(Strategic Report)」などと呼ばれており、日本では有価証券報告書における「経営者による財務・経営成績の分析(MD&A)」が該当します。
IASBがPS第1号を改訂する理由として、近年の記述的報告フレームワークの進展に加え、長期的な見通し、無形の資源及び関係ならびにESG(環境・社会・ガバナンス)に関する企業固有の情報が十分でないなど、現在の報告実務における問題点などが挙げられています。
本公開草案を開発するにあたり、IASBは、投資家及び債権者が必要としている情報(長期的視点も含む)が提供されるような新たなフレームワーク、すなわち包括的な規定及びガイダンスを開発することを目的としています。もう一つの目的は、各企業特有の情報が提供されるように十分な柔軟性を確保しつつ、サステナビリティ報告に適用される規定やガイダンスなどといった他の記述的な報告に関する規定及びガイダンスにも準拠できるようにすることです。IASBはまた、PS第1号の第三者による保証や規制当局による強制適用を可能にするための十分な規律を確保することも目指しています。
Ⅲ 本公開草案の提案内容
本公開草案での提案は、(1)経営者による説明の全体的な目的、(2)それを支える六つの内容領域に関するより細かなレベルの開示目的、及び(3)それらの目的を達成するための重要性のある情報の例で構成されています。これは、経営者による説明で果たすべき目的に沿って必要とされる情報が報告されるべきとの考えから、目的ベースのアプローチを採用したためです。この重要性のある情報をどう取捨選択し、どのように表示するかに関しても、規定及びガイダンスが提案されています。
また、財務業績及び財政状態に長期的に影響を与える可能性がある事項の重要性を認識した上で、無形の資源及び関係ならびにESG関連事項についての規定及びガイダンスを付録にて別途提案しています。
1. 経営者による説明の全体的な目的
「財務報告に関する概念フレームワーク」(概念フレームワーク)における財務報告の目的を基にして、本公開草案は経営者による説明に関して二つの目的を提案しています。
- 財務諸表で報告される企業の財務業績及び財政状態への投資家及び債権者の理解を深める情報を提供すること
- 長期を含むあらゆる時間軸において価値を創造しキャッシュ・フローを生成する企業の能力に影響を与える要因への洞察を提供すること
これらの目的を達成するための一つ目の原則として、経営者による説明は、投資家及び債権者にとって重要性のある情報を提供しなければなりません。IASBは、重要性のある情報は「主要な事項(Key matters)」に関係する可能性が高く、「主要な事項」とは、価値を創造しキャッシュ・フローを生成する企業の能力の基盤となる事項(長期を含む)、例えば企業のビジネス・モデルの重要な特性および経営者の戦略の重要な側面などであると述べています。
もう一つの原則は、経営者による説明は、経営者の視点を提供しなければならないということです。この原則に照らして、経営者による説明における情報は、財務業績をモニタリングするために使用している測定値など、経営者が使用する情報に基づくものでなければならないと、IASBは提案しています。
2. 六つの内容領域に関する開示目的
前述の全体的な目的を満たすために、本公開草案では、六つの内容領域と呼ばれる項目に分類して、内容領域ごとに設定したより細かなレベルの開示目的を満たす情報を提供しなければならないと述べています。このより細かなレベルの開示目的には、それぞれ三つの構成要素が存在するとされています。(1)主要目的は、関連領域に関する投資家及び債権者の情報ニーズを特定します。(2)評価目的は、投資家及び債権者が当該領域に関して実施する必要のある評価の内容を特定します。これらに基づき、(3)詳細目的が、利用者の情報ニーズに細かく対応します。これらを満たすために、IASBは、以下のボトムアップでの検討プロセスを提案しています。
- (3)詳細目的を満たすために必要とされる情報を特定する
- 情報が特定された(2)評価目的に関する十分な基礎を提供しているかどうかを評価する
- (3)詳細目的及び(2)評価目的を満たすのに必要とされる情報が(1)主要目的を満たすのに十分かどうかを評価する。十分でない場合には、当該主要目的を満たすための追加的な情報を特定する
各領域について、本公開草案では主要な事項の例、測定値及び重要性のある情報の例を紹介しています。IASBは、例に挙げられている情報が前述の目的を満たすのに必ず必要とされるわけではなく、また、事実と状況によっては他の情報が求められることもあると強調しています。
Ⅳ 改訂PS第1号への準拠
実務記述書(PS)はIFRS基準とは異なり、必ずしも適用が強制されるものではありません。IASBは、PSの形態で経営者による説明に関するガイダンスを発行することにより、各国の規制当局が経営者による説明を義務付けるべきかどうかを決定できるようにしています。
IFRS基準と同様、IASBは、経営者による説明がPS第1号の全ての規定に従って作成されている場合は、PSへの準拠に関する明示的かつ無限定の記載をしなければならないと提案しています。ただし、PS第1号の規定から逸脱が認められる場合であっても、その理由を明示することで、準拠に関する限定付きの記載を行うことも認めるとしています。また、企業が財務諸表をIFRS基準に従って作成していない場合でも、PS第1号への準拠の記載が可能となっています。
Ⅴ おわりに
本公開草案のコメント募集期間は21年11月23日までとなっており、まもなく期限を迎えます。IASBは今後、受領したコメントを検討して、PS第1号の最終的な改訂に関する決定を行っていきます。
持続可能な企業経営、そしてその情報開示の重要性が日増しに高まっており、PS第1号の改訂には多くの関心が寄せられることが予想されます。今後のIASBの議論が注目されます。