寄稿記事
掲載誌:2023年12月15日、日経産業新聞「戦略フォーサイト」
執筆者:EY行政書士法人 パートナー 木島 祥登
人工知能(AI)を含むデジタルテクノロジーの発展は、人の国際間異動(グローバルモビリティー)の世界でもその存在感を示しつつある。各国の入国管理当局はAIの導入を進めており、企業も赴任者も対応を迫られている。
企業の海外展開が進み、人材の国際間異動は、日本から海外への赴任だけでなく、海外から日本、海外から海外へ異動するケースに加え、本人の意向や都合もあって複雑化している。国際的な税務、労務、イミグレーション(入国管理)について考慮すべき事項や手続きも複雑になっている。
多くの入管当局は、入国者の増加に対応して審査期間を短縮し審査精度を上げるため、デジタル化、関連省庁とのデータ共有、AIの導入を進めている。日本も2017年から顔認証ゲートを導入し、日本人の出国・帰国や外国人の出国手続きへと広げている。過去の不法残留の傾向をAIで分析するなどして、「要注意人物」を検知しているとされる。
しかし、AIの活用には個人情報の漏洩リスクや判断ミスの危険性もあるため、AIに最終決定を委ねてはいない。
例えば、カナダの移民・難民・市民権省は22年1月、短期滞在ビザの処理にAIを含むデータ分析システムを導入し、審査手続きを自動化し審査期間を短縮したが、AIにビザ申請の許可・不許可の判断をさせることはないと、ショーン・フレイザー大臣は明言している。
複雑化した海外赴任・出張に対応して、企業向けにAIを含む高度なデータ分析ツールが種々開発されている。申請の正確性向上、赴任者の送り出しや出張者の受け入れプロセスの自動化、各申請者に応じて、税務や労務、イミグレーションに関して高度なアセスメント(評価)を実現しつつある。
AIに関する政府や入管当局のルール作りが進展すれば、高度なデータ処理によって赴任者・出張者の出入国履歴や在留状況、職歴、職務内容などの異常値を検知するようになっていく。
国際人事担当者や赴任者などは、これまで以上に正確な申請を意識すべきだ。税務とは違い、イミグレーションには通常、修正申告という手続きはない。意図せずとも誤った情報による申請が異常検知され、虚偽申請を疑われることも想像に難くない。
入管当局は、AIなどのテクノロジーの導入に加え、税務当局、労働当局などとのデータ連携を進めている点にも留意すべきだ。シンガポールでは必要な税務申告をしなかったばかりに帰任者が一時出国できなかったケースがある。日本では雇用保険への未加入状況が出入国在留管理庁に共有され、当局の審査で不利益に判断されたケースが確認されている。
複雑化する海外赴任者・出張者の人事について、さらに一歩進んだコンプライアンス(法令順守)体制を今から構築することが求められている。
(出典:2023年12月15日 日経産業新聞)