寄稿記事
掲載誌:2023年12月6日、日経産業新聞「戦略フォーサイト」
執筆者:EY新日本監査法人 パートナー 市原 直通
ビジネスの世界でも生成AIに注目が集まっている。機械学習を含めAIは経理・財務といった会計に関する業務にも影響を及ぼす。
経理業務ではこれまでも特定のルールを設定することで処理できるような仕訳の起票は自動化されていたが、AIの出現で数字の収集、記録、分析という会計の伝統的なプロセスが根本から変わろうとしている。
AIを活用して会計業務のプロセスの様々な段階で繰り返しの高いルーチン作業を自動化する取り組みが始まっている。
生成AIに契約書を解釈させ、仕訳に必要な情報を読み取り、会計ルールを自動的に当てはめる取り組みでは、より高度な仕訳の起票の自動化を目指している。財務報告では経営者による財政状態及び経営成績の検討と分析を文書にまとめる必要があるが、この記載を自動的に下書きする取り組みも実施されている。
リスク管理の面でもAIは大きな可能性を秘めている。財務分析での異常検知や、金利や与信のリスク管理のデータ分析など、人による作業を置き換えるようなシステムやクラウドサービスが出始めている。契約書のチェックや与信、支払いなどの承認業務の自動化の取り組みも始まっている。
過去のデータに基づいて将来の財務状態を予測することで、AIは資金管理や予算作成、投資判断に役立てることもできる。貸倒引当金や将来キャッシュ・フローの見積もりなど予測が必要な部分を効率化・高度化するのに役立つ。
企業の経理・財務部門の役割は今後どう変わっていくのか。これからは伝統的な財務情報だけでなく様々な非財務情報を含めた情報をAIを活用して高度に分析することが求められるようになるとみられている。
英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のアル・ビマニ教授は著書「会計不全」で、「これまで会計は経済的な情報を認識、測定、伝達し、情報の利用者が判断や意思決定をできるようにするプロセスとみなされていたが、企業のデジタライゼーションにより産業構造が一変し、新しいビジネスモデルが生み出される中では経済的な情報のみに基づく意思決定は不適切だ」と指摘している。
コーポレートガバナンス(企業統治)、環境や社会に対する取り組みなど非財務情報の開示は進んできているが、それだけでなくビジネス環境で何が起きているのか、経営の意思決定に役立つ様々な情報を経済的な情報と統合し、より包括的な形で意思決定に必要な洞察をリアルタイムに提供していくことが求められている。
経理・財務部門がいわば意思決定のための戦略パートナーとなるには、より高度なデータ分析が不可欠であり、実現にはクラウドベースのソリューションやAIを活用して、ビッグデータを自動処理・分析できるよう経理・財務部門を進化させることが求められる。
(出典:2023年12月6日 日経産業新聞)