寄稿記事
掲載誌:2023年1月26日、日経産業新聞「戦略フォーサイト」
執筆者:EY税理士法人 アソシエートパートナー 原口 太一
新型コロナウイルス感染症の影響で減っていた税務調査の実施件数が2022年7月以降、増加に転じています。22年度(国税の事務年度、22年7月1日~23年6月30日)にはコロナ前の調査件数に戻るのではないかとの見方も出ています。
増加に転じたのは、コロナ禍でビジネスのあり方が変わったように、税務当局もウェブ会議システムを活用したリモート調査の手法を採用するなど税務調査を変革させた結果とも考えられます。
リモート調査は、税務当局にとって税務調査の効率化につながるだけでなく、企業側も税務調査への対応に要する時間やコストの削減というメリットを享受できます。ただ、税務上センシティブな案件についてはリモート調査では十分な意思疎通が難しい場合もあり、企業側には税務調査への臨機応変な対応が求められます。
税務調査の意義・目的を「納税者の誤りを指摘して税金を追徴すること」と考えている人も多いでしょうが、その本質は「税務調査を通じて納税者の税務コンプライアンス(法令順守)を維持・向上させ、適正・公平な課税を実現すること」にあると考えられています。
国税庁の使命は「納税者の自発的な納税義務の履行を適正かつ円滑に実現すること」とされます。自主申告納税制度のもと、その使命を果たすためには納税者の税務コンプライアンスを維持・向上させる必要があり、税務調査はその一翼を担っています。
その税務調査について、国税庁は21年6月、新たに「リスク・ベース・アプローチ(RBA)」を採用することを公表しました。
RBAとは「個々の法人の税務に関するコーポレートガバナンス(税務CG)の状況、事業内容、申告・決算内容、把握された非違の内容や改善状況など各種要素の分析に基づき税務リスクを判定し、そのリスクに応じた的確な調査選定と適正な事務量配分を実践すること」とされており、複雑・困難な事案など税務調査の必要性の高い法人に調査事務量を重点的に配分することを意図したものです。
税務当局は納税者の税務コンプライアンスの維持・向上に向けて、税務調査を重視し、試行錯誤を繰り返してきました。
ですが、最近は税務調査だけでなく、企業との協力関係の構築に取り組み始めている点にも注目する必要があります。
税務当局と納税者の垂直な関係にある税務調査だけでなく、民間企業との協力・水平関係を意識した税務当局の税務執行は世界のトレンドとなっています。
企業活動のグローバル化・複雑化に伴い税務リスクも多様化・複雑化しています。税務調査に備えて、税務リスクの把握に努めリスクが想定される経済取引については税務ロジックを整理する一方で、企業側も税務当局との水平的な関係を意識しながら、税務当局と十分な意思疎通を図ることが税務調査への対応では重要となってきています。
(出典:2023年1月26日 日経産業新聞)