寄稿記事
掲載誌:2023年1月17日、日経産業新聞「戦略フォーサイト」
執筆者:EY税理士法人 アソシエートパートナー 久保山 直
各国の税制のずれを利用した多国籍企業の税逃れを防ぐため国際課税ルールを見直す「税源浸食と利益移転(BEPS)プロジェクト」に対応して、移転価格税制の運用の見直しが始まっています。
移転価格税制とは、多国籍企業がグループ会社間の海外取引価格を操作して法人税率が低い国に所得を移す租税回避行為を防ごうとする税制です。
移転価格は企業グループ内の取引価格を指し、移転価格税制では海外関連企業との取引価格を通常一般的な取引価格(独立企業間価格)で行われたものとみなして課税所得を計算します。しかし、類似企業が設定する価格情報は簡単には入手できないのが現実です。
代表例がノウハウ(無形資産)に関する取引です。他社にはないノウハウは競争力の源泉となりますが、それだけに類似するノウハウをもつ他社は見つけにくく、他社のノウハウ情報の入手も難しくなっています。独立企業間価格の設定はしづらい面があり、一部の国の税務当局では移転価格税制は運用が難しく納税者との間で紛争が生じやすい税制と捉えられました。
BEPSに対応するため、まず移転価格税制に関する各国税務当局間での情報共有が進められました。「CbCレポート(国別報告事項)」、グループの活動に関する「マスターファイル(事業概況報告事項)」、「ローカルファイル(独立企業間価格を算定のための書類)」の3種類の文書化制度です。日本では2016年以降に導入されました。
CbCレポートは、財務データなど企業の国別の活動状況に関する情報を記載します。租税条約による情報交換制度を通じて、グループ会社の居住地国の税務当局に提供されます。各国は企業のグローバルな活動の財務情報を同一の形式で入手・検討できるようになり、一部企業による行き過ぎた租税回避行為を防ぐのに役立てられます。
さらにBEPS第1の柱では、一定の機能を有する販売会社に対しては移転価格税制上のあるべき利益水準を国際ルールで決めてしまおうとする「利益B」という制度の導入を予定しています。
税務当局にとっては事務運営の簡素化につながりますが、企業には適用対象となるかどうかの検討や、設定される利益水準に実際の販売活動をどう近づけるかといった新たな課題が生じることになります。
BEPSへの対応が世界で進んでいます。税務当局は多くの情報が入手可能となります。移転価格に関するルールも一部変わろうとしています。BEPSの潮流の中、企業側にも移転価格税制に関する考え方や行動に変化が求められています。
(出典:2023年1月17日 日経産業新聞)