寄稿記事
掲載誌:2023年1月12日、日経産業新聞「戦略フォーサイト」
執筆者:EY税理士法人 パートナー 岡田 力
国際情勢などの変化を受けて、日本企業のグローバルサプライチェーン(供給網)のレジリエンス(回復力)が低下しています。その脆弱性を克服しようと企業がサプライチェーンの再構築に動く中、カーボンニュートラル(温暖化ガス排出実質ゼロ)という新たな課題にも直面しています。
税務から見えるカーボンニュートラルは、アメとムチです。主要国は温暖化ガスの削減、代替エネルギーへの変更、環境改善の研究開発に補助金や税制優遇のアメを用意する一方、化石燃料や水質汚濁などに環境税を課すムチも設けています。
アメとムチは通常、国内が対象ですが、グローバルサプライチェーンに影響を与えるムチが2023年10月、欧州で始まります。環境規制の緩い国からの輸入品に関税をかける国境炭素調整措置(CBAM)です。
CBAMとは、欧州連合(EU)に輸入される特定の貨物を対象に含有炭素排出量に応じて、輸入貨物の価格を調整する国境措置です。原価に気候変動対策費用が含まれるため輸入品に比べ割高となるEU域内の生産品と輸入品の競争条件を公正に保とうとする気候変動対策です。鉄鋼、アルミニウム、肥料、セメント、電気、水素を対象とし、今後、アンモニア、有機化学品、プラスチックポリマーへ拡大する可能性があります。
同制度は、企業が生産拠点を排出規制の緩い国に移してしまう「カーボンリーケージ」のリスクを減らしながら、国際的に定められた炭素排出量の削減目標を達成する目的があります。23年10月からは、課徴金はありませんが、輸入企業は対象輸入品の総量、排出量などの四半期ごとの申告が必要となり、26~27年からは、申告は暦年単位となりますが、輸入品の直接・間接の炭素排出量に対して課徴金が発生する見通しです。
対岸の火事と捉える日系企業も少なくありませんが、例えば韓国のグローバル製造企業は欧州子会社のCBAM対応に積極的に関与しています。含有炭素排出量の計算などのコンプライアンス(法令順守)だけでなく、CBAMの対象となり得る輸入取引の有無や想定される課徴金の影響、温暖化ガスの排出削減が可能な生産国への生産移転の検討を進めています。
欧州での輸入取引は従来、自由貿易協定の活用を念頭に生産国を検討していましたが、CBAMの施行を受けて、カーボンニュートラルの観点からサプライチェーンの見直しに乗り出しているようです。
日本でも22年9月から経済産業省主導で、生産から廃棄・リサイクルまでの二酸化炭素(CO2)の総排出量「カーボンフットプリント」(CFP)の算定・検討会が始まりました。サプライチェーン全体での排出量の見える化が期待できるようになります。
日本企業でもサプライチェーン全体での排出削減に加え、「サプライチェーンとサステナビリティ(持続可能性)税務」分野への関心が高まっていくでしょう。
(出典:2023年1月12日 日経産業新聞)