政治的なリスクを管理するにあたっては、チェックリストを確認するだけで満⾜してはいけません。さらに一歩踏み込み、地政学的戦略を実行する必要があります。
2. 政治リスクが企業に及ぼす影響
ニューノーマルで起きる可能性のある大きな社会変化を正確に予測して備えを強化し、その影響を軽減することができるよう、経営幹部は政治リスクが与える影響を企業の全活動にわたって把握する必要があります。
政治リスクの影響を最も受けると経営幹部が考えている分野は、戦略とM&Aです。調査対象の経営幹部の60%近くが、この2部門が受ける影響が「大きい」「非常に大きい」と回答しました。約半数の経営幹部が同様に影響が大きいと述べたのは、販売・収益、コーポレートファイナンス、財務です。このように幅広い企業活動が大きな影響を受けることを踏まえると、政治リスクは企業のリスク耐性に多大な影響を及ぼす可能性があります。
⼀⽅で、政治リスクの影響をさほど受けないと経営幹部が評価しているサプライチェーン、研究開発・知的財産、⼈事の3つの事業部⾨にも注⽬が必要です。パンデミックを受けて、これらの部⾨全ての事業に各国政府による政策の影響が及ぶにつれて、経営幹部のこのような評価は今後変わっていく可能性が⾼いと⾔えます。例えば、すでに影響が出つつあるのが、開発中のワクチンの知的財産権です。また、いずれの国の企業も政府によるロックダウンに対応するため、⼈事に関する⽅針の早急な転換を迫られています。特に採⽤・新⼈研修プロセスをオンラインで⾏うことや、在宅勤務の奨励・義務化などは当分の間、継続されるケースが多いかもしれません。
3. 政治リスク管理を誰が担当するか
誰が特定のリスクの管理を担当し、その説明責任を負うのかを決めることは必要不可⽋であり、それは、政治リスクについても同様のことが言えます。地政学的戦略を実⾏し、成果を得るためには、政治リスク管理の担当者、委員会、部⾨を置くことを推奨します。また、同時に、政治リスクを把握し、それが事業に及ぼす影響の評価や、その軽減策の実施に部⾨の枠を超えて取り組む権限を、その担当者などに付与することも重要です。
政治リスク管理
70%の経営幹部が、政治リスク管理の責任者を決めていると回答しています。
経営幹部の実に70%が、政治リスク管理の担当者または部⾨を決めていると回答しています。これは⼼強い結果です。もっとも、これは世界全体の数字であり、ここからは重要となる地域差を読み取ることはできません。地域別で⾒ると、政治リスク管理の担当者がいると回答した企業は、アジア太平洋と欧州が80%以上であるのに対し、⽶州は51%にとどまっています。
政治リスク管理の主たる責任の所在がどこにあるのかについて、世界各国の経営幹部の見解は分かれています。EYの調査から、実にさまざまな事業部門が政治リスク管理を担当していることが分かりました。最も多くの回答者が担当部門として挙げたのは、リスク管理部門と財務部門です。とはいえ、いずれも回答者全体の約4分の1にすぎません。半数の企業については、実にさまざまな部⾨などが担当しています。
担当部⾨や担当者に対しては、部⾨の枠を超えて取り組むことのできる権限を付与し、全ステークホルダーのために戦略を効果的に調整できるようにすることが推奨されます。⾃ずと、CROやCFO、あるいは部⾨の枠を超えた戦略的権限を付与された担当者や部⾨が、政治リスク管理の調整を担当することになるはずです。
4. 政治リスクの管理に利用できるツール
新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、どのようなリスク管理ツールが最も効果的なのかという点に注⽬が集まるようになってきました。今回のパンデミックを受けた政府の政策対応がパンデミック後のニューノーマル形成の一翼を担うことを踏まえると、その中でも政治リスク管理ツールが最も重要になることは間違いありません。
企業がすでにさまざまな政治リスク管理策を講じていることが経営幹部の回答から明らかになりました。この管理策として最も多かった回答は、政治リスクを全社的リスク管理(エンタープライズ・リスク・マネジメント、ERM)の枠組みとプロセスに組み込むことです。85%の経営幹部が、すでに対応が完了していると述べています。それ以外で特に多かったのは、政治リスクの経営への影響の評価と、政治経験のある⼈物を取締役や上級職として招聘することでした。
政治リスク管理
89%の経営幹部が、シナリオ分析を利用しているか、あるいは有用なツールと認識しています。
40%以上の企業が、10以上の政治リスク管理策を講じています。ただ、そうした管理策を講じて政治リスク評価をリスク管理、戦略、ガバナンスに組み込むことによって、いわゆる地政学的戦略を打ち出すのか、あるいは、それぞれの対策を次々と単発で講じて断⽚的なアプローチを取るのかについては、あまり明確になっていません。
経営幹部も、まだ改善の余地があると考えています。政治リスク管理で「非常に大幅に改善の余地がある」「大幅に改善の余地がある」とされた業務で多かったのは、シナリオ分析、政治リスクの発生要因に関するデータの収集、政治リスクに関するインサイトの外部からの入手です。
また、「現在利用している」「今後利用したい」政治リスク管理ツールとしてシナリオ分析を挙げた経営幹部は、89%に上りました。企業が現在、そして新型コロナウイルス感染症を乗り越えたその先の将来で成⻑を遂げるための準備を進める中で、シナリオ分析で得ることのできる戦略的⾒通しの重要性は⼀段と⾼まっています。経営幹部が同様に重視している政治リスク管理策は、早期警戒指標など政治リスクの発生要因に関するデータの収集と、政治リスクに関するインサイトの外部からの入手の2つです。政治リスク分析は主観的に陥りがちなため、さまざまな観点から意⾒を集めることが役⽴つ場合があります。このため、一層重要となるのは後者です。
5. 政治リスク管理は果たして、会社経営のあり方の中核をなすのか
政治リスク管理の強化に不可欠な要素として過半数の経営幹部が挙げたのが、ガバナンスの向上です。経営幹部が政治リスク管理能⼒を「⾮常に⼤幅に向上させることができる」「⼤幅に向上させることができる」と考えているガバナンスの要素は3つあります。彼らの半数余りが、社内の縦割り問題を克服するためのインセンティブとプロセスの整備、政治リスクに関するコミュニケーションプロセスを状況に合わせて変えること、主要部⾨全体で政治リスクについての理解を深めることにより、リスク管理能⼒を強化できると述べています。
ここで注⽬すべきは、政治経験のある⼈物を取締役や上級職に招聘したと回答した企業(全体の76%)の66% が、依然として縦割り組織の問題に苦しんでいる点です。政治リスクに関する専門知識を取り込むだけでは十分ではありません。その専門知識を組織全体で広く共有する必要があるのです。
実際、EYが先ごろ発表したCEO Imperative Study(英語版のみ)も、経営幹部は縦割り主義を打破し、組織の機敏性を⾼める必要があると強調しています。政治リスク(あるいは関連する外部リスク全て)の管理には、部門の枠を超えた全社的なアプローチが必要です。縦割り主義を打破することで、政治リスクについて全ての部⾨間でコミュニケーションを向上させ、理解を深めることができます。これにより、残り2つのガバナンスの要素も改善することができます。
結論
現在発⽣している、あるいは今後待ち受ける数えきれないほどの政治リスクに直⾯する今、経営幹部はリスク管理の責任者を決め、適切なツールを利⽤して、政治リスク管理を会社経営のあり⽅の中核に組み込む必要があります。
政治リスクの⾼まりが引き起こすサプライチェーンの混乱や収益減少に受け身になる必要はありません。EYが実施した調査の結果は、政治リスクの管理が可能なことを示唆する内容でした。グローバル企業の経営幹部の51%が政治リスクが⾃社に及ぼす影響は2年前に⽐べて⼤きくなっていると回答した⼀⽅で、50%がこれを自社で効果的に管理することができると⼤きな⾃信を⽰しています。ただし、大多数の経営幹部がガバナンスの課題を把握していることを踏まえると、この自信が根拠のあるものなのかどうかは定かではありません。政治リスク管理対策にあたっては、チェックリストを確認するだけで満足してはいけません。さらに一歩踏み込み、幅広いリスク管理、戦略、ガバナンスのアプローチに政治リスク管理を組み込んで、地政学的戦略を実行する必要があります。
新型コロナウイルス感染症は、経営幹部が地政学的戦略を策定・実⾏して政治リスク管理を強化し、企業のリスク耐性を⾼めるチャンスをもたらしています。企業はそのチャンスを生かすことができれば、短期的には、今回のパンデミックをきっかけとした政府の政策と地政学的関係の変化に伴うリスクを軽減することができ、⻑期的には、パンデミックを受けて⽣じるいかなるニューノーマルにも適応する⼒をつけることができます。
政治リスクを軽減するには、企業は部門の垣根を取り払った体系的なアプローチを採用し、地政学的戦略を企業文化に組み込む必要があります。そうすることで、政治リスク管理の位置付けを周辺業務から基幹業務へと移⾏させ、企業のリスク耐性を⾼め、現在の新型コロナウイルス感染症がもたらすパンデミックと、今後⽣じるあらゆる政治リスクに対応できるようになるはずです。
サマリー
新型コロナウイルス感染症収束後の社会では、政治リスクが焦点になります。リーダーには、組織が直面する政治リスクとその影響を評価し、リスク管理の担当、利用できるツール、ガバナンス構造における政治リスク管理の位置付けを決めることが必要です。