- 欧州議会は、Fit for 55パッケージ(EU排出量取引制度(ETS)改革と新しいEU炭素国境調整メカニズム(CBAM))の主要な法的要件を承認した。
- EU ETSは航空および海運業界に拡大され、新しいETS IIは輸送および暖房用燃料が対象となる。
- EU ETSに基づく無償割当は、2026年から段階的に廃止される。
- EU CBAMでは、2023年10月1日から2026年12月31日までが移行期間とされ、四半期ごとの報告義務のみが課せられるが、2026年以降は、CBAM証書の購入が義務付けられる。
- 企業は、潜在的な影響を評価し、今年後半から新しく開始するCBAM報告義務に備えることが必要。
エグゼクティブサマリー
2023年4月18日、欧州議会は、Fit for 55パッケージの主要な法的要件を承認しました。欧州連合(EU)排出量取引制度(ETS)改革と新しいEU炭素国境調整メカニズム(CBAM)の影響を受ける企業は、新しい要件と今後の報告義務を理解する必要があります。
2021年7月に最初に発表されたEUのFit for 55パッケージは、欧州が2030年までに、排出量を1990年比で少なくとも55%削減するための重要な手段と考えられています。これらの目標は欧州気候法に規定されており、2050年までに気候変動に左右されない欧州を達成するための、より広範な欧州グリーンディール戦略の一部です。
Fit for 55パッケージには、(i)EU ETSの包括的な変更、(ii)CBAM関連の提案、(iii) 排出削減目標を設定する努力分担規則(ESR、Effort Sharing Regulation)の改正、(iv)再生可能エネルギー、エネルギー効率、エネルギー課税を管理する指令などが含まれています。過去数カ月にわたり、立法過程ではさまざまな構成要素が検討されてきました。
2023年4月18日、欧州議会は投票による賛成多数で、EU ETSの改正とCBAMの実施を承認しました。今後は、EU理事会によって承認され、その20日後にEU官報に掲載される予定です。
CBAMの主要原則
CBAMは、EU ETSの下で炭素排出コストの対象となる輸入と域内(EU)生産に対し、同等のカーボンプライシングを確保することにより、カーボンリーケージのリスクに対処することを目的とした気候対策です。EU ETSはEUに拠点を置く施設および特定の生産プロセスや活動に適用されますが、CBAMはEUに輸入される特定の製品に適用されます。
対象製品の範囲
CBAMは以下の製品カテゴリーに適用されます。
- カオリン、およびその他のカオリン系粘土(焼成されたもの)
- セメント、アルミナセメント、セメントクリンカー等
- 肥料、アンモニア、硝酸、硫黄酸等を含む
- 塊成化された鉄鋼石および精鉱
- 特定の合金鉄
- ねじ、ボルト、ナット、コーチボルト、ねじフック、リベット、コッター、コッターピン、座金(ばね座金を含む)、およびその他これらに類する鉄鋼製品
- その他の鉄鋼製品
- アルミニウム構造体およびその部品
- 特定のアルミニウム製貯留容器、タンク、バット、コンテナ
- アルミニウム製の撚り線、ケーブル、組ひもその他これらに類するもの(電気絶縁をしたものを除く)
- その他のアルミニウム製品
- 水素
- 電気エネルギー
今回の製品リストは、以前の法案におけるリストに比べて対象が大幅に増加しており、原材料や半製品だけでなく、川下製品も含まれています。このため、より多くの企業がリストの適用を受けます。
政治的議論では、2030年までにCBAMをEU ETSの対象となるすべての製品カテゴリーに拡大することが望まれているようです。これには、ポリマー、さまざまな化学物質、鉱物油製品、紙・パルプ、およびその他のカテゴリーが含まれます。
移行期間:2023年10月1日から2025年12月31日
2023年10月1日から2025年12月31日までの期間は以下の移行規定が適用されます。四半期ごとの報告義務のみが課され、CBAM証書の購入は任意となります。輸入者(関税申告者、関税代理人)は、暦年四半期に輸入された製品の移転排出量を四半期ごとに報告しなければならず、第三国で実質的に支払われた炭素価格とともに、直接および間接の排出量を詳述する必要があります。
また特に、2024年12月31日以降、輸入者は、適用対象製品の輸入資格を得るために、「認定CBAM輸入者」の地位を有していることが必要になります。
仕組み
新しいCBAM規則の下で、輸入者は、特定の暦年に輸入された製品に含まれる検証済み温室効果ガス(GHG)の総排出量を報告することが求められています。2025年末に終了する移行期間以降、CBAMの財務的影響は徐々に拡大し、2034年までCBAMによる課金コストが段階的に増加していきます。原産地で支払われた炭素排出コストは、コスト支払いの証拠を提供できる場合に限り、CBAM課金の支払いから控除することができます。
CBAMによる課金は、EU ETS排出枠オークションの週平均価格と等しい価格に設定されるCBAM証書の購入と提出によって支払われます。
輸入者のCBAM登録口座に記録されるCBAM証書の数は、暦年各四半期末において年初からの輸入製品に含まれる移転排出量の少なくとも80%以上でなければなりません。輸入者は、年1回CBAM申告書を提出することに加え、暦年に輸入された製品に含まれる移転排出量に正確に対応するCBAM証書を提出する必要があります。
移転排出量の定義
CBAM課金は、指定された製品カテゴリーの移転排出量に対応しますが、申告すべき移転排出量の定義は間接排出量にまで拡張されています。排出量の申告は、実際の排出量に基づいて行うことができ、EU規制当局が提供するスキーマに基づいて算定する必要がありますが、その詳細はまだ確定していません。今後詳細を含む追加的な実施関連法令が公表される予定です。
実際の排出量を使用する場合には、独立した検証機関による認定を受ける必要があります。実際の排出量が入手できない場合は、特定の国または地域で製造された特定の製品の平均排出量を反映した標準「デフォルト」値を使用しなければなりません。そのような標準値を決定するための信頼できるデータが入手できない場合、EU委員会は、最も性能の低いEU施設に基づいてデフォルト値を決定します。詳細は、今後公開される予定の追加の法的ガイダンスに示されます。
適用除外および拡大された回避行為の例示
CBAMは、スイス、リヒテンシュタイン、アイスランドおよびノルウェーにおける非特恵原産地の製品には適用されません。150ユーロまでの低価格貨物や特定の軍事輸入など、適用除外とされるものはごくわずかです。
回避行為として、現在は下記のような行為が公に例示されていますが、これらに限定されるものではありません。
- 製品にわずかな変更を加え合同関税品目分類表の分類を変えようとする行為
- 出荷を人為的に分割し、上記CBAM適用除外の恩恵を受けようとする行為
EU ETSの主要な変更点
現行制度の大きな変更点の一つに、無償割当の段階的廃止があります。実質的に、2026年から2034年にかけて、EUの製造業者に対する無償割当は逓減し、その結果、従前と変わらないプロセスで製造する場合、企業の製造コストは増加することとなります。
以下の割合で無償割当は段階的に廃止されます。
年度 | 2026 | 2027 | 2028 | 2029 | 2030 | 2031 | 2032 | 2033 | 2034 |
割合 | 2.5% | 5% | 10% | 22.5% | 48.5% | 61% | 73.5% | 86% | 100% |
- 排出削減の全体的な目標値の引き上げ:2030年までに62%削減(2005年比)
- 年間削減速度の引き上げ:2024年から2027年までは年間4.3%、2028年から2030年までは年間4.4%
- EU域内の排出枠CO2相当量90Mtを2024年に削減、2026年には27Mtを削減
- 市場安定化リザーブ(MSR、Market Stability Reserve)から排出枠を市場へ自動的に放出する規定など、過度の価格変動に対するメカニズムの強化。EU ETSの排出枠の24%をMSRに配分し、市場における排出枠の供給と需要の不均衡に対処
- 特にエネルギー診断や、場合によっては気候中立性計画など、自由な排出枠から恩恵を受ける施設に対する条件となる要件を強化
- エネルギー部門の脱炭素化を支援する近代化基金への割り当てに代わり、使用される発電用設備に対する引下げを撤廃
- 航空分野におけるEU ETSの適用拡大:
- EU ETSを、欧州域内便(英国およびスイスへの出発便を含む)に適用。CORSIA(国際民間航空のためのカーボンオフセットおよび削減スキーム)は、2022年から2027年にかけ、CORSIAに参加する第三国との間の追加欧州便に往路復路ともに適用
- CORSIAによるオフセットを行うにもかかわらず、世界の航空排出量が2019年比85%を超えるレベルに達した場合、欧州の航空会社は、CORSIAオフセットに参加する国々が排出削減に投資した炭素クレジットに対応する割合でこれをオフセットする
- 航空部門への無償割当ては2026年までに段階的に廃止される。これによって2024年には25%、2025年には50%の無償割当ての削減が計画されている
- 2024年1月1日から2030年12月31日までの間、個々の航空機運航者に対し、化石燃料と適格な航空燃料との間に残存する価格差の一部をカバーするために配分される2,000万の割当を留保する
- EU ETSを2024年から海上輸送に適用拡大:
- 段階的導入:2024年から検証済み排出量の40%、2025年70%、2026年100%
- ほとんどの大型船舶は当初からEU ETSの対象とし、その他の船舶は「MRV規制」(CO2排出量の監視、報告、検証)の対象とし、後日EU ETSに含める
- 合意は地理的な特殊性を考慮する
- 非CO2排出量(メタンおよび亜酸化窒素)は、2024年からMRV規制、2026年からEU ETSに含まれる予定
- 2028年以降EU ETSに都市ごみ焼却施設を含めることの実現可能性を、2026年までに分析する
- 2027年までに(または市況に応じて2028年までに)、以下のように建物と道路交通を並行炭素市場(EU ETS II)の対象とする:
- 建築物の暖房、道路輸送、その他特定のセクターへ燃料を供給する販売業者に適用
- 削減率を2024年から5.10%、2028年から5.38%と、段階的に増加させる
- 初年度は若干の「前倒し」が予想される
- トン当たりの炭素価格が90ユーロを超えた場合、1年遅れる可能性あり
- 少なくとも2030年までは、トン当たり45ユーロを上限とする
- 供給者に国レベルで排出枠のオークション価格と同等以上の炭素税が課されている場合、一時的な免除を可能とする
- 小規模な供給者に対する要件を簡素化する
輸出リベートや炭素支払いの払い戻しはない点に留意することが重要です。炭素市場からの収益はすべて気候・エネルギー関連プロジェクトに使用されます。
さらに、新しいEU 社会気候基金が2026年に設立されます。
- 公平で社会的に包括する気候対応の移行を確実にするために、エネルギーと交通・輸送の貧困に特に影響を受ける脆弱な家庭、零細企業、交通利用者を支援するように設計されている
- 最大650億ユーロのETS II割当のオークションから資金を調達し、さらに25%を各国の財源でカバー
- 推定総額867億ユーロ
ビジネスへの影響
CBAMとEU ETSの改革は、EU域内および世界中の企業に、業務面そして戦略的意思決定面で影響を与えます。その影響は直接的にも間接的にも起こりうるものであり、バリューチェーンとサプライチェーンにまたがる包括的なアプローチが求められます。
EU ETSの対象となるEUを拠点とする事業者は、従来の燃料使用を継続するのであれば、炭素コスト増加への対策を講じる必要があります。このように、コストの増加は、EUや排出量の多い企業の世界市場での競争に影響を及ぼす可能性があります。新しいEU ETS IIでは、従来型燃料の価格がさらに上昇し、この業界での変革の必要性を促すことになるでしょう。EUおよびEU加盟国が移行期にある企業を支援するために、大規模で多様な助成金プログラムとインセンティブをそれぞれの国で提供していることは注目に値します。また、炭素市場から得られる追加的収入がEUイノベーション基金を通じて、革新的な低炭素技術に投資する企業に対し、さらなる資金調達の機会をもたらすでしょう。
当面必要な対策
CBAMの移行期間は、2023年10月1日から実施される予定であり、新たな報告義務に備えるための迅速な対応が必要です。
まずとるべき対策は次のとおりです。
- 本制度の管理に対する内部責任者を任命する
- 新たに提案されたCBAMの範囲を考慮し、EUの輸入フットプリントと潜在的なコストおよびプロセスへの影響をレビューする
- 必要とされるデータ(製造場所での移転排出量や炭素価格など)の見直し、潜在的なギャップの特定、情報収集など、移行期間の要件に準拠する準備を開始する
さらに、戦略的観点から、企業は現在のサプライチェーンに基づいてCBAMとEU ETSの潜在的な財務的影響を評価し、そのような影響を抑制する適切な措置を講じる必要があります。エネルギー・電力課税分野において見込まれるその他の変更(エネルギー課税指令の改正)も検討する必要があるでしょう。
輸入製品に含まれる排出量を削減するために、技術的改善を達成するサプライチェーン構造を再考すること、調達戦略、合併・買収活動、生産計画、投資計画などの策定もこれらの対策に含まれます。
CBAMと密接に関連するEU ETS改革に関する立法プロセスが続く中、企業はこの動向を見守ることが重要です。