2022年8月9日
水素エネルギーの灯が照らす未来

BEPS2.0対策シリーズ1 「BEPS2.0」で試される日本企業の変革力

執筆者 関谷 浩一

EY Japan メディア・エンターテインメントセクター・タックスリーダー 兼 タックス・ポリシーリーダー EY税理士法人 パートナー

2人の娘の父。趣味はドライブ、スキー、クルージング。好きなお酒はワイン。

2022年8月9日

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税負担の公平性に社会の注目が集まる中、BEPSは新たな見直しを迫られています。100年に1度と言われる国際税務の変化に対し、日本企業はどのように対応すべきかについて解説します。

要点
  • 100年に1度と言われる国際税務の変化に対し、日本企業が取るべき対応
  • 多くの日本企業が税務機能をグローバル標準レベルへ短期間で大幅に引き上げる必要性に直面
  • BEPS2.0は企業の税務ガバナンスを高度化させるチャンス

BEPS2.0は100年に1度の国際課税の大改革

BEPSは企業活動のグローバル化が進み、多国籍企業が各国の事業オペレーションの均一化、統一によるコスト削減を目指す中、税務コストの削減プロジェクトとして90年代から積極的に行われてきました。しかし、リーマンショック以降、財政収支改善のための増税が議論され、税負担の公平性が問われるようになったことで、株主利益の最大化を目指す税務プランニングが評価されにくい環境が生じています。

各国政府も税源が限られる中、法人税収の縮減に歯止めをかけ、BEPSを是正して法人税収を増加させようとしています。ただ、それには各国政府が協力して統一的な租税政策を進める必要があるのです。1つの国が税率を上げただけでは、多国籍企業は他国に事業を移転するだけで対策にならないからです。

そのため、OECDは2013年からBEPSの見直しを進め、15年に最終報告書として15のアクションプランに対応するBEPSパッケージを発表しました。以降、現在までに141の国と地域が参加しており、BEPS1.0からBEPS2.0への基準作りに取り組んでいます。

この国際課税の100年に1度の大改革にOECDが一致団結できたのは、各国間の経済力のバランスや新興国の経済力の発展が背景にあります。特に欧州先進国は米国で生まれた巨大なデジタル企業に対し、市場国という立場となり、なかなか課税できないという問題が生じています。その一方、最大の国内市場を持つ米国はOECD各国の企業に対し、より多くの課税を行いたいという意向があります。また、アジア、南米、アフリカの経済発展により、これらの国々の多国籍企業が発展し、今後ますますOECD各国は市場国としての性格を強めることが予想されるため、市場国へのより大きな税源の配分は、OECD各国にとって長期的に有利になる可能性があります。こうした環境の変化が、これまでの国際課税原則を変更する大きな原動力になっているのです。

BEPS2.0で何が変わるのか

今後、BEPS2.0の施行によって、15%を下回る実効税率の達成は困難となり、多国籍企業の実効税率は15~20%程度に収斂(しゅうれん)されていくかもしれません。これは重い税務コンプライアンス負担を伴う変化であり、将来的に各国の税務当局が企業グループ全体を見渡せる膨大な情報を入手する結果となることにも注目する必要があります。

BEPS2.0に対応するため、今年から数年かけて、日本を含めた世界各国の税制は大きな変動期を迎えます。税務インセンティブで企業誘致を積極的に行っていた国は、「適格ドメスティック最低追加課税制度」を導入するとともに新しい企業誘致制度の開発を競い合っています。他方、欧州や米国でも炭素税やプラスチック税などの新たな税収を財源として、カーボンニュートラルやWeb3といった新技術に対応する新しい大規模なインセンティブ制度の導入を計画しています。

こうした中、企業は各国の有利な新制度の動向に注目して特典の獲得に努める必要があります。今後は新税制による追加の税負担を最小化し、インセンティブを最大化するという、新しい分野での多国籍企業間の税の競争が生まれていくはずです。また、世界統一の税制ができることで、税務当局への情報提出だけでなく、各種ステークホルダーからの情報開示の要求も高まるでしょう。これからBEPS2.0の申告義務や世界各地で同時多発する税務係争に対応し、正しい税務情報の適時開示を実現するためには、多くの日本企業が税務機能をグローバル標準レベルへ短期間で大幅に引き上げる必要性に直面しています。

日本企業はBEPS2.0にどう対応すべきか

これまで日本企業では税務コンプライアンスを重視する考え方が根強く、各国の税制に基づいて適切に申告納税し、税務調査に対応することに重点が置かれてきました。しかし、最近は日本企業の中にも欧米のグローバル企業と同様に税務プランニングによって連結の実効税率の低減を図る傾向が広まりつつあります。ただ、税務部門がグループ全体の投資・ストラクチャー・バリューチェーンやモビリティについて、税務の観点から責任を持ち、国別の実効税率を管理する戦略的なマネジメント機能を持つにはまだ至っていません。

今後新たに施行されるBEPS2.0はPillar 1(第1の柱)における新たな課税権と課税所得の配分、Pillar 2(第2の柱)におけるグローバル課税ベースとミニマム課税に伴う、歴史上初のグローバル課税と言えます。そのため、日本企業としてもおのずと従来の税務対応のスタイルを変えざるを得ない状況となっているのです。

欧米のグローバル企業はBEPS2.0を税務の観点からのルール化によるグローバルビジネスモデルの変革の機会と捉えているのに対し、日本企業は事務作業の負担増加のみに関心が集中している傾向が見られます。欧米のグローバル企業でも事務作業は発生しますが、従来のグローバル税務オペレーションの延長線上で対応可能と考えられており、むしろBEPS2.0の導入後に何が起こるのか、事業への影響を中心に検討がなされています。

欧米のグローバル企業ではBEPS1.0においても、各国の税制改正に応じた適切な税務プランニングを図り、新たなバリューチェーンやビジネスモデルを導入してきました。一方、日本企業は、BEPS行動13のマスターファイルや国別報告書の作成、BEPS行動3によるJCFC税制(タックスヘイブン対策税制)改正への対応に終始しており、ビジネス変革における税務部門の貢献という面で後れを取っていることは否めません。

BEPS2.0導入後の世界では、日本企業も単なる税務申告や納税負担を超えて、グローバルなビジネスモデルを構築し、持続的な成長を図る機会としなければならないのです。

BEPS2.0は税務ガバナンスを高度化するチャンス

BEPS2.0の導入は、日本企業を取り巻くグループ課税の枠組みに、創造的な破壊とも言うべき、大きな変革をもたらすでしょう。そこで重要になってくるのが「移転価格と税務戦略」「テクノロジーの活用」「コントラバーシー(係争)」「税情報の開示」という4つの観点です。

まず「移転価格と税務戦略」については、各国の税務当局間の調査が同時に行われるようになったとき、日本の税務当局のように当局が証明できなければ課税しないとは限らず、税務当局が納税者に説明責任の履行の観点から資料情報の提供を強く求め、説明責任を果たさないときは否認する可能性があり得ることから、日本企業の意識や対応を変えていくことが急務となっています。

また「テクノロジーの活用」では、BEPS2.0のコンプライアンスの適用において、必要な情報をいかに集めるかが不可欠となっているため、データマネジメントやデータトラッキング、あるいは、そのプロセスをモニターし、内容をチェックできる仕組みづくりが求められます。さらに「コントラバーシー」では、日本企業は、この新しいグローバルルールがもたらす係争リスクにどのように対応していけばいいのか、現段階から検討することが必要となっています。そして、「税情報の開示」では、とくにESG/サステナビリティの観点から、企業を取り巻くステークホルダーとの関係は大きく変化しており、ガバナンスの一環として、税情報の開示を検討する日本企業は増えている状況にあります。企業が国別の実効税率を把握しているのは明らかであるため、今後、ステークホルダーやESG格付け機関から国別の実効税率の開示を求める声は確実に高まっていくことが予想されます。

このようにBEPS2.0の導入により、グローバルな税務コンプライアンスに対応するためには、グループ全体での税務ガバナンスの構築が今、必要不可欠となっています。これから日本企業は本社および各社の税務各部門の役割と責任範囲、情報ルートと管理方法を定めることにより、グローバルな税務オペレーションを構築しなければなりません。今こそ、私たちはBEPS2.0を好機として日本企業の税務ガバナンスを高度化するチャンスだと捉えるべきなのです。 

サマリー

税負担の公平性に社会の注目が集まる中、BEPSは新たな見直しを迫られています。100年に1度と言われる国際税務の変化に対し、日本企業はどのように対応すべきかについて解説します。

この記事について

執筆者 関谷 浩一

EY Japan メディア・エンターテインメントセクター・タックスリーダー 兼 タックス・ポリシーリーダー EY税理士法人 パートナー

2人の娘の父。趣味はドライブ、スキー、クルージング。好きなお酒はワイン。