EY新日本有限責任監査法人 建設セクター
公認会計士 今村 裕宇矢/川井田 直人/竹俣 勝透/橋之口 晋
1. はじめに
収益認識に関する会計基準(企業会計基準第29号、以下、収益認識会計基準)及び収益認識に関する会計基準の適用指針(企業会計基準適用指針第30号、以下、収益認識適用指針)が、2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用されました。これに伴い、企業会計基準第15号「工事契約に関する会計基準」(以下、工事契約会計基準)及び企業会計基準適用指針第18号「工事契約に関する会計基準の適用指針」(以下、工事契約適用指針)が廃止されました。第2回から第4回の「建設業における収益認識」では、収益認識会計基準及び収益認識適用指針の適用による影響について、3回に分けて解説します。本稿では、収益認識の5ステップのうち、(Step1)顧客との契約を識別する、及び(Step2)契約における履行義務を識別する、に関連する工事契約に係る収益認識の単位について解説します。
なお、文中の意見は筆者の私見であり、法人としての公式見解ではないことをあらかじめお断りします。
2. 工事契約に係る収益認識の単位
(1) 概要
建設業における契約形態の特徴として、一つの契約の中に複数の工事やサービスといった履行義務が存在することや、一つの履行義務が複数の契約として存在することがあります。例えば、建築工事において、解体工事・設計業務・本体工事といった複数の工事やサービスで構成される内容を単一の契約として締結する場合があります。また、土木工事において、当初の契約内容を変更する場合に、当初の契約書を変更するのではなく、別個の注文書で発注することもあります。収益認識会計基準及び収益認識適用指針では、法的な強制力のある権利及び義務を生じさせる複数の当事者間における取決めを「契約」としたうえで(収益認識会計基準第5項)、会計処理すなわち収益認識の単位は契約に含まれる履行義務としていることから、まず、工事契約に係る収益認識の単位が論点となります。
(2) 収益認識会計基準及び収益認識適用指針の取扱い
収益認識会計基準及び収益認識適用指針では、工事契約に係る収益認識の単位に関して、「Step1:顧客との契約を識別する」、「Step2:契約における履行義務を識別する」という二つのステップを通じて検討を行います。これらのステップには具体的なプロセスが含まれており、プロセスを通じて、工事契約に係る収益認識の単位を判断します。本稿では、Step1に含まれる、①契約の識別、②契約の結合、③契約変更、及びStep2に含まれる、④履行義務の識別について解説します。それぞれのステップの概要は次の通りです。
Step1:顧客との契約を識別する
はじめに、定められた5要件を満たしたものについて契約を識別します(①契約の識別)。識別された契約のうち、複数でも実質的には単一の契約と判断される要件を満たしたものについては、単一の契約とみなします(②契約の結合)。また、契約変更がある場合には、変更される内容等に応じて、既存契約の変更として処理するか、別個の契約として処理するかの判断を行います(③契約変更)。
Step2:契約における履行義務を識別する
契約内に別個の履行義務がないか検討し、要件を満たしたものは別個の履行義務を識別します(④履行義務の識別)。
また、工事契約に係る収益認識の単位は、これらの要件にあてはめつつ、取引実態に応じた実質的な判断が求められます。どのように工事契約に係る収益認識の単位を設定するかにより、各単位の利益率も異なることから、計上される収益額等が変動し、財務諸表にも影響を与えることになるため、工事契約に係る収益認識の単位は非常に重要な検討要素といえます。
① 契約の識別
収益認識会計基準において、契約とは、「法的な強制力のある権利及び義務を生じさせる複数の当事者間における取決め」と定義されており、以下5要件の全てに該当する場合に契約として識別します(収益認識会計基準第5項、第19項)。
(ⅰ) 当事者が、書面、口頭、取引慣行等により契約を承認し、それぞれの義務の履行を約束していること
(ⅱ) 移転される財又はサービスに関する各当事者の権利を識別できること
(ⅲ) 移転される財又はサービスの支払条件を識別できること
(ⅳ) 契約に経済的実質があること(すなわち、契約の結果として、企業の将来キャッシュ・フローのリスク、時期又は金額が変動すると見込まれること)
(ⅴ) 顧客に移転する財又はサービスと交換に企業が権利を得ることとなる対価を回収する可能性が高いこと
② 契約の結合
識別された複数の契約が、同一の顧客と同時又はほぼ同時に締結されており、かつ以下3要件のいずれかに該当する場合には、複数の契約を結合し、単一の契約とみなします(収益認識会計基準第27項)。
(ⅰ) 当該複数の契約が同一の商業的目的を有するものとして交渉されたこと
(ⅱ) 一つの契約において支払われる対価の額が、他の契約の価格又は履行により影響を受けること
(ⅲ) 当該複数の契約において約束した財又はサービスが単一の履行義務となること
同一顧客で、同時又はほぼ同時に締結された複数契約でないと結合の要件を満たさないため、その点は留意が必要です。例えば、オフィスビル等の建設工事で、本体工事の発注者以外の入居予定テナントからも内装工事を請け負う場合は、顧客が異なるため、原則として、別個の契約として識別します。
ただし、収益認識会計基準では、これまでの我が国で行われてきた実務等に配慮して、比較可能性を大きく損なわせない範囲で代替的な取扱いが認められています。契約の結合に関しては、前述の契約の結合の要件を満たさない場合でも、工事契約について、当事者間で合意された実質的な取引の単位を反映するように複数の契約(異なる顧客と締結した複数の契約や、異なる時点に締結した複数の契約を含む)を結合した際の収益認識の時期及び金額と個々の契約を複数の契約として扱い、別個の履行義務を識別した際の収益認識の時期及び金額との差異に重要性が乏しいと認められる場合には、当該複数の契約を結合し、単一の履行義務として識別することができます(収益認識適用指針第102項)。
また、前述の契約の結合の要件を満たした場合にも代替的な取扱いが認められています。個々の契約が、当事者間で合意された取引の実態を反映する実質的な取引の単位であり、個々の契約金額が合理的に定められており、独立販売価格と著しく異ならない場合には、複数の契約を結合せず、個々の契約において定められている顧客に移転する財又はサービスの内容を履行義務とみなし、個々の契約において定められている当該財又はサービスの金額に従って収益を認識することができます(収益認識適用指針第101項)。なお、独立販売価格とは、「財又はサービスを独立して企業が販売する場合の価格」(収益認識会計基準第9項)のことをいいます。
③ 契約変更
契約が変更される場合には、ケースごとに詳細に規定されており、以下フロー図の手順に従い判定することとなります。原則的な取扱いとしては、「①変更契約を独立した契約として処理する方法」、「②変更契約を既存の契約を解約して新しい契約を締結したものと仮定して処理する方法」、「③変更契約を既存の契約の一部であると仮定して処理する方法」の3つの方法があります(収益認識会計基準第30項、第31項)。なお、契約の当事者が契約の範囲又は価格の変更を承認していない場合には、契約変更の会計処理は行われないため、変更契約書が未締結である場合、契約の当事者が変更を承認しているかの検討が必要となります(収益認識会計基準第28項)。
また、実務上の負担を考慮し、収益認識適用指針92項において契約変更に関する代替的な取扱いが認められています。これにより、契約変更による財又はサービスの追加が既存の契約内容に照らして重要性が乏しいと認められる場合、すなわち代替的な取扱いを行うことにより財務諸表の比較可能性を大きく損なうおそれがない場合には、原則的な取扱いにおける3つの処理のいずれの方法も適用可能とされています。
契約変更の判定フロー図
④ 履行義務の識別
履行義務とは、顧客との契約において、別個の財又はサービス(あるいは別個の財又はサービスの束)、あるいは一連の別個の財又はサービス(特性が実質的に同じであり、顧客への移転のパターンが同じである複数の財又はサービス)を顧客に移転する約束をいいます(収益認識会計基準第7項)。
契約における取引開始日に、顧客との契約において約束した財又はサービスを評価し、別個の履行義務であるかどうかの判定を行います(収益認識会計基準第32項)。以下2要件のいずれも満たす場合に、別個の履行義務を識別することとされています(収益認識会計基準第34項)。例えば、一つの契約に解体工事と本体工事が含まれている場合や、設計業務と施工業務が含まれている場合は、別個の履行義務を識別する必要がないか留意が必要です。
(ⅰ) 当該財又はサービスから単独で顧客が便益を享受することができること、あるいは、当該財又はサービスと顧客が容易に利用できる他の資源を組み合わせて顧客が便益を享受することができること(すなわち、当該財又はサービスが別個のものとなる可能性があること)
(ⅱ) 当該財又はサービスを顧客に移転する約束が、契約に含まれる他の約束と区分して識別できること(すなわち、当該財又はサービスを顧客に移転する約束が契約の観点において別個のものとなること)
(ⅱ) を判定するに当たっては、約束の性質が、契約において、財又はサービスのそれぞれを個々に移転するものか、あるいは、財又はサービスをインプットとして使用した結果生じる結合後のアウトプットを移転するものかを判断します。財又はサービスを顧客に移転する複数の約束が区分して識別できないことを示す要因として、以下の3点が例示されています(収益認識適用指針第6項)。
(ⅰ) 当該財又はサービスをインプットとして使用し、契約において約束している他の財又はサービスとともに、顧客が契約した結合後のアウトプットである財又はサービスの束に統合する重要なサービスを提供していること
(ⅱ) 当該財又はサービスの1つ又は複数が、契約において約束している他の財又はサービスの1つ又は複数を著しく修正する又は顧客仕様のものとするか、あるいは他の財又はサービスによって著しく修正される又は顧客仕様のものにされること
(ⅲ) 当該財又はサービスの相互依存性又は相互関連性が高く、当該財又はサービスのそれぞれが、契約において約束している他の財又はサービスの1つ又は複数により著しく影響を受けること
ただし、代替的な取扱いが認められており、約束した財又はサービスが、顧客との契約の観点で重要性が乏しい場合には、当該約束が履行義務であるのかについて評価しないことができます。顧客との契約の観点で重要性が乏しいかどうかを判定するに当たっては、当該約束した財又はサービスの定量的及び定性的な性質を考慮し、契約全体における、当該約束した財又はサービスの相対的な重要性を検討します(収益認識適用指針第93項)。
建設業
- 第1回:建設業の概要 (2024.04.24)
- 第2回:建設業における収益認識(1)~工事契約に係る収益認識の単位~ (2024.04.24)
- 第3回:建設業における収益認識(2)~保証サービス、変動対価、重要な金融要素~ (2024.04.24)
- 第4回:建設業における収益認識(3)~独立販売価格に基づく配分、履行義務の充足パターン、事後的に信頼性がある見積りができなくなる場合~ (2024.04.24)
- 第5回:建設業の内部統制 (2024.04.24)
- 第6回:建設業会計Q&A (2024.04.24)