EY新日本有限責任監査法人 物流セクター
公認会計士 中尾 暁
I. はじめに
第3回目の今回は、物流・倉庫業の会計処理・表示の特徴について説明します。
なお、 物流・倉庫業の収益認識に関する記載は下記をご参照ください。
物流・倉庫業 第4回:新たな収益認識基準が物流業に与える影響
なお、本稿において意見にわたる部分は執筆担当者の私見であることをあらかじめお断りしておきます。
Ⅱ. 物流・倉庫業の会計処理・表示の特徴
1. 会計処理の特徴
(1) 売上債権貸倒時の債権回収手段としての留置権
物流・倉庫業において売上債権の貸し倒れが発生した場合、債権回収の手段として留置権の行使が有効です。留置権には民法第295条で定める民事留置権と、商法第521条で定める商事留置権があります。
民事留置権とは、他人の物の占有者がその物に関して生じた弁済期にある債権の弁済を受けるまで、その物を留置する権利をいいます。一方、商事留置権とは、債権者、債務者ともに商人である場合、商行為によって生じた弁済期にある債権の弁済を受けるまで、債権者が商行為によって占有するに至った債務者所有の物又は有価証券を留置する権利をいいます。
民事留置権においては、債権と物との間に個別関連性が必要とされますが、商事留置権においては、債権と物との間に個別関連性が必要とされていないことから、物流・倉庫業の債権回収においては、商事留置権の行使がより有効な手段であるといえます。
(2) 本支店会計の適用
物流・倉庫業においては、事業所が散在しており、また事業所間の取引が比較的多いという特徴があります。そのため、事業所間で本支店会計を適用しているケースが見受けられます。
(3) 燃料費に係るヘッジ取引
物流・倉庫業においては、トラックの燃料である軽油等に関する市場価格の変動リスクを回避する目的で原油スワップ等のデリバティブ取引を利用するケースがあります。費用に占める燃料費の割合が比較的高い業界の特徴から、こうしたヘッジ取引が行われるようです。
こうしたヘッジ取引に関連して、平成27年4月14日付で、会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」(以下「金融商品会計実務指針」という。)が改正され、異なる商品間でのヘッジが認められる点が明確化されました。具体例として、石油関連商品の価格変動リスクをヘッジする場合に、流動性が高く価格変動が類似する原油関連のデリバティブ取引を用いる場合が該当する可能性がある旨(金融商品会計実務指針第314-2項)が示されました。
軽油購入取引の価格変動リスクを原油デリバティブ取引を用いてヘッジする取引についても、ヘッジ会計の要件を満たしヘッジ会計を適用できる可能性もあると考えられます。しかし、軽油と原油の価格変動には一定程度の相関関係はあるとは考えられるものの、ヘッジ有効性の評価における高い相関関係(金融商品会計実務指針第156項)があるとは言えずヘッジ会計の適用要件を満たさない可能性等も相当程度存在すると考えられます。このため、このような取引については、ヘッジ会計の適用要件について慎重に判断する必要があると考えられます。
(4) 減価償却方法の変更
物流・倉庫業においては、近年、倉庫内の設備やトラック等の有形固定資産の減価償却方法を定率法から定額法に変更するケースも見受けられます。大型倉庫の新規設備稼働、導入の意思決定や物量の平準化といった主力事業、事業環境の変化等を契機として減価償却方法の見直しを行った結果、今後は安定的な設備の稼働や安定的な収益獲得が見込まれること等から変更を行うケースがあります。
2. 表示の特徴
物流・倉庫業の貸借対照表及び損益計算書には、以下のような特徴点があります。
(1) 業界特有の勘定科目の存在
物流・倉庫業の貸借対照表及び損益計算書を見てみると、売掛金を営業未収金、買掛金を営業未払金、売上高を営業収益、売上原価を営業原価と開示する企業が多く見受けられます。また、傭車料等の業界特有の勘定科目が見られるケースがあります。
(2) 貸借対照表の勘定科目
物流・倉庫業の貸借対照表を見てみると、業界特有の大規模装置産業的な要素の強さという特徴が出ています。
具体的には、大型トラック等の高価な車両や大規模な倉庫等を保有又はリースしていることから、建物、車両運搬具、土地、リース資産(債務)等の金額が比較的大きいという特徴があります。
また、倉庫を賃借している場合、貸借対照表上、リース資産(債務)以外に、賃借契約に関する敷金や原状回復義務に関する資産除去債務が比較的大きいという特徴も挙げられます。資産除去債務の計上に代えて、敷金の回収が最終的に見込めないと認められる金額を費用配分し敷金を償却する方法が簡便処理として認められており(企業会計基準適用指針第21号「資産除去債務に関する会計基準の適用指針」第9項)、当該処理を採用するケースも見受けられます。倉庫の賃借契約においては、解約不能期間が設定されるケースも多く、この場合、オペレーティング・リース取引として、貸借対照表に計上されていない場合でも、リース注記で、解約不能期間の未経過リース料の注記が多額になる傾向にあります。IFRS第16号「リース」では、オペレーティング・リースとしてオフバランスされていたリースについても、使用権資産、リース負債がオンバランスされるため、IFRS適用による貸借対照表の影響は大きく、今後、日本におけるIFRS適用の動向に留意が必要です。
さらに、業界の慣行として、通運関係の鉄道運賃や関税等の輸出入関係諸費用を、物流業者が一時的に立て替えることから、立替金が比較的大きいという特徴があります。
(3) 損益計算書の勘定科目
物流・倉庫業の損益計算書を見てみると、業界の特徴をよく表す勘定科目を見ることができます。
人件費は売上原価の中での構成比率が高い傾向にありますが、これは労働集約性の高い、この業界の特徴の表れであるといえます。
また、傭車料や外注費・下請費が別掲されているケースが多く見られますが、これは荷主―元請―下請の多層化が進んでいる業界の特徴の表れであるといえます。
さらに、燃料費が別掲されているケースが多く見られますが、これはトラックの燃料補給が日常的に行われているこの業界の特徴の表れであるといえます。
【物流・倉庫業の貸借対照表、損益計算書の概観】
貸借対照表 | |||
営業未収入金(売掛金) | 業界に多い勘定科目 貸倒時に商事留置権を行使できる |
営業未払金(買掛金) | 業界に多い勘定科目 |
立替金 | 輸出入関係の諸費用の立替払いが生じる | リース債務 | 倉庫、トラック等、自社保有に加えリース物件も多い |
建物・土地 | 倉庫等の物流拠点は大きな投資額であり、金額が大きい | 資産除去債務 | 賃借倉庫における原状回復義務に関する資産除去債務が多い |
車両運搬具 | トラックを多く所有しており、金額が大きい | ||
リース資産 | 倉庫、トラック等、自社保有に加えリース物件も多い | ||
敷金 | 賃借倉庫における敷金の差入が多い 原状回復義務に関する償却を行う場合がある |
損益計算書 | |
営業収益(売上高) | 業界に多い勘定科目 |
営業原価(売上原価) | 業界に多い勘定科目 |
人件費 | 労働集約的な産業のため、トラックドライバーや倉庫内作業にかかる人件費の割合が高い |
傭車料 | 業務を委託し他の運送会社のドライバー付トラックを利用した際の支払運賃 |
外注費・下請費 | トラックドライバーや倉庫内作業を請負業者に委託する際の請負料金 |
燃料費 | トラックの燃料である軽油価格相場や仕事量の多少により変動 |
<参考文献>
- 「業種別会計シリーズ 物流倉庫業」 第一法規
- 「第12次業種別審査辞典(第9巻) 9014トラック運送業」 金融財政事情研究会
- 「第12次業種別審査辞典(第9巻) 9030倉庫業」 金融財政事情研究会
- 本橋信隆(公認会計士)「業種別会計・監査実務をめぐる留意点 貨物運送業・倉庫業」JICPAジャーナル No.445(1992.8) 第一法規
物流・倉庫業
- 第1回:物流・倉庫業の事業内容、特徴及び経営環境 (2021.04.09)
- 第2回:物流・倉庫業の業務の流れ及び内部統制の特徴 (2021.04.09)
- 第3回:物流・倉庫業の会計処理・表示の特徴 (2021.04.09)
- 第4回:新たな収益認識基準が物流業に与える影響 (2021.04.09)