2023年2月28日
サステナビリティ情報開示と企業価値評価の訴求につながる企業経営の対応

サステナビリティ情報開示と企業価値評価の訴求につながる企業経営の対応

執筆者
EY 新日本有限責任監査法人

グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献する監査法人

Ernst & Young ShinNihon LLC.

EY Japan

複合的サービスを提供するプロフェッショナル・サービス・ファーム

牛島 慶一

EY Climate Change and Sustainability Services, Japan Regional Leader, APAC ESG & Sustainability Strategy Solution Leader

サステナビリティの分野で活躍。多様性に配慮し、プロフェッショナルとしての品位を持ちつつ、実務重視の姿勢を貫く。

馬野 隆一郎

EY新日本有限責任監査法人 サステナビリティ開示推進室 室長 パートナー

周りの支えを胸に未来を見据え、日々の挑戦を楽しむ。

2023年2月28日

サステナビリティ情報開示の新潮流や企業価値との関係性、日本企業が価値向上のために取り組むべき対応について、一橋大学の加賀谷哲之教授にご講演いただきました。今回はご講演内容と、その後のQ&Aセッション、サステナビリティ情報開示基準・規制動向に関するアップデートを「特別企画」としてお届けします。

左から牛島、加賀谷氏、馬野

一橋大学教授 財務会計、企業価値評価 加賀谷 哲之

2000年より一橋大学商学部専任講師。2004年より現職。2006年に経済産業省・企業行動の開示と評価に関する研究会ワーキンググループ座長、2010年に経済産業省・企業財務委員会・企業会計検討ワーキンググループ座長。2011~13年、15~22年企業活力研究所CSR研究会座長、2021~22年内閣府「知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会」座長、公益社団法人2025年日本国際博覧会協会持続可能性委員会持続可能な調達ワーキンググループ座長、2022年度企業価値向上に資する知財経営の普及啓発に関する調査研究・有識者委員会座長、日本経済会計学会理事、日本IR学会理事、日本政策投資銀行客員研究員、ニッセイ基礎研究所客員研究員。無形資産の管理・測定・評価・開示、リスク情報およびリスク管理情報の経済効果の測定、自発的な情報開示が企業行動および企業評価に与える影響、などにつきアーカイバル・データやサーベイデータを活用して上記のテーマを実証的に分析している。


EY Japan 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)リーダー EY新日本有限責任監査法人 プリンシパル 牛島 慶一

EY Japanにおける気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)のリーダーとして業務に従事する傍ら、環境省中央環境審議会委員、東北大学大学院非常勤講師なども務める。グローバルなスタンダード形成に関与しながら日本企業の持続可能なビジネスモデルの構築に尽力している。


EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 サステナビリティ開示推進室長 パートナー 馬野 隆一郎

財務諸表監査、GHG排出量等非財務情報の保証業務に従事する傍ら、当法人のサステナビリティ開示推進室長として、サステナビリティ情報開示推進を含め、企業の長期的価値(Long-term value)創造プロセスを会計監査人の立場から支援する諸施策の推進を担当。公認会計士協会 企業情報開示委員会、監査・保証基準委員会委員。

要点
  • サステナビリティ情報開示は統合化のフェーズに入り始めており、日本企業も欧州の動きに応じたグローバルな情報開示が急務である。
  • サステナビリティ経営は日本企業の成長性に対する評価を高めるトリガーになり得る。
  • 「強み」だけでなく、強みを生かしてどう変化していくのかが問われており、企業価値評価の推進には将来に向けたストーリーを発信することが大切。

サステナビリティ情報開示と企業価値評価の訴求につながる企業経営の対応

サステナビリティ情報開示基準・規制への動きが非常に活発化しています。

サステナビリティ情報開示の新潮流や企業価値との関係性、日本企業が価値向上のために取
り組むべき対応について、一橋大学の加賀谷哲之教授にご講演いただきました。今回はご講
演内容と、その後のQ&Aセッション、サステナビリティ情報開示基準・規制動向に関する
アップデートを「特別企画」としてお届けいたします。

加賀谷 哲之教授 ご講演「サステナビリティ情報開示と企業価値経営」

Ⅰ サステナビリティ情報開示は統合化のフェーズに

サステナビリティ情報開示に向けての動きが著しく加速しています。人類が地球環境にかけている負荷はすでに限界値を超えているといわれており、プラネタリー・バウンダリーの問題に対して、国や環境団体だけでなく企業も説明責任を伴って主体的に取り組んでいかなければいけない状況です。特にヨーロッパ連合(EU)の動きは顕著で、EU Sustainable Finance Action Planを2018年に公表して以降、ファイナンスの世界にサステナビリティの要素を積極的に組み込んできており、その動きがいよいよ本格化しています。

一方、日本はガバナンス改革を契機にサステナビリティ情報開示、ESG情報開示が進んできたものの、開示推進はなかなか容易ではないというのが現状です。私が専門としている財務会計では、情報利用者は主に投資家や資金提供者であり、開示には利益の最大化という明快な目的があります。しかし、ESGに関する情報は、例えば気候変動と人権では想定される利用者や求められる開示内容が異なり、どこにフォーカスを当てて開示する必要があるのか判断がとても難しいです。また、その重要性も企業ごとに異なるため、これまでは各社が自発的な開示を進めてきましたが、サステナビリティ情報があまりにバラバラだと情報利用者にとっては大変使い勝手が悪いため、IFRS財団によるISSB(国際サステナビリティ基準審議会)の設置に代表されるように情報開示基準の統合化のフェーズに入り始めたと認識しています。


Ⅱ 日本企業も欧州の動きに応じたグローバルな情報開示が急務

特に大きな動きは、ISSBと欧州のCSRD(企業サステナビリティ報告指令)です。ISSBは今まで行ってきた財務の情報開示の延長線上という考えですが、CSRDは社会的な課題を解決するために企業が説明責任を果たすべき、という発想に基づき、上場企業だけでなく、EU域外企業も含めた一定規模以上の企業まで広く開示を求めています。そのため、例えば日本企業が欧州に子会社を持っている場合、子会社だけでなく日本の親会社にも開示が求められる可能性があります。

なお、欧州を含めグローバルのフレームワークそのものは比較的統一されているので、個々の企業ごとに重要なものにフォーカスして説明することがポイントとなるでしょう。


Ⅲ サステナビリティ情報開示と経済効果は相関関係にある

次に、サステナビリティ情報開示がどのような経済効果をもたらすかについてですが、これについてはかねてより数多くの研究が蓄積されており、資本コストの削減や業績向上、あるいは株価に対してもポジティブな影響があるとされています。ただ、ここで注意すべきは、因果関係ではなく相関関係を示している可能性が十分にあるということです。ESG活動に熱心に取り組める企業は経営基盤としても余裕がある企業であることが多いため、優れたESG活動が要因で資本コストが低くなったり業績が良くなったりするのではなく、もともとの経営基盤の良さによるものだという考え方もできます。そのため、相関関係を示しているというだけでは両者を結び付けるのは難しいと思います。ESG情報開示にはさまざまな項目がありますが、ステークホルダーの評価が財務的な数値に結びつき、最終的に企業価値向上につながっていくということを丁寧に説明することが不可欠です。

また、ESG評価機関の活動については、ここにきて新たな問題が顕在化しています。評価方法が不統一であるため、同じ企業に対する評価スコアが、評価機関によって異なっているケースが散見されているのです。例えば、日米の自動車メーカー2社を比較すると、2020年の3つの評価機関によるスコアにおいて、おおむねどの項目でも日本国内の大手自動車メーカーの方が高い一方、MSCIの環境スコアは米国の電気自動車メーカーの方が高くなっています。製品サービス市場で環境に貢献できるビジネスチャンスを活かせるかどうかという評価が高く、結果的にスコアが高くなったものと思われます。つまり、ESG評価機関の評価方法はさまざまであり、どの機関のどのスコアを価値に結びつくものとして評価すべきか議論が分かれるのではないかと思います。そのため、何が経済効果に結びつくのかが分からず、ESGというラベルだけで商品が売れるのであれば、ESGファンドとしてどんどんESGのラベルをつけようという、いわゆる「ESGウォッシング」が起こってしまい、見せかけだけのESGが広がる懸念があります。対策として、SEC(米国証券取引委員会)がESGラベルをつけていいかどうかを判断するためのルールを策定するなど、標準化に対する動きが加速化しています。


Ⅳ サステナビリティ経営は日本企業の成長性に対する評価を高めるトリガーになり得る

日本のガバナンス改革は、2014年に公表された伊藤レポートの「ROE(自己資本利益率)8%目標」が第一歩だったと思います。米国や欧州に比べてROEやPBR(株価純資産倍率)が低水準であることが指摘されて以降、ROE8%の壁を超える企業がずいぶん増えてきました。しかし、PBRはROEほど高まっているとは限らないことが確認されています。特に産業構造が著しく変化すると見込まれている業界において、そうした傾向が顕著です。代表的な業界がE(環境)やS(社会)の要素が産業構造の転換に大きく影響を与える自動車産業です。電気自動車への切り替えや自動運転の実用化といった変化に伴って、従来の高い利益率を将来も継続できるのかという懸念が大きくなっていることがその背景にはあります。日本企業は、特に成長性という観点で正しく評価されていない部分がありますが、解決のトリガーになる可能性がある要素の1つはサステナビリティ経営であると私は認識しています。

サステナビリティ経営はESGインテグレーション※1を実践していくということが重要ですが、ROIC(投下資本利益率)経営では、利益率も高めることが求められます。ROICに関しては一定のパフォーマンスを出している企業が増えてきているので、次はいかに戦略的に成長を期待させるかが問われます。それにあたっては、各企業が将来的なサステナビリティのメガトレンドに対してビジネスチャンスを見出し、自社の知財や無形資産で支える、あるいは対応する人材や企業文化を育てているといった成長の継続性を投資家に期待させることが重要です。つまり、サステナビリティ経営に基づく価値創造ストーリーをいかに語るかがポイントです。


Ⅴ すべての社員に方針を浸透させることを重視したサステナビリティ経営

具体例を挙げて説明しましょう。ある電気機器メーカーのサステナビリティ経営は、企業理念経営×ROIC経営×ESGインテグレーションで説明可能です。具体的には企業理念を現場の社員一人ひとりまで落とし込むという活動に力を入れています。統合報告書を見ると、例えば事業ユニットごとにESGの方針が書かれており、事業ユニットとしてESG活動を行っていくことを強く打ち出し、それを現場の社員に浸透させていくといった創意工夫をされています。つまり、サステナビリティ経営というのは、サステナビリティの意義について社員一人ひとりの理解を深めた上で、企業理念や財務、社会的事業としての持続性における認識を促し、全員経営で企業価値を高めていくことが極めて重要ということです。結果的に、この電気機器メーカーの企業価値はここ30年の数字を見ると着実に上がってきています。

単に利益率を高めるだけでは、必ずしも投資家に成長性を期待してもらえません。まずは、社会的課題の克服により自社の競争優位をさらに高めるという意識を共通認識として全社員に浸透させ、その上でそれを企業価値の向上につなげていくことが重要です。

Q&Aセッション

EY Japan CCaSSリーダー牛島慶一とサステナビリティ開示推進室長の馬野隆一郎がご講演内容に関して、加賀谷教授とQ&Aセッションを行いました。


Ⅰ 「強み」だけでなく、強みを生かしてどう変化していくのかが問われている

牛島 私は、日本企業にはビジネスを通じてサステナブルな社会の実現に貢献しながら成長する余地がまだあると信じています。企業価値や将来性の観点から、日本企業がグローバル社会で評価されるために改善すべき点や講じるべき対策について教えてください。

加賀谷 日本企業はこれまでROICなき成長を長期間続けてきましたが、ROICという指標の重要性が高まってきたことで、長期成長のための投資によって短期のROICが落ちるという点にどう対応するかが問われています。一番分かりやすいのはROIC実績を上げ続けながら成長も実現することですが、少なくともROICを落とすことなく成長するためのポートフォリオ管理を徹底していることを開示していくべきです。日本企業の開示を見ると、自社の強みだけを挙げておられることが多いのですが、それだけではその強みが将来の成長に結びつくとは限りません。もし、その強みが成長に結びつくなら、すでに成長できているはずだからです。大切なのは、サステナビリティのメガトレンドに対して、自社の強みを生かして今後何をしていくのか、過去と何を変えるのか、さらにはその新しい取組みが最終的に成長や財務にどう結びつくのかといった十分なストーリーの説明が必要となります。

牛島 「強みが市場を惹きつけるものであれば、すでに成長しているはず」という指摘は、多くの企業にとって耳の痛い話かもしれませんね。変化点を説明していくことが非常に重要ということですね。

加賀谷 例えば、航空業界は以前から気候変動により非常に厳しい状況にあり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)でさらに状況が悪化したわけですが、ある航空会社は統合報告書の中で「新たなイノベーションを生み出すのは従業員であり、そこに大きな資金を充てるために配当を無配にする」とトップメッセージとして明確に打ち出されていました。企業が何を実現しようとしているのか、成長ストーリーに理解を示す投資家も増えているのではないかと感じています。

牛島 講演の中で自動車や電気機器メーカーの事例を出していましたが、企業価値は個社特有の優位性、あるいはその会社の属する業界の特性や構造によるものとなるのでしょうか。

加賀谷 先ほどの米国の電気自動車メーカーに関しては、業界的に非常に恵まれていることと、会社としての個性や特性の両方があると思います。自動車規制で業界構造が大きく変わる中、電気自動車そのものを作り込む力や電気自動車を有効活用するために必要なリソースを蓄積して安全性などを高めていこうとする取組みを早い段階で始めるなど、競争優位の源泉を複数蓄積している点が期待感に結び付いているものと思います。他方、電気機器メーカーのケースでは2000年頃からガバナンス改革をスタートし企業価値を高めていること、業界としての利益率の高さや成長性が感じられますし、将来に向けて競争優位を獲得するための投資が十分に確保できなかった自動車ビジネスを売却したことも、より成長を期待できるビジネスに資金を割り当てる企業内メカニズムがあり、かつ財務戦略が伴っている、という成長性への期待感を集めています。つまり、新たなビジネスの機会を創出する上で、産業動向や国の動向は非常に重要な要素になりますが、それをキャッチできるような人的資本、あるいは組織資本、無形資産を兼ね備えているかというところが重要なポイントになります。社会のメガトレンドに対して自社の強みをどう作り上げていくかという発想をより強化していかなければ、競争力を高めていくことが難しい時代なのかもしれません。


Ⅱ 企業価値評価の推進には「自由演技」で将来に向けたストーリーを発信することが大切

馬野 今後は有価証券報告書(以下、有報)の中でもサステナビリティ情報の記載が求められ、企業価値評価につながるような情報開示が法定開示の中でも求められます。有報や統合報告書など、さまざまな企業情報開示媒体を企業はどう使い分けていけば良いでしょうか。

加賀谷 いわゆる「規定演技」として標準化が求められているものに対しては、規制の中で着実に開示をしていくべきですが、その先は各社のスタンスによります。法定開示で求められるのは過去情報が多く、標準化しやすい情報が掲載されやすいため自社の持続的な企業価値創造に関わる取組みを語るには限度があるという見方もありますが、たとえ将来のことであっても有報の中で一貫して開示していくという企業もあります。一方、「自由演技」に比重を置いて自社の価値創造プロセスをしっかりフィードバックしていきたいという観点から情報チャネルを選択している企業もあり、各企業が媒体ごとの開示戦略を取り始めていると思います。いずれの場合も、大切なのはどこで何を開示するのか投資家にしっかりと伝え、ステークホルダーに確実に伝わる情報開示を行うことです。

馬野 サステナビリティの取組みを企業価値評価の訴求につなげるためには自由演技の部分、つまり独自性や将来に向けたストーリー、またどの媒体を使って開示していくかの明確な方針づくりが大切だということを再認識できました。

牛島 昨今、財務と非財務の境界が曖昧になってきており、私たちも外部不経済※2やインパクトの可視化、計測、費用化に挑戦しはじめています。例えば、温暖化ガスなどはカーボンプライシングといった考え方があり、財務への統合や、投資判断への活用が比較的容易です。しかし、社会貢献活動や昨今の人的資本などは、今後、会計や企業財務、IRでどのように扱っていくべきでしょうか。

加賀谷 確かに、事業が社会に与えるインパクトを費用として、財務あるいは管理会計の世界に織り込んでいく企業はすでに出始めています。しかし、広く社会のベネフィットになることがお客さまの評価に結びついて売上につながる、あるいは社員のモチベーションのプラスになるといったポジティブな効果についてはそうしたロジックがあることは示されつつも、定量的な結びつきは十分に裏付ける企業は皆無であり、まだ仮説段階といえます。

牛島 企業によって経営上重視するESG要素やインパクトは異なるので、計測方法の標準化や比較可能性の担保などは難題として残るものの、企業が経営戦略を遂行する上で、振り返ってESGへの投資と財務がどのような結びつきにあるのかを検証するために、まずは取組みを可視化、定量化してしっかり管理できる体制に持っていこうという段階であるということでしょうか。

加賀谷 おっしゃる通りです。ガバナンス行動を体系的に行っていくプロセス構築の取組みを、各企業で進めている状況にあると思います。

馬野 サステナビリティ経営や開示は、取組み先行企業であっても難しさを感じていらっしゃる企業も多いと思います。本日のお話で、企業によって取組みステージが異なるものの、自社の価値訴求、長期的な経営の持続という側面から必要な情報を定義し、情報を可視化することの重要性を改めて認識できました。また、その中でTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)で言われている、ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標の4項目で整理しながら、自分たちの取組みの進捗を開示していく、その活動を進めるのに重要な視点を多く得られたと思います。

加賀谷 企業価値創造の取組みはかなり長い道のりだと思いますが、前進しなければ取組みは加速していきませんし、前進すること自体が世の中に求められる時代になっています。ぜひサステナビリティ経営に関しての活動を継続的に進めていただければと思います。

牛島・馬野 本日は貴重なお話をありがとうございました。

当法人サステナビリティ開示推進室からのアップデート

  • 「企業内容等の開示に関する内閣府令案」等の改正対応ポイント
  • サステナビリティ情報開示の国際動向


Ⅰ 「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案 対応ポイント

内閣府令の改正案は、2023年3月31日以降に終了する事業年度から適用予定となりますが、サステナリビリティ全般に関する開示と人的資本・多様性に関する開示の2つが主なポイントとして挙げられます。
改正内容の1つ目は、有報の事業の状況に記載する形で、サステナビリティ情報の記載欄が新設される点です。ここにサステナビリティに関する考え方や取組内容を開示していきますが、この開示においては、ガバナンス・戦略・リスク管理・指標及び目標(TCFDの4つの柱と同様)に整理して記載します。

また、人的資本・多様性に関する開示ですが、主な改正内容の1つ目としては、人材の多様性の確保を含む人材育成の方針や社内環境整備の方針及び当該方針に関する指標の内容等について、必須記載事項とされている点です。2つ目は多様性に関する指標として、女性活躍推進法等に基づき「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」及び「男女間賃金格差」の記載が求められている点です。

この背景として、これまでヒトは「資源」であり「コスト」と考えられてきましたが、近年ではヒトは「資本」であり「投資」の対象として、サステナビリティ経営の重要な要素であると考えられるようになり、企業の重要な無形資産として捉えられるようになっていることが挙げられます。これらの人的資本・多様性に関する開示については、経営戦略上も重要と考えられる人材戦略の目標をKPIとして定め、その目標達成によりどのような価値を創造し、競争力を確保できるのか、ストーリーをもって示すことが重要と思われます。


Ⅱ 昨年のTCFD情報開示分析から見えてきた今後の気候変動対応の課題

ここでは当法人が2022年に行った日経225銘柄のTCFD開示情報の集計分析から見えてきた課題を共有します。まず、「ガバナンス」については、気候関連リスク及び機会について取締役会での報告体制を構築している企業は9割以上となりましたが、一方で気候変動対応の目標に対するパフォーマンスが社内報酬制度と結びついている企業は、3割弱程度となっているなど、ESGを意識した経営のためのガバナンス体制の構築に関して取り組むべき課題が残されているといえます。また、「戦略」では、リスクの定量化が充実している傾向が見られましたが、機会の定量化を行っている企業は比較的少なく、双方の開示のバランスが今後の課題になってくると考えられます。


Ⅲ 国際動向ではCSRDなどの義務化が進み、日本企業も早急な対応が求められる

海外ではSECの開示規則案やCSRD(企業サステナビリティ報告指令)など規制当局による開示の義務化が急速に進んでいますが、日本企業に特に影響が大きいと思われるのがCSRDです。これまで欧州ではNFRD(非財務情報開示指令)があり、これまではEU域内の上場企業や銀行等のみに適用されていました。しかし、今後はCSRDによってEU域内に進出している日系企業の子会社も含め5万社近くの企業が対象となり、2028年度からは欧州で活動する日本企業も連結ベースでサステナビリティ情報開示の義務を負うことになります。また、気候変動や環境汚染のほか自社の従業員、バリューチェーンの労働者、影響を受けるコミュニティー、消費者およびエンドユーザーといった多岐にわたるトピックについての開示が求められますので、現状において自社がどこまで対応可能なデータを持っているのかという分析から、早急な対応が必要です。

加えて、CSRD対象企業が報告するサステナビリティ情報については第三者による保証をつけることが義務化されます。欧州では財務諸表監査を行っている法定監査人と同一の監査法人によって非財務情報の保証を行っているというケースが多くありますが、日本では法定監査人による非財務情報の保証が5割程度にとどまっており、今後は日本でも同様の動きが広がってくるものと考えられます。

※1 ここでは、サステナビリティ経営で重要となる環境(E)や社会(S)、ガバナンス(G)をビジネスモデルや経営戦略に織り込むプロセスのことを指しています。

※2 公害など、企業と購買者などの当事者以外に影響を与える不利益が、個人や企業に悪い効果を与えること。

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  • 「情報センサー2023年3月号 特別企画」をダウンロード

サマリー

サステナビリティ情報開示の新潮流や企業価値との関係性、日本企業が価値向上のために取り組むべき対応について、一橋大学の加賀谷哲之教授にご講演いただきました。今回はご講演内容と、その後のQ&Aセッション、サステナビリティ情報開示基準・規制動向に関するアップデートを「特別企画」としてお届けします。

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