EY Japan CCaSSリーダー牛島慶一とサステナビリティ開示推進室長の馬野隆一郎がご講演内容に関して、加賀谷教授とQ&Aセッションを行いました。
Ⅰ 「強み」だけでなく、強みを生かしてどう変化していくのかが問われている
牛島 私は、日本企業にはビジネスを通じてサステナブルな社会の実現に貢献しながら成長する余地がまだあると信じています。企業価値や将来性の観点から、日本企業がグローバル社会で評価されるために改善すべき点や講じるべき対策について教えてください。
加賀谷 日本企業はこれまでROICなき成長を長期間続けてきましたが、ROICという指標の重要性が高まってきたことで、長期成長のための投資によって短期のROICが落ちるという点にどう対応するかが問われています。一番分かりやすいのはROIC実績を上げ続けながら成長も実現することですが、少なくともROICを落とすことなく成長するためのポートフォリオ管理を徹底していることを開示していくべきです。日本企業の開示を見ると、自社の強みだけを挙げておられることが多いのですが、それだけではその強みが将来の成長に結びつくとは限りません。もし、その強みが成長に結びつくなら、すでに成長できているはずだからです。大切なのは、サステナビリティのメガトレンドに対して、自社の強みを生かして今後何をしていくのか、過去と何を変えるのか、さらにはその新しい取組みが最終的に成長や財務にどう結びつくのかといった十分なストーリーの説明が必要となります。
牛島 「強みが市場を惹きつけるものであれば、すでに成長しているはず」という指摘は、多くの企業にとって耳の痛い話かもしれませんね。変化点を説明していくことが非常に重要ということですね。
加賀谷 例えば、航空業界は以前から気候変動により非常に厳しい状況にあり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)でさらに状況が悪化したわけですが、ある航空会社は統合報告書の中で「新たなイノベーションを生み出すのは従業員であり、そこに大きな資金を充てるために配当を無配にする」とトップメッセージとして明確に打ち出されていました。企業が何を実現しようとしているのか、成長ストーリーに理解を示す投資家も増えているのではないかと感じています。
牛島 講演の中で自動車や電気機器メーカーの事例を出していましたが、企業価値は個社特有の優位性、あるいはその会社の属する業界の特性や構造によるものとなるのでしょうか。
加賀谷 先ほどの米国の電気自動車メーカーに関しては、業界的に非常に恵まれていることと、会社としての個性や特性の両方があると思います。自動車規制で業界構造が大きく変わる中、電気自動車そのものを作り込む力や電気自動車を有効活用するために必要なリソースを蓄積して安全性などを高めていこうとする取組みを早い段階で始めるなど、競争優位の源泉を複数蓄積している点が期待感に結び付いているものと思います。他方、電気機器メーカーのケースでは2000年頃からガバナンス改革をスタートし企業価値を高めていること、業界としての利益率の高さや成長性が感じられますし、将来に向けて競争優位を獲得するための投資が十分に確保できなかった自動車ビジネスを売却したことも、より成長を期待できるビジネスに資金を割り当てる企業内メカニズムがあり、かつ財務戦略が伴っている、という成長性への期待感を集めています。つまり、新たなビジネスの機会を創出する上で、産業動向や国の動向は非常に重要な要素になりますが、それをキャッチできるような人的資本、あるいは組織資本、無形資産を兼ね備えているかというところが重要なポイントになります。社会のメガトレンドに対して自社の強みをどう作り上げていくかという発想をより強化していかなければ、競争力を高めていくことが難しい時代なのかもしれません。
Ⅱ 企業価値評価の推進には「自由演技」で将来に向けたストーリーを発信することが大切
馬野 今後は有価証券報告書(以下、有報)の中でもサステナビリティ情報の記載が求められ、企業価値評価につながるような情報開示が法定開示の中でも求められます。有報や統合報告書など、さまざまな企業情報開示媒体を企業はどう使い分けていけば良いでしょうか。
加賀谷 いわゆる「規定演技」として標準化が求められているものに対しては、規制の中で着実に開示をしていくべきですが、その先は各社のスタンスによります。法定開示で求められるのは過去情報が多く、標準化しやすい情報が掲載されやすいため自社の持続的な企業価値創造に関わる取組みを語るには限度があるという見方もありますが、たとえ将来のことであっても有報の中で一貫して開示していくという企業もあります。一方、「自由演技」に比重を置いて自社の価値創造プロセスをしっかりフィードバックしていきたいという観点から情報チャネルを選択している企業もあり、各企業が媒体ごとの開示戦略を取り始めていると思います。いずれの場合も、大切なのはどこで何を開示するのか投資家にしっかりと伝え、ステークホルダーに確実に伝わる情報開示を行うことです。
馬野 サステナビリティの取組みを企業価値評価の訴求につなげるためには自由演技の部分、つまり独自性や将来に向けたストーリー、またどの媒体を使って開示していくかの明確な方針づくりが大切だということを再認識できました。
牛島 昨今、財務と非財務の境界が曖昧になってきており、私たちも外部不経済※2やインパクトの可視化、計測、費用化に挑戦しはじめています。例えば、温暖化ガスなどはカーボンプライシングといった考え方があり、財務への統合や、投資判断への活用が比較的容易です。しかし、社会貢献活動や昨今の人的資本などは、今後、会計や企業財務、IRでどのように扱っていくべきでしょうか。
加賀谷 確かに、事業が社会に与えるインパクトを費用として、財務あるいは管理会計の世界に織り込んでいく企業はすでに出始めています。しかし、広く社会のベネフィットになることがお客さまの評価に結びついて売上につながる、あるいは社員のモチベーションのプラスになるといったポジティブな効果についてはそうしたロジックがあることは示されつつも、定量的な結びつきは十分に裏付ける企業は皆無であり、まだ仮説段階といえます。
牛島 企業によって経営上重視するESG要素やインパクトは異なるので、計測方法の標準化や比較可能性の担保などは難題として残るものの、企業が経営戦略を遂行する上で、振り返ってESGへの投資と財務がどのような結びつきにあるのかを検証するために、まずは取組みを可視化、定量化してしっかり管理できる体制に持っていこうという段階であるということでしょうか。
加賀谷 おっしゃる通りです。ガバナンス行動を体系的に行っていくプロセス構築の取組みを、各企業で進めている状況にあると思います。
馬野 サステナビリティ経営や開示は、取組み先行企業であっても難しさを感じていらっしゃる企業も多いと思います。本日のお話で、企業によって取組みステージが異なるものの、自社の価値訴求、長期的な経営の持続という側面から必要な情報を定義し、情報を可視化することの重要性を改めて認識できました。また、その中でTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)で言われている、ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標の4項目で整理しながら、自分たちの取組みの進捗を開示していく、その活動を進めるのに重要な視点を多く得られたと思います。
加賀谷 企業価値創造の取組みはかなり長い道のりだと思いますが、前進しなければ取組みは加速していきませんし、前進すること自体が世の中に求められる時代になっています。ぜひサステナビリティ経営に関しての活動を継続的に進めていただければと思います。
牛島・馬野 本日は貴重なお話をありがとうございました。