ITの時代だからこそ「人の心」と向き合う
片倉 組織として、個人として、ウェルビーイングの在るべき姿に近づくためには、やはり何らかのサポートが必要です。その一つが、矢野さんが開発したアプリ「ハピネスプラネット」だと思います。個人レベルで日々の小さなチャレンジを続け、グループとしてもつながれる。その結果としての「ハピネス関係度」を自分で測定したり、成長を確認したりできるという、とても楽しいアプリです。矢野さんの著書でも紹介されていますが、事例もあり、読んでいるだけでポジティブな気持ちになりました。「ハピネスプラネット」の開発秘話などがありましたら、お聞かせいただけますか。
矢野 「ハピネスプラネット」では、毎朝、今日は何にチャレンジするか自分で決めて宣言することを行います。これは、1日を前向きに始めることが幸福度の向上につながるというデータに基づいています。また、心理学的に、人は一度にたくさんのことに注意を向けられません。ですから例えば、昨日100の経験をして、そのうち99がポジティブなことであったとしても、残り1がネガティブなことであれば、そちらに注意が向いて「昨日は最悪の1日だった」という、事実とは異なる認識になりがちです。そこでアプリでは、「実はこんなに良いことがあった」ということに気づけるようにしています。
片倉 グループでチャレンジを共有したり、お互いに応援できるところもアプリの良さですね。
矢野 ITを使った企業内コミュニケーションツールは、機能優先で味気ないものがほとんどだと思いますが、私はそこに少し人間的な要素を加えたかったのです。それが、一人ひとりの前向きな決意表明や、それを応援するグループのメッセージという形になりました。人は機械や歯車ではなく、一人ひとりが心を持って生きているという、基本的なことをあらためて正面から捉えて仕事の場に取り入れることは、企業として当たり前のことだと考えています。
片倉 素晴らしいお考えです。
矢野 EYにおけるウェルビーイングの取り組みは、どのように行われているのですか。
片倉 私どもでは、ウェルビーイングを「個人のPurposeと組織のPurposeとの結びつきが高いこと」、「個人の自己実現のために選択の機会があり、自己決定ができること」と捉え、プロフェッショナルとしてのキャリア構築や成長だけでなく、個々の価値観に合った柔軟な働き方への取り組みも進めています。まだ、幸福度の定量化までには至っていませんが、3カ月に1回、職員のエンゲージメントを測定する中でウェルビーイングの指標を取り入れています。また、監査・保証業務においては、これからどのように企業価値が測定されていくのか、そのためにどのような情報開示が必要なのかといったことについて、企業を評価する立場のステークホルダーともコミュニケーションしつつ、LTV(Long-term value:長期的価値)の創造に向けたフレームワークや指標の策定を始めています。現在議論が始まっている気候変動リスクのように、いずれウェルビーイングが世界的な取り組みになる時代が来ると考えています。その時に社会が期待する役割を果たせるよう、準備を進めてまいります。
矢野 時代は急速に変化しているので、ウェルビーイングが世界の課題になる日は、そう遠いことではないでしょうし、そうでなければいけないと思います。