第1章
AIが持つ潜在的な力を活用するために製造業のリーダーが実行可能な5つの取り組み
企業はAIを活用し、真の価値を引き出すことができます。
不確実な状況にあるとはいえ、AI導入の準備を確実に整えるために、製造業のリーダーが今、講じることのできる対策があります。EYでは、AI導入の課題に対処するための、セクターの枠を超えた5つの取り組みを特定しました。この取り組みでは、「今すぐ」と「後でしっかり」の2つの異なる対応が必要です。
技術が急速に進歩しているので、この5つの取り組みは2段階に分けて進める必要があります。「今すぐ」の推奨策は、最小限の投資しか必要とせず、最小限の混乱しか生じさせず、複数の要素で構成されており、また短期間で目に見える成果を上げられるはずです。成果が積み上がり、勢いを得るにつれ、「今すぐ」の推奨策は、「後でしっかり」の提案策に移行します。将来を見据えたこの提案には、トップダウン型の戦略の取りまとめと資本配分が必要であり、AI導入への取り組みを拡大するための持続可能なフライホイールを構築する必要があります。
この5つの主な取り組みは、戦略と業務目的に沿った、採算性の高いAI導入の実現に役立つはずです。
AI導入への取り組み | AIの価値を実現するオフィスを設置し、それをコントロールタワーに進化させる | 将来のシナリオを模索し、AIに対してそれに合わせたアプローチをとる | 従業員のリスキリング計画を策定する | データアーキテクチャ・アセスメントを策定し、アップグレードのロードマップを作成する | AIエコシステムパートナーシップを構築する |
今すぐ | 担当範囲を絞ったAIの価値を実現するオフィスを設置し、その実験と学びを繰り返すテスト・アンド・ラーンの責任を経営幹部が負う | 逆算プランニングでAIをビジネス価値につなげる | スキルアセスメントを策定し、リスキリングのニーズを把握する | データアーキテクチャ・アセスメント | AIエコシステムと補完的ケイパビリティをマッピングし、パイロットプロジェクトを開始する |
後でしっかり | AIの価値を実現するオフィスを拡充し、コントロールタワーにする | 継続的なリソース配分で、領域をまたいだ会社の変革を加速させる | リスキリング計画を策定・実施する | データ戦略を実行し、ROIと影響、実現性に基づき段階的なアップグレードを図る | 主要な評価基準を用いて、小規模ながらも強固な、パートナーのAIエコシステムを支える |
取り組み1:「AIの価値を実現するオフィス」を設置し、それをコントロールタワーに進化させる
製造業企業は、AIに関わる試験的試みとリソースを合理化し、それをビジネス成果につなげる部署を立ち上げるべきです。価値を実現するオフィスは、ナレッジ共有の取りまとめとガバナンスの構築を担いますが、その主たる目的は便益の実現と、プロジェクトとリスクマネジメントの実施、リソースの最適化です。
価値を実現するオフィスは小さな規模でスタートさせても構いませんが、全社的なAI導入への取り組みから最大限の価値を引き出すには、このオフィスを本格的な「コントロールタワー」に進化させなければなりません。コントロールタワーはAI戦略を担当し、全社的な取り組みのかじ取りをする最上位部署です。さまざまな部門に資本を配分し、部門間でリソースを調整する権限があります。
今すぐ:担当範囲を絞ったAIの価値を実現するオフィスを設置し、その実験と学びを繰り返すテスト・アンド・ラーンの責任を経営幹部が負う
AIを試験的に導入する1つの方法が、1つの部署内に簡単なプロジェクトマネジメントオフィスを設置し、それを価値を実現するオフィスにすることです。この取り組みでは、さまざまな専門分野を持つステークホルダーを取り込み、経営幹部の支援を受けて、優先度が高いプロジェクトや、成果がすぐ出るプロジェクトに重点を置くとともに、ガバナンスの実践を積極的に分析し、ビジネス上の新たな要件に合わせてその実践を変える必要があります。生成AIとローコードやノーコードのような使いやすいテクノロジーを活用することで、試験的試みの技術的ハードルが低くなり、技術畑ではない人材が早期に参加できるようになります。そのすべてが、賛同者を増やし、専門知識を醸成し、アジリティを高め、価値を創造する活動を可能にするのです。
後でしっかり:AIの価値を実現するオフィスを拡充し、コントロールタワーにする
価値を実現するオフィスの信頼性の向上と担当範囲の拡大に伴い、経営幹部による監督を強化した上で、その自律性と責任を拡大させることにより、AI導入の規模を拡大できます。このオフィスを、全社的なプロジェクトの取りまとめに欠かせない正式な地位とガバナンス体制、リソースを備えたコントロールタワーに進化させるべきです。コントロールタワーが、リスキリングニーズへの対応とデータインフラのアップグレード、エコシステム戦略の取りまとめも担うことになると考えられます。
取り組み2:将来のシナリオを模索し、AIに対してそれに合わせたアプローチをとる
AIの潜在的なユースケースは数々ありますが、企業はそのユースケースを全体的な戦略やビジョンに整合させることに苦労する場合が少なくありません。
AIがもたらす可能性のある影響と利益に関するシナリオを把握することで、企業はリソースの配分と取り組みの優先順位付けをより効率的に行えるようになります。
今すぐ:逆算プランニングでAIをビジネス価値につなげる
AIに関する全体的なビジョンに沿った重点的な取り組みを策定するには、まず、逆算プランニングで、AIが会社とセクターに及ぼす可能性のある影響を把握する必要があります。将来のシナリオは、規制、マクロ経済、サプライチェーン、リソース面の制約を考慮に入れ、AI活動をビジネス価値に結び付けるものでなければなりません。
後でしっかり:継続的なリソース配分で、領域をまたいだ会社の変革を加速させる
価値を実現するオフィスをコントロールタワーへと移行させるために、トップダウン型のシナリオプランニングや資本配分と、ボトムアップ型の学びや活動を組み合わせましょう。シナリオは、リスキリング計画に必要なスキルや、データアーキテクチャのアップグレードに必要なデータ要件、エコシステム戦略に必要な新しいコンピテンシーを把握する上での参考にもなります。
取り組み3:従業員のリスキリング計画を策定する
AIの機能が急速に進歩し、より幅広い作業を、より簡単かつより精巧に行うことができるようになり、AIが仕事と人材に広くプラスの影響を及ぼすのではないかと期待する声が広がっています。
特に生成AIは、コードや電子メール、画像、プレゼン資料のような創造的・分析的なアウトプットを生成するだけではありません。生産現場の「ブルーカラー」職や「ニューカラー」職に取って代わる可能性があります。AIを活用した産業ロボットは物体認識や学習、調整などのスキルの向上により、自らの果たす役割を拡大させています。生成AIは、予期せぬダウンタイムを削減する能力を高め、また予測精度を上げて、工場の適応力と効率性を向上させることができると考えられます。
AIが果たす役割の拡大で、従業員は今後、AI利用の習熟と、生成AI時代に重要性を増すであろう、品質保証やコンテンツ統合、顧客エンゲージメントなどのコンピテンシーの向上を目的としたリスキリングを余儀なくされるでしょう。
今すぐ:スキルアセスメントを策定し、リスキリングのニーズを把握する
まず、AIが担う可能性が高いタスクは何かと、労働者に必要なコンピテンシーは何かを見極めましょう。特にブルーカラーについては、生成AIが及ぼす影響はこれまであまり掘り下げて検証されていません。
後でしっかり:リスキリング計画を策定・実施する
企業は、常に変化するスキルのニーズに対応できる継続学習文化の醸成に努めなければなりません。リスキリングをキャリアアップと金銭的報酬に結びつけるインセンティブ策が重要な役割を果たす可能性があります。また、イノベーションの種を見つけ、イノベーションを奨励することで、企業は有能な人材の従業員エンゲージメントを維持すると同時に、必要なスキルセットを備えた新しい人材を獲得することができます。
取り組み4:データアーキテクチャ・アセスメントを策定し、アップグレードのロードマップを作成する
企業はこれまで、まとまりのあるデータ戦略なしに、OTに的を絞ったポイントソリューションを採用してきました。しかし、組織全体でAIの導入を効果的に進めるには、適したデータアーキテクチャの構築が欠かせません。この課題を複雑にしているのは、(構造化データを用いる)従来型AIと(非構造化データの処理に優れた)生成AIで使用するデータの種類が異なることです。全従業員が生成AIを利用できるようにするためには、大規模言語モデル(LLM)に業務手順とベストプラクティスを学習させ、会社の「ナレッジグラフ」を構築する必要があります。しかし、そうした情報のほとんどは従業員の頭の中にしか存在していないことが多く、正式に体系化されていない可能性があり、ましてデジタル形式で保存されていることはないかもしれません。
今すぐ:データアーキテクチャ・アセスメントを実施する
データアーキテクチャを評価し、プロセス設計と依存関係、データの質とセキュリティを把握しなければなりません。適切なベンチマークはパフォーマンスの基準になり、AIの将来のユースケースを支えることができます。段階的なアップグレードと、対応するユースケースの潜在的なROIを組み合わせて、考えられるシステムアップグレード・シナリオをマッピングしましょう。ガバナンスを見直し、強化して、レガシーリスク(データプライバシーやバイアス、サイバーセキュリティなど)に加え、AIの新たなユースケースがもたらす新たなリスクもカバーする必要があります。
後でしっかり:データ戦略を実行し、ROIと影響、実現性に基づき段階的なアップグレードを図る
インフラのマッピングが終わったら、AIアプリケーションに必要なデータを収集、保存、管理する戦略が必要になります。最初のステップは、どのようなプロセスがデータの質を高めるかを見極め、そのプロセスを導入することです。次のステップで、ROI重視の段階的アプローチでデータを取得し、新しいユースケースを導入することができます。AIモデルのテストと導入に必要な過去のデータの不足を補う必要がある場合の「合成」データを含めた、新しいデータを取得する機会を探りましょう。
取り組み5:AIエコシステムパートナーシップを構築する
企業は、複雑なサプライチェーンパートナーエコシステムの管理に慣れています。サプライチェーンでも、AIパートナーシップでも、パートナーの審査とパフォーマンス基準の設定、パートナーシップコストの管理は重要です。
一方、AIソリューションには中央システムへの接続と適応力、長期間にわたる管理が必要になるため、AIパートナーシップでは統合の複雑さと深さが増します。パートナーが増えるごとに、統合と管理のコストが増大し、テクノロジースタックの取りまとめに影響が及ぶのです。AIパートナーの業績不振は、従来のサプライチェーンパートナーのそれより、大きなダメージをもたらしかねません。
今すぐ:AIエコシステムと補完的ケイパビリティをマッピングし、パイロットプロジェクトを開始する
AIプロジェクトのパートナーを選ぶ際、企業は自社のAI能力、成熟度、エコシステムを、新たなベストプラクティスと比較しましょう。補完的ケイパビリティと経験を備えたパートナーとエコシステムは、スキルとテクノロジー、導入のギャップを補うことができます。その一方で、新しいパートナーとエコシステム関係には新しいガバナンス体制が必要です。複数の事業者と早期にパートナーシップを締結し、小規模なパイロットプロジェクトの機会を把握すれば、大型のAIプロジェクトを手がける前に経験を積むことができます。
後でしっかり:主要な評価基準を用いて、小規模ながらも強固な、パートナーのAIエコシステムを支える
AIパートナーエコシステムが進化する中、エコシステム関係を評価する主要な基準を確立することが不可欠です。これは、重要度の高いパートナーを選別し、そのパートナーと関係を築く一方、価値をもたらせなかったり、将来のニーズに対応できなかったりする不要なパートナーを断固とした姿勢で排除する上で役立ちます。エコシステムの進化に合わせて、担当部門とガバナンス、ベストプラクティスの戦略も進化させなければなりません。
企業の主要な課題に対処する5つの取り組みの効果
出所:EYの分析結果、2023年12月
AI導入時に企業が検討すべき主な課題
企業は常に、OTを重視してきました。AIがこの傾向を逆転させることはないでしょうが、IT/OTコンバージェンスの深化を後押しすると考えられます。ビジネス主導型のポイントソリューションは数が増え、OTデータの標準化と相互運用性の確保が必要になりそうです。そのため、企業は成熟したデータアーキテクチャの必要性を認識し、それを受けてITに妥当な投資をし、AIが持続的かつ安全に価値をもたらすことができる体制を整えなければなりません。AIはテクノロジーがなければ力を発揮できませんが、AIの導入は企業が主導すべきです。
AIが企業にもたらすことができる便益の多くは、基本的な業務で生じます。そのため、そうした業務をAI導入前に内製化する必要があります。これは、単なるテクノロジーのアップグレードではありません。組織と文化のアップグレードでもあるのです。
サプライチェーンは何世紀も前に誕生し、常に新たなテクノロジーを活用し、適応と改善を行ってきました。現在、レジリエンスと費用対効果が高く、予測がしやすいサプライチェーンと言えば、AIを活用したサプライチェーンです。
AIを一時的な流行とみる人もいますが、AIは転換を促す「スイッチ」ではなく、長期的な取り組みの「ジャーニー」であるということを記憶にとどめておくことをお勧めします。
本稿の作成に当たり、EY Global Advanced Manufacturing & Mobility Analyst, Ernst & Young LLPのFrancisco AlmeidaとEY Global Advanced Manufacturing & Mobility Analyst, Ernst & Young LLPのMichael S Fiske、Director, EY Global Advanced Manufacturing & Mobility Lead Analyst, Ernst & Young LLPのAnil Valsan、Director, EY Knowledge Insights, Ernst & Young LLPのGautam Jaggi、EY-Parthenon Global Advanced Manufacturing & Mobility LeaderのClaudio Knizekが協力してくれました。ここに感謝の意を表します。
サマリー
AIの秘めた、変革とディスラプションを起こす力を活用するため、企業は業務のAI化を進めています。その一方で、AIの導入はサプライチェーンや戦略、人材、ITに関わるものを中心に、複雑な課題をもたらしてもいます。
より戦略と業務目的に沿った、採算性の高いAI導入へと企業を導く上で有効な取り組みが5つあります。これらの取り組みには、価値を実現するオフィスの設置、将来のシナリオに沿ったAI戦略の策定、従業員のリスキリング計画の策定、データアーキテクチャをアップグレードするためのロードマップの作成、AIエコシステムパートナーシップのキュレーションが含まれます。