第1章
企業はどのように変革を進めているのか
日常業務と、より複雑な形でビジネスに貢献する業務とのバランスを取るには、新たな投資が必要になる可能性があります。
前述したように、日常業務とより広範な事業目標に貢献できるもっと複雑な業務とのバランスをうまく取るため、多くの企業がオペレーティングモデルの変革を検討しているか、すでに実施中です。
コストが重視される中、税務・財務部門の予算が日常業務から戦略的業務へとシフトしているのは当然のことかもしれません。また、国際的な最低法人税率を新たに導入で新たな合意がなされるなど、世界の税制が最近大きく変わっていることを考えると、これは理にかなっていると言えます。
このようにリソースの配分を戦略的に考えることは、現在の状況に対応するだけでなく、避けることのできない将来の規制の変更に備える上でも有用です。
つまり企業が税務コンプライアンスのような日常業務から予算をシフトするのであれば、費用を効果的に再配分する必要があるということです。
これは、SAP社がEYのグローバルネットワークとテクノロジーへの投資を活用して、自社の税務コンプライアンス能力を向上させた経験からも明らかです。
「デジタル化とグローバル化は経済に大きなインパクトを与えており、その影響は世界中の人々の生活にも及んでいます」とSAP SEのHead of Global TaxであるKirsten Birnbaum氏は述べています。「今後も影響が拡大することは確実です。グローバルな専門家ネットワークと連携し、当社のテクノロジーを共同利用することで、私たちは税務コンプライアンスの実現効率を大幅に向上させることができました。戦略的な業務に集中する余裕が生まれ、それが当社にとって大きなメリットになっています」
高度なテクノロジーを持つことの重要性は計り知れません。調査回答者の70%(売上高300億米ドル以上の組織:85%、日本企業:83%)は、今後3年間に200万米ドル以上の投資を行うつもりであると回答しています。
また、税務・財務部門は、人材・法規制・テクノロジーとデータという3つの課題を特に重視する必要があります。これらすべてを解決することで、より大きな力を発揮できるようになるかもしれません。
第2章
人材確保がますます困難に
パンデミック以降、労働者がより柔軟性を求めるようになったことで、企業、そしてその税務・財務部門にはさらなる課題が生じています。
税務・財務部門を含むすべての事業部門が、適切な人材の獲得と定着させることの難しさに頭を悩ませています。パンデミック以前から、柔軟な勤務形態、異動の機会、ウェルビーイングの向上、専門的な能力の開発や昇進への期待など、さまざまな形の柔軟性が求められるようになっていました。また、働く場所や働き方だけでなく、働く理由も重視されるようになっており、自社の価値観やESG方針を従業員の価値観と一致させる必要性が高まっています。
パンデミックはこうした職場環境の変化を加速させ、雇用主はより柔軟な働き方を可能にするという事業計画の課題に至急取り組むことになりました。この課題には、例えば、オンサイトで業務にあたる従業員のための新しい安全衛生プロトコルの導入、リモートワークの促進に役立つ適切なテクノロジーの確保や通常業務の確実な進行管理などがありました。
このような柔軟な働き方、特にリモートワークは定着してきています。EYの2021年Work Reimagined Employee Survey(働き方改革に関する従業員調査)(英語版のみ)によると、回答者の約9割が働く場所や時間の柔軟性を求めており、54%はそうした柔軟性がなければ辞める可能性があると答えています。同時に、35%の雇用者が、パンデミック後はオフィス出社への完全復帰を望んでいます。「大量退職時代」が話題になり、多くの業界が労働力不足に直面している今、当然のことながら労働者は以前よりも影響力を持っています。しかし同調査によれば、辞職するのは単に新たに得たこの力を行使するためだけではなく、より充実した経験ができるような職(異動)を求めてのことなのです。
もちろん、労働者によって求めるものは異なり、パンデミック中に採用され、同僚と直接会うことがないまま退職する人が増えていることから、職場での人間関係の充実を望む人も大勢います。しかし、都市部から生活費の安い地方に移り住んだケースや、パンデミック中に家族の近くにいるために他国に移り、戻りたがらないというケースなど、かつてないほど多くの企業が、「恒久的施設」を設定した国・地域での税務コンプライアンスや報告義務の問題に直面しています。実際にTFO調査では、回答者の55%が、パンデミックの影響で従業員がリモートワークを続けることにより、今後2年間で恒久的施設に関するリスクが増えると予想しています。こうしたリスクは、場所を問わずに働くことが当たり前になるほど高まるでしょう。
これと同時に発生しているのが、税務の専門知識に加えてデータ、プロセス、テクノロジーに関するスキルを適切に身に付けている人材不足です。調査回答者の95%(日本企業:100%)が、向こう2年以内に、自社の税務・財務担当者が税務スキルに加えてデータ、プロセス、テクノロジーに関するスキルを強化する必要があると考えています。
また、人手が不足している一部の業界で専門的スキルを持った人材を見つけることが難しいように、このような最新の税務スキルを持つ専門家を見つけ採用できることは極めてまれです。
多くの場合、データ活用の知識も豊富で義務の順守や企業全体に知見の提供ができる税務の専門家を育成することに多大の投資をしているベンダーと連携する方が効率的です。
「柔軟性は、従業員にとってお金と同様に重要なものです。実際、54%の回答者はそれがなければ辞めると答えています」と、EY Americas Vice Chair – TaxのMarna Rickerは述べています。「税務・財務分野の人材不足、遠隔地で働く従業員の税のトラッキングと報告、そして費用対効果の高い変革の必要性の間で、税務・財務部門の影響力を早期に高めるために、企業はますます税務とテクノロジーの両方の見識を持つサービスプロバイダーに頼るようになっています」
第3章
法規制の変更のペースが加速
急速に進む法規制の変更のペースはパンデミック中にさらに加速し、その勢いは止まりません。
パンデミックが発生し、法規制は大きく変わりました。各国政府は33兆6,000億米ドル以上を支援策や刺激策につぎ込みましたが、国際通貨基金(IMF)によると、これは世界の国内総生産(GDP)の39%に相当します。多くの場合、救済策は税制上の措置であって一時的なものです。
世界がパンデミックから抜け出そうとしていく中で、税務・財務部門は一時的な政策からの巻き戻し、長期的な視点への回帰、コロナ禍以前にすでに進みつつあった税制改革に取り組まなければなりません。
「各国政府は財政の安定性を重視しており、パンデミックに費やした費用を回収しようとするでしょう」とEY Asia-Pacific Tax LeaderのEng Ping Yeoは述べています。「つまり、すでに急速に進んでいる法規制の変更のペースが加速するかもしれません。企業は税法執行活動の増加に対処しなければならず、リソースにさらに負担がかかることになります」
経済のグローバル化とデジタル化に伴う税務上の課題への対応に関しては、経済協力開発機構(OECD)のプロジェクトによって極めて重要な政策展開がいくつも促されており、2021年10月には法人税最低税率を15%とする新たな国際課税ルールについて合意がなされました。
このグローバルな税制改革も、世界中で行われている国家レベルの政策変更を背景にしています。例えば米国では、法人税率を21%から大幅に引き上げる提案が行われています。ただし、現在審議中の法案にはこの増税は含まれておらず、議論は依然として流動的です。英国では、2023年4月に、対象となるすべての企業の法人税率が19%から25%に引き上げられることになっています。これらは、今進んでいる主な変化の2つの例にすぎません。
変わり続けるグローバルな税務状況にあって、企業は大きな困難に直面しています。2021年EY移転価格動向調査によると、回答者の76%(日本企業:85%)が、グローバルな税制改革での変化の大きさ、ペースの速さ、複雑さへの対応を余儀なくされています。しかし、これは全体のほんの一部にすぎません。
「法規制の状況を常に把握することは重要ですが、税務チームは報告義務の変更にも対応しなければなりません」とEY EMEIA Tax Managing PartnerのBridget Walshは述べています。「近年、税務当局はスマート化が進んでいます。デジタル申告への移行が続き、リアルタイムまたはそれに近いタイミングの報告へと移りゆく中で、コンプライアンス、リスク、コストの要件が高まっています」
TFO調査によると、回答者の59%(日本企業:94%)が、新たに生じるデジタル税務申告要件に準拠することで税務・財務部門の運用コストが増加すると考えています。
コンプライアンスにかかるコストも相当なものになるはずです。全調査対象企業の83%が、新たなデジタル税務申告要件に対応するために、今後5年間で少なくとも500万米ドル、平均で1,110万米ドルの費用がかかると予想しています(売上高300億米ドル以上の企業では92%、予想額の平均は1,320万米ドル。日本企業では78%、予想額の平均は820万米ドル)。
新たなデジタル税務申告
59%新たに生じるデジタル税務申告要件に準拠することで税務・財務部門の運用コストが増加すると考える回答者の割合(日本企業:94%)。
コンプライアンス順守は当然ながら任意ではなく必須です。しかし税務当局は、パンデミック中に提供した支援の回収に動き、税務コンプライアンスや報告を厳しくチェックしているため、こうした変更が今後数年の間に深刻な影響を及ぼす可能性があります。2021年EY税務リスクと税務係争に関する調査では、税務責任者の53%(日本企業:89%)が今後3年以内に税務調査がさらに強化されると予想していますが、それも当然のことと言えるでしょう。
第4章
適切なデータとテクノロジーが打開策に
企業はデータとテクノロジーのおかげでパンデミックを乗り切りましたが、今求められているのは、つながりを保ってコンプライアンスを維持するためのソリューションです。
最新のデータとテクノロジーへのアクセスは、急速に変化する今日のグローバルな税務状況において透明性を実現するための鍵となり、パンデミック中に多くの企業がこれを痛感しました。税務・財務チームの多くが職場のファイルにアクセスできず、納税申告や税務当局による監査への対応など、基本的なコンプライアンス義務を果たすのに苦労しました。
高度なテクノロジーとデータを自由に活用できるようになれば、買収や譲渡から税制改正の影響まで、ビジネス上の広範な意思決定が税務に及ぼす影響をより適切に予測できるため、税務・財務部門は企業全体にさらなる価値をもたらすことができます。
経営幹部は、テクノロジーが果たす重要な役割と、どうすれば税務・財務部門がビジネスにとって真に付加価値のあるパートナーになれるかを理解しています。TFO調査の回答者の37%(うち41%は最高財務責任者、日本企業:80%)は、データとテクノロジーに関する持続可能な計画がないことが、税務・財務部門のビジョンを実現する上で最大の障壁になっていると考えています。この割合は、売上高300億米ドル以上の大企業では50%に上ります。変革のためにすべきことが山積しているのは明らかです。
税務チームの予算の中で、テクノロジーは大きな支出になる可能性があります。TFO調査の回答者は、今後3年間で平均400万米ドルを税務テクノロジーに費やすと答えています。一方で、多くの企業がコスト削減を目指しており、厳しい状況の中で必要な技術力を社内に構築しようとしています。そのため、調査回答者の56%がデータ、テクノロジー、シェアード・サービス・センターの提供に関して高い能力を有するプロバイダーとの提携に注目していることは当然のことです。この割合は、年間売上高が300億米ドル以上の企業では68%に上ります。
Microsoft社のWorldwide Tax and Trade担当Corporate Vice PresidentであるDaniel Goff氏は、「財務、会計、税務に革新的なサービスを導入できるデジタルトランスフォーメーションを通じて、よりビジネスに直結した実用的なインサイトを、多くの場合低コストで入手できます」と語っています。「しかし、変革の形は企業ごとに異なります。社内の能力を高めたい企業もあれば、プロバイダーとのコソーシングを望む企業もあり、多くの場合はその両方を取り入れたハイブリッド型のアプローチが適しています。こうした変革を行う企業は、最も戦略的な財務・税務活動にリソースをうまく集中させることができるようになります」
第5章
変革を成功させる4つのステップ
コソーシング、社内能力の向上、そしてその両方のいずれかであれ、継続的に評価することが変革成功の鍵となります。
変革は税務・財務責任者に、戦略を策定し、イノベーションを起こして、これまでよりも大きな影響をビジネスに与える力を授けます。それにより税務部門は、コンプライアンス重視の日常業務を行う部門から、組織のリーダーがビジネス上のさまざまな意思決定の全体像を把握できるように支援する部門へと変わり得ます。
税務・財務部門は、将来も可能な限り貢献できるよう、人材、規制、テクノロジーの状況の変化に対応して進化できる柔軟で包括的な変革戦略を必要としています。
変革にはさまざまな形があります。社内で課題を解決しようとする企業もあれば、コソーシングに投資する企業もありますが、多くの企業は、両⽅を合わせたハイブリッドモデルを選択する傾向にあります。ただし万能のアプローチはないため、進むべき道は企業自らが選択しなければなりません。
以下のステップは、確実に変革を成功させるための指針となります。
1. オペレーティングモデルを再評価する
オペレーティングモデルを変革したとしても、継続的な評価を行って最新の状態に維持する必要があります。税務・財務部門がビジネス戦略全体にどのように貢献しているかを再評価することで、コスト管理、価値創出、リスク管理などの優先順位が変わる場合があります。継続的な評価は、オペレーティングモデルの将来性を検討する際に、人材やテクノロジーのギャップを見つけ出す上で有用です。
2. 何を社内で対応するかを決める
例えば税務係争の計画や対応など、より価値が高く、ベスト・イン・クラスを目指す業務は社内で行うことにするかもしれません。しかしこれを成功させるには、既存の人材、データ処理、テクノロジーを最適化できるような一定程度の社内変革が必要です。
3. 何をコソーシングするかを決める
特に税務申告書の作成や規制当局への届け出、データ収集など、日常業務についてはコソーシングした方がよい場合があります。頻繁に発生するデータに基づいてルール通りに行う作業は、第三者とのコソーシングで効率化できます。
4. ハイブリッド型アプローチを検討する
税務や財務の重要なプロセスや業務の一部は引き続き社内で行い、その他の業務はコソーシングするというハイブリッド型アプローチが最適との判断がなされるかもしれません。極めて効果的なハイブリッド型アプローチでは、従業員が収益向上につながる活動に専念することでビジネスに付加価値をもたらすパートナーになれるよう支援すると同時に、有効性と効率性の両方を向上できます。社内業務とコソーシング業務とを結び付けることで、より大きな価値の提供につながります。
社内能力を向上させるアプローチでは、社内チームを育成して管理と柔軟性を高めることができ、第三者へのコソーシングでは、全体的な税務コストを削減して予測不可能なIT費用を管理できる上、社内のリソースをより戦略的な業務に振り向けることができます。また、変化の激しい世界の動きに対応していけるよう、必要な人材やテクノロジーに対してベンダーが継続的に行っている多額の投資を活用できます。
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サマリー
EYが最近発表した2022年TFO調査によると、ほとんどの企業にとって、税務・財務部門の変革は願望ではなく現実味を帯びています。コロナ禍の影響もあり、人材に関する課題が深刻化している上に、もともと複雑だった法規制の環境がさらに複雑になりました。変革を進めている企業は、一部の業務のコソーシングから社内能力の向上まで、さまざまなアプローチを選択しています。多くの企業で採用しているのは、それぞれのニーズに合ったハイブリッド型のアプローチです。