インフレと金利は上昇を続けています。地政学的、マクロ経済的、技術的、経済的トレンドの特別な相乗効果によって、この傾向が継続する可能性が⾼いであろうというのが、ほとんどの専⾨家の見方です。多くの企業が、こうした⾦利上昇が移転価格やオペレーティングモデルにどのような影響を与えるのかを知りたいと考えています。
その答えを得るには、インフレと⾦利上昇という予想される状況の原因に⽬を向ける必要があります。⼤⼿メディアやエコノミストは、少なくとも4つの主なけん引要素があると考えています。第⼀の要因は、ブロック経済圏取引へのシフトです。 「再グローバル化」とも呼ばれるこの動きは、世界の低コスト⼯場である中国に⼤きく依存する現⾏のサプライチェーンモデルに取って代わる可能性が⾼いと考えられています。第⼆に挙げられているのが、東⻄の先進諸国の⼈⼝減少です。⽣産年齢⼈⼝が減少し、退職者が増加しています。第三の要因は、効率化をきわめた消費財製造者と販売者に有利に働いていたeコマース⾰命によるデフレ効果の終焉です。最後の要因は、ウクライナ紛争に起因する世界的な防衛費拡⼤の傾向です。投資対象は「バターから銃へ」シフトし、⼀般家庭向けのサービスや商品を⽣み出さない防衛関連の⽣産は、インフレの進⾏を助⻑します。
これらの要因にはそれぞれ意味があります。「グローバリゼーション2.0」や「脱グローバル化」とも呼ばれる「再グローバル化」の新時代によってブロック経済圏取引が促進され、中国への依存が低くなる場合、それは高いコストを伴います。サプライチェーンのシフト、新たなインフラへの投資、冗長性への対応が必要となり、新しいサプライチェーンは⽣産能⼒の縮⼩による効率低下に⾒舞われ、中国が世界貿易での重要プレーヤーとなった1970年代以来のコスト⾼が見込まれます。すでに世界貿易は減少しており、2008年に世界の国内総⽣産(GDP)の31%を占めていた輸出⾼は、2020年には26%にまで減少しています。
⼈⼝統計的には、中国は近年60年ぶりの⼈⼝減少を経験しており、⽶国では2020年から2030年にかけての労働年齢⼈⼝の増加率がわずか0.2%にとどまる⾒通しです。先進国の⼈⼝構成が変化し、⽣産量よりも消費量が多い退職者が増加するにつれ、インフレが進⾏することが予測されます。この状況は特に⻄欧諸国と⽇本において深刻です。
デジタル時代の今⽇、⼩売り販売の14%がオンラインで⾏われ、消費者が価格を⽐較し、最安値を選択できる商取引の形態が、低価格化を促進しています。しかしオンライン価格は2020年3⽉以降2%上昇しており、低価格化の流れは折り返しつつあるように⾒えます。⼈⼯知能、量⼦コンピューター、3Dプリンターなどの進歩が新たな成⻑と⽣産性を促進することが期待される⼀⽅で、透明性が⾼く競争⼒のあるオンライン価格のメリットが限界に達したようです。
インフレが継続するというエコノミストの予測や、中央銀⾏がインフレ対策として利上げやマネーサプライ管理を準備していることを考えると、こうした状況が移転価格やオペレーティングモデルに与える影響を評価することが必要です。影響は広範囲にわたり、ささいで計算的なものから、企業がどのように資本を形成し配分するかといった⾮常に戦略的かつ本質的なものにまで及びます。⾼⾦利や⾦利の上昇が続く状況下で重要となる検討事項を以下に⽰します。
1)米国財務省規則1.482-5で規定される利益比準法(CPM)を使用した移転価格分析での運転資本調整
CPM分析でよく⾏われる調整の1つは、売掛⾦、買掛⾦、在庫の政策的⽔準について納税者と⽐較対象企業の取引条件の差異を対⽐して⾏うもので、これは世界中の納税者や税務当局に最も多く⽤いられている⽅法です。論理は次の通りです。競争市場において、ある販売業者が顧客に180⽇の⽀払期間を設定し、競合他社が30⽇を設定している場合、この企業は価格を引き上げ、その利益で長期間資金調達するために発生する利息費用を補う必要があります。その結果、競争市場の外部投資家は、⽀払期間に関わらず同じROIを得ることが保証されます。15年にわたり実施された低⾦利と量的緩和の下では、調整後の営業利益が⼤きく変動することはなく、こうした調整は移転価格分析に影響を与えませんでした。しかしフェデラルファンド⾦利(FF⾦利)が5%を維持する時代に突⼊すれば、この状況は⼀変するでしょう。仮に運転資本調整を⾏わない、あるいは不適切に⾏った場合、納税者は驚くことになるかもしれません。さらに悪いことに、移転価格には危険な「崖」があります。⽶国でCPMを適⽤する場合、例えばインバウンドの納税者の実績が、単年度の比較において、独立企業間利益率レンジの下位四分位を下回った場合は、アメリカ合衆国内国歳⼊庁(IRS)によってレンジの中央値に修正されます。つまり、運転資本のささいな不一致が多額の課税につながる可能性があるのです。
2)正当な金融商品
同様に、正当なローン、前払い、キャッシュプールの取り決めについても、高⾦利は誤った価格や、未特定の、そして過⼩評価された金融商品に対するリスクを大幅に高めます。過去には、100ベーシスポイントの金利では分析に大きな影響を与えなかったかもしれませんが、500から800ベーシスポイントの金利では影響が出るかもしれません。
3)親会社保証と履行保証
親会社保証と履⾏保証は、税務部⾨に⾒落とされているか、クライアントの財務部⾨だけにしか認識されていない場合があります。ほぼゼロ⾦利の時代には、これらの保証の価値は名⽬上のものに過ぎませんでした。しかし今後は⾮常に重要になる可能性があります。
4)為替差損益:取引、変換、経済
世界的に⾦利が変動すると、為替レートも連動して変化します。⾦利が上昇する国には資本が集まり、対策(sterilization)が講じられなければ通貨が値上がりします。これは⾦利平価説としてよく知られる経済原理です。為替レートの変動、中でも重要な種類の変動は損益を⽣み出します。オペレーティングモデルでは、その損益を誰が負担するのでしょうか。受託製造業者や限定的なリスクを負担する流通業者は、売掛⾦/買掛⾦取引で通貨の値上がりに影響される側にいるわけですが、彼らが損失の⼀部を負担したり、利益を確保したりするべきなのでしょうか。
5)サービタイゼーションモデル
⾼い借⼊コストに直⾯する企業の財務部⾨は、ますますX-as-a-serviceモデルを選択するようになるかもしれません。 その背景には、借⼊によって装置、設備、その他の資本財を購⼊するのではなく、短・中・⻑期のリース契約を結ぶことで、⾦利の低下、テクノロジーによる機器需要の変化、その他の要因によって機器購⼊の必要性が変動するといったリスクを回避したいとの思いがあります。この種のモデルは、インフレと⾼⾦利が続いた1970年代から1980年代前半に、航空機エンジンメーカーが、航空会社に⾼額なエンジンの購⼊を求めるのではなく、「時間貸し」を始めたことに端を発します。
6)無形資産(IP)の評価、プロジェクトファイナンスの決定、投資の維持コスト
割引率の中⼼的要素はリスク・フリー・レートであり、⼀般的に⽶国の10年債または20年債の利回りがその指標とされています。⻑期⾦利の上昇と、正常な順イールドへの回帰は、同時にIPの国外移転コスト、将来投資の価値、バランスシートの資産価値の低下に結び付く場合があり、オペレーティングモデルに広範な影響が及ぶ可能性があります。
7)アセットライト
サービタイゼーションに伴う概念に「アセットライト」があります。これは、債務返済コストの上昇を理由に、企業が資本集約的な事業の分離を選択する動きです。この動向は歴史的に、例えば設計などの⾃社の中核的事業に集中しようとする企業がけん引してきました。関連事業を切り離しオープンマーケットの事業者に任せることで、競争⼊札を勝ち取りたいと考えたのです。⾦利が上昇する環境下で、アセットライト・モデルの⼈気が⾼まるものと考えるべきでしょう。
8)外国直接投資の増加
⾦利上昇による中期的な通貨の値上がりは、通常、輸出を減少させる⼀⽅、外国直接投資(FDI)の増加をもたらします。通貨⾼の国の物品は海外のバイヤーにとって割⾼になるため、通貨⾼以前の注⽂が処理された後、輸出が滞ることは容易に説明できます。FDIの増加は、海外投資家が通貨⾼の市場を、投資を売却して⾃国通貨に戻す時のための良い「価値の貯蔵」と認識することから起こります。⽶国の⾦利上昇とそれに伴うドル⾼に対する⼀過性とは⾔えない動きが、海外多国籍企業による⽶国へのFDIをさらに増加させる可能性があります。