2023年1月31日
海運業のTCFD開示からみるリスクと国際動向

海運業のTCFD開示からみるリスクと国際動向

執筆者 EY 新日本有限責任監査法人

グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献する監査法人

Ernst & Young ShinNihon LLC.

2023年1月31日

海運業のTCFD開示から各社が共通して認識しているリスクおよび国際海運の2050年カーボンニュートラル達成に向けた動向と「国際海運GHGゼロエミッションプロジェクト」で提案された経済的手法について紹介します。

本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 海運セクター 公認会計士 山中 武

海運業、自動車および自動車部品製造業などの上場・非上場会社の会計監査に従事する他、一般事業会社への出向経験を活かし、執筆や当法人の海運業セクターナレッジメンバーとして各種ワーキンググループの活動を行っている。

要点
  • 提案された経済的手法では「課金・還付(Feebate)制度」だけでなく「排出枠の固定額での有償割当制度」も提案された理由について説明する。
  • 日本の海運業におけるGHG削減に向けたグリーンイノベーション基金を活用した取組み(ゼロエミッション船の開発)を紹介する。

Ⅰ はじめに

2021年のコーポレートガバナンス・コード(企業統治方針)改訂により、プライム市場に上場している会社に対して、気候変動関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)またはそれと同等の枠組みに基づく開示が求められるようになりました。

本稿では各社のTCFD開示から共通するリスクを取り上げ、国際海運(外航海運)業の動向について紹介します。

Ⅱ 海運業における気候変動に関する移行リスク

1. 主なリスク

海運業に属する東証プライム上場企業は、移行リスクの区分において【市場リスク】として、輸送需要の変化(化石燃料の輸送の減少)や【技術リスク】として、次世代燃料の普及(既存船の陳腐化)を挙げており、その中で【政策・法規制リスク】として「カーボンプライシング(炭素税)の導入」による運航コストの増加や新技術への投資負担をいずれの会社においても開示しています。

2. 国際海運業におけるGHG排出削減戦略

(1) IMOによるGHG削減戦略採択

1.に示した共通のリスク認識の背景として、2018年4月にIMO(国際海事機関:International Maritime Organization)にて、2050年までに国際海運からのGHG(温室効果ガス:Greenhouse Gas)総排出量を50%以上削減する(対2008年比)目標が採択されました。

貨物輸送において、船舶から排出される単位当たり二酸化炭素の排出量は、航空機や自動車と比較すると少ないと試算されていますが、IMOの調査(GHG 4th study)によると、2018年時点における国際海運から排出されるCO2は9.2億トンであり、人為起源の全CO2排出量の約2.5%を占めていると報告されています。

国際的なGHG削減・地球温暖化対策に関する議論は、UNFCCC(国連気候変動枠組条約)の下で行われていますが、国際海運は、国境を越えて輸出国・輸入国・運航者・実質船主などの複数の関係者(関係国)がいることから、国ごとに削減に取り組むUNFCCCの削減対策はなじまないため、国連の専門機関であるIMOにて業界一律での対策が検討されています。

(2) 2050年カーボンニュートラルに向けて

日本においては、2021年10月に日本政府(国土交通大臣)が「日本として国際海運2050年カーボンニュートラル(GHG排出ネットゼロ)を目指す」旨を公表、日本船主協会も同年10月に、日本の海運業界として「2050年GHGネットゼロへ挑戦する」ことを表明しました。

2018年に産学官公の連携により「国際海運GHGゼロエミッションプロジェクト」(主催:一般財団法人日本船舶技術研究協会、共催:国土交通省)がスタートし、2021年度に実施した報告書で、中長期対策として経済的手法において「課金・還付(Feebate)制度」「排出枠の固定額での有償割当制度」が提案されています。

3. IMOに対して日本が提案する経済的手法

(1) 課金・還付(Feebate)制度

化石燃料船への課金(fee)と、ゼロエミッション船への還付(rebate)を組み合わせた制度で、ゼロエミッション船に対して、化石燃料船とのコスト差(燃料価格や船価などの違い)を踏まえ、十分な経済的インセンティブが確保されるレベルの還付を行い、それに必要な収入を確保するための課金を化石燃料船に対して課すものです(<図1>参照)。

図1 課金・還付(Feebate)制度のイメージ

(2) 排出枠の固定額での有償割当制度

一般的に、排出量取引とは「各企業・国などが温室効果ガスを排出することのできる量を排出枠という形で設定し、排出枠を超えたところは、排出枠を超えないところから購入する制度」といわれますが、日本が提案する制度は、各個船に対して、ベンチマーク(トンマイル当たりのCO2排出量)と輸送活動量(トンマイル)の積により算定される排出枠をIMOが固定額で有償割当する制度で、排出枠の余剰分・不足分については船舶間での取引が認められるとしています。

課金・還付(feebate)制度では、このような排出量取引制度と比べ、制度と排出削減目標が直接リンクしておらず、制度導入による削減効果が限定的となる側面があります。制度上あらかじめ炭素価格を設定するアプローチを堅持しつつ、削減目標ともリンクした制度として考えられるのが、排出枠の固定額の有償割当制度です(<図2>参照)。

図2 排出枠の固定額での有償割当制度のイメージ

この排出枠の固定額の有償割当制度など、関連する会計処理については、実務対応報告第15号「排出量取引の会計処理に関する当面の取扱い」はあるものの、この定めに従い会計処理を行うことができるかについては、制度の詳細が決定されるのを待ちたいところです。

Ⅲ おわりに

カーボンプライシングなどの導入による市場メカニズムを活用したGHG削減対策は、さまざまなところでみられます。そしてIMOがGHG削減に向けて導入する施策は、国際海運で適用されグローバルで同一のビジネス環境(競争環境)となります。そのため、各社ともそのリスクへの対応が必要となります。

現在、日本においてGHG削減に対応するために、グリーンイノベーション基金を活用した水素燃料船やアンモニア燃料船などのゼロエミッション船の開発が進められています。これらの導入に伴う新技術への投資負担の増加が懸念されるものの、国の支援を受けて対応が進められており、ゼロエミッション船の導入は、経済的手法による運航コストの増加を回避するためにも有効な対応といえます。

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サマリー

海運業のTCFD開示から各社が共通して認識しているリスクおよび国際海運の2050年カーボンニュートラル達成に向けた動向と「国際海運GHGゼロエミッションプロジェクト」で提案された経済的手法について紹介します。

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