このように、企業は地政学的な緊張が高まる中、半導体サプライチェーンの弾力性をどのように確保し、不確実性に対応するべきでしょうか?
半導体サプライチェーンの脆弱性に対処するためには、以下のような対応が考えられます。
1. 生産拠点の多様化:半導体の生産を複数の国に分散させることで、地政学的リスクを軽減します。
(ア)米国:米国政府は、半導体製造の国内拠点を強化するため、半導体製造のインセンティブとして、数百億ドルの投資を行っています。また、IntelやTSMCなどの大手半導体企業も、米国内での生産拠点の拡大に取り組んでいます。
(イ) インド:インド政府は、半導体製造の国内拠点を強化するため、外国企業へのインセンティブや税制優遇などの施策を講じています。また、インド国内においても、半導体製造に関する研究開発が活発化しています。東京理科大大学院経営学研究科技術経営専攻 教授 若林 秀樹氏は、「インドに関しては、どの製造工程を移転するかが重要。Foxconnは既に中国からの移転を考え、インドに工場を建設している。人材面でも、インドが次の大きな生産拠点になるだろう。しかし、インドは電力網や道路網、物流網に現在は課題がある。また、インドに過度に依存すると、後工程や汎用チップのサプライチェーンが現在よりも長くなる可能性があり、インドから製品を輸送する際には空輸もリスクがあるが、船の場合はマラッカ海峡などを通過する必要が出てくる等、地政学リスクが増す可能性がある」と述べられています。
(ウ) 日本政府も国内での半導体生産体制を強化するために、2023年度の補正予算で約1兆9,800億円を盛り込みました。※
一般社団法人 日本電子デバイス産業協会 代表理事・会長 齋藤 昇三氏は「地政学的な観点から見ると、今の半導体サプライチェーンは国境をまたぎすぎている。国際的な依存性を低める方が今は良いのではないか。安全保障がしっかり確立されていれば、グローバル化は問題ない。例えば、アメリカで製品を作り、どんな状況でもその製品が確実に手に入るという保証があるなら良いが、現実にはその保証がないため、国際的な依存性を強めない方が良いと考えています」と述べられています。
2. ストックの確保:需要の変動や供給の中断に備えて、適切な在庫を確保することが重要です。
3. 予測モデルの活用:地政学的な変動を早期に検知し、リスクへの迅速な対応を可能にします。
データ分析、人工知能(AI)、機械学習を駆使したモデルは、市場の動向、政治的な発言、社会的な不安などの指標を分析し、将来の供給網の中断を予測するのに役立ちます。これにより、企業はリスクを回避するための戦略的な意思決定を行うことができ、サプライチェーンのレジリエンスを向上させることが可能です。
4. サプライチェーンの透明性の向上:サプライチェーン全体のリスクを評価し、管理するためには、情報の共有と透明性が必要です。
一般社団法人 日本電子デバイス産業協会 代表理事・会長 齋藤 昇三氏は「分散化したサプライチェーンを再びIDMが主導する形に戻すことは不可能だが、近づける解決策として、企業間の連携やコンソーシアムの形成、あるいは企業間の合併が考えられます。当然一社では解決できないため、経済産業省などが中心となって業界の再編が進んでいると認識しています。こうした取り組みが半導体サプライチェーン、半導体製品、半導体を使った製品など半導体を取り巻く環境の多様化の課題に対する有効的な手段であると考えています」と述べられています。
5. 技術革新への投資:継続的な研究開発とイノベーションにより、技術的なリードを維持し、産業の競争力を高めます。
一般社団法人 日本電子デバイス産業協会 代表理事・会長 齋藤 昇三氏は半導体産業の技術革新について以下のように述べられています。
「技術革新には二つあります。一つ目はAI活用。現在AIが半導体工場で一番使われているのではないかと言うほどAIを活用している。半導体工場は複雑な技術が重なり合った工場で、前・後工程において毎日膨大なデータが生成されています。これらのデータを用いて、AIが最適なプロセスを導き出し、生産に反映させています。昔はウェハーをいかに早く出すかが最適化の目標でしたが、現在ではいかにアイドリングを減らして、最少のエネルギーで生産できるようAIにプロセスを組ませています。半導体工場は、例えばウェハーが入っていなくても装置を動かしておかなければならないなど、非常に無駄が多い。こうした無駄をいかに排除するかが重要で、人間が関与するのではなく、コンピューターで全て処理し、無駄を削減していく。例えば、ウェハーを運ぶ際には搬送ロボットに最短距離で運ぶように指示を出し、効率化を図っていく。デジタルツインを構築し、シミュレーションを行い、エネルギー効率の良い方法を見つけ出し、実行に移していく流れです。二点目は、AI活用により、ハードウェアにかかる負荷が増える中、プロセスを処理する半導体をどのように設計するかです。AI市場の広がりに対して、半導体業界がどのように追従、対応していくのか大きな課題」
これらの取り組みを通じて、半導体サプライチェーンの脆弱性を克服し、経済の堅牢性を高めることが大事です。挑戦を恐れず、常に進化を続けることが、半導体産業の持続的な革新と発展には不可欠です。技術の探求、人材の育成、リスクを受け入れる文化の醸成は、業界が長期的な成功を収めるための重要な要素です。この業界が今後も課題を乗り越え、繁栄を築くことに期待が寄せられています。