インカムアプローチを前提とした場合、重要な点は、定量化した検出事項について、EBITDA、運転資本、設備投資、ネットデットのどこに影響するか、見極めることが重要です。例えば製品の不具合に関する製品保証引当金の計上不足が検出されたとしましょう。その場合、当該引当金の対象取引が、経常的な性質であれば運転資本に含まれる可能性もあり、その一方で非経常的な性質であればネットデットに含まれる取扱いも想定されます。二重に考慮されることがないよう取引の性質を慎重に判断して、株式価値に反映させることが実務上重要になります。
4. 株式譲渡契約書への反映
株式譲渡契約書に関する論点は多岐にわたりますが、財務デューデリジェンスの観点からは、特別補償、誓約事項、クロージングの前提条件、表明保証条項との関係性を理解しておくと財務デューデリジェンスからの検出事項を整理しやすくなります。
財務デューデリジェンスからの検出事項のうち、前項の株式価値に反映できない検出事項について、いずれ定量的に測定が可能な項目とそれ以外に分類をします。いずれ定量的に測定可能な検討事項につき、特別補償を活用します。特別補償では、現状定量化できない検討事項につき、事後的に定量化できた段階で売手に金銭的な補償を求めます。例えば、財務デューデリジェンスの結果検出された係争中の案件などその時点で定量化できない項目が該当します。
次に、前記で、定量化ができない検討事項につき、具体的なリスクが特定されているか否かでさらに分類を行います。リスクが特定されている場合は、誓約事項、およびクロージングの前提条件を活用します。誓約事項とは、売手に誓約を求める事項であり、クロージング前の誓約事項とクロージング後の誓約事項があります。例えばクロージング前の誓約事項の典型例としては対象会社の主たる得意先との間でのチェンジ・オブ・コントロール条項(買収などで支配権の異動が生じた場合、他方の当事者により契約を解除できる規定)がある場合などに、クロージング前までに契約相手方の同意を取り付ける事例などがあります。クロージングの前提条件とは、クロージングまでに解決するべき事項の整理となります。クロージングの前提条件が充足された場合にのみ株式譲渡取引が成立します。ここで取引実行条件を定めた上で契約を締結するということは、当事者が離脱できる場合を限定することとなりますので、通常は、独占禁止法の対応などに限定されることが通例です。
最後に、検討事項のうち定量化される見込みがなく、誓約事項やクロージングの前提条件とするほど個別具体的なリスクが特定されていない事項については、表明保証条項を活用します。表明保証条項とは、売手が知り得るリスクについて売手が宣誓する条項で、売手と買手とのリスク分担を行う条項です。事例として、カーブアウト買収案件(買収対象が企業の一部の事業等である案件)で売主グループとの取引に関する経済合理性が不明確である場合があげられます。想定されるリスクとしては、買収後も不合理な条件で取引を継続せざるを得ないリスクや、不合理な条件であるがゆえに買収後の対象会社の損益に影響をもたらすリスクが考えられます。表明保証条項上の考慮としては、買手にとり不利や不合理な取引条件がない点や、取引継続に関して表明保証条項の対象とする取扱いなどが想定されます。
5. PMIでのフォロー事項
それでは最後に財務デューデリジェンスの検出事項のうち、PMIでのフォロー事項についてみていきます。ディール期間での各種デューデリジェンスの目的は買手にとり「失敗」しないために実施するといわれていますが、PMIの目的は、本来の統合目的を達成し利害関係者の評価を得ることでありディールを「成功」に導くための作業です。
PMIは、戦略統合、組織再編、財務報告などの制度の統合、システム統合、シナジー施策の立案と推進など多岐にわたりますが、ここでは財務報告に関するPMIについて説明します。
財務報告に関するPMIを効率的に進めるためには、財務デューデリジェンスでの検出事項をしっかりと消化し有効活用することが重要です。例えば、収益性の分析に関連して、製品の単品ごとの採算管理の有無やその粒度(例:顧客別、地域別、商流別)や管理単位の情報の把握は、PMIフェーズでの財務報告に関する統合作業を行う上で、重要なインプットとなります。計数管理の在り方や方針は、会社の組織構造や文化とも大いに関連しており、当該特徴が売手と買手と異なれば異なるほど、買収後のPMI作業は大変になると想定されます。
さらに対象会社の決算報告体制や情報システムの整備状況や人員体制、各種ポリシーなどの有無の情報も、財務報告に関するPMIを効率的に進める上での有用なインプットとなります。非上場企業が買収対象となった場合、買収後の決算早期化や、J-SOXを含むガバナンスの構築で想定以上に労力がかかるというケースも考えられますので、財務デューデリジェンスの過程でそのような情報を入手できればよいでしょう。
最後に買収を検討されている場合は、財務にかかわらず統合方針や各種プロセスが買手側に整備されているかが重要となります。特に財務報告プロセスに関しては、「連結パッケージ」や「勘定体系図」「連結ポリシーおよびマニュアル」「資金管理方針」「ガバナンス方針」などに加えて、これらを導入するための「研修教材」や「トレーニングマテリアル」が、買手サイドで整備されているかが重要になります。買収案件が起こってからの整備では間に合わないことが多く、事前に点検しておくことをお勧めします。