2024年6月5日
建設DXが切り開く、サステナブルな未来への挑戦

建設DXが切り開く、サステナブルな未来への挑戦

執筆者
安部 里史

EY Japan 公共・社会インフラセクター 監査サービス・マーケッツリーダー/不動産・ホスピタリティ・建設セクターリーダー EY新日本有限責任監査法人 パートナー

国内外の不動産や建設業の可能性を信じ、多様な支援を提供。ゴルフ、スキーをこよなく愛する。

金子 秀嗣

EY Japan 不動産・ホスピタリティ・建設セクター・アシュアランスリーダー EY新日本有限責任監査法人 パートナー

休日はジム、ゴルフ、建築鑑賞、愛犬と散歩

平井 清司

EY Japan 不動産・ホスピタリティ・建設セクター・ストラテジー・アンド・トランザクションリーダー EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 アソシエートパートナー

25年以上にわたり資産のFair Value(公正価値)を追求しています。

2024年6月5日

不動産、ホスピタリティ、建設業界のメガトレンドを探るべく、第一線で活躍するゲストを迎えてインタビューを行う「業界トレンドシリーズ」

第3回は建設業界の最前線でDXに取り組む「建設DX研究所」の皆さまをお招きし、建設業界が抱える課題やDXの事例などについて伺いました。
深刻な人手不足に悩む建設業界。さらにこの4月からは「働き方改革関連法」に基づく、時間外労働の上限規制が建設業にも適用される、いわゆる2024年問題が大きな打撃となっています。業界全体でDXを進めることが求められる中、現場はどのような状況になっているのでしょうか。
 

要点
  • 建設テック事業者を中心とした6社で立ち上げた建設DX研究所では、建設DXの推進による課題解決を目的として、情報発信や勉強会、さらに政策提言に向けた活動を行っている。
  • 建設業界はその95%以上が従業員19人以下の中小事業者。課題解決のためには、建設業界の多くを占める中小事業者にDXを導入できるかが重要な鍵となる。
  • 業界全体を変革していくために何が必要か、その検証や現場の声を政治に届けるためのサポートをコンサルティングファームに期待している。

建設業界の課題である人手不足に、かつてなく高まるDXの必要性

――建設DX研究所を立ち上げた経緯と活動内容について教えてください。

 

建設DX研究所 代表(株式会社アンドパッド) 岡本 杏莉 氏

建設DX研究所 代表(株式会社アンドパッド) 岡本 杏莉 氏

岡本氏(株式会社アンドパッド):以前から有志による勉強会において、人手不足の課題が議題に挙がっていました。住宅の新築着工数は減っているものの、リフォームや災害復興など建設需要はむしろ増加しています。少ない人手でいかに業務を回していくか。DXの必要性が高まっていると感じたことから、昨年の1月から、建設テック事業者を中心とした6社により任意団体として正式に活動を開始しました。

主な活動内容は大きく分けて3つあります。1つ目は情報発信です。オウンドメディアに最先端の事例やインタビューなどを掲載しています。
2つ目は勉強会。月に1度のペースで建設DX研究所に参画する各社のDX最新事例を紹介や、面白い技術を持つベンチャー企業の方をゲストに招いて学びの機会を作っています。

そして3つ目が政策提言に向けた活動です。自民党の国会議員主催による勉強会の事務局を建設DX研究所が務めており、勉強会での登壇者の方々のご意見も踏まえ、議員の先生方の政策案とりまとめ作業をサポートしています。また、関係省庁とも共有・議論し、建設DXに関する政策の在り方についての提言活動を支援させていただいています。

――非常に幅広い活動をされていますね。各社の技術やサービスが、建設業界の課題解決に最も貢献した分野や具体的な事例についても教えてください。

岡本氏:当社が提供している「ANDPAD」は、クラウド型の建設プロジェクト管理サービスです。建設業界ではいまだにアナログな業務が多く効率性が低いため、デジタル化、クラウド化することによって生産性の向上を図るために開発しました。

「ANDPAD」では、プロジェクトに関わる人々が常に最新の情報をクラウドで共有できます。例えば、これまでは現場監督が現場に行って写真を撮り、それを事務所に戻ってからパソコンにアップロードし、メールに添付して報告をしなければなりませんでした。しかし、「ANDPAD」を使えば、職人が現場からスマホで全てを行えるようになります。施工管理をデジタル化することで、効率性が飛躍的に向上するのです。

建設DX研究所(セーフィー株式会社)	池上 紗耶香 氏

建設DX研究所(セーフィー株式会社) 池上 紗耶香 氏

池上氏(セーフィー株式会社):当社では、クラウド録画サービス「Safie(セーフィー)」を提供しています。設置カメラで撮影したライブや録画の映像がクラウドにアップロードされ、お手持ちのパソコンやスマートフォンですぐに確認できるサービスです。

もともとはBtoC向けに開発したサービスでしたが、お客さまから建設資材の盗難などを防ぐ目的として屋外向けにカスタマイズできないかというご要望をいただき、建設業界向けのソリューションを提供したところ、その映像の質により現場を遠隔から管理する用途で活用が進んでいます。また、作業自体を詳細に見られるカメラが欲しいという複数企業からの要望でウェアラブルカメラを開発。当社のサービスを利用することによって、現場の進捗管理や安全管理が映像を通して可能となり、さらにクラウドで保存した映像を教育や技術伝承などの人材教育にご活用いただいています。

建設DX研究所(株式会社Liberaware) 林 昂平 氏

建設DX研究所(株式会社Liberaware) 林 昂平 氏

林氏(株式会社Liberaware):当社が開発・提供している世界最小クラスの屋外用ドローン「IBIS」は、主に狭い場所や暗い場所、危険な場所で使われています。長く使われた建物の調査では、人が中に入るのは危険が伴う上、足場を作ればコストや時間がかかります。しかし、小型ドローンであれば、安全に安く速く確認することが可能です。さらに当社は、ドローンで撮影した映像から3次元データを作成する技術を持っています。古くて図面が残っていない建物を工事する際、想定しない障害物があったり、逆に想定していたものがなかったりするため、点群データと呼ばれる3次元データを使い、3D図面を作成するケースも増えています。

建設業界の中小企業が、いかにDXを推進できるかがキーポイント

――建設業界特有の課題を教えてください。

岡本氏:やはり人手不足が最も大きな課題です。建設業界は他の産業に比べて労働時間が長く、加えて休日も少ないというデータがあります。それに加えて、一人当たりの付加価値労働生産性は他の産業と比べて著しく低いのが現状です。そのような厳しい環境ゆえ、建設業界の魅力が低下し、若い方々が業界に入ってこなくなってしまい、高齢化が進みました。今や3人に1人が55歳以上という状況に至ります。生産性が低い理由の1つには、業界の慣行としていまだにアナログな側面が多く残っている点が挙げられます。

建設業界は非常に巨大で裾野が広い産業です。その95%以上が従業員19人以下の中小事業者であるというデータもあります。中小事業者がいかにDXを導入できるかが重要な鍵となるでしょう。

池上氏:現場監督が現場を訪問する回数を当社で調べた結果、1棟当たり完成までに平均30~40回にも及びました。移動時間も加味すると50~100時間も費やしているというデータが出ました。大手ではデジタルを活用した生産性向上に取り組んでいますが、中小事業者では職人が不足していることもあり、デジタル活用が進んでいない印象があります。

林氏:当社の小型ドローンは製造業やエネルギー関連でも利用されていますが、確かに他の業種と比較すると導入のスピードが少し遅い印象がありますね。

建設業界では、工事ごとにスポット的に業務を行う一方で、工事に関係する多くのステークホルダーがいます。その結果、実証実験などを経て新しいDXの技術を導入してもその成果がDX導入者の資産として残りにくい傾向にあり、1つのハードルになっているのかもしれません。

――海外の建設業界では建設DXが進んでいるようです。日本とはどのような違いがあるのでしょうか?

岡本氏:欧米やシンガポールでは建設DXを手掛けるスタートアップ企業の数も多く、市場自体が盛り上がっています。日本でも建設DXのベンチャー企業が徐々に増えつつありますが、まだ企業数やそこに投入される資金も多いとは言えない状況です。建設と一口に言っても、土木や建築などその種類はさまざまです。課題や悩みも現場の数だけあり、解決するツールもそれだけ必要です。もっと多様な技術、多様な企業の登場を期待したいですね。

――今後、ブレークスルーが期待される分野についてお聞かせください。

岡本氏:重要かつ即効性もあり、効果が大きいと感じる分野は主に2つあります。1つは、先ほどセーフィーの池上さんからもお話があった遠隔臨場の分野です。当社でも2024年問題に伴い、働き方改革の現状アンケートを行ったのですが、やはり業務の中で移動時間が占める割合が非常に大きいという回答結果を得ました。遠隔臨場が可能になれば、移動の負担が解消されます。

そしてもう1つが事務手続きです。意外に思われるかもしれませんが、現場監督の仕事の6割は書類関係等の事務手続きと言われています。例えば行政手続きについてみると、書類のフォーマットが行政ごとにバラバラであったり、直接役所に届けに行かなければならなかったり。それらが電子化され、統一したプラットフォームになれば、事務手続きの負担は大きく軽減されるでしょう。

 

建設業界の魅力が再認識されるよう、DXの実現で後押ししていきたい

――会計・税務の業務以外でコンサルティングファームに期待したいことはありますか?

岡本氏:建設業界は、多重下請け構造で成り立っています。業界全体で見た時に重要なのは、やはり圧倒的に数が多い中小事業者がいかに変わっていくかだと思います。大手ゼネコンではDXが進み、BIM(Building Information Modeling)などが導入される一方、中小事業者ではなかなかDXが進んでいないというジレンマがあります。

業界全体を変革していくためにどうすべきかを一緒に検証していきたいと考えています。また、現場の方々の声をいかに政治にお届けするかもわれわれにとって重要な活動の1つです。そのためにご協力いただけたらありがたいですね。

――最後に、SDGsが目指すサステナブルな社会に向けて、建設DX研究所が掲げる方針や目指す目標をお聞かせください。

岡本氏:建設業界は決して無くならない、非常に重要な産業です。本来、ものづくりの魅力が詰まった産業ですが、事務手続きの煩雑さやそのアナログな環境から本来の魅力が失われてきています。われわれDX研究所は、若い方々に本来の魅力を再認識していただけるよう、DXの実現で後押したいと考えています。

インタビューに添えて

くしくも本インタビューが行われた前日である2024年4月16日に、国土交通省からI-Construction2.0が公表されました。社会資本整備を担う建設業の持続可能性が危ぶまれている中、日本政府としても座視できる状況ではなく、2016年に公表されたI-Constructionで掲げられた取り組みをさらに深化させています。

2.0では今までの取り組みも総括されており、2021年度は2015年度に比べて生産性が9.2%向上し、当初目標が2025年度までに2割の向上ですからほぼ想定通りの進捗と言えそうです。

2.0では、施工、データ連携、施工管理等の場面におけるオートメーション化の推進が掲げられており、2040年までに2023年度比1.5倍以上の労働生産性向上を目指しています。

これらの領域における建設DX研究所の会員企業がまさに活躍できるフィールドであり、今後建設業界での飛躍的な活躍を期待したいところです。

一方で、ここ数年建設業の生産性は向上してきましたが、建設業界は重層下請け構造と呼ばれるほど裾野が広く、3次、4次と下層になるほどデジタルツールの活用が遅れがちです。また、業界全体の生産性を高めるために各種の行政手続き、官公庁を始めとする施主との協議におけるデジタルツールの積極的な活用も同時に推し進めることも求められるでしょう。

1.5倍という目標に甘んじることなくさらに先進諸外国の水準に達するためには、業界全体、省庁市区町村の垣根を越えた取り組みが必要であり、私共EYはその一助となるべく活動してまいります。

インタビューに添えて


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サマリー

日本のインフラを維持するという重要な役割を担う建設業界。人手不足から来る課題を解決しなければ、その影響はやがて国民生活全体に及びます。中小事業者のDXをいかに推進していくか。そのための方法を官民一体となって考えていく必要があります。

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執筆者
安部 里史

EY Japan 公共・社会インフラセクター 監査サービス・マーケッツリーダー/不動産・ホスピタリティ・建設セクターリーダー EY新日本有限責任監査法人 パートナー

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金子 秀嗣

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休日はジム、ゴルフ、建築鑑賞、愛犬と散歩

平井 清司

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