第1章
エネルギー転換の消費者信頼感に対する影響
エネルギーに関する現在の体験が、未来に対する消費者の見通しに否定的に影響しています。
ECCIは既存の消費者信頼感指数をモデルにしており、住宅用エネルギーについて18の国・地域の3万6,000人の消費者を対象に実施した調査に基づいて作成しています。この調査の目的は、以下に挙げる5つの要因について、現在および3年後の消費者信頼感を把握することです。この5つの要因とは、エネルギー供給企業の事業の安定性、消費者とそのコミュニティに供給企業がもたらす価値、クリーンエネルギーの選択肢の利用可能性、手頃な価格のエネルギーへのアクセス、公正かつ公平なエネルギー転換に向けての規制当局・政府の支援です。
消費者信頼感の水準は国・地域によって異なる
ECCIは、消費者信頼感の両極に位置する国の状況を明らかにしています。例えば日本では、消費者はエネルギー価格の上昇、市場の規制緩和、長引く福島第一原発事故の影響に直面しており、信頼感は非常に低くなっています。一方、中国本土ではエネルギーインフラと再生可能エネルギーへの取り組みと投資の拡大に支えられており、消費者はエネルギーの未来の状況について非常に高い信頼感を持っています。
エネルギー市場の規制も、エネルギーについての消費者の信頼感を高める一因になっています。ECCIで上位にランクされている国・地域の大半では、エネルギー市場における競争がほとんど見られません。競争が激しい市場では、多くの場合、選択肢の多さが消費者を困惑させ、また価格の変動が激しいため、信頼感が低下すると考えられます。
さらに、所得水準と信頼感の間にも関連性が見られ、国・地域に関わりなく、低所得層の間では信頼感が低くなっています。これは恐らく、これらの消費者が取り残され、屋根置きソーラーパネル、家庭用蓄電池、電気自動車(EV)などの新しいエネルギーソリューションの購入や利用ができないと感じていることを反映しているとみられます。今日までこのようなソリューションの早期導入者として高所得層に焦点が当てられてきたため、低所得層にはエネルギー転換のための選択肢と、その利点を知る機会が少なかったと考えられます。
エネルギー転換が消費者の信頼感に与える影響をより深く理解するために、 世界経済フォーラムのエネルギー転換指数に対してECCIをマッピングしました。この指数は、38の指標を通じて各国・地域のエネルギー転換の進展状況を評価するものです。マッピングの結果、各国・地域のエネルギー転換の進展とエネルギーに関する消費者の信頼感との間に興味深い相関関係があることが明らかになりました。エネルギー転換の進展に伴い、消費者の信頼感は、将来の可能性に対する前向きな感情を反映して当初は上昇するのですが、その後急激に低下します。エネルギー転換のプロセスの規模と複雑さ、そして、それがもたらす混乱が理論から現実のものになるとともに消費者はその影響を実感するようです。しかし時間の経過に伴って新しいエネルギーの世界が現実となり、消費者は身の回りの変化に価値を見いだすようになる結果、信頼感は再び高まり始めます。エネルギー転換のプロセス全体を通じて消費者の信頼感を形成し維持することが、各国・地域が脱炭素化の目標を達成・加速できるかどうかの重要な決定要因になるでしょう。
変化は常に容易ではありません。ましてエネルギー転換には消費者のライフスタイル、住宅、車に関する変化が求められます。現在多くの国・地域ではエネルギーの転換が日常生活、行動、投資に与える影響を消費者が理解し始めたところであり、信頼感が低下する段階にあります。多くの国・地域においてエネルギーに関する顧客体験が失望をもたらしていることと、エネルギー価格の上昇も消費者の悲観的な態度につながっていると考えられます。
消費者がエネルギーのために支払う金額は上昇していますが、そこから得られる体験は、明日に関しては言うまでもなく今日の期待水準も満たしていないのです。消費者はエネルギー転換がどのように自身に価値をもたらすのか理解できない状況にあります。
EYの調査によると、今日エネルギーに関する消費者体験のあらゆる点が、期待水準に達していません。消費者はエネルギー供給企業やエネルギーエコシステムの他の関係者と接する際、利用可能なサポートや機会のすべてを把握することが困難なために困惑することも多いのです。エネルギーに関する信頼感は、 安全性と信頼性 の基礎となるものを正しく理解すること によって築くことができ、コミュニティに付加価値をもたらすなど、他のニーズに応えることによってさらに強化することができます。
第2章
ECCIから知見を得る
どの国・地域において「幻滅の谷」が回避されているのでしょうか。
最も興味深いと思われるのは、一部の国・地域ではエネルギー転換の進展に伴い、信頼感が低下するという関連性が回避されているとみられることです。例えば、フランスとオランダはエネルギー転換がかなり進んでいますが、これらの国々における消費者の態度は比較的楽観的です。フランスでは、市場制度、政府の介入、原子力発電が相まって予測可能で安定した市場構造の形成につながった結果、消費者は小売価格の変動や価格の急騰から保護されています。
オランダでは、地域社会が積極的に関与し、社会全体で幅広く協働が実施されており、これが消費者の信頼感を維持する秘訣となっているとみられます。例えば、 アムステルダム・スマートシティ ・プロジェクトでは、企業、政府、学術界、地域社会の組織が集結し、都市計画、eモビリティ、技術革新と併せてエネルギー効率を考えるための包括的なプログラムが策定されました。 この取り組みにより、人々の生活に実際に利益がもたらされています。これこそオランダの消費者が、将来安全で手頃な価格のエネルギーを容易に利用できることに信頼感を持っている理由と思われます。
スウェーデンは、消費者の信頼感の高さという点で際立っています。同国では新規エネルギープロジェクトの開発に地域社会が深く関与し、エネルギーコストの低減、雇用創出、地方自治体の税収増加など、より幅広い潜在的なメリットに焦点が当てられています。増加した税収は、新しい文化センターやスポーツ施設、地域のインフラの建設資金に充てられます。
これらの事例から学べることは何でしょうか。フランス、オランダ、スウェーデンでは、早い段階から消費者にエネルギー転換への取り組みを促し、支援を提供してきました。また地域社会と消費者にもたらされるエネルギー転換の価値が明確に提示されています。さらに重要な点として、政府と規制当局はエネルギーに関する顧客体験について、予測可能で安定した基盤を築いてきました。これは、信頼感が低い英国とは対照的です。英国では、消費者が小売価格の変動や大幅な価格上昇、エネルギー供給企業の失策による打撃の矢面に立たされています。
一方、米国では、エネルギー転換はまだ初期段階にあり、消費者の信頼感は比較的高くなっています。投資の拡大と政策の進展とともに、消費者の信頼感の維持に優先的に取り組む必要があります。さもなければクリーンエネルギー普及に向けた野心的な目標の達成が困難になる可能性があります。
消費者は依然としてクリーンエネルギーにコミットしている
エネルギーへの信頼感が揺らいでいるとしても、よりクリーンな未来の実現に向けて消費者の意欲は依然として高く、自らの役割を果たすことに力を注いでいることが明らかになりました。40%がエネルギー効率の高い家電製品、約半数がEVの購入を検討していますが、意向と行動の間にはギャップがあります。消費者はそのような変化を実行することが難しすぎる、または費用がかかりすぎる、あるいは単に分かりにくいと考えています。
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成果を上げるためには、エネルギーエコシステムの全領域のリーダーが進んで障壁を打ち破り、社会全体のエネルギー転換プロセスを分かりやすくする必要があります。
ではどうすれば、消費者がよりサステナブルな未来に貢献する意向に沿った行動を、より容易に手頃な価格で実行できるようになるのでしょうか。それは、すべての人がエネルギー転換に責任を負っていると認識することから始まります。EYのGlobal Energy & Resources Industry Market LeaderのSerge Colleは、次のように述べています。「多くの組織は全体的な顧客体験についてほとんど考慮することなく、個々にエネルギー転換に取り組んでいます。成果を上げるためには、エネルギーエコシステムの全領域のリーダーが進んで障壁を打ち破り、社会全体のエネルギー転換プロセスを分かりやすくする必要があります」
第3章
4つの鍵となる行動に協調して取り組む
エネルギーに関する消費者の体験を改善し、消費者の信頼感を高めるには協調して取り組むことが欠かせません。
エネルギーエコシステムの全関係者が、消費者が求める体験を提供するために集結する必要があります。ビジネスリーダーが実行するべき鍵となる4つの行動は以下の通りです。
1. 消費者を中心に据えたエコシステムを構築するために協働する
消費者が信頼できるエネルギーシステムを構築するには、エコシステムの共通の目標に向けての取り組みが必要となります。クリーンエネルギーソリューションの導入を加速するにも、統一されたアプローチが必要なのです。
EYの調査 によると、エネルギー関連の新しい製品やサービスの購入を決定する際、消費者は多岐にわたるプロバイダーを検討します。そのトップ5は、エネルギー供給企業、ソーラー発電設備設置業者、再生可能エネルギー支援団体、ホームセンター、大手テクノロジー企業です。しかし、消費者は新しいソリューションの利用を開始するときに、さらに多くのステークホルダーと関わる必要があります。
例えば、現在屋根置きソーラーパネルを設置する際に、大半の国・地域では選択肢の検討に始まり、適切なシステムの購入、許可の取得、設置業者の選択、エネルギー供給企業への余剰電力の買い取り可否の確認に至るまで、複雑で統合されていない、費用負担があるプロセスが含まれています。さまざまな企業や政府機関が協力し、消費者の体験が簡単で手頃な価格のものになった将来を想像してみてください。より多くの消費者が、クリーンエネルギーソリューションの可能性に触れ、行動を起こし、触発されるはずです。
各関係者にとって重要な検討事項
- エネルギー供給企業:ソーラーパネルなどの新しいエネルギーソリューションを導入する消費者のために、どうすればワンストップサービスを提供できるか。
- 金融サービス企業:消費者におけるクリーンエネルギーの選択肢の利用可能性と範囲を拡大できる、新しい資金調達アプローチとパートナーシップとはどのようなものか。
- テクノロジー企業:消費者が容易にサステナブルな選択をできるようにするには、コネクテッドホーム関連製品(スマート温度調節装置など)、プラットフォーム、データをどのように共有すればいいのか。
- 政府:消費者の意識向上と関与拡大に向けてのセクター間の協働を、補助金制度を通じてどのように助長できるのか。
2. ライフスタイルと個人の行動に照準を定める
EY Future Consumer Indexは、消費者がエネルギー以外にも、サステナブルなライフスタイルへの変更に取り組んでいることを示しています。消費者の4分の3超は定期的に製品の包装資材をリサイクルし、エコバッグを携行し、節水に努めています。EYのGlobal Consumer LeaderのKristina Rogersは、「消費者が社会的価値や環境的価値に基づいて行動する傾向はさらに強くなっています。消費者の64%は、社会に利益をもたらすのであれば、行動を変えてもいいと考えています」と述べています3。
このようなライフスタイルについての選択を、エネルギー効率の高い行動と投資を奨励・支援するための各種の取り組みに、どのように取り入れることができるでしょうか。これにはさまざまな業界の消費者行動についての知見を活用することができますが、特にエネルギーに関する消費者体験が複数の製品、プロバイダー、チャネルにまたがる場合に効果的です。
消費者が社会的価値や環境的価値に基づいて行動する傾向はさらに強まっています。消費者の64%は、社会に利益をもたらすのであれば行動を変えてもいいと考えています。
エネルギー消費者のさまざまな考え方について理解を深めることも、人々の生活全般により多大な価値をもたらすクリーンエネルギーソリューションの設計につながります。私たちは調査を通じて、サステナビリティに対するアプローチの違いに基づいた5つのペルソナを特定しました。
消費者の支持を得るには、家庭におけるエネルギー転換の利点に対する理解を促す啓発活動や販売方法、ターゲットを絞りパーソナライズしたマーケティングを行う必要があります。企業がこのような差別化に投資すれば多大な恩恵を受けられると思われます。
各関係者にとって重要な検討事項
- エネルギー供給企業:どうすれば消費者に対して最大公約数的なアプローチではなく、各消費者に応じた体験を提供できるのか。
- 不動産・施設管理者:コミュニティ住宅の居住者、賃貸人、小規模企業経営者など、さまざまな状況にある人々が、それぞれのニーズに合致したクリーンエネルギーソリューションに容易にアクセスできるようにするには、どうすればいいのか。
- 小売企業・消費財企業:他の組織とどのように連携すれば、消費者が多様なクリーンエネルギーソリューションを理解し、ライフスタイルに適したものを選択することが可能になるか。
- 政府:よりサステナブルな生活を実践するのが困難な低所得層を支援するには、どのような借り入れ手段、インセンティブ、または教育プログラムが効果的か。
3. 認知されにくかったエネルギーバリューチェーンの価値を広く認知させる
オランダでは、クリーンエネルギー導入を加速させながら消費者の信頼感を獲得しています。この事例はエネルギー転換のメリットを、信頼性と安全性という基本的領域を超えて、より広範に強調することの重要性を浮き彫りにしています。再生可能エネルギーとより環境に配慮したソリューションが、どのようにコミュニティや社会への影響、選択肢、利便性、快適さなどの消費者には捉えにくい事象の価値につながるのか、それを示すことがエネルギー転換に対する消費者の信頼獲得に向けてのゲームチェンジャーとなる可能性があります。しかし、消費者にとって認知しにくいエネルギーインフラへの投資が大部分を占める業界では、それは容易ではないとみられます。企業、政府、地域社会の組織が一体となって取り組み、広報活動を刷新し、消費者の信頼感獲得につなげる必要があります。またこの点で成果を上げた組織は、優れた価値提案を提供し、新しい収益機会を手にすることができるでしょう。
各関係者にとって重要な検討事項
- エネルギー供給企業:消費者にとって重要なエネルギーバリューチェーンの価値に光を当てるために、マーケティング・販売活動をどのように洗練させることができるか。
- インフラ開発企業:クリーンエネルギー投資が確実に個人に価値をもたらすように、大規模なインフラプロジェクトの初期段階で消費者と地域社会の関与を拡大するには、どのような機会があるか。
- テクノロジー企業:新しいビジネスモデル(エネルギー取引のための仮想ピア・ツー・ピア・コミュニティなど)はどのようにして消費者の関心を集め、新しい形の価値を生み出すことができるか。
- 政府:情報発信・意識向上活動を通じて、どのようにエネルギー転換の経済的・社会的利益に対する関心を高めることができるか。
4. 行動科学を理解する
人は矛盾した行動をとることがあります。EYの調査によると、私たちの約半数はエネルギーに関してプラスの行動によってマイナスの行動を相殺してもいいと考えています。例えば、消費者が省エネのためにスマート温度調節機器を購入した場合、暖房や冷房を調整して室温をより快適にすることが容易になるため、エネルギー使用量が増加することになるかもしれません4。これはリバウンド効果と呼ばれるもので、現在の情報発信と取り組みの重大な欠陥を浮き彫りにしています。行動科学を考慮することなく、サステナビリティに関する情報発信や価格だけに焦点を当てても、消費者に前向きな変化を促し、エネルギー転換に対する信頼感を築くのに十分ではありません。
学術研究において、行動科学に対する注目が高まっています。多くの業界でこれを理解することが不可欠になっており、価値を通じて消費者の行動に影響を与えるために用いられています。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック時を含め、多くの健康・安全上の情報発信の鍵でもあります。外出の自粛、ソーシャルディスタンスの維持、マスク着用、ワクチン接種を奨励するために行われたキャンペーンのうち最も効果的だったのは、感情に訴え、個人的な責任感を持たせ、望ましい行動の変化を伝え、それを良き市民としての姿に結び付けるものでした。
このようなアプローチをとることで、エネルギー供給企業や政府、その他のステークホルダーは、結果を評価して改善を促すアジャイルなフィードバックループを通じて、消費者体験の魅力を高めることができます。
各関係者にとって重要な検討事項
- エネルギー供給企業:ソリューション設計、マーケティング、販売、カスタマーサービスに行動科学の知見を組み込むには、消費者に関するどのようなインサイト、スキル、協働が有用か。
- 学術界:永続するサステナブルな消費者行動を促すには、研究により得られた知見をどのように直接的に適用することができるか。
- テクノロジー企業:豊富な消費者データと行動に関するインサイトは、サステナブルな行動の形成にどのように役立つか。
- 政府:どのような政策アプローチを採用すれば、エネルギーエコシステムが消費者データの共有を通じて、セキュリティとプライバシーの問題に対処しつつサステナビリティにおいて成果を上げることが可能になるか。
消費者の信頼感の低下を防ぐ
ECCIは、私たちの気候目標達成への可能性に対する警鐘となるものです。クリーンエネルギーインフラへの投資が急速に拡大したとしても、新しいエネルギーへの未来が利益をもたらすことを消費者が納得しなければ、その道は閉ざされてしまいます。エネルギー転換が成功するには、セクター間、政府間の協調した取り組みが求められるとともに、今、消費者の信頼感を再び築くことが不可欠です。
サマリー
新たに発表されたEnergy Consumer Confidence Indexは、エネルギー転換がもたらす利益について消費者が信頼を持てないことが、その進展の妨げになりかねないと警鐘を鳴らしています。今こそ、エネルギー供給企業とエネルギーエコシステム全体がエネルギーに関する消費者体験を改善し、消費者の信頼を高める必要があります。鍵となる4つの行動に協力して取り組むことで、エネルギーのより良い未来に向かう歩みを加速させることができるでしょう。