マイノリティ側の苦しさを理解するために必要なこと
梅田 惠(以下、梅田):特権があることに無自覚なマジョリティに対してマイノリティ側が働きかけられることはありますか? 一方ではマジョリティやマイノリティとカテゴライズすることによって両者の間に対立や分断を生むのではないかという危惧もあります。どうすればもっと歩み寄れるのでしょうか。
出口 真紀子氏(以下、出口氏):以前はマジョリティ、マイノリティを集団として捉えていたのですが、最近、マジョリティ性、マイノリティ性という捉え方にシフトしています。なぜなら、マジョリティやマイノリティというのは永続的な属性ではなく、インターセクショナリティ(交差性)とも言いますが、それぞれの場面や立場で、マジョリティとマイノリティの属性が交差するからです。しかしマジョリティ性の多い人は、自動ドアを通り抜けているようなものなので、ほとんどの人が自分のマジョリティ性の多さを自覚する機会がありません。対してマイノリティ性が高い人にはさまざまな障壁が立ちはだかるので、自分のマイノリティ性について常に考えるようになるのです。例えば健常者は、「自分は健常者集団の一員である」とは日々感じて生きていないわけですよね。ですから属性に注目して、これまで考えたこともなかった権力の非対称性という視点を加えることが、歩み寄りのきっかけになるのではないでしょうか。
梅田:逆に、マジョリティ集団が特権を持っていることに罪悪感を抱き、それゆえマイノリティ側への働きかけが偽善的ととられそうで怖いという意見もあります。マジョリティ側の人が特権を差別解消のために有効に活用するには、どんなアクションを取ったらよいとお考えですか。
出口:私も最初の頃は、何かするたび息苦しくなって、本当の被害者はマジョリティ側ではないのかとすら思っていたときがあったので、マジョリティ側もつらいんだという気持ちには共感できるんですね。ですが勉強や研究をしているうちに、これまでいかにマイノリティ側の苦しさを感じず、どれだけマジョリティ側の居心地のいい世界で生きてきたのか、という事実にも突き当たるわけです。
一方で、「自分がアライにならなければ!」と勇んでマイノリティ側にアプローチしても、「結構です」と言われて傷つく経験もするわけです。しかし、そこがまさに踏ん張りどころなのです。理解し続けなければならないのは、善意を拒みがちになる背景がマイノリティ側にはあるということです。彼らは過去に何度もマジョリティ側から痛い目に遭っている。さらに大事なのは、関わり方が表面的かどうか、常に本気度が試されているということです。ですからマジョリティ側は、自分の行動を当たり前のように受け取ってもらおうとするのでなく、自分が信頼に値することを証明していかなければならないと思います。
対話を怖がらないことが重要
梅田:ダイバーシティの手法でよくあるのは、マイノリティの立場の疑似体験です。妊婦さんの気持ちを分かってもらうため、重しをつけて歩いてもらうとか、視覚障がい者体験をするダイアログ・イン・ザ・ダークなどのイベントに参加したり、最近ではVR(バーチャル・リアリティ)ツールを利用した体験型研修も増えています。けれども、そういう体験をしないと分からないものなのでしょうか。逆に体験してもすべて理解することはできないと思うのですが。
出口:マイノリティの立場を体験するのは、とてもパワフルだと思うんですね。例えば、足首を捻挫したときに階段のきつさを再認識することができます。しかし、それも限定的ですし、体験には限界はあるでしょう。どんなに頑張っても、マジョリティ側にはマイノリティ側の立場を完全に理解することは難しいでしょう。であれば私は、諦めることも大事だと思います。ただし諦めるというのは、理解することを放棄するという意味ではありません。理解が不足しているが故に何かうっかり失言してしまう可能性はいつだってあるということを理解する。問題はその後ですよね。今のまずくない?と指摘があれば素直に謝って、自分の考えを訂正する柔軟な姿勢が重要と思います。
梅田:壁を取り払うツールがあればと思ったりもします。その点で、SNSは一つのツールになる可能性はないでしょうか。今回も講演中にEYのメンバーが多くの書き込みをしてくれて双方向のコミュニケーションが講演と並行して行われておりました。社内SNS上では役職に関係なく誰もが平等に意見が言えるというのは、壁をなくすのに有効に働くのではないか。これはいかがでしょうか。
出口氏:社内SNSが、フラットに意見を言い合えるなら有効でしょう。そこで気になるのは心理的安全性ですよね。参加の有無や発言内容が人事評価に反映されないことを明確にした上でなら、本音を言おうという気になるでしょうし、企業にとっても風通しの良さが期待できると思います。
梅田:ダイバーシティを担当していると、不公平についての議論にしばしば直面します。よく言われるのは、女性だけずるいとか、男性に対する逆差別じゃないかと。あるいは子育て支援だけではなく、子どものいないメンバーに対する施策も何か考えてくださいという意見も頂きます。緊急性の高い人への支援から取り組んでいるつもりですが、それでも全員に行き届かず、不公平を感じる人が出る。それならいっそ誰にも何もしないという行動を取る人もいたりすると思います。そこはどう対応していくのが良いでしょうか。
出口氏:対話を繰り返すほかにありませんね。自分たちだけで抱え込んで決めるのではなく、大勢を議論に巻き込んでいくと、想定しなかった結果や結論に至ったりすることがありますから、やはり対話を怖がらないことが大事です。