2023年3月期IFRS決算留意事項
情報センサー2023年3月号 IFRS実務講座
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 IFRSデスク 公認会計士 竹下 泰俊
2007年に当法人大阪事務所に入社。主として医薬品、化学品等の製造業、サービス業などの会計監査に携わる。17年よりIFRSデスクに所属し、製造業などのIFRS導入支援業務、IPO支援業務、研修業務、執筆活動などに従事している。当法人 シニアマネージャー。
Ⅰ はじめに
IFRSに準拠して財務諸表を作成している企業は、新たに公表された基準書や解釈指針書を確認して、その影響を調査し会計処理及び表示・開示を検討する必要があります。本稿では、2023年3月期に新たに適用される基準書を網羅的に解説するとともに、最近の社会・経済環境に鑑みて再確認すべきIFRSの基準書についても取り上げています。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
Ⅱ 2023年3月期に新たに適用される基準書
2023年3月期には<表1>に示した基準書が新たに適用されます。
1. 概念フレームワークへの参照(IFRS第3号「企業結合」の改訂)
IFRS第3号は企業結合時に認識する負債は概念フレームワークの定義を満たさなければならないと定めています。2018年に改訂された概念フレームワークで定義されている負債は、IAS第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」やIFRIC第21号「賦課金」で定められている負債よりも範囲が広いため、企業結合後のDay2以降にそれらの基準書に従うと、企業結合時に認識された負債が取り崩されて利益が生じるという問題がありました。この問題を回避するためにIFRS第3号が改訂され、IAS第37号又はIFRIC第21号を適用する負債を企業結合で引き受けた場合には、概念フレームワークではなく、個別の基準書を適用します。
2. 有形固定資産-意図した使用の前の収入(IAS第16号「有形固定資産」の改訂)
IAS第16号は、有形固定資産の取得原価には、経営者が意図した方法で稼働可能にするために必要な場所及び状態に置くことに直接起因するコストを含めると定めています。改訂前のIAS第16号は、この直接コストに試運転コストが含まれ、その試運転コストからは、試運転時に生産した見本品等の売却収入を控除すると定めていました。改訂後のIAS第16号では、見本品等の売却収入を試運転コストから控除するのではなく、当該物品のコストとともに純損益に認識することになります。
3. 不利な契約-契約履行のコスト(IAS第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」の改訂)
不利な契約とは、「契約による債務を履行するための不可避的なコストが、当該契約により受け取ると見込まれる経済的便益を上回る契約」と定義されています。また、この定義に含まれるコストは「契約履行コスト」と「契約不履行により発生する補償又は違約金」のいずれか低い方とされています。この契約履行コストの範囲に実務上ばらつきが見られましたが、IAS第37号の改訂によりその範囲が明確化されました。改訂の結果、増分コスト※1だけでなく、契約を履行するために必要となる活動について生じる他のコスト(例えば、契約活動のために使用する機械の減価償却費等)も契約履行コストに含められることになります。
4. IFRS基準書の年次改善2018年-2020年
年次改善から、IFRS第9号「金融商品」の修正について解説します。
金融負債の新たな又は修正された契約条件が当初の金融負債の条件と大幅に異なるか否かを評価する際(10%テスト)に、当該計算に含める手数料の範囲について、借手・貸手間で受け払いされる手数料、及び借手又は貸手が他方に代わって受け取った又は支払った手数料のみを含めることが明確化されました。
その他、IFRS第1号において、在外営業活動体の換算差額累計額の測定に係る要求事項、IAS第41号の公正価値測定に係る要求事項の修正が行われています。
Ⅲ その他の考慮事項
当期は、地政学的リスクやそれに伴う物流コスト高、金利変動、為替変動等の世界的な経済環境の変化がみられます。また近年急速な動きを見せているサステナビリティの世界でも特に緊急性が高いテーマである気候関連事項の財務諸表への影響も考慮する必要があります。本章では、こういった事項を会計処理で考慮するために関連するIFRSの基準書について解説します。
1. 主な基準書における金利変動の影響
(1) 引当金(IAS第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」)
資産除去債務等の負債決済までの期間が長期になる場合には、将来の決済金額を貨幣の時間価値に対する現在の市場評価とその負債に特有のリスクを反映した税引前割引率で割り引きます。期末において割引率の見直しが求められますが、市場金利のボラティリティーがより高い場合には、企業は引当金の割引率を報告期間中に見直すことも考えられます。
(2) 固定資産の減損(IAS第36号「資産の減損」)
市場金利の上昇に伴う回収可能価額を算定する際に使用する割引率の上昇や将来キャッシュ・フローの不確実性の高まりにより、固定資産の減損リスクが高まります。
(3) 退職後給付債務(IAS第19号「従業員給付」)
退職後給付債務の算定において使用する割引率は、退職後給付債務と通貨や期日が整合する優良社債の(報告期間の末日現在の)利回りを参照します。基本的に名目割引率を採用するため、割引率に対してインフレ調整を行わないことになります。
(4) 為替換算(IAS第21号「外国為替レート変動の影響」)
IAS第21号「外国為替レート変動の影響」では、外貨建取引を換算する際取引日レートを使用することが原則となっていますが、著しい変動がない場合に一定期間の平均レートの使用が認められています。この例外が適用可能かどうかについては慎重な判断が求められます。特に期中の為替レートの変動が著しい状況で取引日レートを用いて換算した結果との乖かい離が大きい場合には、使用する平均レートの算定方法の見直しが必要になります。
2. 気候変動の考慮
気候変動に関する特定のIFRSの基準書は存在しないものの、特に会計上の見積りを考慮する際には気候関連リスクや機会を検討する必要があります。例えば、気候変動による物理的リスクにより現在使用している固定資産が損傷、摩耗又は劣化するリスク、新たなビジネスに転換する機会がもたらすキャッシュ・フローが改善する可能性等が固定資産の減損会計や、耐用年数の見積り、資産除去債務の算定に影響することがあります。その他、IFRS第13号の公正価値測定、IFRS第9号の金融商品等、さまざまなIFRSの基準書が関連するため現行の基準書を十分に検討する必要があります。また気候関連リスクに係るIASBの動向にも注視が必要です※2。
Ⅳ おわりに
2023年3月期において新たに適用される基準書には著しく重要な影響を与えるものは多くないと考えられますが、関連する取引が発生した場合には、会計処理だけでなく関連する開示要求事項も確認することが大切になります。また、近時の社会・経済環境に鑑みると将来予測の際に不確実性を考慮する項目が多岐にわたりその複雑性が増しています。このような状況に対応するためには、新たに適用される基準書だけでなく関連する既存の基準書にも目を行き届かせて決算に向けて再確認することも重要になります。
※1 当該契約がなかったとした場合に企業が回避することとなるコストで、例えば直接材料費や直接労務費が該当する。
※2 IASBは2022年~2026年の作業計画として気候関連リスクについての維持管理及び一貫した適用のプロジェクトを作業計画に追加することを決定している。
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