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子育てはトライ・アンド・エラーの連続

2022年9月30日 PDF
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情報センサー2022年10月号 Column

スポーツキャスター 宮下 純一

1983年、鹿児島県鹿児島市生まれ。5歳から水泳を始め、9歳のときに背泳ぎの選手に。2008年の北京オリンピック競泳男子100メートル背泳ぎ準決勝で53.69秒のアジア・日本新記録(当時)を樹立。決勝では8位入賞。同400メートルメドレーリレーでは日本チームの第一泳者として銅メダルを獲得。現在はスポーツキャスターとして活動する一方、(財)日本水泳連盟競泳委員として選手指導・育成にも携わっている。

Ⅰ 水泳選手からパパへ

僕が競技水泳の世界から引退したのは2008年。8月に北京オリンピックに出場し、10月に現役引退を宣言しました。それから14年。現在はスポーツキャスターをメインとして、選手指導や育成に携わる生活を過ごしています。選手時代と比べると、生活は大きく変わりました。オリンピックを目指し、水泳のことだけを考えていた生活から一転、今はメディア出演や水泳指導などで全国を飛び回る毎日です。そして、一番の変化は家族ができたことです。家に帰れば、5歳の女の子、2歳の男の子が待っています。子どもが生まれる前は、誘われれば絶対に断ることはありませんでしたが、今では断る回数が増えているなんて、自分でも随分、変わったなと思います。

わが家は、妻が会社員で、僕は出張などもある不規則な生活です。子どもが生まれる前はお互いのやりたいことを尊重し合うスタンスでしたが、子どもが生まれてからはそうはいきません。育児、料理、洗濯、掃除……。娘だけのときはまだ一人の育児に集中することができていたのですが、息子が生まれてからは外食も大仕事です。二人で協力しても手一杯なので、ワンオペで子育てをしている方は本当に大変だと思います。息子に食べさせている横で、娘が散らかしていたり、ちょっと目を離すだけで息子がどこかに走って行ったりと、想像もしない行動をします。気付くと、息子が1メートルほど高いところからジャンプしようとしていて、おとなしい娘と元気すぎる息子のギャップに困惑しています。

Ⅱ「いやいや」にもきちんと耳を傾ける

コロナ禍で、東京オリンピック関係の仕事が軒並みキャンセルになり、ずっと家にいる時期がありました。父親として家族に還元できることはなんだろうと考えて、始めたのが料理です。僕は一人暮らしが長かったので、料理を作るのは苦じゃないし、子どもが食べてくれるのを想像しながら献立を考えるのは楽しい時間でもあります。まだ二人とも小さいので、子ども向けに料理をアレンジするなどの工夫をしています。例えば、献立がキムチ鍋の時などは、最初に子どもが食べられるものだけを入れた鍋を作り、大人の鍋と別に取り分けておきます。大人の分は別途キムチの素を入れたり、ラー油を入れたりして、キムチ鍋の完成です。できるだけ手間を増やさずに、大人向けと子供向けの料理ができるように工夫するのが、腕の見せどころです。

どうしても子どもが嫌がって食べない場合があります。そのときは、「どうして食べないの」と聞きます。大人から見ると、ただ意地を張って食べないと思いがちですが、そこで「どうして」と聞くことで、僕らが想像もしない答えが返ってきたりします。この間、娘に目玉焼きを作って出しところ、食べないどころか吐き出してしまいました。そこで「どうして」と聞くと、「“ぷるんぷるん”が嫌い」と言うのです。“ぷるんぷるん”の意味がよく理解できなかったのですが「じゃあ、“ぷるんぷるん”じゃなかったら食べるの」と、目玉焼きの両面を焼いて出したところ、「これは食べられる」とおいしそうに食べてくれました。こちらとしては、両面を焼いて食べてくれるならなんの問題もありません。彼女にとっては“ぷるんぷるん”としているところを食べたくないということなのでしょう。同じようにチキンの皮も“ぷるんぷるん”しているから嫌だということが分かりました(笑)。子どもにも何か食べない理由があるので、その理由を蓄積していくしかないですね。親としてはその反応を見逃さないことが大切だと思っています。

Ⅲ 水泳選手時代の経験が育児にも……

親は、つい自分たちのルールで子どもと接しようとします。わが家も朝食の時間はせわしなく、子どもたちに早くご飯を食べるようにせかして、毎日慌ただしく仕事や幼稚園に出かけていました。ですが、いくらせかしても子どもたちはなかなか早くご飯を食べてくれません。そこで気付いたのは、朝、子どもたちに早くご飯を食べさせたいのは親であるわれわれの都合であって、彼らにとっては関係ないということです。そのことに気付いたとき、それなら僕らがいつもより30分早く起きて、朝食の時間を30分ほど長くしたらどうだろうと思い立ち、試してみました。すると、子どもたちもしっかり朝食を食べ、僕らにも時間の余裕ができ問題が解決しました。

この方法が上手くいったとき、僕は、水泳時代の経験が役立ったと思いました。レースで結果が出ないとき、僕らは何が原因かを徹底的に検証します。フォームが乱れているのか、キックの強さが弱いのか、さまざまな原因を検証するのですが、そのときに注意するのは、同時に変えないことです。レース結果が出ない原因としてフォームとキックを検証する場合、同時に修正してはダメなのです。同時に修正してしまうと、フォームとキックのどちらが悪かったのかが分からなくなってしまうのです。そのため、トライ・アンド・エラーは、1つずつ変えていくのです。わが家の場合でいうと「もっとせかして食べさせる」「朝ごはんの量を調整する」「時間をかける」という候補の中から、まず「時間をかける」を試した結果、上手くいったわけです。失敗はしてもいい。その失敗から何を学んで、次にやることを明確にしておくと道が拓けていくのです。

Ⅳ 家事は誰かの仕事じゃなく“家”の仕事

選手時代の仲間から「お前がSNSに料理の写真をアップすると、妻からあなたはなんで作らないのと言われて困る」と言われることがあります。決して僕が毎日料理を作っているわけではありませんが、日々、臨機応変に対応しています。よく、夫婦で家事の分担を決めているご家庭がありますが、わが家の場合は何をどちらが担当してもいいということにしています。特に子どもが生まれてからは、そうしないと成立しません。イメージとしては、ゴルフのダブルスでやるフォーボールみたいに、相手が飛ばせるのであれば相手に任せて、それ以外のことは自分がやるというやり方です。家事は誰かの仕事ではなくて“家”の仕事なので誰がやってもいいし、その家に住んでいるみんなでやろうという発想です。おかげで僕も、洗濯は洗濯機のボタンを押すだけじゃなくて、干して畳んで、棚にしまうまでだということを学びました。料理も作るだけじゃなく、洗った食器を元の場所に戻すまでが料理です。当たり前ですが、そこまでが一連の仕事だということを今になって学んでいます。

僕は、子どもを持ってみて、本当に変わったと思います。自分でいちばん変わったなと思うところは、立ち止まって考えるようになったこと。それまでは、思ったことをすぐに口に出していましたが、妻に対しても子どもに対しても、この言葉を発したらどうなるかという一歩先のことを考えます。同じことを伝えるのでも、相手のことを思った言葉選びをすることで、コミュニケーションは上手くいく。単純なことですが、立ち止まって考えることはとても大切だと思います。(談)

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