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金融庁金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告の概要 前編

2022年9月30日 PDF
カテゴリー 会計情報レポート

情報センサー2022年10月号 会計情報レポート

EY新日本有限責任監査法人 サステナビリティ開示推進室/品質管理本部 会計監理部
公認会計士 前田 和哉
公認会計士 髙平 圭

品質管理本部 会計監理部において、会計処理および開示に関して相談を受ける業務、ならびに研修・セミナー講師を含む会計に関する当法人内外への情報提供などの業務に従事している。

Ⅰ はじめに

2021年6月に金融担当大臣からの諮問を受けて設置された金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループでは、サステナビリティに関する企業の取組みの開示、コーポレート・ガバナンスに関する開示、四半期をはじめとする情報開示の頻度・タイミング、その他の開示に係る個別課題について、21年9月から9回にわたり審議が行われ、22年6月に審議の結果を取りまとめた「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告 ―中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けてー」(以下、DWG報告)が公表されました。

本稿では、DWG報告の項目のうち、サステナビリティに関する企業の取組みの開示の内容について解説します(<表1>参照)。文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

表1 DWG報告の概要

Ⅱ わが国におけるサステナビリティ開示の対応

1. 有価証券報告書における開示

DWG報告では、有価証券報告書にサステナビリティ情報の「記載欄」を新設すべきとされています。記載欄で開示する内容は、国際的な比較可能性の観点から、気候関連財務情報開示タスクフォース(以下、TCFD)のフレームワークや国際サステナビリティ基準審議会※1(以下、ISSB)の公開草案といった国際的なフレームワークと同様の枠組みで開示することが適切と考えられ、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの構成要素に基づく開示を行うこととしています。

ただし、「ガバナンス」と「リスク管理」は全ての企業に対して開示を求める一方で、「戦略」と「指標と目標」は、開示が望ましいものの、各企業が「ガバナンス」と「リスク管理」の枠組みを通じて重要性を判断して開示するとされています。

開示の重要性の考え方については、現在「記述情報の開示に関する原則」において、経営方針・経営戦略等の分析、事業等のリスクを中心に整理されています(<資料1>参照)。このため、DWG報告では、今後、サステナビリティ開示の充実を進めるにあたっては、企業価値に関連した投資家の投資判断に必要な情報が開示されるよう、ISSB等の国際的な動向も踏まえつつ「記述情報の開示に関する原則」を改定すべきとされています。その上で、各企業においては、当該原則を踏まえて、どのように重要性を評価しているかが伝わる開示が必要とされています。

資料1 記述情報の開示に関する原則:重要な情報の開示

サステナビリティ情報に関する具体的な開示内容については、国際的な比較可能性の担保の観点から、サステナビリティ基準委員会※2(以下、SSBJ)において、ISSBが策定する基準等を踏まえ、速やかに検討すべきとされています。したがって、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の開示内容については、今後のSSBJでの議論の動向を注視する必要があります。

なお、金融庁が毎年公表している「記述情報の開示の好事例集」には、「気候変動関連」や「経営・人的資本・多様性等」の開示例が含まれています。これらは有価証券報告書においてサステナビリティ情報の開示を検討する際の参考になると考えられます。

2. 他の開示との相互参照

有価証券報告書に新設する「記載欄」では、投資家の投資判断に必要な核となるサステナビリティ情報を記載し、有価証券報告書の他の項目である【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】【事業等のリスク】【コーポレート・ガバナンスの状況等】等と適切に相互参照することも認められるとされています。また、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報を補完する詳細情報については、必要に応じて任意開示書類を参照することも考えられるとしています。ただし、任意開示書類を参照する場合であっても、有価証券報告書に「記載欄」を設けた趣旨を踏まえ、核となる情報は有価証券報告書での記載が必要と考えられます。

有価証券報告書における任意開示書類への参照について、現在のわが国の実務では両書類の公表時期に差があるため、いつ時点の任意開示書類の情報を参照するかについて、実務上の課題があります。海外ではサステナビリティ情報を財務情報と併せて開示することが想定されていることを踏まえると、将来的には、サステナビリティ情報が記載された開示書類の公表時期を揃えていくことが重要と考えられます。DWG報告においても実務的な検討や環境整備を行っていくことが提言されています。

3. 将来情報の記述と虚偽記載の責任

サステナビリティ情報は、企業の中長期的な持続可能性に関する事項であり、将来情報を含みます。将来情報に関する記載と虚偽記載の責任については、金融庁による19年1月の企業内容等の開示に関する内閣府令(以下、開示府令)の改正時におけるパブリックコメントへの回答において、「一般に合理的と考えられる範囲で具体的な説明がされていた場合、提出後に事情が変化したことをもって虚偽記載の責任を問われるものではないと考えられる」ことが明らかにされています。投資家の投資判断にとって有用な情報を提供する観点では、事後に事象が変化した場合において虚偽記載の責任が問われることを懸念して企業の開示姿勢が萎縮することは好ましくありません。そのため、この考え方について、実務への浸透を図るとともに、企業内容等開示ガイドライン等において、サステナビリティ開示における事例を想定して、さらなる明確化を図ることを検討すべきとされています。

また、有価証券報告書のサステナビリティ情報の「記載欄」において、任意開示書類に記載した詳細情報を参照する場合の虚偽記載の責任の考え方について、任意開示書類に事実と異なる実績が記載されており、明らかに重要な虚偽記載があることを知りながら参照するなど、当該任意開示書類を参照する旨を記載したこと自体が有価証券報告書の重要な虚偽記載になり得る場合を除けば、参照先の任意開示書類に虚偽記載があったとしても、単に任意開示書類の虚偽記載のみをもって、金融商品取引法の罰則や課徴金が課せられることにはならないという考えが提示されています。

Ⅲ 気候変動対応に関する開示

ISSBが22年3月に公表した気候関連開示基準の公開草案もTCFDのフレームワークの4つの構成要素を踏襲しつつ、TCFDの推奨開示項目から一部追加又は詳細化したものとなっており、業種別指標も示されています。わが国はTCFD賛同機関数で世界をリードしており、多くの気候関連開示に係る実務や事例が積み上がっていますが、国際的な比較可能性の確保の観点から独自の開示項目を早急に決めるのではなく、本年中に最終化予定のISSBの気候関連開示基準を踏まえ、SSBJにおいて迅速に具体的な開示内容の検討に取り掛かることが期待されるとし、現時点では、具体的な開示内容について言及していません。したがって、気候変動対応に関する具体的な開示内容については、今後のSSBJの議論の動向を注視する必要があります。

ただし、企業が業態や経営環境等を踏まえ、気候変動対応が重要であると判断する場合、有価証券報告書のサステナビリティ情報の記載欄に「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の枠組みで開示すべきとされています。

温室効果ガス(以下、GHG)排出量については、ISSBの気候関連開示基準案や米国証券取引委員会(以下、SEC)の気候関連開示規則案において開示が求められるなど、国際的にも気候変動に関する指標として確立しつつあるとともに、投資家と企業の建設的な対話に資する有効な指標となっていると考えられます。特にScope1※3及びScope2※4のGHG排出量については、気候変動対応開示の重要性の判断を前提としつつ、積極的な開示が期待されるとしています。また、GHG排出量が相当程度多い企業は、地球温暖化対策の推進に関する法律に基づき、Scope1・Scope2のGHG排出量の公表が求められており、Scope1・Scope2の開示の重要性を特に適切に評価した上で開示することが期待されるとしています。

このようにGHG排出量について、開示の義務付けまでは提言されていませんが、地球温暖化対策の推進に関する法律に基づきScope1・Scope2の開示が義務とされている企業においては、有価証券報告書でもGHG排出量の開示が必要となる可能性があると考えられます。

Ⅳ 人的資本、多様性に関する開示

人的資本や多様性については、長期的な企業価値に関連する情報として、近年、投資家から注目されています。また、「新しい資本主義」の実現に向けた議論の中では、人への投資の重要性が強調されており、非財務情報の充実を図ることとされています。

米国では20年11月にSEC規則の改正が行われ、年次報告書に人的資本に関する開示が義務付けられています。ISSBによる国際的な基準策定の対象となるかは未定であるものの、近年の状況を踏まえ、投資家の投資判断に必要な情報を提供する観点から、以下の開示を有価証券報告書に行うべきとされています。

① 中長期的な企業価値向上における人材戦略の重要性を踏まえた「人材育成方針」(多様性の確保を含む)や「社内環境整備方針」について、サステナビリティ情報の「記載欄」の「戦略」の枠の開示項目とする

② 各企業の事情に応じ、上記の「方針」と整合的で測定可能な指標(インプット、アウトカム等)の設定、その目標及び進捗状況について、サステナビリティ情報の「記載欄」の「指標と目標」の枠の開示項目とする

③ 女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間賃金格差について、中長期的な企業価値判断に必要な項目として、「従業員の状況」の中の開示項目とする

人的資本や多様性に関する「指標と目標」について、具体的にどのような指標を公表するかは、企業の業態や経営環境を踏まえて企業が判断することになるとしていますが、将来的には比較可能性の観点からSSBJで検討することも考えられるとしています。また、具体的な開示についてもISSBやSSBJの検討を踏まえ、必要に応じて、将来的に有価証券報告書のサステナビリティ開示の「記載欄」の在り方を検討することも考えられるとしています。したがって、人的資本・多様性に関する開示についても、今後のSSBJの議論の動向について注視する必要があると考えられます。

女性管理職比率や男性の育児休業取得率、男女間賃金格差といった多様性等に関する指標については、投資判断に有用である連結ベースでの開示に努めるべきとされています。しかし、最低限、提出会社及び連結会社において、女性活躍推進法※5や育児・介護休業法※6に基づく公表を行っている企業は、有価証券報告書においても当該開示を行うべきと提言しています。また、定量的な指標の開示にあたっては、投資家が適切に指標を理解することが重要であるため、企業が指標に関する説明を追記できるようにすることが考えられます。

したがって、連結ベースではなく、各法律で定められた範囲で指標を開示する場合、指標が対象としている範囲等、指標に関する説明の開示を行う必要があると考えられます。

Ⅴ おわりに ~今後の動向~

サステナビリティ開示(<図1>参照)について、DWG報告では、金融庁等において早急に制度整備等を行うことを期待するとされています。したがって、本年度中にDWG報告の提言に基づく開示府令等の改正が行われることが考えられます。この開示府令等の改正によって、有価証券報告書にどのようなサステナビリティ情報の開示が求められるか、またいつから適用となるか、開示実務に大きな影響があると考えられるため、今後の動向に注意を払う必要があると考えられます。

図1 DWG報告に基づく有価証券報告書におけるサステナビリティ開示の概要

また、ISSBが策定する基準を踏まえSSBJで個別具体的な開示を検討するとされていることから、SSBJの議論の動向も継続して注視する必要があると考えられます。

※1 IFRS財団がグローバルなサステナビリティ報告基準の設定主体として21年11月に設立。22年3月にサステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項及び気候関連開示の公開草案を公表している。

※2 サステナビリティ基準委員会は、公益財団法人財務会計基準機構に、サステナビリティ開示に関する国際的な意見発信等を行う目的で22年7月に設置された委員会である。

※3 Scope1:事業者自らによるGHGの直接排出

※4 Scope2:他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出

※5 女性活躍推進法とは、「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」のことをいう。

※6 育児・介護休業法とは、「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」のことをいう。

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