あの頃、僕は先生を信頼したかった
情報センサー2022年新年号 Column
作家・演出家 鴻上尚史
1958年愛媛県生まれ。早稲田大学法学部出身。1981年に劇団「第三舞台」を結成。以降、作・演出を手掛ける。現在は「KOKAMI@network」と若手俳優を集めて旗揚げした「虚構の劇団」での作・演出を中心としている。舞台公演の他にも、映画監督、小説家、エッセイスト、ラジオ・パーソナリティ、脚本家などとしても活動。最新著作は『学校ってなんだ! 日本の教育はなぜ息苦しいのか』(工藤勇一/鴻上尚史/講談社現代新書)。『同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか』(講談社現代新書)。『演劇入門』(集英社新書)『何とかならない時代の幸福論』(朝日新聞社出版)、『ほがらか人生相談』(朝日新聞出版)、など著書多数。
僕が司会をしている「COOL JAPAN 発掘! かっこいいニッポン」(NHK-BS1)という番組では、毎回スタジオに外国人を8人呼んで収録を行っています。一度、外国人高校生特集をしたんですが、彼らが来日して不思議に思うことの一つが、いわゆる“ブラック校則”だそうです。僕は個人的にかれこれ40年以上“校則”の理不尽さについて文句を言っているので非常によく分かるのですが、やっぱり“変”なんです、日本の“校則”は……。中・高時代には先生たちと随分、衝突もしました。でも、なぜ戦っていたかというと、当時は言葉にできなかったけど、やっぱり先生を信頼したかったんです。これに尽きます。
中学・高校で出会った先生の中には、いいなって思う人もいました。ですが、その先生が「髪が眉毛にかかっちゃダメ」とか言い出すと、「僕が信頼していた先生はどこにいっちゃったんだろう?」って不信感を抱いてしまう。靴下の刺繍がワンポイントならいいけど、2箇所以上になったら校則違反だから脱ぎなさい」とか言い出すともう最悪。先生はどういうつもりでそれを言ってるんだろう?と………。「1箇所ならよくて、2箇所がダメな理由は?」それが引っかかって、僕は50年間近くモヤモヤしていたんです。
そんなとき「COOL JAPAN」のSDGsの特集で、東京の麹町中学校が取り上げられたVTRを見ました。そこでは、工藤勇一前校長が行った数々の学校改善が紹介され、その素晴らしさに僕は圧倒されました。頭髪・服装検査の廃止だけではなく、中間・期末テストの廃止、固定担任制ではなく、グループ制でクラスを見る集団担任制。いやあ、そんな先生が今の日本にいてくれることが嬉しかったですね。工藤前校長の話をしっかり聞きたいと思い、対談の機会を作り、『学校ってなんだ! 日本の教育はなぜ息苦しいのか』(講談社現代新書)という書籍にして発売しました。ぜひ、お読みください。
Ⅰ 麹町中学校の学校改善
工藤さんとの対話は僕が50年間近く抱えていたモヤモヤを払拭してくれる素晴らしい機会になりました。学校って卒業しちゃうと過去の思い出になっちゃうと思うんですが、僕の場合は演劇の演出家として、若い連中と40年間ずっと付き合ってきているせいか、学校や教育のことがすごく気になる。特に近年は若い人が、枠組みを疑わないようになってきているのが心配です。例えば、舞台公演で小道具を置くとき、東京だと狭い会場が多いからどうしてもコンパクトな置き方にせざるを得ないんですが、地方公演の広い会場でも東京と同じように小さなスペースで道具を置こうとしちゃう。「広いんだから余裕を持って置けばいいじゃん」って声をかけると「いいんですか?」って返ってくる。今の若い世代は、枠組みの中でどうするかは熱心に考えるけど、枠組み自体を疑うことはしない。それってなぜなんだろうと考えたとき、“校則”とか“教育”のせいだと思っていました。そして、まさにその答えが工藤さんとの対話で得られました。
工藤さんが取り組まれた学校改善の一つは中間・期末テストの廃止です。もちろんテストそのものをなくすわけではなくて、因数分解についてや、三角関数についての単元テストは行うわけです。中間テストのようにやたらと出題範囲が広いところを一夜漬けで勉強するより、よっぽど理解力が上がる。工藤さんが言ったのですが、日本人が一夜漬けを覚えたのは、中間・期末テストの経験があるからだという意見には目から鱗でした。あの経験があるから、未だに僕も締切前日にしか原稿を書けない。その悪い習性は中間・期末テストのせいだったわけです(笑)。
Ⅱ 校則を変えるにはまず先生の意識を変える
僕が工藤さんに聞きたかったことの一つが、既存のシステムを大きく変えるとき、どうやって先生方を納得させたのか?ということ。僕がやってる人生相談にも先生から、「頭髪・服装検査は個人的には不要と思っていますが、学校の力学上、やらざるを得ません。それに耐えられないので学校を辞めようと思っています」という相談がきたりするんですが、工藤さんからの答えは明確でした。“先生達の意識を変えていく”だそうです。先生達だって、正しいと思うからやっているわけで、生徒の為を思ってやっているだけです。ただ、長年の間になぜその“校則”が必要なのか?という大事なところが分からなくなっている。そこで、工藤さんは学校の中でいちばん優先すべきは何か?を教員に問いかけたそうです。
最優先すべきなのは「生命」であり、その次は「犯罪・人権」だろうと……。それはやはり工藤さんが現場を知っているからこその優先順位なんですよね。教育評論家が訴える理想論ではなくて、現場の感覚。演劇に例えると、いくら理想的な演劇論を喋ろうが、現場で起きているのは、“主役の人がものすごく神経質なんですが、どうやって芝居を作ろうか?”であり、そこには現場のリアリティがある。工藤さんは優先順位を付けることで、服装や頭髪検査をすることは重要なのか?を問いかけたそうです。その結果、服装・頭髪検査は廃止され、先生たちの意識も変わっていったそうです。
Ⅲ 健康的な自立を目指して
先生の意識が変われば、生徒の意識も変わります。僕が「COOL JAPAN」の取材VTRでもっとも驚いたのは、麹町中学校の生徒たちが学校内でのスマホ所有について、生徒たちだけで議論していたことです。「今の時代は緊急事態がいつ起こるかわからないから、スマホを学校に持ってくるのはOKにしよう。」「だけど、授業中に触るのはダメ。」「じゃあ、給食の時間はどうなんだ?」と、生徒たちだけで議論していました。その間、先生はその議論を見ているだけで何も言わない。僕はそれを見て涙ぐみました。アメリカかよ!ってくらい普通に発言していたことに感動したんです。
問いかけることの重要さは、先生に対しても、生徒に対しても重要です。「君は何をしたいんだ?」って聞くのは、それこそ全部の人間関係の基本。演劇でも「ここはどういう気持ちで演じていますか?」と聞くことで、役者はそこで考える。考えたことでこちらも発見があるし、演技も深くなっていく。それが学校教育から行われると日本の未来も明るいと思います。
僕はずっと「健康的な自立」を提唱しています。それは自分で自分をコントロールできる能力を持つことですが、対話をできる人間教育が本当に大切だと実感しています。今回、工藤さんに会えて、僕は50年越しに信頼できる先生を見つけました。こんな出会いもあるんだなと。学校の当たり前をやめることからまずは始めてください。麹町中学校のような学校が日本の常識になってくれたらいいなと思います。(談)