ポスト・スマートシティ 第8回 成果連動型民間委託契約(PFS)を活用した成果の創出とワイズスペンディング
情報センサー2021年7月号 パブリックセクター
EY新日本有限責任監査法人 パブリック・アフェアーズグループ 高木麻美
コンサルティング・ファーム、シンクタンクを経て現職。社会的インパクト投資・評価等の社会課題解決の仕組みや、政策評価、EBPM、業務改革等、パブリックセクターの経営に関するコンサルティングや調査研究に多数従事している。
Ⅰ はじめに
ポスト・スマートシティと題した本連載の第1回(本誌2020年7月号)では、未来に残したい持続可能な都市/まちとして「サステナブルシティ」を掲げ、今までなかったIoT/領域横断プラットフォームといった新しいインフラだけでなく、既存インフラ、公共サービス全体を含めて都市/まちを全体最適化し、持続可能な地域経営を行うことが重要であると提起しました。
持続可能な地域経営には、社会課題の解決も不可欠です。スマートシティには、さまざまな住民向けのサービスとともに社会課題解決への貢献も期待されています。では、スマートシティの取り組みの中で社会課題解決をどのように進めていくのでしょうか。今回は社会課題解決を意図した調達アプローチの一つとして、成果連動型民間委託契約方式(PFS)の活用について検討します。
Ⅱ PFSを活用した社会課題解決の促進
社会課題の解決には、課題を定義し、その解決を図る事業を実施するだけでなく、結果を評価して事業の改善を図るという不断のサイクルが必要です。また、そもそも限られたリソースをより効果的な事業に振り向けなければなりません。そこで、PFSの活用可能性が出てきます。
1. PFSとは何か
PFSは、Pay for Successの略で、日本では成果連動型民間委託契約方式と呼ばれます。PFSは、次のように定義されます※1。
- 国又は地方公共団体が、民間事業者に委託等して実施させる事業のうち、
- その事業により解決を目指す行政課題に対応した成果指標が設定され、
- 地方公共団体等が当該行政課題の解決のためにその事業を民間事業者に委託等した際に支払う額等が、当該成果指標の改善状況に連動するもの
行政による従来型の委託契約では、仕様により「何を実施するか」が定められているのに対し、PFSでは「期待される成果(アウトカム)が実際にどの程度生み出されたか」が問われることになります。また、あらかじめ合意した成果指標の達成状況に応じて委託費の支払額が異なることが大きな特徴です。
PFSのうち、事業者に対して金融機関等が資金を提供し、成果が出た場合に行政から金融機関等に支払いが行われる枠組みをソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)と言います。SIBは2010年に英国で最初の事業が組成され、その後、急速に世界に広まっていきました。以下でPFSという場合には、このSIBの概念を含むこととします。PFSとSIBのスキーム例を<図1>に示します。
PFS事業は、国内でも事例が増加しています。分野としては、医療・健康、介護の分野が多いです。海外では、就労支援、住宅支援、子ども・家庭支援などの事例も多く、国内事例と比べて事業規模が大きい傾向があります。
政府は、「成果連動型民間委託契約方式の推進に関するアクションプラン」を作成し、普及促進に向けたさまざまな支援事業を実施しています。例えば、内閣府では今年度、成果連動型民間委託方式推進交付金を設け、PFS事業を実施する地方公共団体を対象に複数年にわたる補助を実施します。支援事業等を通じてPFSの知見がさらに蓄積されることでしょう。
2. PFSの意義
PFSでは、成果を創出するための手段は事業者に委ねられます。そのため、事業者にとっては創意工夫の余地が大きく、また、成果に応じて支払額が変動することは、成果を創出するためのインセンティブになります。地方公共団体から見ると、成果が出なかった場合の支払額を抑制することができますし、社会課題の解決を通じて財政削減効果が生まれることもあります。つまり、より効果の高い事業にリソースを配分するワイズスペンディングにもつながるのです。なによりも、社会課題の解決を促進することは市民生活の向上に寄与することが期待されます。
Ⅲ スマートシティにおけるPFSの活用の在り方
PFSはスマートシティにおいて主に次の三つの場面で活用できると考えられます。
1. 効果的な事業の実証
スマートシティガイドブックでは、スマートシティの進め方として<図2>のようなステップを示しています。
このうち、「実証」段階において、PFSの枠組みを用いることにより、成果の特定、事業効果の検証を、地方公共団体にとっては不要な支出を抑制しながら実施することができます。実証段階で成果が出ないと判断できれば、事業をやめる、あるいは、実施方法を見直すなどの修正が可能です。PFSによる実証を組み込むことにより、効果が曖昧な事業の実装を防ぐことができます。
モデル事業を経て本格展開した例として、横浜市では、18年度に「横浜市ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)モデル組成等委託」事業において、子育てに関する親の不安減少を目的として「小児科オンライン」サービス※2を活用し、成果評価を行いました。評価対象は「育児に関する不安の減少」、「子どもの健康に関する不安の減少」等、複数のアウトカムです。これらはサービス利用者へのアンケートにより計測しました。このモデル事業の結果を踏まえ、同市では19年度、および、20年度〜21年度と、サービスを「産婦人科オンライン」に拡大し、妊娠期からの支援を行うPFS事業として展開しています。
2. 調達改革/PPP
前述のように従来型の委託事業では、成果が実際に生み出されたかは確認されないことが多くあります。一方、PFSでは、成果評価が必須となります。成果が出なければ支払はなされません。PFSは、「手段や実績の購入」から「成果(アウトカム)の購入」への転換を行うものであり、調達改革の側面も有しています。また、成果の実現を促進するために、インセンティブをつけて事業者の創意工夫を促す新しいPPPでもあります。PFSはスマートシティにおける調達改革やPPPとしても活用可能です。
3. ファイナンスの手法
スマートシティでは事業の財源確保も課題です。そこで、PFSの一形態であるSIBをスマートシティのファイナンス手法として活用することが考えられます。この点については、すでに提言がなされています※3。
SIBのBはボンドを意味しますが、その資金調達手法は債権に限らず、投資や寄付の場合もあります。例えば、最近では豊田市が企業版ふるさと納税を活用した介護予防SIB事業の実施を公表しています※4。SIBを活用した資金調達によって、事業の実施機会が広がる可能性があります。
Ⅳ スマートシティにおいてPFSを活用する上での課題
PFSはスマートシティのあらゆる事業に活用可能というわけでありません。PFSの活用には幾つかの要件があります。PFSでは成果指標に基づいて支払いがなされるため、①計測可能な成果指標が設定できること、②成果指標と事業の因果関係があることが重要です。また、実際に評価するために、③信頼性のあるデータが入手できることが必須となります。
本来であれば、スマートシティ全体の目的に対する各事業の貢献や、複数事業によるシナジーも考慮した多面的な評価したいところです。しかし、成果を支払いに結び付けることを踏まえると、当該事業の成果といえるもの、データ収集が可能なものに成果指標を設定するのが現実的です。
他方、デジタル技術の発展によって、スマートシティでは、これまでのPFSでは困難であったデータ収集が容易になり、評価ができるようになる可能性もあります。それに応じて、PFS運用の在り方についても、随時見直しが必要になるでしょう。
Ⅴ おわりに
PFSは成果評価が必須となる仕組みであるため、それ以外の委託契約と比較して難易度が高いとみられがちです。一方、スマートシティはデジタル技術の活用が根底にあることから、事業の評価の高度化につなげることができます。両者は親和性の高い取り組みであると言えます。PFSを活用することにより、スマートシティにおいても、より効果が高い事業に予算を付けていくワイズスペンディングや、調達改革/PPPにつなげられるのではないでしょうか。
※1 「成果連動型民間委託契約方式の推進に関するアクションプラン」(令和2年3月27日、成果連動型民間委託契約方式の推進に関する関係府省庁連絡会議決定)
※2 小児科オンラインおよび産婦人科オンラインは、株式会社Kids PublicによるPCやスマートフォンを使った遠隔健康医療相談サービス
※3 林イラン(2020)「スマートシティにおける資金調達手法」(KDDI総合研究所R&A、2020年8月号)、内閣府・総務省・経済産業省・国土交通省スマートシティ官民連携プラットフォーム事務局「スマートシティガイドブック」(2021.04 ver.1.00)
※4 豊田市報道発表資料(www.city.toyota.aichi.jp/pressrelease/1041303/1041361.html)報道発表日21年1月5日