監査役の情報収集に関する法規定と実務

監査役の情報収集に関する法規定と実務

2021年7月1日 PDF
カテゴリー 特別寄稿

情報センサー2021年7月号 特別寄稿

獨協大学 法学部教授 高橋 均

一橋大学博士(経営法)。新日本製鐵(株)(現、日本製鉄(株))監査役事務局部長、(社)日本監査役協会常務理事、獨協大学法科大学院教授を経て、現職。専門は、商法・会社法、金商法、企業法務。法的諸課題に対して、法理論と実務面の双方からのアプローチを実践している。近著として『グループ会社リスク管理の法務(第3版)』中央経済社(2018年)、『実務の視点から考える会社法(第2版)』中央経済社(2020年)、『監査役監査の実務と対応(第7版)』同文舘出版(2021年)。

Ⅰ はじめに

監査役は、株主総会で取締役とは別に選任され(会社法329条1項)、株主から負託を受けて、取締役の職務執行を監査します(同法381条1項)。言い換えれば、監査役は、取締役・使用人(従業員)による執行部門から法的に独立した立場に立って、取締役が違法行為や不適切な行為をすることなく善管注意義務を果たしているか株主に代わって監視する役割を担っています。その上で、取締役以下の執行部門に対して、問題点を指摘したり、必要に応じて是正を求めたりします。

この職務を全うするためには、監査役が社内の必要な情報を適時適切に把握できる仕組みが確保されていることが重要です。仮に不正の兆候があればその事実を早期に把握すること、不祥事が発生すればそれが大きな問題となる前に執行部門に善処を求めること、有事の際には経営執行部門から独立した立場で、社外取締役とも連携を取りつつ、会社としての最善の方策を考えることになります。このように、監査役が次なるアクションを起こすために、社内の実情や実態を明確にするための情報が必須です。

そこで、本稿では監査役にとっての情報収集の問題について、法規定と実務の観点から整理してみたいと思います。

Ⅱ 監査役への報告

1. 会社法・会社法施行規則の規定

(1) 取締役の義務

会社法上、取締役は、会社に対して著しい損害を及ぼすおそれのある事実があることを発見したときには、直ちに当該事実を監査役(会)に報告しなければならないと規定しています(会社法357条1項・2項)。いわゆる取締役から監査役(会)に対する報告義務です※1。報告を行う取締役は、会社に著しい損害をもたらした当事者である取締役に限らず、その事実を認知した別の取締役の場合もあります。上位役位の取締役やワンマン代表取締役の行為に対して、別の取締役が、直接意見等を言えない場合もあり得るからです。

当事者である取締役の場合は、間違いを犯したものの結果的に監査役に報告することにより、監査役の力も借りながら、損害拡大防止に向けた協力を仰ぐ面と、自らの対応について迅速に報告することによって、自身の善管注意義務違反の程度を少しでも軽減する目的があります。他方、当事者ではない取締役による報告の場合は、監査役の法的権限の行使を期待したものとなります。すなわち、取締役からの報告を受けた監査役は、取締役会の招集請求権又は自らの招集権(会社法383条2項・3項)を行使して、事実関係の確認や会社として適切な対応方針を出すべく、取締役会を通じて要請することができます。また、緊急を要するときには、監査役が取締役に対して、違法行為差止請求権(会社法385条1項)を行使することも可能です。違法行為差止請求権とは、取締役が法令・定款違反行為を行っているか、または行うおそれがあるときに、その行為が継続されると会社に著しい損害が発生するおそれが生じると想定される場合に、監査役が行使することができる強力な権限です※2。いずれにしても、会社に著しい損害が発生するおそれのある事実を把握した取締役が監査役への報告義務を怠り、そのことが結果として会社に多大な損害を及ぼすこととなれば、その取締役は善管注意義務違反となります。なお、この場合の報告とは、法定化された義務であるだけに、口頭による立ち話的なものではなく、正式な報告要件を充足する外観と実質(書面又は監査役会での説明等)を備えている必要があります。

(2) 会計監査人の義務

会社法では、会計監査人による監査役への報告義務も定められています。会計監査人は、その職務を行うに際して取締役の職務の執行に関し、不正の行為又は法令・定款違反の重大な事実があることを発見したときには、遅滞なく監査役(会)に報告しなければなりません(会社法397条1項・3項)。取締役の場合は、会社への著しい損害のおそれが要件(法令違反行為に限定されていない)であるのに対して、会計監査人の場合は、取締役の不正行為等の事実が要件となっています。会社運営においては、会計処理を伴うことが基本ですので、職業的専門家である会計監査人が会計監査を実施していく中で、不正会計処理にとどまらず、広く不正行為が行われている事実を発見することもあり得ます。会計監査人の場合、会社の外部者として独立した立場から会計監査を行っていることから、会計不正等を発見したとしても、そのことが取締役の職務執行によるものか直ちに判断することは容易ではありません。このために、会計監査人から監査役(会)への報告は、「遅滞なく」とされています。会計監査人による監査役への報告義務も、取締役の場合と同様に、報告を受けた監査役による是正権限に期待したものです。

(3) 会社の義務

他方、内部統制システムの観点から、会社は、取締役および使用人が監査役に報告するための体制を整備しなくてはならないとの規定が存在します(会社法施行規則100条3項4号イ)※3。会社法上の取締役の報告義務規定では、「著しい損害を及ぼすおそれのある事実」とする有事であることが要件となっていますが、会社法施行規則では、平時の報告体制としている点が特徴です。加えて、報告を行う者を取締役に限定せずに、使用人からの報告も監査役への報告体制としていることから、監査役への情報伝達を行う対象としては広範囲に及んでいることになります。

内部統制システムの整備とは、内部統制システムの構築(基本方針)とその適切な運用が求められていますので、具体的な監査役への報告体制は、企業自治の観点から各社が自律的に整備することになります。

2. 監査役の能動的な情報収集

会社法や会社法施行規則の規定は、監査役への情報伝達について法定化された内容です。したがって、監査役が取締役等から情報を受ける行為は、監査役にとって、受動的な情報収集となります。

他方で、監査役が能動的に情報を収集することも可能です。監査役の中心的な活動としては、業務監査があります。業務監査は、法的には各執行部門に対する業務報告請求権を行使することであり(会社法381条2項)、各事業部門への定期的なヒアリングを通して、法定監査を実施することです。業務監査としてのヒアリングの場で、監査役は各事業部門ですでに顕在化した事件・事故から発生のおそれのある事象に至るまで、報告を受けたり、質疑を通じて明らかにしていきます。この責務を全うするために、監査役は、ヒアリングにとどまらず、取締役会を中心とした重要会議への出席や重要書類の閲覧、現場の実査等を行います。これらの活動は、監査役の業務監査としての能動的な行為と位置付けられます。また、不正等を耳にしたときには、監査役は、執行部門に対して調査権を発動することも可能です(会社法381条2項)。業務報告請求権・調査権ともに、取締役の職務執行を監査する監査役の職責として、情報を積極的に収集する重要な法的権限ということになります。

また、監査役は、その職務を適切に遂行するために、取締役・使用人等と意思疎通を図ることを通じて、情報等の収集に努めなければならないとの規定もあります(会社法施行規則105条2項)。この規定は監査役の努力義務規定ですが、役職員と意思疎通を図ることを通じて、監査役が自ら積極的に情報収集を図ることの必要性を規定している点において、留意すべき規定です。

Ⅲ 監査役の情報収集の現状と課題

1. 実務実態

監査役に対し十分な情報伝達がなされていないのではないかとの問題意識を一つの理由として、前回の会社法改正のための法務省法制審議会会社法制部会において、労働組合の代表委員が監査役の一部を従業員代表から選任すべきとの提案を行い、検討の俎上(そじょう)に載りました※4。今から、約10年前の平成22年のことです。当時と比較して、近時は、若干状況は改善されているものと思われますが、監査役からみて、監査役への報告体制の実態について興味深いデータがあります。

日本監査役協会によるアンケートによりますと、監査役への報告体制について、体制の構築も運用も十分になされているとの会社数は、48.8%(会社数では1,543社)と5割に達していない結果となっています※5。他方、上場会社において、監査役への報告体制の構築も運用も十分ではないとの回答が10.3%(会社数137社)もあります※6。それでは、何故にこのような状況となっているのでしょうか。

2. 監査役の情報収集の限界

監査役が情報収集を行う手段としては、前述IIで記載したように、取締役等からの自主的な報告と業務監査の一環として実施する能動的なヒアリングなどとなります。しかし、前者は、取締役と監査役との間に、会社に及ぼす「著しい」損害への評価が異なることにより、監査役が期待する情報が報告されない可能性があります。また、一部の限られた取締役が不正等を認知したとしても、当該取締役が社内で明らかにしたくないとの事情から、監査役に報告されないこともあり得ます。結果として、監査役が報告を受けるときは、すでに社内で大きく認知された後となることを考えると、監査役にとってかなり限定的な情報収集手段となります。

他方、監査役の業務監査の一環としての各事業部門へのヒアリング等では、会社に及ぼす著しい損害に限定されないことから、幅広く確認できるメリットがあります。しかし、ヒアリング等で不正等の兆候を察知することは、監査業務にある程度通暁していないと必ずしも容易なことではありません。そもそも、監査象部門が監査役からの質問や資料提出要請に対して、前向きに対応し、意図的な隠蔽(いんぺい)行為が行われていないことが前提となります。

多くの意思決定を行う責任者である業務執行取締役に対しては、部下や周囲の関係者は、通常、自らの企画案を通すために積極的に情報を伝達し理解を得るように努めます。また、取締役は、社内における人事権や報酬決定権についても広範な権限を有していることから、自ら情報収集を行わなくても、おのずと情報が集まる傾向があります。

しかし、非業務執行役員である監査役は、社内の執行部門の役職員に対して人事権や報酬決定権を有しているわけではないことから、そもそも自然に情報が集まるわけではありません。加えて、監査役に就任している員数は、執行部門と比較して圧倒的に限られている上に、監査役をサポートするスタッフの専任も少ないか、そもそも配属されていない会社が多い実態があります※7。さらに、監査役は役員であり、一般の使用人から見ると職位が高く、また接する機会も日常的にはほとんどないのが現状です。管理職レベルでも、部長クラスが年に1回から2回の業務監査報告をする程度です。このような状況から、使用人から監査役に直接情報を伝達するには、物理的にも心理的にも、極めてハードルが高いことになります。すなわち、監査役自らが社内の不正や不適切な事象を全て網羅的に把握することは現実的には容易なことではありません。

Ⅳ 具体的な方法

1. 内部通報制度の活用

監査役がコーポレートガバナンスの一翼を担うとされる職責を果たす上で重要な情報収集力は、会社の仕組みとして確保されている必要があります。このための有力なツールとして、内部通報制度の活用があります。

内部通報制度は、コーポレートガバナンスの観点から、従業員からコーポレート部門や経営陣に対して不正等の情報が遅滞なく情報伝達される仕組みです。本来は、部下から上司等各職場単位で情報が伝えられるべきところ、不正等の問題に対しては、例えば上司自身が不正に関与している場合や、上司が不正問題について真剣に受け止めないタイプであるとすると、上司に報告しても情報が会社上層部に有効に伝わらずに活かされないことになります。そこで、内部通報制度は、法務や内部統制管轄部門の窓口に対して、匿名又は記名により通報する仕組みにより、正規ルートが機能しない場合における代替機能の意義があります。

監査役にとっては、内部通報制度で寄せられた通報件数や内容について、内部通報制度を管掌している部門から定期的に(原則的には毎月)報告を受ける運用体制となっていることが出発点となります。また、内部通報の中から会社に重大な影響を及ぼす緊急事象については、都度、報告がなされる必要があります。監査役は報告を受けた内容の中から、緊急性を要する事象、緊急性はないものの、会社に対して将来重大な影響が想定される事象については、執行部門に対して前述した監査役の法的権限を活用して、事実確認を含めた善処を求めることになります。

また、自社の内部通報制度が適切に機能しているか否かを判断するために、通報件数とその内容について、業務監査の一環として留意すべきです。通報件数が毎年一桁にとどまっているとか、件数は多くても、その内容が個人への誹謗(ひぼう)中傷的な内容が多い場合には、内部通報制度が本来の目的を果たしているとは言い難いと考えられます。使用人をはじめとした通報者※8に対して制度の趣旨とともに、通報者が人事上の不利益な扱いを一切受けないことについて、周知徹底が行われているか改めて確認すべきです※9

なお、内部通報制度の直接の通報窓口に監査役を追加するか独自に監査役ルートを設けることも一考に値します※10

2. 監査(等)委員の場合

監査(等)委員は、法的には非業務執行取締役との位置付けとなりますが、直接、執行部門に対して指揮・命令をすることが可能です。なぜならば、監査(等)委員は、常勤者の就任が法定化されていないことに見られるように、自ら監査活動をするというよりは、必要に応じて内部監査部門等に対して直接的に指揮・命令することにより、内部統制システムの構築・運用状況を確認することが期待されているからです※11。したがって、監査(等)委員は、内部監査部門等の執行部門に直接指示することにより、情報収集を図ることが可能です。

Ⅴ おわりに

監査役が取締役の職務執行を監査することは、監査活動を行いその結果を期末の監査役監査報告にまとめて、株主に通知することだけが目的ではなく、監査活動を通じて、問題や課題があれば執行部門に改善要請をしたり善処を求めたりすることも重要な責務です。監査役からの指摘を受けて、執行部門が適時適切に対応することによって、結果として、取締役が善管注意義務を果たし、内部統制システムの整備も相当であるとの期末監査結果であれば、それに越したことはありません。

監査役がその職責を果たすためには、監査役に対して適切に情報伝達が行われること、および自ら情報収集ができることです。そして、そのことが体制として整備されていることが重要です。監査役としては、情報収集に関して、法定の情報伝達が監査役に対して適切に行われているか、他方、監査役自身として法的権限を活用して能動的な情報収集を行っているかどうかについて、期末時期に確認することが大切です。その上で、必要に応じて、監査役の情報収集機能が十分に発揮されるように執行部門に対して改善要請を行うことも監査役監査の環境整備の観点からは大事な点であると思われます。

※1 監査等委員会設置会社は、監査等委員会に報告(会社法357条3項)。なお、指名委員会等設置会社の場合は、業務執行を担う執行役が監査委員に対する報告義務を負っている(会社法419条1項)。

※2 具体的な行使の方法は、取締役に対して直接書面等で請求したり、取締役会を通じて行う。さらには、裁判所に対して取締役を被告として行為差止めの訴えを提起し、その訴えに対する裁判所による仮処分をもって行うことも可能である。上柳克郎=鴻常夫=竹内昭夫編『新版注釈会社法(6)』[鴻常夫](有斐閣、1987年)464ページ

※3 グループガバナンスの観点から、子会社の役職員も親会社の監査役に報告する体制を整備しなくてはならない(会社法施行規則100条3項4号ロ)。

※4 法制審議会会社法制部会第2回会議議事録(平成22年5月26日)[逢見直人委員発言]23ページ 本提案は、部会の委員から、現実的な制度設計が困難であるなど多くの疑義が出されて採用されなかった。

※5 (公社)日本監査役協会「役員等の構成の変化などに関する第20回インターネット・アンケート集計結果」月刊監査役No.710別冊付録(2020年)80ページ

※6 38.5%(会社数513社)の上場会社は、体制の構築は十分であるがその運用は十分ではないと回答している。前掲注(5)80ページ

※7 監査役スタッフがいない会社の割合は、59.4%(会社数1.881社)であり、上場会社に限っても、50.0%(666社)となっている。前掲注(5)26ページ

※8 利用件数が少ない場合には、正社員に限定せず、派遣社員・パート従業員・家族等、通報利用者を拡大することも検討の余地がある。例えば、過大な残業時間による過労死のリスクに対しては、家族による通報で未然に防止できる可能性がある。

※9 監査役の立場から、自社の内部通報制度が適切に構築・運用されているか第三者が評価する内部通報制度認証(Whistleblowing Compliance Management System認証)を取得するように、執行部門に働きかけることも考えられる。

※10 コーポレートガバナンス・コードでも、「上場会社は、内部通報に係る体制整備の一環として、経営陣から独立した窓口の設置(例えば、社外取締役と監査役による合議体を窓口とする等)を行うべき」(補充原則2-51)としている。

※11 解釈論として、監査役が内部監査部門を指揮しても良いとする意見もある。森本滋ほか「シンポジウム 検証・会社法改正」[前田雅弘発言]私法66号(2004年)78ページ

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