収益認識会計基準等の適用初年度における留意点
情報センサー2021年6月号 会計情報レポート
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 会計監理部 公認会計士 中根將夫
品質管理本部 会計監理部において、日本の会計基準に係る調査研究、会計処理に関する相談業務、当法人内外への情報提供等の業務に従事するとともに、監査事業部において会計監査業務に従事している。2017年から2020年の間、企業会計基準委員会に専門研究員として出向し、主に収益認識専門委員会、税効果会計専門委員会、実務対応専門委員会等の事務局を担当。
Ⅰ はじめに
2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から企業会計基準委員会公表の企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下、「会計基準」。また、2018年に公表された会計基準は「2018年会計基準」、2020年に改正された会計基準は「2020年改正会計基準」)及び企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下、「適用指針」。また、会計基準と合わせて、「収益認識会計基準等」)が原則適用されます。
適用初年度においては、実務上の負担に配慮され、さまざまな経過措置が定められていますので、本稿では、収益認識会計基準等の適用にあたって特に留意いただきたい点として、初年度における会計処理の原則的な取扱い、会計処理及び開示の経過措置の概要、並びに会計方針の変更に関する注記について解説します。また、四半期決算直前のタイミングであることから四半期(連結)財務諸表における開示の取扱いについて解説します。
なお、文中の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
Ⅱ 会計基準の適用初年度の取扱い(収益認識会計基準等を原則適用する場合)
会計基準の適用初年度においては、原則として、新たな会計方針を過去の期間のすべてに遡及(そきゅう)適用する取扱い、及び適用初年度の期首より前に新たな会計方針を遡及適用した場合の適用初年度の累積的影響額を、適用初年度の期首の利益剰余金に加減し、当該期首残高から新たな会計方針を適用する取扱いが定められています(会計基準第84項)。したがって、それぞれの取扱いについて、その内容及び経過措置について解説します。
1. 会計基準第84項前段に定められた原則的な取扱い(以下、原則的な取扱い)
(1) 会計基準等の改正に伴う会計方針の変更の場合の原則的な取扱い
会計基準の適用初年度においては、会計基準等の改正に伴う会計方針の変更として取り扱い、原則として、新たな会計方針を過去の期間の全てに遡及適用します。したがって、比較年度の期首の利益剰余金に遡及適用の累積的影響額を加減します(<図1>参照)。
(2) 原則的な取扱いに従った場合における経過的な取扱い
原則的な取扱いに従った場合でも、適用初年度における実務上の負担を軽減するために、経過措置として次の①から④の方法の一つ又は複数を適用することができます(会計基準第85項)。
① 適用初年度の前年度の期首より前までに従前の取扱いに従ってほとんどすべての収益の額を認識した契約について、適用初年度の比較情報を遡及的に修正しないこと
② 適用初年度の期首より前までに従前の取扱いに従ってほとんどすべての収益の額を認識した契約に変動対価が含まれる場合、当該変動対価の額に関する不確実性が解消された時の金額を用いて適用初年度の比較情報を遡及的に修正すること
③ 適用初年度の前年度内に開始して終了した契約について、適用初年度の前年度の四半期連結財務諸表等を遡及的に修正しないこと
④ 適用初年度の前年度の期首より前までに行われた契約変更について、すべての契約変更を反映した後の契約条件に基づき、次のⅰからⅲの処理を行い、適用初年度の比較情報を遡及的に修正すること
ⅰ 履行義務の充足分及び未充足分の区分
ⅱ 取引価格の算定
ⅲ 履行義務の充足分及び未充足分への取引価格の配分
2. 会計基準第84項ただし書きに定められた経過的な取扱い(以下、ただし書きの取扱い)
(1) 会計基準等の改正に伴う会計方針の変更の場合の経過的な取扱い
適用初年度における実務上の負担を軽減するために、経過措置として適用初年度の期首から新たな会計方針を適用することができます。その場合には、適用初年度の期首の利益剰余金に、適用初年度の期首より前に新たな会計方針を遡及適用したときの累積的影響額を加減します(<図2>参照)。
(2) ただし書きの取扱いに従った場合における経過的な取扱い
ただし書きの取扱いを選択した場合、適用初年度における実務上の負担を軽減するために、経過措置として、次の①、②の方法の一つ又は両方を適用することができます(会計基準第86項)。
① 適用初年度の期首より前までに従前の取扱いに従ってほとんどすべての収益の額を認識した契約に、新たな会計方針を遡及適用しないこと
② 契約変更について、次のⅰ又はⅱのいずれかを適用し、その累積的影響額を適用初年度の期首の利益剰余金に加減すること
ⅰ 適用初年度の期首より前までに行われた契約変更について、すべての契約変更を反映した後の契約条件に基づき、前記1(2)④のⅰからⅲの処理を行うこと
ⅱ 適用初年度の前連結会計年度及び前事業年度の期首より前までに行われた契約変更について、すべての契約変更を反映した後の契約条件に基づき、前記1(2)④のⅰからⅲの処理を行うこと
3. 開示(表示及び注記事項)※1の経過的な取扱い
(1) 表示に関する経過措置
会計基準の適用初年度においては、適用初年度の比較情報について、新たな表示方法(会計基準第78-2項前段、第79項前段)に従い組替えを行わないことができます(会計基準第89-2項)。
(2) 注記事項に関する経過措置
適用初年度においては、注記した次の①から③の事項について、適用初年度の比較情報に注記しないことができます(会計基準第89-3項)。
① 顧客との契約から生じる収益とそれ以外の収益とを区分して損益計算書に表示しない場合における顧客との契約から生じる収益の額の注記(会計基準第78-2項なお書き)
② 契約資産と顧客との契約から生じた債権とを区分して貸借対照表に表示しない場合における、それぞれの残高の注記。契約負債と他の負債とを区分して貸借対照表に表示しない場合における、契約負債の残高の注記(会計基準第79項なお書き)
③ 重要な会計方針の注記と収益認識に関する注記(会計基準第80-2項から第80-27項)
なお、四半期(連結)財務諸表の開示の経過的な取扱いについては、後述のⅣ 1.及び2.をご参照ください。
4. その他の経過的な取扱い
その他にも国際財務報告基準(IFRS)又は米国会計基準を連結財務諸表に適用している場合の経過措置(会計基準第87項)、並びに消費税及び地方消費税に関する経過措置(会計基準第89項)が定められています。
5. 会計方針の変更に関する注記
適用初年度においては、次の事項を注記します(連結財務諸表規則(以下、連結財規)第14条の2、財務諸表等規則(以下、財規)第8条の3)。
また、連結計算書類及び計算書類では、実質的に同様の事項が定められていますが、いわゆる単年度開示のため、適用初年度における影響額を記載することになります(会社計算規則第102条の2)。
なお、四半期(連結)財務諸表における取扱いについては、後述のⅣ 3.をご参照ください。
Ⅲ 会計基準の適用初年度の取扱い(2018年会計基準を既に適用して2020年改正会計基準を適用する場合)
2018年会計基準を既に適用しており、当期から2020年改正会計基準を適用する場合、原則として、新たな会計方針を過去の期間のすべてに遡及適用しますが、将来にわたり新たな会計方針を適用することができます(会計基準第89-4項)。ただし、多くの場合には2020年改正会計基準の適用による会計処理への影響は限定的と考えられることから、表示方法(注記による開示も含む)の変更のみが生じる場合が考えられます。したがって、ここでは表示方法の変更に関する取扱いの内容及び注記について解説します。
1. 表示方法の変更に関する取扱い
財務諸表の表示方法を変更した場合には、原則として表示する過去の財務諸表について、新たな表示方法に従い財務諸表の組替えを行います。ただし、適用初年度の比較情報について、新たな表示方法に従い組替えを行わないことができます。
また、会計基準第78-2項、第79項なお書き及び第80-2項から第80-27項に記載した内容(前記Ⅱ3. (2)①から③参照)を適用初年度の比較情報に注記しないことができます(会計基準第89-4項)。
2. 表示方法の変更に関する注記
次の事項を注記します(連結財規第14条の5、財規第8条の3の4)。
(1) 財務諸表の組替えの内容
(2) 財務諸表の組替えを行った理由
(3) 組替えられた過去の財務諸表の主な項目の金額
ただし、前記1.にある適用初年度の比較情報について、新たな表示方法に従い組替えを行わない場合、(3) について注記しないことができます(会計基準第89-4項)。
また、連結計算書類及び計算書類において、(3) の影響額の記載は求められていません(会社計算規則第102条の3)。
Ⅳ 四半期(連結)財務諸表における開示(表示及び注記事項)の取扱い
2020年改正会計基準と併せて企業会計基準第12号「四半期財務諸表に関する会計基準」(以下、四半期会計基準)及び企業会計基準適用指針第14号「四半期財務諸表に関する会計基準の適用指針」が改正されており、これを踏まえ、金融庁により四半期連結財務諸表規則(以下、四半期連結財規)及び四半期財務諸表等規則(以下、四半期財規)の改正が行われています。ここでは、これらの四半期(連結)財務諸表の開示の取扱いについて解説します。
1. 四半期(連結)財務諸表の表示
(1) 四半期(連結)貸借対照表
① 顧客との契約から生じた債権、契約資産
流動資産「受取手形、売掛金及び契約資産」の区分に従い、当該資産を示す名称を付した科目をもって掲記します(四半期連結財規第35条、四半期財規第30条)。
② 契約負債
流動負債「その他」に含めて表示します。ただし、負債及び純資産の合計額の100分の10を超えるもの、又は区分して表示することが適切であるものについては「契約負債」などの適切な科目で別掲します(四半期連結財規第49条、四半期財規第44条)。
(2) 四半期(連結)損益計算書
顧客との契約により生じる収益については、各企業の実態に応じ、売上高、売上収益、営業収益等の適切な名称を付すものとされています(四半期連結財規第66条、四半期財規第58条)。
なお、会計基準第78-2項及び第79項なお書きに定められた注記(前記Ⅱ 3. (2)①、②参照)については、四半期(連結)財規では規定されていません。
また、前記Ⅱ 3. (1)のとおり、適用初年度においては、比較情報について、新たな表示方法に従い組替えを行わないことができるとされています(会計基準第89-2項)。
2. 四半期(連結)財務諸表における収益認識に関する注記
四半期(連結)累計期間に係る顧客との契約から生じる収益については、当該収益及び当該契約から生じるキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性に影響を及ぼす主要な要因に基づく区分に当該収益を分解した情報※2であって、投資者その他の四半期(連結)財務諸表の利用者の理解に資するものを注記しなければなりません(四半期会計基準第19項(7-2)、第25項(5-3)、四半期連結財規第27条の3、四半期財規第22条の4)。
四半期(連結)財規の規定により他の注記すべき事項において同一の内容が記載される場合には、その旨を記載し、記載を省略することができます。
また、定量的な要因と定性的な要因の両方を考慮して開示目的に照らして重要性が乏しいか否かを判断するとされています。
さらに、顧客との契約から生じる収益とセグメント注記の報告セグメントごとの売上高との関係を投資者その他の四半期(連結)財務諸表の利用者が理解できるようにするための十分な情報を記載するとされています。
なお、適用初年度においては、収益の分解情報に関する事項について、比較情報に記載することは要求されていません(四半期会計基準第28-15項)。
3. 会計方針の変更に関する注記
適用初年度においては、次の事項を注記します(四半期連結財規第10条の2、四半期財規第5条)。
Ⅴ おわりに
2021年4月1日より収益認識会計基準等の原則適用が始まり、多くの企業で対応作業が進められていることと思われます。特に適用初年度における経過措置については、各企業でさまざまな適用パターンが想定されることから、これらを解説しました。また、このタイミングで確認しておくべき四半期(連結)財務諸表の開示の概要について解説しました。本稿が皆さまの収益認識会計基準等を適用する際の一助になれば幸いです。
※1 収益認識会計基準等の開示については、本誌2020年7月号及び2020年8月・9月合併号において解説していますので、併せてご参照ください。
※2 収益の分解情報については、本誌2020年8月・9月合併号のⅡ 2. (2)①において解説していますので、併せてご参照ください。